月と星と、僕らの放課後   作:吉月和玖

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いつも読んでいただき、ありがとうございます。

月奈と星奈が転校してきてから一週間。

少しずつ四人で過ごす時間が当たり前になってきた一方で、今回はそれぞれの「得意」と「苦手」が見えてくるお話です。

そして、和幸以外とはほとんど関わろうとしなかった信也にも、ほんの少し変化が──

第3話「月と星の光」

今回も楽しんでいただければ嬉しいです。


第3話 月と星の光

月奈さんと星奈さんが転校してきて、一週間が経った。

たった一週間。

されど一週間。

僕と信也の学校生活には、それなりに大きな変化が起きていた。

 

「長尾君!今日のお弁当は!?」

「唐揚げ」

「やった!」

「何で月奈さんが喜ぶの?」

 

昼休み。

僕が鞄から弁当箱を取り出すと、月奈さんが当然のように僕の机へやってきた。

その後ろから星奈さんもやってくる。

 

「月奈。長尾君のお弁当なんだからね?」

「分かってるよ」

「昨日も卵焼き貰ってたでしょ」

「一個だけじゃん」

「一昨日は?」

「……ウインナー」

「その前」

「…………ポテトサラダ」

「餌付けされてない?」

「してないよ!?」

 

何で僕が責められてるんだ。

 

「和幸」

「何?」

「早く行くぞ」

 

すでに鞄を持った信也が教室の入り口に立っていた。

 

「はいはい」

 

いつの間にか。

昼休みになると四人で食堂へ向かう。

それが僕たちの日常になっていた。

 

・・・・・

 

「返すぞー」

 

午後のホームルーム。

担任が教卓の上で何枚かの紙を揃える。

その瞬間。

僕の斜め前に座っている月奈さんの肩が、ビクッと跳ねた。

 

「……星奈」

「なに?」

「私、急用思い出した」

「帰ったらダメだよ」

「まだ何も言ってないじゃん!」

「顔見れば分かる」

 

双子ってすごいな。

 

「先週やった実力確認テストだ」

 

担任の言葉に、教室のあちこちから声が上がる。

転校してきた二人を含め、今の学力を確認するために行われた五教科の簡単なテスト。

成績には入らない。

だから僕としては、それほど気にしていなかった。

──一人を除いて。

 

「長尾」

「はい」

 

答案を受け取る。

 

国語、六十八。

数学、七十二。

英語、六十五。

理科、七十一。

社会、六十九。

 

うん。

いつも通り。

良くも悪くも普通。

 

「武田」

「はい」

 

信也が答案を受け取る。

僕は横からチラッと覗いた。

 

国語、九十六。

数学、百。

英語、九十八。

理科、九十七。

社会、九十九。

 

「…………」

「何だ」

「いや。相変わらず可愛げのない点数だなって」

「意味が分からん」

 

数学百点って何だよ。

少しくらい間違えろ。

 

「信濃星奈」

「はい」

 

星奈さんが答案を受け取る。

席に戻ってきた彼女は、五枚の答案を確認して──小さく肩を落とした。

 

「……まただ」

「どうだった?」

「五十点台と六十点台……」

 

やっぱり、本人が言っていた通りらしい。

決して酷い点数じゃない。

でも、授業中も真面目にノートを取っているし、休み時間に教科書を読んでいる姿も見かける。

それを考えると、本人としては納得できないんだろう。

そして。

 

「信濃月奈」

「…………」

「信濃月奈ー?」

「…………」

「月奈」

 

星奈さんが呼ぶ。

 

「……本日、信濃月奈は欠席しております」

「そこにいるだろ」

 

教室が笑いに包まれた。

月奈さんが観念したように立ち上がる。

 

「先生」

「何だ」

「人間、点数だけが全てじゃないと思います」

「いいから取りに来い」

「はい……」

 

トボトボと教卓へ向かう月奈さん。

そして答案を受け取り──

 

「…………」

 

固まった。

 

「どうだった?」

 

僕が小声で聞く。

 

「…………勝った」

「何に?」

 

月奈さんがゆっくり振り返る。

その顔には、何故か達成感が浮かんでいた。

 

「全部、三十点以上」

「基準が低い!」

 

思わず突っ込む。

すると信也が月奈さんの答案を見る。

 

「……三十二、三十八、三十五、三十一、四十一」

「社会四十一点!」

「そこだけ誇らしげに言うな」

「四十点超えたんだよ!?」

「平均六十八点だぞ」

「…………」

 

月奈さんの笑顔が消えた。

 

「武田君」

「何だ」

「世の中には、言わなくていいこともあると思う」

「現実から逃げるな」

「長尾君」

「僕に振らないで」

 

そして僕は思った。

月奈さんと星奈さんが転校してきて一週間。

どうやら僕たちの放課後に──

 

新しく『勉強』という問題が加わりそうだった。

 

・・・・・

 

放課後──

 

「お願いします!」

 

パンッ! と。

両手を合わせる音が店内に響いた。

 

「…………」

 

信也は無言。

 

「お願いします!」

 

もう一度。

 

「…………」

 

やっぱり無言。

 

「お願いしますっ!」

 

三回目。

 

「うるさい」

 

ようやく反応した。

場所は僕の家の定食屋。

まだ夕方の営業が本格的に始まる前ということもあり、店内にお客さんの姿はない。

僕はカウンターの中で夕食の仕込み。

信也はいつもの席で参考書。

そして、その向かい側では月奈さんが信也へ拝むように両手を合わせていた。

星奈さんもその隣に座っている。

 

「武田君!」

「何だ」

「勉強教えて!」

「嫌だ」

「何で!?」

「面倒くさい」

「私たち友達でしょ!?」

「いつからそうなった」

「酷い!」

「信也」

 

キャベツを千切りにしながら声を掛ける。

 

「少しくらい教えてあげたら?」

「和幸」

「何?」

「お前が教えろ」

「僕が?」

「俺より暇だろ」

「今、包丁持ってるの見えてる?」

 

どう見ても仕事中だ。

 

「それに学年一位が目の前にいるのに、何で僕が教えるんだよ」

「知らん」

「知らんって……」

 

相変わらずだな。

 

「武田君」

 

今度は星奈さんが口を開いた。

 

「私からもお願い。少しだけでいいから」

 

「…………」

「月奈はともかく、私も今回の点数はちょっと……」

「ちょっと!?」

 

月奈さんが勢いよく妹を見る。

 

「何で私だけ『ともかく』なの!?」

「月奈はまず危機感を持って」

「持ってるよ!」

「社会四十一点で喜んでた人が?」

「…………」

 

月奈さんが黙った。

星奈さん、意外と容赦ないな。

 

「……はぁ」

 

信也が大きくため息を吐く。

そして参考書を閉じた。

 

「一時間だけだ」

「本当!?」

「それ以上は知らん」

「やった!」

 

月奈さんが両手を上げる。

 

「ありがとう、武田君」

 

星奈さんも嬉しそうに頭を下げた。

 

「で?」

 

信也が二人を見る。

 

「何が分からない」

「全部!」

 

月奈さんが元気よく答えた。

 

「帰れ」

「何で!?」

 

開始三秒で勉強会が終わりそうになった。

 

「具体的に言え」

「具体的に……」

 

月奈さんが腕を組む。

 

「数学?」

「疑問形にするな」

「じゃあ数学!」

「じゃあって何だよ……」

 

信也が額を押さえる。

 

「教科書出せ」

「はい!」

 

月奈さんが鞄から数学の教科書とノートを取り出す。

信也はそれを受け取り、数ページ捲った。

そして。

 

「…………」

 

止まった。

 

「どう?」

「月奈」

「うん」

「ノートは?」

「それ」

「これはノートじゃない」

「え?」

「日付と教科書のページしか書いてない」

「ちゃんと書いてるじゃん」

「何をだよ」

 

僕も気になってカウンターから覗く。

……本当だ。

 

日付。

ページ数。

ところどころに数式。

以上。

 

「授業中、何してるの?」

「先生の話聞いてるよ?」

「ノート取らないの?」

「黒板全部書いてたら、先生の話聞けなくない?」

「まあ、それは分からなくもないけど……」

「だよね!」

「でも何も書かなさすぎでしょ」

「えー」

 

信也はすでに頭が痛そうだ。

 

「とりあえず、この問題」

 

教科書を開き、例題の下にある問題を指差す。

 

「解け」

「はい!」

 

月奈さんがシャーペンを握る。

 

「…………」

 

一分。

 

「…………」

 

二分。

 

「…………」

 

三分。

 

「月奈」

「何?」

「いつ解き始めるんだ」

「今、考えてるところ」

「三分経ったぞ」

「考える時間くらいちょうだい!」

「公式使えば終わるだろ」

「どの公式?」

「上に書いてある」

「これ?」

「そう」

「何でこれ使うの?」

「この問題だから」

「…………?」

「…………?」

 

月奈さんと信也が同時に首を傾げた。

いや。

何で教える側まで首傾げてるんだよ。

 

「信也」

「何だ」

「説明が雑すぎる」

「何が?」

「『この問題だからこの公式』で分かるわけないだろ」

「公式は公式だろ」

「それが分からないから聞いてるんだって」

「…………」

 

信也が本気で分からないという顔をする。

なるほど。

こいつ。

勉強はできるけど──

 

「もしかして、人に教えるの下手?」

「そんなわけないだろ」

「月奈さん」

「全然分かんない」

「ほら」

「こいつが分からなすぎるだけだ」

「酷い!」

 

月奈さんが抗議する。

僕は一度手を洗うと、タオルで拭いて三人のところへ向かった。

 

「ちょっと見せて」

「長尾君分かるの?」

「このくらいなら」

 

月奈さんの隣から教科書を覗く。

 

「ああ、これね」

「うん」

「月奈さん、多分この公式以前に、ここの意味分かってないんじゃない?」

 

少し前のページを指差す。

 

「…………」

 

月奈さんが見る。

 

「あ」

「やっぱり」

「何?」

「ここ、よく分かってない」

「だったら先に言え」

 

信也が言う。

 

「分かってないところが分からないんだよ!」

「何だそれ」

「そういうものなの!」

 

月奈さんが机を叩いた。

でも。

なんとなく分かる。

僕だって数学で分からなくなるときは、今やっている問題じゃなくて、その前の単元から理解できていないことがある。

信也みたいに全部理解している人間には、その感覚が分からないんだろう。

 

「じゃあ、ここからやってみようか」

「うん!」

「和幸」

「何?」

「仕事は?」

「…………」

 

厨房を見る。

親父がこっちを見ていた。

 

「和幸」

「はい」

「手ぇ止まってるぞ」

「すみません!」

 

慌てて厨房へ戻る。

月奈さんが笑った。

 

「怒られてる」

「誰のせいだよ!」

 

・・・・・

 

それから三十分ほど。

信也による勉強会──というより、信也と月奈さんの戦いは続いた。

 

「だから、ここに代入する」

「何で?」

「公式だから」

「またそれ!」

「他に何て言えばいいんだ!」

「分かるように説明してよ!」

「説明してる!」

「してない!」

 

……相性悪いな、この二人。

一方。

 

「武田君」

 

星奈さんが自分のノートを差し出す。

 

「これも見てもらっていい?」

「ん」

 

信也が受け取る。

数ページ捲る。

月奈さんのときとは違い、かなり綺麗だ。

黒板の内容。

先生が口頭で説明したこと。

重要そうな箇所には線まで引いてある。

 

「ちゃんとしてるね」

 

僕が料理を運ぶついでに言う。

 

「一応……」

 

星奈さんは少し恥ずかしそうに笑った。

 

「でも点数に繋がらなくて」

「…………」

 

信也がノートを見る。

さらに教科書。

問題集。

 

「星奈」

「うん」

「テスト前、何してる?」

「教科書読んで、ノート見直して……」

「問題は?」

「問題?」

「問題集」

「一回は解くよ」

「一回だけ?」

「……うん」

 

信也がノートを閉じる。

 

「多分、それだ」

「え?」

「お前、覚える勉強ばかりしてる」

 

星奈さんが目を瞬く。

 

「ノートは綺麗だし、内容もまとめてある。でも問題を解く量が少ない」

「…………」

「分かったつもりになって、実際に使う練習をしてないんだろ」

「……そうかも」

 

星奈さんが自分のノートを見る。

 

「じゃあ、問題をもっと解けば……」

「少なくとも今よりは上がる」

「本当?」

「ああ」

 

星奈さんの表情が、ぱっと明るくなる。

 

「ありがとう、武田君」

「別に」

 

そう言って、信也は参考書へ視線を戻した。

 

……なんだ。

ちゃんと教えられるじゃん。

 

「ねえ武田君」

 

月奈さんが横から顔を出す。

 

「じゃあ私は?」

「まず授業を理解しろ」

「差が酷い!」

 

店内に月奈さんの声が響く。

僕は思わず笑ってしまった。

信也も。

月奈さんも。

星奈さんも。

まだ出会って、一週間。

それなのに。

こうして四人で同じテーブルを囲んでいる光景が、少しずつ見慣れたものになってきている。

 

「和幸」

「何?」

「笑ってないで仕事しろ」

「分かってるよ」

「長尾君!」

 

今度は月奈さん。

 

「何?」

「これ教えて!」

「信也に聞いてよ」

「武田君の説明分かんない!」

「おい」

「事実でしょ!」

 

また二人が言い合いを始める。

その隣で星奈さんが困ったように笑っている。

僕は厨房へ戻りながら、そんな三人を眺めた。

 

――僕らの放課後は。

以前より、ずいぶん騒がしくなったみたいだ。

 

・・・・・

 

「じゃあ、今日はありがとう!」

「ありがとうございました」

 

一時間ほど経ったところで、月奈さんと星奈さんは帰ることになった。

 

「また明日ね、長尾君、武田君!」

「また明日」

「……じゃあな」

 

店を出ていく二人を見送る。

カラカラと引き戸が閉まり──

途端に店内が静かになった。

 

「…………」

「…………」

 

僕は厨房へ戻る。

信也は参考書へ視線を落とす。

いつも通り。

一週間前までなら、これが普通だった。

なのに。

 

「……静かだね」

 

思わず口から出た。

 

「店なんだから、そのうち客が来るだろ」

「そういう意味じゃなくてさ」

「?」

 

僕は苦笑する。

 

「月奈さんたちが帰ったら、急に静かになったなって」

「……ああ」

 

信也は参考書へ目を落としたまま答える。

 

「特に月奈はうるさいからな」

「言うと思った」

「事実だ」

 

ページを一枚捲る。

そこで会話は途切れた。

僕も仕込みへ戻ろうとした──その時。

 

「でも」

「ん?」

 

信也が呟く。

 

「……まあ、嫌いじゃない」

「…………」

 

思わず手が止まった。

 

「何だよ」

「いやぁ?」

「何だ、その顔」

「別に?」

「気持ち悪い」

「お前、最近それ言いすぎだからな」

 

信也は小さく舌打ちして、再び参考書へ視線を戻した。

僕は笑いながら厨房へ戻る。

たった一週間。

それでもきっと。

変わり始めているのは、僕の放課後だけじゃない。

人付き合いが苦手で。

僕以外とは、ほとんど話そうともしなかった親友の毎日にも。

月と星の光が、少しずつ差し込み始めていた。

 

 




最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

第3話「月と星の光」、いかがだったでしょうか。

学年トップの信也。
平均的な和幸。
頑張っているのに、なかなか点数へ結びつかない星奈。
そして、全教科で赤点ラインと戦う月奈。

四人の学力事情が明らかになりました。

解くことに関しては圧倒的なのに、人へ教えるとなると少々怪しい信也。
そんな信也の説明を自然と補える和幸。

少しずつ四人それぞれの個性や役割も見えてきたかなと思います。

そして何より、月奈と星奈が帰ったあとの「静かさ」。

二人が加わってまだ一週間ですが、和幸だけでなく信也にとっても、四人で過ごす放課後が少しずつ当たり前のものになり始めています。

今回のタイトル「月と星の光」は、そんな二人が和幸と信也の日常を少しずつ照らし始めたことから付けました。

まだ始まったばかりの四人の物語ですが、
「この先も見届けたい」
「続きが気になる」
と思っていただけましたら、お気に入り登録や評価をしていただけると、今後の執筆の大きな励みになります。

感想も大歓迎です!

今回だと、
「四人の中で誰が気になっているか」
「この組み合わせの会話が好き」
なども聞かせていただけたら嬉しいです。

それでは──

また、次の放課後で。

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