体育祭もいよいよ後半戦!
午後に待ち受けるのは、和幸と月奈が練習を重ねてきた二人三脚。そして、体育祭最後のクラス対抗リレー。
勝利を目指して全力で駆ける二人を、星奈と信也も見守ります。
勝敗だけではなく、一緒に過ごす時間の中で少しずつ変わっていく四人の関係にも注目していただけると嬉しいです。
それでは、体育祭編の後半をお楽しみください!
午前の競技を終え──
僕たちは昼休みを迎えていた。
「和幸君、これも食べる?」
「いただきます!」
諏訪さんが差し出してくれた唐揚げを、僕は迷わず受け取る。
そして口へ。
うん。美味しい。
「和幸」
「何?」
「それは俺の唐揚げだ」
隣に座っている信也が、僕を睨んでいた。
「違うよ。諏訪さんから貰った唐揚げだよ?」
「元々俺の弁当だ」
「細かいこと気にするなよ」
「返せ」
「もう食べた」
「殺すぞ」
「体育祭の日に殺人事件起こさないで!?」
午前の競技を終えた僕たちは、校庭の端に設けられた休憩スペースで昼食を取っていた。
僕。
信也。
月奈さん。
星奈さん。
そして、応援に来てくれた諏訪さん。
五人でシートを囲んでいる。
「長尾君って」
向かい側に座っていた月奈さんが、呆れたように僕を見る。
「本当に武田君のお母さん好きだよね」
「大好きだよ」
「即答するところが凄い……」
星奈さんが苦笑する。
「ふふっ」
当の諏訪さんは楽しそうだ。
「和幸君は昔からこうなの」
「そうなんですか?」
「ええ。小さい頃なんて、私を見つけるとすぐに走ってきてくれて」
「母さん」
信也が止める。
「何?」
「余計な話はしなくていい」
「いいじゃん。聞きたい」
「和幸は黙れ」
酷い。
「そういえば」
諏訪さんが月奈さんへ顔を向けた。
「午後は二人三脚だったわよね?」
「はい!」
月奈さんの表情が一気に明るくなる。
「私と長尾君で出ます!」
「頑張ってね」
「任せてください!」
月奈さんが胸を張る。
「長尾君は私が引っ張りますから!」
「月奈さん」
「何?」
「それ、最初の練習で転んだ原因だからね?」
「うっ」
固まった。
「最初は凄かったよね」
星奈さんまで笑う。
「二人とも運動得意なのに、数歩で転んで」
「星奈!」
「事実でしょ?」
「そうだけど!」
月奈さんが頬を膨らませる。
「でも、今は違うもん」
「うん」
それは僕も認める。
最初こそ酷いものだったけど。
あれから何度も練習した。
お互いの歩幅。
踏み出すタイミング。
速度を上げるタイミング。
今では掛け声がなくても、ある程度なら相手の動きが分かる。
「和幸君」
「はい?」
「月奈ちゃんのこと、ちゃんと支えてあげるのよ?」
「もちろんです」
「私も長尾君を支えます!」
月奈さんが言う。
「二人三脚だからね」
「分かってるよ!」
笑い声が広がる。
そして。
月奈さんは僕を見ると、いつものように笑った。
「長尾君」
「ん?」
「勝とうね」
「…………」
一瞬。
返事が遅れた。
「何?」
「いや」
いつもだったら。
『勝負!』
とか。
『私について来て!』
とか。
そんな言葉が飛んできそうなのに。
今日は違った。
──勝とうね。
僕と月奈さんで。
「うん」
僕も笑う。
「勝とう」
「よし!」
月奈さんが嬉しそうに拳を握った。
その時。
『午後の競技を開始します。二年生の二人三脚に出場する選手は、入場門へ集合してください』
放送が流れた。
「来た!」
月奈さんが立ち上がる。
僕も残っていたお茶を飲み干した。
「じゃあ行ってきます」
「二人とも頑張って」
諏訪さんが微笑む。
「長尾君!」
星奈さんも手を振る。
「月奈のことお願いね」
「任せて」
「星奈!」
「何?」
「私にも何かないの!?」
「長尾君の足引っ張らないようにね」
「妹が冷たい!」
「武田君!」
今度は信也を見る。
「…………」
「応援は!?」
「転ぶなよ」
「もっとあるでしょ!?」
「怪我するな」
「そうじゃなくて!」
「月奈さん」
僕は先に歩き出す。
「置いてくよ」
「あっ!待って!」
月奈さんが追いかけてくる。
後ろから星奈さんの笑い声。
諏訪さんの声。
そして。
「頑張れ」
小さな声。
振り返る。
信也はもう弁当に視線を戻していた。
「……素直じゃないなぁ」
「何?」
「いや、何でもない」
僕と月奈さんは並んで、入場門へ向かった。
◇◇◇
「きつくない?」
「大丈夫。長尾君は?」
「僕も大丈夫」
僕の右足。
月奈さんの左足。
二人三脚用のバンドで、二人の足首を固定する。
確認する。
問題ない。
立ち上がり、肩を組む。
僕の右腕を月奈さんの肩へ。
月奈さんの左腕が僕の腰へ回る。
初めて練習した日。
この距離に少し戸惑った。
そして。
二人して盛大に転んだ。
「長尾君」
「何?」
「今日は転ばないからね」
「それ、僕の台詞」
「じゃあ絶対転ばない」
「それなら同意」
顔を見合わせる。
笑った。
『選手はスタート位置についてください!』
僕たちの組は四組目。
相手は四組。
当然、どこも練習してきている。
「一位取るよ」
「うん」
「本気で?」
「ここまで来たらね」
「よし!」
スタートライン。
身体を少し前へ。
「掛け声どうする?」
僕が尋ねる。
「いる?」
「……いらない?」
「うん」
月奈さんが前を見る。
「長尾君なら分かるでしょ?」
以前なら。
『長尾君ならついて来れるでしょ』
だった。
でも。
今の言葉は少し違って聞こえた。
「分かるよ」
「じゃあ決まり!」
僕も前を見る。
月奈さんの身体から力が抜ける。
同時に。
僕も呼吸を整える。
『位置について──』
静かになる。
『よーい──』
パンッ!
踏み出す。
僕の右。
月奈さんの左。
次。
反対。
一歩。
二歩。
三歩。
「っ!」
速い。
でも。
苦しくない。
月奈さんが無理に僕を引っ張らない。
僕も月奈さんを引っ張らない。
相手が次に出す足が分かる。
歩幅が分かる。
呼吸が分かる。
「速っ!」
「長尾たち速いぞ!」
周囲の声。
前を見る。
一組。
僕たちより僅かに前。
「長尾君!」
「うん!」
速度を上げる。
月奈さんも同時だった。
一歩。
また一歩。
並ぶ。
相手の組がこちらを見る。
「行ける!」
月奈さんの声。
「行こう!」
最後の直線。
二人で地面を蹴る。
あと十メートル。
五メートル。
「──っ!」
ゴールラインを。
二人一緒に駆け抜けた。
「…………」
一瞬。
結果が分からない。
隣の組もほぼ同時だった。
月奈さんと顔を見合わせる。
そして。
『一着──四組!』
「──っ!」
月奈さんの目が見開かれる。
次の瞬間。
「やったぁぁぁぁ!」
「うわっ!?」
抱きつかれた。
「一位!一位だよ長尾君!」
「ちょっ、月奈さん!?」
「勝った!勝ったよ!」
「分かったから!」
「やったぁ!」
……近い。
物凄く近い。
でも、今度は転んだときと違って僕も素直に嬉しかった。
「うん」
自然と笑う。
「勝ったね」
「うん!」
月奈さんが顔を上げる。
満面の笑顔。
「長尾君!」
「何?」
「最高!」
「大袈裟だって」
そう言いながらも、僕も同じくらい嬉しかった。
「月奈ー!」
声が飛んでくる。
星奈さんが手を振っていた。
「長尾君もー!」
その隣では信也も。
……あ。
目が合った。
親指を立てている。
珍しい。
僕も空いている左手で返した。
「長尾君?」
「信也が褒めてくれた」
「えっ!?」
月奈さんが勢いよく振り返る。
「武田君!」
信也はもう手を下ろしていた。
「見てなかった」
「嘘つけ!」
僕の声がグラウンドに響いた。
◇◇◇
二人三脚を終え。
午後の競技も次々と進んでいった。
結果。
僕たちのクラスは上位。
そして。
体育祭最後の競技を迎える。
『──続きまして、本日最後の競技です!』
校内放送の声が響く。
ざわめきが大きくなる。
『各学年によるクラス対抗リレーです!』
「来たね」
月奈さんが立ち上がった。
「来たね」
僕も立つ。
最後の競技。
クラス対抗リレー。
僕と月奈さん。
二人とも選手に入っている。
「長尾君」
「何?」
「今度こそ勝負だからね」
「だから同じクラスだって」
「どっちが速かったか!」
「どうやって比べるの?」
「雰囲気!」
「適当すぎる!」
「いいから!」
月奈さんが笑う。
「全力で走ろ!」
「それなら賛成」
「よし!」
「二人とも」
星奈さんが僕たちを見る。
「頑張ってね」
「任せて!」
「ありがとう」
「和幸」
信也が呼ぶ。
「何?」
「バトン落とすなよ」
「分かってる」
「月奈」
「ん?」
「前だけ見て走れ」
「……分かってるよ」
月奈さんが少し意外そうな顔をする。
「武田君」
「何だ」
「応援してくれるんだ?」
「クラスの点がかかってるからな」
「素直じゃないなぁ」
「帰れ」
「これから走るんだけど!?」
そして、リレーの選手たちが入場する。
グラウンドを囲む声援。
クラスメイト。
先生。
家族。
月奈さんと星奈さんが転校してきて。
まだ一ヶ月も経っていない。
なのにずっと前から一緒にいるような気さえする。
昼休み。
放課後。
定食屋。
勉強。
体育祭の練習。
少しずつ増えていった、四人で過ごす時間。
「長尾君!」
少し離れた場所。
自分の走順へ向かう月奈さんが僕を呼んだ。
「負けないからね!」
だから僕も笑う。
「望むところ!」
勝負の意味なんてよく分からないけど。
今はそれでいい。
『第一走者、位置についてください!』
歓声が大きくなる。
僕も自分の位置へ向かう。
今日という一日はまだ終わっていない。
月と星がやってきてから、初めての体育祭。
そして僕たちが全力で駆ける──
最後の競技が、始まろうとしていた。
◇◇◇
『位置について──』
第一走者がスタートラインへ並ぶ。
グラウンドを囲む声援が、一段と大きくなった。
クラス対抗リレー。
各クラスから選ばれた走者がバトンを繋ぎ、最後にゴールへ飛び込む。
僕の出番は最後。
アンカーだ。
そして、その一つ前を走るのが──
「…………」
少し離れた待機場所。
月奈さんが軽く跳ねながら身体をほぐしている。
緊張している様子はない。
むしろ、今すぐにでも走り出したそうだ。
……月奈さんらしい。
『よーい──』
パンッ!
乾いた音が響く。
「行けー!」
「頑張れー!」
一斉に歓声が上がった。
第一走者が飛び出す。
僕たちのクラスは──
「三位か」
悪くない。
先頭との差も、それほど大きくない。
第一走者から第二走者へ。
さらに次の走者へ。
バトンが繋がっていく。
二位。
三位。
一度は四位まで落ちたものの、次の走者が一人を抜き返す。
順位なんて、一周ごとに簡単に変わる。
だからこそ。
最後まで分からない。
「月奈ー!」
応援席から、星奈さんの声が聞こえた。
いよいよ。
月奈さんの番だ。
現在、僕たちのクラスは三位。
前を走る二人との差は、決して小さくない。
だけど。
「月奈さんなら……」
僕は呟く。
前走者が近づいてくる。
月奈さんが走り始めた。
右手を後ろへ伸ばす。
「信濃!」
「はい!」
パシッ!
バトンが渡る。
その瞬間──
「──っ!」
月奈さんが加速した。
速い。
最初の数歩だけで分かる。
体育の授業でも見た。
今日の百メートル走でも見た。
だから月奈さんが速いことなんて、とっくに知っている。
それでも。
「……凄いな」
思わず声が漏れた。
前を走る三組の選手との差が、みるみる縮まっていく。
十メートル。
八メートル。
五メートル。
そして──
並んだ。
「月奈ー!頑張って!」
また星奈さんの声。
月奈さんがさらに加速する。
一人。
抜いた。
「二位!」
僕たちのクラスの応援席から、大きな歓声が上がった。
だけど。
月奈さんは振り返らない。
前だけを見ている。
残るは一人。
現在一位のクラス。
そして。
アンカーへのバトンゾーンが近づいてくる。
僕も位置についた。
身体を少し前へ。
右手を後ろへ伸ばす。
走り出すタイミングを計る。
「長尾ー!」
クラスメイトの声が飛んでくる。
「頼むぞ!」
分かってる。
前を見る。
一位。
その後ろ。
月奈さん。
差が縮まっている。
少しずつ。
本当に少しずつ。
だけど確実に。
──来る。
僕は走り始める。
一歩。
二歩。
三歩。
後ろから足音が迫る。
「長尾君!」
月奈さんの声。
右手を伸ばしたまま、僕は前を見る。
「お願い!」
パシッ──!
掌にバトンの感触。
強く握る。
「任せて!」
地面を蹴った。
「行けぇぇぇ!長尾君!」
背中から月奈さんの声。
一位との差は──
僅か。
完全に追いついたわけじゃない。
だけど。
ここまで縮めてくれた。
だったら。
「──っ!」
走る。
ただ前だけを見る。
隣のレーン。
一位のアンカーも速い。
当然だ。
クラスの最後を任されているんだから。
差がなかなか縮まらない。
「長尾君!」
星奈さんの声。
聞こえる。
「和幸君、頑張って!」
諏訪さん。
観覧席からでも、はっきり聞こえた。
そして。
「──和幸!」
「っ!」
聞き慣れた声。
だけど。
こんな大声は、ほとんど聞いたことがない。
「行け!」
…………。
信也。
お前。
そんな声出せたんだ。
一瞬だけ。
口元が緩む。
だけど。
今は振り返らない。
前だけを見る。
一位との差。
あと三メートル。
残り半周。
まだ行ける。
二メートル。
腕を振る。
地面を蹴る。
息が苦しい。
肺が痛い。
それでも。
まだ──
「長尾君──!」
月奈さんの声。
一メートル。
並ぶ。
相手も気づいた。
さらに速度を上げる。
僕も上げる。
「和幸!」
信也。
「長尾君!」
星奈さん。
「和幸君!」
諏訪さん。
そして。
「行けぇぇぇぇっ!長尾君!!」
月奈さん。
最後の直線。
僕と相手のアンカーが、ほとんど並んで駆ける。
足が重い。
身体が熱い。
それでも。
あと少し。
十メートル。
五メートル。
三。
二。
一──
「──っ!」
ゴールラインを駆け抜けた。
勢いを殺し切れず、そのまま数歩走る。
ようやく止まり。
両膝に手をついた。
「はぁ……っ、はぁ……っ」
苦しい。
久しぶりに。
ここまで本気で走った。
ゆっくり顔を上げる。
結果は?
ほとんど同時だった。
分からない。
隣のアンカーも、荒い呼吸をしながら結果を待っている。
周囲がざわつく。
そして──
『クラス対抗リレー、一着──四組!』
「…………」
一瞬。
理解が遅れた。
次の瞬間。
「よっしゃ!」
クラスの応援席から大歓声が上がった。
僕も思わず拳を握る。
「……勝った」
本当に。
勝った。
「長尾君!」
後ろから声。
振り返る。
走り終えた選手たちが待機する場所から、月奈さんがこちらへ駆けてきていた。
「やった!」
「うん!」
「一位!」
「うん!」
「勝ったよ!」
「分かってるって!」
月奈さんが僕の目の前まで来る。
その顔は汗だくで。
長い髪も少し乱れていて。
だけど。
満面の笑顔だった。
「私、ちゃんと繋いだからね!」
「うん」
僕は頷く。
「月奈さんがあそこまで差を縮めてくれなかったら、抜けなかったよ」
「…………」
「ありがとう」
「……えへへ」
さっきまで大騒ぎしていた月奈さんが、急に照れたように笑う。
そして。
「長尾君も」
「ん?」
「ちゃんと一位で帰ってきてくれて、ありがと」
「…………」
今度は僕が少しだけ言葉に詰まった。
昼休み。
月奈さんが言った。
──勝とうね。
僕も答えた。
──勝とう。
二人三脚では、二人一緒にゴールした。
リレーでは。
月奈さんが僕へバトンを繋いで。
僕がゴールまで運んだ。
形は違うけど。
「約束したからね」
僕が言う。
月奈さんの目が少し大きくなる。
すぐに。
「うん!」
いつもの笑顔に戻った。
『競技を終えた選手は、係員の指示に従って退場してください』
放送が入る。
「戻ろっか」
「うん」
月奈さんと並んで退場口へ向かう。
その途中。
「あっ!」
月奈さんが何かを見つけた。
「星奈!」
見ると。
クラスの応援席で、星奈さんが両手を大きく振っている。
普段の大人しい印象からは想像できないくらい。
「長尾君も!」
声まで聞こえる。
僕も手を上げて返した。
そして、その隣。
信也。
目が合う。
「…………」
「…………」
手くらい振れよ。
そう思っていると。
信也が小さく。
ほんの少しだけ。
親指を立てた。
「…………」
僕も同じように親指を立てる。
月奈さんが隣で吹き出した。
「何それ」
「男同士の友情」
「分かりにくっ!」
「いいんだよ、これで」
僕たちは笑いながら。
クラスの応援席へ戻った。
◇◇◇
「お疲れ様!」
戻った途端。
星奈さんが迎えてくれた。
「二人とも凄かった!」
「でしょ!」
月奈さんが胸を張る。
「私が一人抜いて、長尾君が最後に一人抜いたんだから!」
「月奈、凄く速かった」
「でしょー?」
「長尾君も」
星奈さんが僕を見る。
「最後、本当に格好よかったよ」
「あ、ありがとう」
真正面から言われると少し照れる。
「和幸」
「ん?」
信也を見る。
「お疲れ」
「……うん」
普通だ。
あまりにも普通だ。
まるで何事もなかったかのように座っている。
だからこそ。
僕は笑った。
「ところで信也」
「何だ」
「さっきさ」
「…………」
僅かに。
本当に僅かに。
信也の目が逸れた。
ほう。
「『和幸、行け』って叫んでたよね?」
「言ってない」
即答だった。
「いや、聞こえたよ」
「幻聴だ」
「結構はっきり聞こえたけど?」
「疲れてるんだろ。保健室行ってこい」
「星奈さん」
「うん」
星奈さんが小さく笑う。
「私も聞いたよ?」
「…………」
「月奈さん」
「私も!」
「…………」
「三対一だね」
「うるさい」
「いやぁ、まさか信也があんな大声で僕を応援してくれるなんて」
「うるさい」
「嬉しいなぁ」
「黙れ」
「親友っていいなぁ」
「和幸」
「何?」
「次の弁当いらない」
「ごめんなさい」
「早っ!」
月奈さんが笑う。
星奈さんも口元を押さえている。
「でも」
月奈さんが信也を見る。
「武田君も、ちゃんと体育祭楽しんでるじゃん」
「楽しんでない」
「えー?」
「暑いし、人多いし、疲れる」
「朝からそればっかり!」
「事実だ」
そう答える信也。
だけど。
僕はもう何も言わなかった。
だって。
さっきの声を聞いたから。
──和幸、行け!
あれだけ大きな声で。
僕の名前を呼んでくれた。
それだけで十分だ。
◇◇◇
『以上をもちまして、本年度の体育祭を終了します』
閉会式。
長かった一日が終わった。
結果。
僕たちのクラスは総合二位。
惜しくも優勝には届かなかった。
「二位かぁー!」
教室へ戻る途中。
月奈さんが悔しそうに声を上げる。
「あとちょっとだったのに!」
「十分じゃない?」
「優勝したかった!」
「月奈らしいね」
星奈さんが笑う。
「でも楽しかったでしょ?」
「それはもちろん!」
月奈さんが即答する。
「百メートルも一位!二人三脚も一位!リレーも一位!」
「大活躍だね」
「うん!」
そして。
月奈さんが僕を見る。
「長尾君もね!」
「ありがとう」
「二人三脚もリレーも一緒に勝ったし!」
「そうだね」
「次は負けないから!」
「何に!?」
最後までそれか。
「信也は?」
僕は隣を歩く親友を見る。
「何が」
「体育祭」
「…………」
「楽しかった?」
信也が黙る。
月奈さんと星奈さんも信也を見る。
「何だよ」
「いや、感想」
「疲れた」
「それだけ?」
「暑かった」
「他には?」
「人が多かった」
「ネガティブしかないな!」
「事実だろ」
いつもの信也。
僕は苦笑する。
すると。
少し歩いたところで。
「……まあ」
「ん?」
信也が前を向いたまま呟いた。
「思ってたよりは、悪くなかった」
「…………」
僕は立ち止まりそうになった。
月奈さんも。
星奈さんも。
三人で顔を見合わせる。
「何だよ」
「いや」
僕は笑う。
「何でもない」
「気持ち悪い」
「酷くない!?」
月奈さんが吹き出す。
星奈さんも笑う。
信也は面倒そうにため息を吐いた。
だけど。
その表情は。
朝よりも少しだけ、柔らかく見えた。
◇◇◇
ホームルームを終え。
僕たちは校舎を出た。
体育祭を終えた生徒たちが、あちらこちらで今日の競技について話している。
僕もさすがに疲れた。
帰ったら店の手伝いが──
……今日は休ませてもらえないかな。
そんなことを考えながら校門へ向かっていると。
「信也」
聞き覚えのある声。
「あ」
校門近く。
諏訪さんが待っていた。
「諏訪さん!」
「和幸君、お疲れ様」
「ありがとうございます!」
「最後のリレー、格好よかったわよ」
「本当ですか!?」
疲れが吹き飛んだ。
「諏訪さんにそう言ってもらえるなら、もう一周走れます!」
「走ってこい」
「信也!?」
「元気なんだろ」
「そういう意味じゃない!」
「ふふっ」
諏訪さんが口元に手を当てて笑う。
「月奈ちゃんも凄かったわね」
「ありがとうございます!」
「二人三脚も速かったし、リレーも」
「はい!」
月奈さんが嬉しそうに頷く。
「長尾君と一緒に一位取りました!」
「そう」
諏訪さんが僕たちを見る。
「二人とも、息ぴったりだったものね」
「…………」
「…………」
僕と月奈さんが一瞬だけ黙る。
二人三脚で転んだときの距離。
今日のゴール。
バトンを渡されたときの声。
何故か。
一気に思い出してしまった。
「そ、そうですか?」
「練習しましたから!」
月奈さんも少し声が大きい。
星奈さんが隣で僕たちを交互に見る。
何だろう。
その目。
「それに」
諏訪さんの視線が移る。
僕から。
信也へ。
「信也も楽しそうだったし」
「母さん」
「何?あんなに大きな声で応援するなんて」
「母さん」
「私、びっくりしちゃった」
「母さん」
「小学生の頃でも、あんなに──」
「母さん!」
珍しく。
信也が本気で慌てている。
「その話、詳しく聞きたいです!」
「和幸は黙れ」
「私も聞きたい!」
「月奈も黙れ」
「わ、私も少し……」
「星奈まで!?」
「ふふっ」
諏訪さんが楽しそうに笑う。
信也が深いため息を吐いた。
僕も。
月奈さんも。
星奈さんも笑う。
少し前まで。
信也とこうして誰かが笑い合う光景なんて。
僕はほとんど見たことがなかった。
学校では僕としか話さなくて。
昼休みも二人。
放課後も二人。
それで。
別に困ってはいなかった。
信也も。
僕も。
だけど。
今は。
「長尾君」
「ん?」
月奈さんが僕を見る。
「今日、楽しかったね」
「うん」
星奈さんも頷く。
「私も楽しかった」
「信也は?」
「何でまた俺に聞く」
「もう一回答えてよ」
「嫌だ」
「ケチ!」
「帰れ」
「今から帰るんだけど!?」
また笑い声。
高校二年生。
僕たち四人で過ごした。
初めての体育祭。
一緒に走って。
一緒に応援して。
一緒に喜んで。
一緒に悔しがって。
きっと。
結果なんかよりも。
僕が覚えているのは、そんなことなんだと思う。
二人だけだった僕たちの毎日に。
月と星がやってきた。
そして今日。
月は僕と一緒に駆け。
星は僕の名前を呼び。
あれだけ人付き合いを避けていた親友まで。
大声で僕を応援してくれた。
少しずつ。
本当に少しずつ。
僕たちの日常は変わっていく。
「長尾君!」
少し先から月奈さんが振り返る。
「早く!」
「今行く!」
「置いてくよー!」
「だから待ってって!」
僕は走り出す。
その先には。
月奈さんと。
星奈さんと。
信也がいる。
体育祭は終わった。
だけど。
僕たち四人の高校生活は──
まだ、始まったばかりだ。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
体育祭編、これにて終了です。
最初の練習では盛大に転んだ和幸と月奈。
そんな二人が本番では息を合わせて二人三脚を走り切り、最後のリレーでは月奈から和幸へバトンを繋ぐ。
第4話から続いてきた二人の練習が、少しでも今回の「一緒に勝った」という結果に繋がって見えていたら嬉しいです。
そして、もう一人。
今回の体育祭で一番変わったのは、もしかすると信也だったのかもしれません。
体育祭なんて雨で中止になればいい。
そんなことを言っていた彼が、最後には大声で親友の名前を呼んで応援する。
本人は絶対に認めないでしょうけど。
「思ってたよりは、悪くなかった」
今の信也なら、それくらいが精一杯の「楽しかった」なのだと思います。
月奈と星奈が転校してきてから、少しずつ変わり始めた四人の日常。
まだ恋と呼ぶには早くて。
まだ特別と呼ぶにも少し曖昧で。
それでも、最初は二人だけだった昼休みや放課後に、今では月と星がいることが当たり前になりつつあります。
そんな四人の距離が少しずつ変わっていくところを、これからもゆっくり描いていく予定です。
ここまで読んで、
「この四人をもう少し見ていたい」
「この先、誰と誰の関係が変わっていくのか気になる」
そう思っていただけましたら、お気に入りに入れて続きを見守っていただけると、とても嬉しいです。
評価や感想も、執筆を続ける大きな励みになります。
今回の体育祭で好きだった場面や、「このキャラが気になってきた」という人物がいましたら、ぜひ教えてください。
体育祭は終わりました。
次回からは、再びいつもの学校生活へ。
──もっとも。
四人にとっての「いつも」は、出会った頃とはもう少し違うものになっているのかもしれません。
それでは──
また、次の放課後で。