今回、初めてのオリジナルストーリーに挑戦します。
タイトルは『月と星と、僕らの放課後』。
料理と運動が得意な、ごく普通の高校生・長尾和幸。
成績は学年トップなのに、運動と人付き合いが壊滅的な親友・武田信也。
そして、二人の前に現れた双子の転校生・信濃月奈と信濃星奈。
そんな四人を中心に、恋愛や友情、家族との日常を描いていく青春ラブコメです。
初のオリジナル作品ということで緊張もありますが、少しでも「この四人の続きを見てみたい」と思っていただける作品を目指して書いていきます。
それでは、第1話。
『月と星がやってきた』
どうぞお楽しみください。
「どう?美味しい?」
「ん?普通に旨いぞ」
昼休み──
食堂の一角で、僕は親友である
艶のある黒髪に、目元へかかる少し長めの前髪。
細い黒縁眼鏡の奥には、やや切れ長の目。
身長は僕より高いくせに身体は細く、黙っていれば知的な優等生そのものだ。
……まあ、実際に成績だけ見れば文句なしの優等生なんだけど。
その信也は僕の作った弁当を食べながら、片手に英単語帳を開いている。
しかも、無表情で。
「なら、もう少し旨そうに食べてくんない?前から言ってるけどさ」
「いいだろ。俺にとっては貴重な時間なんだよ」
僕の言葉など何のその。
信也は英単語帳を捲りながら、パクパクと弁当を食べていく。
僕はそんな信也の行動にため息を吐きながら、自分の弁当に箸を伸ばした。
そんな僕は、信也とは対照的だ。
身長は信也より少し低い。
髪は短めの焦げ茶色で、昔から多少癖がある。
信也みたいに眼鏡もかけていないし、勉強が飛び抜けてできるわけでもない。
成績は良くも悪くも普通。
代わりに身体を動かすことなら、昔から大抵のことは人並み以上にできた。
そしてもう一つ。
料理だけは、信也にだって負ける気はない。
両親が定食屋をやっていることもあって、小さい頃から厨房に立つのが当たり前だったからだ。
だから、こうして自分の弁当を作るついでに信也の分まで用意することも珍しくない。
もっとも──
「……信也」
「何だ?」
「せめて弁当見ながら食べない?」
「見なくても味は分かる」
「作った側として寂しいんだけど」
「旨いって言っただろ」
「そうなんだけどさぁ……」
こいつに料理人の気持ちを理解してもらえる日は、果たして来るのだろうか。
そんなことを考えながら昼食を続けていると──
「ねえ」
不意に、すぐ近くから女の子の声がした。
「隣、空いてる?」
声を掛けられ、僕は箸を止めて顔を上げた。
「空いてるけど──」
そこまで答えたところで、思わず言葉が止まる。
僕たちのすぐ横に立っていたのは、二人の女子生徒だった。
艶のあるダークブラウンの長い髪。
胸元よりも下まで伸びたストレートの髪は、毛先だけがわずかに内側へと流れている。
色白の肌に、髪よりも明るい琥珀色の瞳。
柔らかな印象を与える整った顔立ち。
そして──
同じだった。
顔も。
髪型も。
背丈も。
二人並んで立っている姿は、まるで鏡を間に置いているようにそっくりだった。
違いがあるとすれば、髪に留められた小さな髪飾りくらい。
一人は三日月。
もう一人は星。
「ああ……朝の」
「覚えてた?」
「そりゃまあ」
忘れる方が難しい。
今日の朝、ホームルームで紹介されたばかりの転校生。
双子の姉妹──
確か、月の髪留めをしている方が姉の月奈さん。
星の方が妹の星奈さんだったはず。
「座っていい?」
月奈さんが空いている椅子を指差す。
「もちろん。どうぞ」
「ありがと。星奈も座ろ」
「うん」
二人が並んで席につく。
……こうして目の前に並ばれると、本当にそっくりだな。
朝は教壇の前に立っている二人を離れた席から見ていただけだから、ここまで似ているとは思わなかった。
髪留めがなかったら、僕には見分けられる自信がない。
「…………」
ふと向かいを見る。
信也はというと。
「…………」
英単語帳を読んでいた。
いや。
絶対読んでない。
さっきからページが一枚も進んでない。
「信也」
「何だ」
「ページ」
「何が」
「さっきから同じところ見てる」
「覚えるのに時間がかかってるだけだ」
「お前が英単語一ページ覚えるのにそんな時間かかるわけないだろ」
学年トップを舐めるな。
いや、褒めてるんだけど。
信也は僕を一度だけ睨むと、何事もなかったように単語帳へ視線を戻した。
……なるほど。
人見知り発動中か。
こいつは昔から知らない人間との会話が苦手だ。
苦手というか、壊滅的。
学校でまともに話している相手なんて、たぶん僕くらいしかいない。
「そっちの人は?」
案の定、月奈さんが信也へ興味を示した。
信也の指が止まる。
「…………」
「信也」
「……何だよ」
「聞かれてるよ」
「聞こえてる」
だったら答えろよ。
月奈さんも困ったように僕を見る。
仕方ない。
「武田信也。僕の親友」
「おい」
「何だよ」
「勝手に紹介するな」
「じゃあ自分で喋れよ!」
「…………武田信也」
ようやく単語帳から顔を上げた信也が、二人を見る。
「よろしく」
それだけ言うと、再び視線を落とした。
「…………」
「…………」
「…………」
何だ、この空気。
「あー……ごめん。こいつ人と話すの苦手なんだ」
「余計なこと言うな」
「事実だろ」
「お前に言われると腹が立つ」
「僕以外に話す相手作ってから言ってくれない?」
信也が黙った。
勝った。
「ふふっ」
そんな僕たちを見て、月奈さんが小さく笑った。
隣を見ると、星奈さんも口元に手を添えている。
「二人って仲いいんだね」
「まあ、付き合い長いから」
「腐れ縁だ」
「親友って言え」
「嫌だ」
「何でだよ」
本当に可愛くない奴だ。
僕が呆れながら弁当に箸を伸ばすと、月奈さんの視線が手元へ向いた。
「それ、お弁当?」
「ん?そうだけど」
「自分で作ったの?」
「そうだよ」
そう答えた瞬間。
月奈さんと星奈さんが揃って目を丸くした。
「えっ、自分で?」
「すごい……」
「そんな驚く?」
「驚くよ。男子高校生でしょ?」
「男子高校生だって料理くらいするって」
「和幸を基準に考えるな」
すかさず信也が口を挟んでくる。
「こいつの家、定食屋なんだよ」
「あ、そうなんだ」
「小さい頃から手伝ってるから、料理だけは無駄に上手い」
「無駄は余計だろ」
というか。
さっきまで一切会話に入ろうとしなかったくせに、僕を弄るときだけ参加してくるな。
「じゃあ、武田君のお弁当も?」
星奈さんが信也の弁当箱を見る。
「……こいつが作った」
「二人分?」
「まあ、自分の作るついでだから」
「毎日?」
「だいたいは」
そう答えると、二人の視線が僕と信也の間を行ったり来たりする。
なんだ?
「……本当に仲いいんだね」
「だから腐れ縁だ」
「お前はそれしか言えないの?」
「事実だろ」
「僕が明日からお前の弁当作るのやめても同じこと言える?」
信也の箸が止まった。
「…………」
「お?」
「……親友だ」
「現金な奴だな!?」
月奈さんが吹き出した。
星奈さんも今度は隠すことなく笑っている。
なんだかよく分からないけど。
朝に転校してきたばかりの二人と、こうして一緒に昼飯を食べている。
少し不思議な感じだった。
「そういえばさ」
弁当を食べながら、僕は二人へ視線を向ける。
「二人は食堂で食べるんだ?」
月奈さんと星奈さんの前には、食堂で買ったらしい同じ日替わり定食が並んでいる。
注文まで同じなのか。
「今日はね。まだ学校のこと全然分かんないし」
「お弁当を作る余裕もなかったから」
月奈さんに続いて星奈が答える。
声まで似ている。
こうして話してみると喋り方には多少違いがあるけど、目を閉じて声だけ聞いたら僕には判別できないかもしれない。
「それで席探してたら、ここが空いてたってこと?」
「それもあるけど」
月奈さんが箸を止めた。
「長尾君なら話しやすそうだったから」
「僕?」
「朝から結構いろんな人と喋ってたでしょ?」
「あー……」
言われてみればそうだったかもしれない。
休み時間になれば友達と話すし、廊下で知り合いを見つければ普通に声も掛ける。
でも、それってそんなに珍しいことか?
「それに」
今度は星奈さんが口を開く。
「武田君のことも少し気になってた」
「俺?」
それまで黙々と弁当を食べていた信也が顔を上げる。
珍しい。
自分から反応した。
「朝、先生が言ってたから」
「何を?」
「学年一位だって」
「ああ」
信也は興味なさそうに返事をすると、再び弁当へ箸を伸ばした。
「……それだけ?」
星奈さんが少し拍子抜けしたような顔をする。
「何が?」
「学年一位なんでしょ?」
「そうだけど」
「すごいことじゃない?」
「テストで一番点を取っただけだろ」
「それを普通は学年一位っていうんだよ」
思わず僕が突っ込む。
本当にこいつは、自分の得意分野に関しては妙に淡泊なんだよな。
「信也はずっとこんな感じ。ちなみに入学してから定期テストで一位以外取ったことないよ」
「和幸」
「何?」
「余計なことを言うな」
「いいじゃん。事実なんだから」
「じゃあ、お前の成績も教えてやろうか」
「やめてください」
即答した。
月奈さんがニヤリとする。
「長尾君は?」
「……普通です」
「何位?」
「普通です」
「だから何位?」
「世の中には知らなくてもいいことがあるんだよ、月奈さん」
「急に人生語り出した」
クスクスと月奈さんが笑う。
星奈さんも隣で小さく笑っていた。
……転校初日なのに、案外すぐ馴染めそうだな。
そんなことを思っていると、昼休み終了五分前を告げる予鈴が鳴った。
「そろそろ戻るか」
僕が弁当箱を片付けながら立ち上がる。
信也も単語帳を閉じた。
「午後って何だっけ?」
月奈さんが尋ねてくる。
「五限が現代文で、六限が体育」
「体育!」
月奈さんの表情が明るくなった。
その隣では星奈さんが少しだけ嫌そうな顔をする。
なるほど。
ここは違うんだ。
同じ顔なのに反応が真逆だから、ちょっと面白い。
そして僕はもう一人を見る。
「…………」
信也が固まっていた。
「信也」
「何だ」
「体育だって」
「聞こえてる」
「顔死んでるぞ」
「いつもだ」
「自覚あったんだ……」
月奈さんと星奈さんが不思議そうに信也を見る。
二人はまだ知らない。
武田信也という男が、勉強と引き換えに何を失ったのかを。
「よーし!今日は五十メートル走のタイム測るぞー!」
六限目。
体育教師の宣言に、グラウンドへ集まった男子からちらほらと声が上がる。
今日は男女合同らしく、少し離れた場所には女子も集まっていた。
「五十メートル走か」
僕は軽く屈伸しながら呟く。
嫌いじゃない。
むしろ得意な方だ。
「和幸」
「ん?」
隣から低い声。
振り向く。
信也がいた。
「……保健室に行ってくる」
「待て待て待て」
歩き出そうとする信也の肩を掴む。
「離せ」
「どこ行くんだよ」
「急に体調が悪くなった」
「どこが?」
「心」
「体育で保健室に逃げる理由として一番駄目なやつだろ!」
「俺にとっては深刻だ」
「走るだけじゃん」
「お前には分からない」
妙に重い声で言われた。
いや、知ってるけどさ。
こいつが絶望的に運動できないことくらい。
「武田君って体育苦手なの?」
声に振り返ると、体操服姿の月奈さんと星奈さんがいた。
「苦手というか」
僕は少し考える。
「壊滅的?」
「おい」
「え?」
月奈さんが信也を見る。
その目には明らかに意外そうな色が浮かんでいた。
まあ、分かる。
長身で細身。
見た目だけなら、そこまで運動ができなさそうには見えない。
「どれくらい?」
「見てれば分かるよ」
「和幸」
「頑張れ、学年一位」
「関係ねえだろ」
やがて順番が回ってくる。
僕は先に走り終え、それなりのタイムを出した。
そして問題の信也。
スタートラインに立つ。
「位置について──」
信也が構える。
「よーい!」
パンッ!
合図と同時に全員が飛び出した。
「…………」
「…………」
「…………」
僕は無言になった。
月奈さんも無言。
星奈さんも無言。
信也は走っている。
間違いなく走っている。
本人なりに全力疾走している。
なのに。
遅い。
圧倒的に遅い。
同時にスタートした男子がゴールした頃、信也はまだ十メートル以上後ろにいた。
「……嘘でしょ?」
月奈さんが呟く。
「本当なんだよ」
「わざとじゃなくて?」
「全力」
「…………」
やがて信也もゴール。
体育教師がストップウォッチを見る。
そして何とも言えない表情を浮かべた。
タイムが読み上げられる。
女子側からも、ちらほらとざわめきが聞こえた。
「ちなみに」
僕は双子へ教えてやる。
「去年、クラス全員で五十メートル走ったとき、信也が最下位だった」
「男子で?」
「いや」
僕は首を横に振る。
「女子含めて」
「…………」
月奈さんが信也を見る。
星奈さんも見る。
ゴール地点から戻ってきた信也は、僕たちの視線に気づいたらしい。
「はぁぁ……はぁぁ……はぁぁ……何だよ」
「いや……」
月奈さんが言葉を探す。
「人って、完璧じゃないんだなって」
「喧嘩売ってるのか?」
「褒めてる!」
「どこがだ」
僕は堪えきれず吹き出した。
「笑うな」
「いや、ごめん……毎回見てるけど……っ」
「お前、後で覚えてろよ」
「追いつけたらな」
「…………殺す」
「目が怖いって!」
でも。
ふと横を見ると。
星奈さんも笑っていた。
朝、教壇の前で自己紹介していたときよりも、ずっと自然な笑顔で。
月奈さんも信也をからかいながら楽しそうにしている。
転校初日。
まだ名前を覚えたばかり。
それなのに、妙に昔から知っているような空気になっていた。
放課後──。
「じゃ、僕は店あるから帰るわ」
鞄を肩に掛けながら信也へ声を掛ける。
「俺も行く」
「はいはい」
いつものことだ。
僕の家は学校から歩いて十五分ほど。
一階が定食屋で、二階が住居になっている。
信也も小さい頃から何度も来ているから、もはや勝手知ったる他人の家。
今日もいつものように二人で教室を出ようとした──その時。
「長尾君」
「ん?」
振り返る。
月奈さんと星奈さんがいた。
「さっき言ってたよね」
「何を?」
「長尾君の家、定食屋だって」
「ああ、うん」
月奈さんと星奈さんが顔を見合わせる。
何だ?
「今日って営業してる?」
「してるよ。昼からだけど」
「じゃあさ」
月奈さんがニッと笑う。
「私たちも行ってみていい?」
「もちろん」
断る理由なんてない。
客が増えるなら、うちとしてもありがたい。
「場所分かんないだろ?一緒に来れば?」
「いいの?」
「帰り道だし」
「やった。星奈、行こ」
「うん」
話はあっという間に決まった。
僕。
信也。
月奈さん。
星奈さん。
四人で教室を出る。
いつもなら、隣を歩いているのは信也だけだった。
「…………」
「どうした?」
信也が僕を見る。
「いや」
僕は首を横に振った。
「何でもない」
ただ。
少しだけ、不思議だった。
昨日までと同じ帰り道。
なのに今日は、僕たちの後ろから二人分の声が聞こえてくる。
たったそれだけで。
いつもの放課後が、少しだけ違って見えた。
学校を出て歩くこと、およそ十五分。
「ここ?」
「うん」
僕が足を止めたのは、昔ながらの二階建ての建物。
一階部分の入口には暖簾が掛けられ、その上には年季の入った看板が掲げられている。
ここが僕の家。
そして、両親が営んでいる定食屋だ。
「へぇー……!」
月奈さんが店の前から看板を見上げる。
「なんかいいね。こういうお店」
「そう?」
「うん。落ち着く感じする」
「まだ中にも入ってないだろ」
「雰囲気の話!」
そんな月奈さんの横で、星奈さんも店先を興味深そうに眺めている。
「長尾君は、ここに住んでるんだよね?」
「そうだよ。二階が家」
「じゃあ本当に毎日お店を手伝ってるの?」
「毎日ってわけじゃないけどね。学校ある日は夕方から少し。土日は昼も手伝うことあるよ」
「へぇ……」
「とりあえず入ろっか」
僕が引き戸を開ける。
「ただいまー」
「お邪魔します」
「お、お邪魔します」
「…………」
「信也、お前も何か言えよ」
「今さら俺が言う必要あるか?」
「お前の家じゃないからな?」
こいつ、本当に遠慮がなくなったな。
まあ、小学生の頃から何百回来ているか分からないくらいだし、今さらなんだけど。
店内へ入ると、まだ夕方ということもあって客の姿はない。
カウンター席とテーブル席。
決して大きな店ではない。
だけど、僕にとっては小さい頃から見慣れた景色だ。
「和幸?帰ったの?」
厨房の奥から声が聞こえた。
「帰ったよー。あと友達連れてきた」
「友達?」
顔を出した母さんが僕の後ろを見る。
そして。
「あら!」
分かりやすく目を丸くした。
やめて。
その反応。
なんとなくこの後何を言われるか分かったから。
「まあまあ!可愛い女の子を二人も!」
「母さん」
「和幸にもついに春が来たのねぇ」
「違うから!」
案の定だった。
「今日転校してきたクラスメイト!それだけ!」
「二人同時?」
「何でそういう方向に持っていくの!?」
後ろからクスクスと笑い声が聞こえる。
振り返ると、月奈さんが口元を押さえていた。
星奈さんまで笑っている。
……帰りたい。
いや、ここ僕の家だった。
「初めまして」
月奈さんが一歩前へ出る。
「今日転校してきた、信濃月奈です」
「妹の星奈です。お邪魔します」
「あらあら、ご丁寧に。和幸の母です。いつでも遊びに来てね」
「はい!」
早い。
馴染むのが早い。
「信也君もいらっしゃい」
「どうも」
「相変わらずねぇ」
母さんも慣れたものだ。
「親父は?」
「厨房よ。仕込みしてる」
「了解。じゃあ僕も着替えてくる」
僕は鞄を置き、二階へ上がる。
制服から黒いTシャツへ着替え、腰に店のエプロンを巻く。
ついでに邪魔になる前髪を軽く上げて。
再び一階へ。
「お待たせ」
「あ」
月奈さんが僕を見る。
「何?」
「いや……」
僕の姿を上から下まで眺める。
「ちゃんと店員っぽい」
「実際店員なんだけど?」
「制服のときと結構雰囲気違うね」
「そうかな」
自分じゃ分からない。
厨房に入れば、親父が仕込みをしていた。
「帰ったか」
「ただいま。何すればいい?」
「キャベツ頼む」
「了解」
手を洗って包丁を握る。
キャベツを半分に切り、芯を落とす。
そこからは慣れたもの。
一定のリズムで包丁を動かし、千切りにしていく。
トントントントン──。
「……速っ」
聞こえてきた声に顔を上げる。
カウンター越しに月奈さんと星奈さんがこっちを見ていた。
「危ないから厨房入ってこないでね」
「入らないけど……長尾君、本当に料理できるんだ」
「だから言ったじゃん」
「お弁当だけじゃ分かんないよ」
「何それ」
「和幸」
今度は信也。
「何?」
「俺、腹減った」
「お前さっき弁当食べただろ」
「体育で体力使った」
「五十メートル走っただけだろ!」
「俺にとっては重労働だ」
「威張って言うな!」
また双子が笑う。
まったく。
こいつはうちに来ると学校より遠慮がなくなる。
「仕方ないな。余ってるので何か作るから待ってろ」
「頼む」
「最初からそれ目当てだろ」
僕が再び包丁を握ろうとした──そのときだった。
カラカラ。
店の引き戸が開く。
「こんにちはー」
聞き慣れた女性の声。
僕の手が止まった。
そして。
ほとんど反射的に入口を見る。
「諏訪さん!」
「和幸君、こんにちは」
そこに立っていたのは、一人の女性だった。
すらりとした長身。
艶のある黒髪を低い位置で一つにまとめ、左目の下には小さな泣きぼくろ。
細身で落ち着いた服装も相まって、第一印象はとにかく上品。
そして何より──綺麗。
昔から何度見てもそう思う。
「今日も綺麗ですね!」
「ふふっ。ありがとう」
「和幸」
信也の低い声。
「何?」
「俺の母親を見る目をやめろ」
そう。
彼女の名前は、
信也のお母さんである。
そして──
「いや、だって綺麗じゃん」
「俺に同意を求めるな」
「事実だろ?」
「知らん」
「自分のお母さんだろ!」
「だからだよ」
いつものやり取り。
すると諏訪さんが楽しそうに笑いながら僕のところへやってくる。
「和幸君」
「はい?」
「ちょっと屈んで」
「?」
言われるまま少し腰を落とす。
すると。
諏訪さんの手が僕の頭へ伸びた。
「髪、跳ねてる」
「あ」
前髪を上げたときに変になっていたらしい。
諏訪さんは慣れた手つきで僕の髪を直してくれる。
近い。
顔が近い。
いい匂いする。
……やっぱり綺麗だなぁ。
「はい、できた」
「ありがとうございます!」
「どういたしまして」
「母さん」
「なあに?」
「そいつ甘やかすな」
「あら、いいじゃない」
諏訪さんが笑う。
そして、とんでもない一言を付け加えた。
「和幸君は、私にとってもう一人の息子みたいなものだもの」
「…………」
胸に何かが突き刺さった。
「和幸?」
「信也……」
「何だ」
「僕、今ものすごく傷ついた」
「知るか」
「何で!?」
「母さんに何を期待してるんだ、お前は」
「夢くらい見させてよ!」
「あの……」
不意に声がした。
振り返る。
月奈さんと星奈さんがいた。
二人揃って、何とも言えない表情で僕を見ている。
そうだった。
いたんだった。
完全に忘れてた。
月奈さんが諏訪さんを見る。
信也を見る。
そして最後に僕を見る。
「……長尾君」
「はい」
嫌な予感。
「もしかして」
一拍。
「武田君のお母さんのこと、好きなの?」
店内が静まり返った。
「…………」
「…………」
「…………」
僕は考えた。
誤魔化すべきか。
いや。
ここで嘘を吐く必要があるだろうか。
ない。
だから僕は。
「うん。大好き」
胸を張って答えた。
「即答!?」
月奈さんの声が店内に響く。
星奈さんも目を丸くしている。
信也は深いため息。
そして当の諏訪さんだけが、いつものように楽しそうに笑っていた。
高校二年生の春。
双子の転校生と出会った、その日の放課後。
どうやら僕は早くも、とんでもない勘違いをされることになりそうだった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
初めてのオリジナルストーリー、第1話はいかがだったでしょうか。
和幸と信也。
月奈と星奈。
これまで二人だったいつもの放課後に、突然二人の少女が加わりました。
そして早くも、和幸の「親友のお母さんが大好き」という余計な情報まで双子に知られることに……
ここから四人の関係がどう変わっていくのか。
定食屋で過ごす時間や学校生活、恋愛、友情など、それぞれの青春をゆっくり描いていく予定です。
「続きも読んでみたい」と思っていただけましたら、お気に入り登録や評価をしていただけると、今後の執筆の大きな励みになります。
感想も大歓迎です。
特に「このキャラが気になった!」などありましたら、ぜひ教えてください。
それでは、次の放課後で。