動けなくなった終末期患者の脳波を読み取り、言語化するAIサービス《ココロネ》。
脳外科医の遠藤が亡き父のために開発したその技術は、医療メーカーによって製品化され、全国の病院へ普及した。

「ありがとう」
「もっと生きたい」

動けない患者が紡ぐ声に家族は涙し、新たな延命を決意する。
誰も損をしない、愛と希望に満ちた奇跡の医療システム。

だが、遠藤はAIの出す言葉の裏に潜む、残酷な真実に気づいてしまう。


※本作品は読後に嫌な気分になる要素を含みます。苦手な方は視聴をお控えください

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本編

 

「……聞こえるか?」

 

 

医療ベッドの横に置かれたコンピュータ端末から、男性の声が出力された。

抑揚に乏しい、機械合成の声だった。

 

「っ……え、ええ。聞こえます。父上」

 

ベッドの向かいに立つ白衣の男性が、ぐっと涙をこらえて言った。

 

 

病室の中。ベッドの上には、人工呼吸器をつけられた老人が横たわっていた。

目を閉じて眠っているように見えるが、傍らのバイタルサインは確かにその老人が生きていることを示している。

 

老人の頭部には、電極が無数についた半透明のヘルメットのようなものが被せられている。

白髪の隙間から、痛ましく電極がコンピュータ端末へ伸びていた。

 

雅弘(まさひろ)。久しいな」

 

無機質な抑揚のない声が、白衣の男性の名を呼んだ。

 

「会話は聞こえていた。私に何をしたのかは、理解している」

 

雅弘と呼ばれた白衣の男性は、苦く笑った。

数か月ぶりの親子の会話がそれかと苦笑していた。

 

「……父上、言葉は正しく、出力されておりますか」

 

ベッドの上の老人の胸と口元だけが、僅かに動く。

 

「おおよそ正しい。大意は伝わる」

 

それが正しい出力かは分からないが、どこか芝居がかったその語彙には、間違いなくその老人の癖が出ていた。

 

「お前は、成功したのだ」

 

 

雅弘はその言葉に、きつく唇を噛んだ。

 

「……いいえ。父上。父上の脳を治すことは、できませんでした」

 

深い無力感を孕んだ口調で、吐き出すよう雅弘は呟いた。

ベッドの上の老人は、(まぶた)一つ動かさず、ただ静かに呼吸している。

 

 

最低限、生かされているだけ。

 

 

高次脳機能障害(こうじのうきのうしょうがい)

終末期患者。

植物状態。

 

ベッドの上の老人の様子を端的に示す言葉はそれらだった。

 

 

「治らないものもある。そういうものだ」

 

”そういうもの”に抗いたくて脳外科医となったのに。

自分の敬愛する母も、父も、救えなかった。

 

 

父はある日、脳の病に倒れた。

その日に執刀したが、運動機能が戻ることはなかった。

 

 

「お前は、素晴らしいものを作った。また、息子と会話ができた」

 

抑揚のない老人の声に、雅弘は涙を流していた。

その声は、まだこの老人が二本の足で立ち、教鞭を執っていた時代に何度も聞いたものであった。

 

 

最新のAIが合成した、雅弘の実父の声。

それは、老人の脳内の微細な電気信号を読み取り、言語化された物だ。

 

雅弘が作り上げた、終末期患者の思いを読み取り、言語化する装置。

 

それこそが再び、親子の対話を作り上げていた。

 

 

「体調は、崩していないか」

 

呼吸以外に微動だにしない父へ、雅弘は柔らかい目を向けていた。

 

「ええ。インフルエンザの予防接種も打ちました」

 

「そうか。体は、資本だ」

 

 

それは父がまだ自らの口で言葉を紡いでいた時代によく使っていた言葉だった。

抑揚こそないが、言葉は寸分違わず同じであった。

 

「……父上。私は――」

 

()()()()()

 

雅弘は目を剥いた。

 

「もう十分、生きた」

 

雅弘は、コンピュータ端末を見た。

無機質な画面には、先ほど発された言葉と同じ文字列が並んでいる。

 

断じて、聞き間違いではない。

 

 

「ち、父上。なぜ――」

 

「お前たちは明日を生きるべきだ。私には、もう明日はない」

 

雅弘は、父の横のバイタルサインを見た。

父の心臓は、弱っているが鼓動している。

明日も、明後日も、一か月後も、動き続けるだろう。

 

「父上。違います。父上は生きられるんです。この装置で、対話を――」

 

 

「雅弘。もう受け入れろ」

 

 

抑揚のない声を、コンピュータ端末が出力した。

 

 

「私はもう終わった。回復の見込みはない。明日を生きる者の妨げとなりたくない」

 

 

雅弘は、ぎゅっと拳を握った。

 

AIの出力した回答が誤りであってほしかった。

しかし、そうではないという確信もあった。

 

まだ病に倒れる前に父は何度も、そう言っていたのだから。

 

 

「雅弘。ありがとう」

 

 

動かない老人の横の機械が、抑揚のない言葉を紡ぐ。

 

 

「これからも人のために生きろ。苦しむ人を救え」

 

 

それは雅弘が医者を志す前にも、医者となった後にも繰り返された言葉だった。

間違いなく、父の言葉だった。

 

 

 

 

老人の入院していた病院の倫理委員会は、老人の親族の”要望”を聞いた。

 

以前より、終末期となった際の生命維持装置の停止について本人から強い要望があったこと。

回復の見込みはないこと。

 

あっけないほど早く手続きは進んだ。

雅弘は父の主治医として、倫理委員会を前に進めるために必要な医学的根拠と本人の意志を、すべて提示した。

 

ただ、その中で“AIが言ったから”とは決して言わなかった。

そんなものに有効性などないことは、雅弘もよく知っていた。

それに、あの装置はあくまで、自己満足のために作った物だったから。

 

 

数日後、一つの生命維持装置の電源が切られ、一人の命が静かに消えた。

 

 

雅弘は、付き物が落ちたように晴れやかな顔をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

「初めまして。ドクター遠藤(えんどう)。わたくし、メッドテックジャパン・テクニカルCEOの渡辺(わたなべ)と申します」

 

オフィスビル高層階の応接間に、ラフな服装の男性と、スーツ姿の男性が向かい合って座っていた。

 

片方は、脳外科医・遠藤雅弘。

もう片方は、このビルの所有企業の役員・渡辺。

 

 

父を看取った数か月後に、遠藤はこの企業に招待された。

メッドテックジャパンと言えば、遠藤も利用したことのある国内大手医療機器メーカーだった。

 

 

「――ドクター遠藤のお作りになられたAIサービスについて、弊社で商品化をさせていただきたいのです」

 

世間話や世辞が何度か飛び交ったのちに、渡辺が本題を切り出した。

 

「……あれは、知人と個人的に作った物です。人に出すほどのものではありません」

 

「とんでもない! 共同制作者のミス・工藤(くどう)にもお話を伺せていただきました。ミス・工藤もご謙遜なされておりましたが……このサービスはとても革新的です! 多くの方を救うことができますよ!」

 

いつの間にか、情報が漏れている。

特に後ろめたいことをしたわけでもないし、隠したつもりもないが、どこかから嗅ぎ付けたようだった。

 

BMI(ブレイン・マシン・インターフェース)デバイスとAIを融合させた、終末期患者の方の脳波を読み取り言葉を出力する装置……いちエンジニアとしても、非常に興味深く、非常に素晴らしいものだと思います! 心から!」

 

渡辺は身を乗り出し、鼻息荒く語る。

 

一方の遠藤は、ふぅっと呆れたような息を吐いた。

 

「……ありがとうございます。ですが、あれは私の自己満足のために作っただけです」

 

「承知しておりますが、あの技術は絶対に多くの人を救います! 遺言、生前贈与、そしてご親族の方への励ましとして……慈悲に満ち溢れたこの技術を、ぜひ製品化したいのです!」

 

そういえばそんな使い方もあるかもしれない、と遠藤は思った。

生前贈与と言えば、仕事柄、よく患者からも聞く言葉だ。

 

「法的な手続きはすべてこちらで請け負います! 機器の調整も、トラブルの対応もすべてこちらで請け負います! ドクター遠藤のお手を煩わせることはありません!」

 

「……知人は、良いと言ったのですか?」

 

「ええ。ミス・工藤も”世のためになるのでしたら”と快諾いただきました!」

 

渡辺は二枚の書類を差し出した。

一枚には、遠藤の知る知人女性・工藤の名が書かれている。

 

「こちらがプログラムの譲渡契約書になります。製品販売後にお渡しさせていただく謝礼金についてはこちらに――」

 

 

 

かくして、メッドテックジャパンの新サービスとして、終末期患者向けAIサービス《ココロネ》が作られた。

 

《ココロネ》は細々と、しかし確実に利用され始めた。

 

 

《ココロネ》は、患者の家族にとって福音となった。

 

 

動けない終末期患者の口に代わり、不器用ながら出力される言葉は、まぎれもなく本人のものだった。

本人にしか知りえない情報すらも、合成音声が不器用に出力した。

 

 

家族たちは終わらない苦痛の中で、ひと時の安らぎを得た。

 

 

 

 

 

時が経ってある日の病室。

 

 

男の子向けのおもちゃと造花に囲まれたベッド。

その上に、一人の男の子が横たわっていた。

人工呼吸器と無数のチューブが繋がれ、ぼんやりと目を開けていた。

 

事故によって数年前から高次の運動障害を抱えており、喋れなくなった男の子。

 

 

男の子の傍らには、40代ほどの女性がいた。その男の子の、母だった。

目の下には分厚い(クマ)があり、長髪も乱れている。最低限の化粧だけしていたが、涙でその化粧もどろどろに落ちていた。

 

男の子の頭には、黒いヘッドバンドのようなものが巻かれていた。

そこから無数のケーブルが伸びて、傍らのコンピュータ端末に接続されていた。

 

それこそが、終末患者向け会話サービス《ココロネ》だった。

 

 

「こうちゃん、痛くない? 大丈夫?」

 

母親がベッドに縋りつき呟く。

《ココロネ》に繋がれた息子が目だけをきょろりと動かし、母に言葉を紡ぐ。

 

「ママ。きこえてる?」

 

AIに合成された平坦な声でも、それは確かに、息子の声だった。

母親は泣き崩れた。

 

「聞こえているわ! ママよ! 痛くない? 大丈夫?」

 

「大丈夫だよ。ママ」

 

男の子の顔は目以外は動かないが、確かにその目は母親を見ていた。

親子の視線が交錯して、気持ちは音となって伝わった。

 

 

 

男の子は、思う。

 

 

 

――もう、()()()()()()()

 

 

毎日、痛い。

苦しい。

動けない。体がかゆい。

固くなって、もやもやしてて、つらい。

 

おトイレも、お風呂も自分でできない。

 

なんにもかわらない景色。

なんにもかわらない毎日。

 

 

ともだちも、もう誰も来なくなった。

ママもパパも、疲れてる。

 

 

もう、迷惑かけたくない。

 

終わりにしたい。

 

 

さっきママは言ってた。

この機械があれば、思いが伝わるって。

 

痛くないって伝えられた。

本当は痛いけど、この機械のおかげで話せた。

「ママ」って代わりに言ってくれた。

 

だからきっと、伝えられる。

 

 

僅かに動く口と手を動かし、痛みの中で頭に居座る機械に言った。

 

 

 

『ママ。ありがとう。もういいよ。死なせて』

 

 

 

 

 

現実世界で、AIが言葉を紡ぐ。

 

 

 

「ママ。ありがとう。()()()()()()()()()

 

 

 

動けない男の子の目が、ぎょろりと動いた。

驚きと困惑で。

 

「頑張ってるわよ……! 毎日、本当によく頑張ってる。ママもパパも頑張るからね……お金を稼いで、ちゃんと薬を買うから」

 

母親が涙を流して、動けない男の子に寄り添う。

 

 

 

『ちがう。ママ。もういいよ』

 

声なき声が絶叫する。

 

 

 

AIが言葉を紡ぐ。

 

「ありがとうママ。ぼく、もっと生きたい」

 

「う、うん。わかったわ。ママたち、がんばるから! がんばるからね!」

 

母親が指一本動かない男の子の指を掴んで言った。

 

《ココロネ》で、息子の気持ちが分かった。

生きたいって言っていた。

 

 

もう一度、歩かせてあげたい。

もう一度、学校に通わせてあげたい。

 

そのためなら、どれだけでも頑張れる。

だって親だから。

 

 

「ママもパパも、頑張るからね! きっとよくなるから!」

 

体の動かない男の子は、目をきょろきょろさせていた。

 

 

 

 

 

 

数か月後のある日のこと。

 

 

ココロネ運営会社のメッドテック・ジャパン会社ビルに、遠藤はいた。

応接間には、遠藤と、ココロネ運営サービス総括者の渡辺しかいない。

 

 

「遠藤様。いつもお世話になっております。おかげさまで《ココロネ》は大盛況です」

 

遠藤は出されたコーヒーに一口もつけず、渡辺を睨みつける。

その目には、憎しみがこもっていた。

 

()()の皆様に寄り添うサービスが作れたことで、我々も社会の一員として、確かな実感を覚えております」

 

渡辺の笑顔を睨みつけて、遠藤が言う。

 

「《ココロネ》の出力がおかしい。明らかに作為を感じる」

 

「……作為、とは?」

 

渡辺は遠藤の体面に座り、見透かしたような顔で言った。

 

 

「……”死にたい”。その一文を出力しないように手を加えたな」

 

 

《ココロネ》がサービスインされて数か月。

ネットの海の中には、そんな声が無数に上がっていた。

 

終末患者がどう思っているかなど、本人にしかわかりはしない。

しかし、父のように「死」を願う声が、一つたりともありはしなかった。

 

明らかに異常なほどに――《ココロネ》の出力は、希望に溢れていた。

気が狂うほどの痛みの中にいる人もいたのに。

 

 

自分の父のように、終わりを願う人もいると思ったのに、誰一人としていないようだった。

 

 

「ああ……その件、ですか」

 

渡辺は、呆れたようにため息をついた。

 

「貴方にご提供いただきました”オリジナル版”のAIには、不具合がございました。ですので、製品版では修正パッチを当てさせていただきました」

 

「不具合? ふざけるな。ちゃんとマッピングした。父の語彙をすべてトレース出来たんだぞ」

 

「不具合、ですよ」

 

渡辺は、にっこりと笑った。

 

 

「”倫理的に不適切な応答をAIが誤って出力する”不具合がございました。ご提供いただいたAIのままでは製品化できないと弊社の倫理委員会から指摘がありまして、修正パッチを当てさせていただきました」

 

 

まるでアップデートログの一文を読み上げるような口調に、遠藤が眉をひそめ、拳を机に押し付けた。

 

 

「……誤って? 終末期患者が死にたいと言うことが、誤りだと?」

 

怒りに震える拳を握って、遠藤は言葉を紡ぐ。

 

「ええ。誤りですよ。そんなことあるはずがありません。皆様、一日でも長く生きたいとおっしゃっています。自発的に死を選ぶ方など、いるはずがありません」

 

渡辺が身を乗り出して、遠藤の目を覗き込む。

 

「いるはずがありませんよね。脳外科医の、遠藤様?」

 

唇が避けそうなほどに、にっこりと笑って渡辺が言う。

 

「それは貴方が一番わかっているでしょう? 脳外科医の遠藤様。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、遠藤様?」

 

 

渡辺は立ち上がり、遠藤を見下して言った。

マネタイズの仕方もろくに分かっていない医者を見下した。

 

「《ココロネ》が、全国の病院にどれほどの安定収入をもたらしているか、ご存じないようですね。彼らが『生きたい』と言ってくれるおかげで、病院へは国から莫大な医療費が落ち、我々のサブスク契約も継続される。遺族の皆様も希望を持ち続けられる。全員が幸せなエコシステムなんですよ」

 

何も間違いなど無い、世界の心理を愚かな医者に説いていた。

 

「お客様である病院からも、遺族の方の希望を引き出す次世代の装置として、たいへん高評価をいただいております。皆様、笑顔になっているのですよ」

 

遠藤が僅かに目を見開いて、深い悲しみと諦めをもって、目を伏せた。

 

「『死にたいと出力させろ』? ……誰が、得をするのですか?」

 

渡辺は笑顔を崩さず、そう言い放った。

 

 

血が出るほど拳を握りしめた遠藤の顔を、渡辺は覗き込んだ。

眉をハの字に下げ、頭の悪い医者に道理を説くために。

 

「まさかとは思いますが……命を救うお医者様ともあろうお方が、安楽死を肯定するシステムをお作りになさるなんて、そんなことはございませんよね? ”お父様の件はAIの欠陥による不幸な事故だった”。そうですよね?」

 

遠藤は殺意を込めて渡辺を睨みつけたが、しかし言葉を紡げなかった。

何か言葉を発すれば、父の遺志すらも『機械の誤作動』に堕とされるのだから。

 

 

遠藤は無言で立ち上がり、肩を怒らせ、部屋を出ていく。

 

 

その背中に渡辺が言った。

 

 

「お父様の件はお悔み申し上げます……製品版の《ココロネ》があれば、あのような不幸な事故は起こりませんでしたのに」

 

 




【あとがき】
作者です。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
「胸糞系」好きな方にご満足いただければ、とても嬉しいです。

もし気に入っていただけましたら、他の作品や長編作品もご覧いただきますと幸いです。

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