月奈と星奈が転校してきてから、少しずつ変わり始めた和幸と信也の放課後。
勉強では散々だった月奈ですが──ついに彼女の得意分野がやってきました。
今回から、四人にとって初めての学校行事が動き始めます。
得意なこと。
苦手なこと。
そして、一人なら簡単でも、誰かと一緒だからこそ難しいこと。
第4話「月と星と、体育祭」
四人の新しい日常を、今回も楽しんでいただければ嬉しいです。
「──というわけで、来月は体育祭だ」
朝のホームルーム。
担任が発したその一言に、教室が一気に騒がしくなった。
体育祭。
うちの学校では毎年五月に行われる、春の一大イベントだ。
クラス対抗で様々な競技を行い、最終的な得点で順位を競う。
当然、運動が得意な奴にとっては腕の見せどころ。
逆に、苦手な奴にとっては──
「…………」
隣を見る。
信也が死んだ目をしていた。
「信也」
「何だ」
「顔」
「顔がどうした」
「この世の終わりみたいになってるよ」
「似たようなものだろ」
違うよ。
たかが体育祭だよ。
「──来た!」
ガタンッ!
今度は斜め前から大きな音。
月奈さんが勢いよく立ち上がっていた。
「信濃?」
担任が眉を寄せる。
「どうした?」
「私の時代が来ました!」
「…………」
「…………」
教室が静まり返る。
「……とりあえず座れ」
「はい!」
月奈さんは満面の笑みで着席した。
「何だったんだ……?」
担任が首を傾げながら話を続ける。
僕は笑いを堪えながら月奈さんを見る。
昨日。
全教科で三十点台から四十点台という実力確認テストを前に、信也から散々なことを言われた少女とは思えない。
「月奈」
星奈さんが呆れたように姉を見る。
「恥ずかしいからやめて」
「だって体育祭だよ!?」
「だから?」
「勉強じゃないんだよ!?」
「それは分かってる」
「つまり私が活躍できる!」
「自分で言うんだ……」
よほど昨日のことが悔しかったらしい。
「月奈さんって、そんなに運動得意なの?」
僕が尋ねる。
すると月奈さんが振り返った。
ニヤリ。
ものすごく自信に満ちた笑顔。
「得意だよ」
「へえ」
「長尾君は?」
「僕も運動は好きかな」
「好きと得意は違うよ?」
「まあ、それなりには」
「ふーん?」
何だろう。
月奈さんの目つきが変わった。
「じゃあ勝負しよ」
「何で!?」
「どっちが体育祭で活躍できるか!」
「競う必要ある!?」
「ある!」
即答だった。
「昨日は勉強で武田君に好き放題言われたからね」
「俺は事実を言っただけだ」
信也が前を向いたまま答える。
月奈さんの頬がピクリと動いた。
「……武田君」
「何だ」
「体育祭、楽しみだね?」
「全く」
「私が走り方教えてあげよっか?」
「断る」
「遠慮しなくていいよ?」
「してない」
「私たち友達でしょ?」
「都合のいい時だけ友達を使うな」
「昨日、勉強教えてもらったお礼だよ?」
「その笑顔で言われても説得力がない」
信也が月奈さんを見る。
月奈さんは、それはもう楽しそうに笑っていた。
……絶対仕返しするつもりだ。
「はいはい、静かにしろー」
担任がパンパンと手を叩く。
「今日は体育祭の出場種目を決める。全員最低一種目は出てもらうからな」
「先生」
信也が手を挙げた。
「何だ、武田」
「応援は一種目に含まれますか」
「含まれない」
「では、記録係は?」
「実行委員の仕事だ」
「当日の体調不良は?」
「今から予告する奴があるか」
教室から笑いが起こる。
「諦めろ、信也」
「まだだ」
「何と戦ってるの?」
「運命」
体育祭くらい受け入れろ。
担任が黒板へ競技名を書き始める。
百メートル走。
障害物競走。
玉入れ。
借り物競争。
二人三脚。
綱引き。
そして──クラス対抗リレー。
最後の文字が書かれた瞬間、教室がざわついた。
体育祭の花形。
クラスの足の速い生徒が選ばれる、最後の得点競技だ。
「まずリレーから決めるぞ。足に自信がある奴」
「はい!」
担任が言い終わるより早く、月奈さんの手が上がった。
速い。
返事も挙手も速い。
「信濃月奈な。他は?」
何人かが手を挙げる。
すると男子の一人から声が飛んできた。
「長尾でいいんじゃね?」
「え?」
「去年もリレー出てただろ?」
「長尾、足速いしな」
「俺も賛成」
次々と推薦される。
……逃げられそうにない。
「長尾、どうする?」
担任に尋ねられ、僕は小さく息を吐いた。
まあ。
走るのは嫌いじゃない。
「やります」
「よし。長尾、と」
黒板へ僕の名前が追加される。
すると月奈さんが振り返った。
「長尾君」
「ん?」
「これで勝負できるね」
「まだ勝負するつもりだったの?」
「もちろん!」
楽しそうだなぁ。
「武田も背高いし、リレーいけるんじゃね?」
突然、誰かが言った。
「…………」
信也の動きが止まる。
しかし。
「いや、武田はやめとけ」
「だな」
「五十メートル走、見ただろ」
「あー……」
「…………」
推薦した本人まで納得した。
「おい」
信也が低い声を出す。
「俺を推薦するのか、しないのか、どっちかにしろ」
「信也」
「何だ」
「出たいの?」
「死んでも嫌だ」
「じゃあ良かったじゃん」
「何故か腹が立つ」
面倒くさい奴だな。
「よし。リレーはこれでいくとして、次は玉入れ」
担任が黒板を叩く。
「こっちは運動が苦手な奴でも参加しやすいぞ」
その瞬間。
信也の手が上がった。
「武田、急に積極的になったな」
「適材適所です」
「さっきまで逃げようとしてたのに……」
僕の呟きは無視された。
「あと女子が一人欲しいな」
「じゃあ……私、やります」
控えめに手を挙げたのは星奈さんだった。
「信濃星奈な」
「はい」
月奈さんが妹を見る。
「星奈、玉入れでいいの?」
「うん。月奈みたいに走るの得意じゃないし」
「じゃあ一緒に頑張ろうね、星奈さん」
僕が言うと、何故か信也がこちらを見る。
「お前は出ないだろ」
「応援だよ」
「紛らわしい」
「何で怒られたの?」
星奈さんがクスクスと笑う。
こうして信也と星奈さんは玉入れに決定。
「次、借り物競争。誰かやりたい奴いるか?」
「…………」
今度は誰も手を挙げない。
「人気ないなぁ」
担任が苦笑する。
「走る距離もそんなに長くないぞ」
「じゃあ……」
再び星奈さんが小さく手を挙げた。
「私、やってもいいですか?」
「もちろん。信濃星奈、と」
黒板に名前が追加される。
「星奈、二つ出るの?」
月奈さんが尋ねる。
「玉入れだけだと、ちょっと物足りないかなって」
「いいじゃん!」
月奈さんが嬉しそうに笑う。
「頑張ろうね!」
「月奈は張り切りすぎないでね」
「大丈夫!」
……その返事が一番不安なんだけど。
そして。
「次は二人三脚だな」
担任が黒板を見る。
「男女一組。何組か必要だ。やりたい奴はいるか?」
教室がざわつく。
仲のいい男女同士で話し始める者。
露骨に目を逸らす者。
何となく様子を窺う者。
僕は特に立候補するつもりもなく、その様子を眺めていた。
何組かが決まり──
「あと一組だな」
担任が教室を見渡す。
「男子一人、女子一人」
誰も手を挙げない。
「…………」
「…………」
妙な沈黙。
「じゃあ先生が決めるぞ?」
その言葉に何人かが目を逸らした。
「長尾」
「え?」
嫌な予感がする。
「お前、まだリレーだけだよな?」
「そうですけど」
「二人三脚も出ろ」
「僕ですか?」
「運動得意なんだからいいだろ」
まあ。
別に嫌ではない。
「分かりました」
「よし。男子は長尾」
担任が僕の名前を書く。
「女子は──」
「はい!」
まただ。
聞き覚えのある元気な声。
見る。
月奈さんが手を挙げていた。
「私やります!」
「月奈さん?」
「いいじゃん」
ニッと笑う。
「長尾君、運動得意なんでしょ?」
「まあ」
「だったら私と組もうよ」
「僕は別にいいけど……」
「決まり!」
早いな。
「先生!」
「お、おう」
「私、長尾君と出ます!」
「分かった。信濃月奈、と」
黒板に僕たちの名前が並ぶ。
長尾和幸。
信濃月奈。
それを見た月奈さんは、何故か満足そうに頷いた。
「よろしくね、長尾君」
「よろしく」
「足引っ張らないでね?」
「それ、こっちの台詞だから」
「言ったね?」
「言ったよ」
「じゃあ勝負!」
「二人三脚で相方と勝負してどうするの!?」
教室から笑い声が上がった。
星奈さんが呆れたように姉を見る。
信也はというと──
「馬鹿だな」
「信也」
「何だ」
「今、僕と月奈さんのどっちに言った?」
「両方」
「「おい」」
月奈さんと声が重なった。
それがまた可笑しかったのか、星奈さんが吹き出す。
こうして。
僕と月奈さんは、二人三脚とクラス対抗リレー。
星奈さんは、玉入れと借り物競争。
信也は、玉入れ。
四人それぞれの出場種目が決まった。
体育祭までは、まだ時間がある。
このときの僕は。
ただ、いつもの学校行事が一つ増えた。
そのくらいにしか思っていなかった。
まさかこの体育祭が──
僕たち四人の距離を、今までより少しだけ近づけることになるなんて。
このときは、まだ知らなかった。
そして、その日の六時間目──
「よし。今日は体育祭の種目練習をするぞー!」
体育教師の声がグラウンドに響く。
種目決めをしたその日のうちに練習。
随分と気が早い気もするけど、体育祭までは一ヶ月もない。
クラス競技もあることを考えれば、こんなものなのかもしれない。
「長尾君!」
「ん?」
体操服姿の月奈さんがこちらへ駆けてくる。
長い髪は運動の邪魔にならないよう、後ろで一つにまとめられていた。
もちろん、三日月の髪留めも付いている。
「二人三脚、練習しよ!」
「いいよ」
「目標は一位だからね!」
「いきなり本番の目標?」
「出るなら勝つ!」
「月奈らしい……」
少し離れた場所にいる星奈さんが苦笑する。
一方。
「…………」
その隣では信也が死んだ目をしていた。
「信也」
「何だ」
「今日は玉入れでしょ?」
「ああ」
「走らなくていいじゃん」
「体育であることに変わりはない」
「そこから嫌なの?」
筋金入りだな。
「武田君」
星奈さんが信也を見る。
「一緒に頑張ろう?」
「……善処する」
「頑張るとは言わないんだ」
「無責任な約束はしない主義だ」
何の話だよ。
「長尾君!」
月奈さんに呼ばれる。
「ほら、こっち!」
「はいはい」
僕は月奈さんと二人三脚の練習場所へ向かった。
「じゃあ、足結ぶね」
「うん」
僕の右足。
月奈さんの左足。
二人の足首を専用のバンドで固定する。
「きつくない?」
「大丈夫。長尾君は?」
「僕も平気」
肩を組む。
僕の右腕を月奈さんの肩へ。
月奈さんの左腕が僕の腰へ回る。
「…………」
近い。
二人三脚なんだから当然なんだけど。
普段話しているときより、ずっと近い。
「長尾君?」
「ん?」
「どうしたの?」
「いや、何でもない」
「?」
月奈さんは不思議そうに首を傾げる。
本人は全然気にしてないらしい。
「じゃあ行くよ!」
「待って。掛け声決めよう」
「大丈夫!」
「何が!?」
「せーの!」
「ちょっ──」
ダッ!
「うわっ!?」
いきなり月奈さんが踏み出した。
僕も反射的に足を出す。
「いち、に!いち、に!」
「速い速い!」
「もっと行けるよ!」
「最初から全力で走るなって!」
「長尾君ならついて来れるでしょ!」
「ついて行けるかどうかじゃなくて──」
次の瞬間。
お互いの足がズレた。
「わっ!?」
「危なっ!」
身体が傾く。
咄嗟に月奈さんの身体を支えようとしたけど、二人の足は繋がったまま。
踏ん張れるはずもなく──
「うわっ!」
「きゃっ!」
そのまま二人揃って芝生へ倒れ込んだ。
「いったぁ……」
「大丈夫!?」
僕は身体を起こそうとして──
止まった。
「…………」
「…………」
近い。
目の前に月奈さんの顔。
琥珀色の瞳。
いつも楽しそうに動いている表情が、今は驚いたまま固まっている。
数秒。
「……長尾君」
「はい」
「近いね」
「そうですね」
「…………」
「…………」
何で敬語になってるんだ、僕。
「ご、ごめん!」
慌てて身体を起こす。
月奈さんも頬を少し赤くしながら起き上がった。
「こっちこそ……ごめん」
珍しい。
月奈さんが大人しい。
「怪我してない?」
「うん。長尾君は?」
「大丈夫」
「そっか」
月奈さんは自分の膝についた砂を払う。
そして。
「……もう一回!」
「復活早っ!」
「今度はちゃんと合わせるから!」
やっぱり月奈さんだ。
「分かった。でも最初は歩くよ」
「えー」
「歩く」
「……はい」
不満そうだな。
「まず僕が『いち』で右足」
「私が左足」
「『に』で反対」
「分かった」
「じゃあ、いくよ」
「うん!」
「いち、に。いち、に」
今度はゆっくり。
一歩。
二歩。
三歩。
「おっ」
「いける!」
「まだ速くしない」
「分かってるって」
少しずつ速度を上げる。
「いち、に!いち、に!」
「いち、に!いち、に!」
さっきとは違う。
お互いの動きが分かる。
月奈さんが次にどちらの足を出すのか。
どのくらいの歩幅なのか。
僕も月奈さんも、少しずつ相手に合わせ始める。
「長尾君!」
「何?」
「もっと速く!」
「いいよ!」
さらに速度を上げる。
「いち、に!いち、に!」
「速っ!」
周囲から声が聞こえた。
「長尾たち、もう走ってね?」
「普通に速いんだけど!」
「二人とも運動神経いいからなぁ」
その声を聞いた月奈さんが笑う。
「長尾君!」
「ん?」
「これなら一位狙えるね!」
「まだ練習初日だよ!」
「でも狙えるでしょ?」
「……まあね」
「でしょ!」
満面の笑み。
本当に体育が好きなんだな。
昨日、答案を前に絶望していた人と同一人物とは思えない。
「おーい、信也!」
二人三脚のバンドを外した僕は、玉入れの練習場所へ向かった。
「どう?」
「何が」
「玉入れ」
「普通だ」
相変わらず愛想がない。
「星奈さんは?」
「楽しいよ」
星奈さんが微笑む。
「ただ……なかなか入らなくて」
足元に転がっている玉を拾う。
籠を見る。
投げる。
ポスッ。
外れた。
「あ……」
「惜しい」
「さっきからこんな感じ」
星奈さんが肩を落とす。
すると。
「星奈」
信也が口を開いた。
「なに?」
「力入れすぎ」
「え?」
「籠より上に投げようとするな。あの高さなら、もう少し山なりでいい」
「山なり?」
「ああ。あと籠だけ見るな」
信也が玉を拾う。
「この辺から投げるなら──」
軽く投げる。
放物線を描いた玉が。
スポッ。
籠へ入った。
「おお!」
「武田君、入った!」
「玉入れなんだから入ることもあるだろ」
「もう一回!」
「何で俺が」
「教えて!」
「……はぁ」
信也がため息を吐く。
でも。
断らない。
「腕だけで投げるな。膝も使え」
「こう?」
「違う」
「こう?」
「……まあ、それでいい」
星奈さんがもう一度投げる。
玉が宙を舞い──
スポッ。
「入った!」
星奈さんの顔がぱっと明るくなる。
「武田君!入った!」
「見てた」
「もう一個!」
「好きにしろ」
何だかんだ言いながら、信也もちゃんと付き合っている。
僕は思わず笑った。
「何だよ」
信也が気づく。
「いや?」
「気持ち悪い」
「最近それ言えばいいと思ってない?」
「事実だからな」
「長尾君!」
後ろから月奈さんの声。
振り返る。
「次、リレーの練習だって!」
「あ、分かった!」
月奈さんが僕へ手を振っている。
その後ろでは、リレーに出るクラスメイトたちが集まり始めていた。
「じゃあ行ってくる」
「おう」
「長尾君、頑張って」
「ありがとう。星奈さんもね」
「うん!」
僕は月奈さんのところへ走る。
その途中。
何となく振り返った。
「武田君、これくらい?」
「もう少し力抜け」
「こう?」
「そう」
信也と星奈さんが並んで玉を投げている。
そして前を向けば。
「遅いよ、長尾君!」
「今行くって!」
月奈さんが待っている。
僕と信也。
月奈さんと星奈さん。
少し前までなら、こんな光景はなかった。
体育祭。
正直、僕にとっては毎年やってくる学校行事の一つでしかなかった。
でも。
今年は少しだけ。
去年までとは違う体育祭になりそうな気がする。
「長尾君!」
「はいはい!」
「勝負だからね!」
「リレーは同じクラスだから協力しようよ!」
「それはそれ!これはこれ!」
「意味分かんないって!」
僕は笑いながら月奈さんの隣へ並ぶ。
体育祭までは、あと三週間。
僕たち四人にとって初めての学校行事が──
少しずつ、近づいていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
今回は、体育祭の種目決めと最初の練習のお話でした。
勉強では信也にまったく敵わなかった月奈も、運動となれば一気に本領発揮。
一方で、運動神経のいい和幸と月奈が二人三脚では最初から完璧……とはならず、「相手に合わせる」という二人三脚ならではの難しさも描いてみました。
そして、玉入れに挑む信也と星奈。
身体を動かすことが苦手な信也と、運動が特別得意というわけではない星奈ですが、こちらはこちらで二人らしい戦い方が見えてきそうです。
まだ出会って間もない四人。
それでも、二人だけだった時間の中へ月と星が加わり、少しずつ「四人でいること」が当たり前になってきました。
次回は体育祭本番……の前に、少しだけいつもの放課後へ。
久しぶりに、あの人にも登場してもらう予定です。
ここまで読んで「この四人をもう少し見ていたい」と思っていただけましたら、お気に入りや評価で応援していただけると、今後を書く大きな励みになります。
月奈と星奈はもちろん、和幸や信也、あるいは好きな組み合わせなども、感想で教えていただけると嬉しいです。
それでは──
また、次の放課後で。