領域展開の最中で、事情を聞く五条。
夏油もちゃっかりグランドオーダーから出て来て、彼女にアドバイスを送ったが、よく分からない存在のORTが規格外過ぎて想像を絶する状態になったという。
今の彼女を見て五条は言った。
「傑、お前霞夜をいきなり特級にする気か? 身体が物理的に弄くられて、悠仁の言ってた真人とか言う呪霊に弄られた奴と同じ状態だぞ。これじゃもう改造人間だ」
「みたいだね。ORTの残滓が本能だけはキッチリ残っていたとは、油断したよ。今のマスターは他の生徒や悟の一部をORTを通して食らったから、身体に自動的にあらゆる技術が身についた。君の才能を文字通り、食い千切ったわけだ」
袖に腕を入れて溜息をつく。
グランドオーダーも飛躍的にORTが無理矢理、努力では無く残滓の力でレベルアップした。
「条件は憂太と同じ。何でもありのコピーか。憂太の事は覚えてるか、傑」
「あぁ、さっき見てたよ。まだ、リカも居るんだね、でも少し違っていたが。彼の術式もコピーだったっけ」
曰く、乙骨にORTは近いらしい。
リカというあの怖いのが捕食して、術式をコピーするのが乙骨。
無論制限あれども、基本的に大抵食えばコピー出来る。本人に使えるかは置いといて。
その上位互換。触手で捕食すれば、呪力だろうが物理だろうが食らいつき術式以外の体質や技術まで解析して会得してしまう。
霞夜は乙骨に並ぶ怪物に成り果てた。
それでも。時間制限もあるし、全力を出してもORTほどの脅威では無い。
ORTは怪物だ。全てを喰らう、謎の生き物。
生きているだけ本能があると言えども、まさか書き換える事まで行うとは。
「すみません、私どういう状態なんでしょうか?」
霞夜が問うと、今の霞夜は五条と何ら燃費の変わらない身体になった。
極めて効率の良い呪力の巡り。
反転術式、術式反転、落花の情、簡易領域、挙げ句には先程の謎の領域展開。
六眼無しで、最適化された身体はORTに堪えられ、天与呪縛の真希をも超える物理的な強度に達している。
五条の持つ才能を食らって、乙骨を食い、恵を食い、釘崎を食い、狗巻まで喰った。
術式がストックされているようで、グランドオーダーの中身として、複数ORTの記録に刻まれる。
本来有り得ない外部からの術式の捕食を出来る改造人間。
もう、呪術師というより怪物。
「君はもう人間じゃない。ORTというインベーダーだ。外来種、あらゆる生き物の敵」
「…………」
愕然とショックを受けた。
ORTに適応したら人間辞めてしまったらしい。
虎杖のような特異体質で済めば良い。
だが実際はORTの起こした改造人間。
呪術師名乗りたくても、代償は大きすぎた。
「迂闊なアドバイスすんなよ傑。霞夜の人生終わっちまったじゃねえか」
「いや、どうだろうね。グランドオーダーが使える時点で、彼女はもう……」
「……そうだったな。グランドオーダーの縛り、忘れてた」
縛り? 霞夜は初耳だった。
グランドオーダー自体にそんなリスクがあったのか。
夏油は、よく思い出せという。最初の時、グランドオーダーに魂を差し出しただろう。
「そういえば……そんな記憶があります」
「そうだよ。グランドオーダーは、極めて重たい縛りで使用を求めてくる。供物を捧げろと」
これが縛り。グランドオーダーを持つ呪術師は、魂をグランドオーダーという祭壇に捧げて初めて使える。
魂の無い人間は、どうなるか。簡単だ。
寿命が消える。加齢もしない、肉体が成長もしない。
その時点で、霞夜は人生が終わっていた。
ただ、日々を生きているだけの不老。
時では朽ちず、誰かに殺されて死して漸く解放される。
「グランドオーダーの呪術師はね、終わりは大抵誰かに殺されるんだ。上層部が死刑判決を慈悲で出すくらい長生きする。自分で死ぬにも、グランドオーダーが縛りで止める。魂を捧げた器が死ぬことを許さない。生きる限り、グランドオーダーを執行せよってね」
「…………」
つまり。グランドオーダーで不老だった上にORTの改造を受けて益々怪物のような状態になったと。
「……私、何か悪いことしました?」
惨い仕打ちだった。術式で魂を捧げ、ORTに肉体が弄られて。
成り果てた結果が、怪物。
普通の呪術師を目指していたのに。
その本人が人間を辞めてしまったのだから。
「参ったね。これじゃ上層部が死刑判決を下しても、死なないんじゃないかな。悟と同じで無意識に反転術式を適時行ってるし。呪力の巡りと燃費が良すぎて枯渇もしない。ほぼ悟の死なない状態だから、もうこれジークフリートとかの一緒で、呪われた不死身だろマスター」
「不死身……」
よく神話で聞く単語だが、ORTに適応してグランドオーダーに魂を供物に出した霞夜の結末。
不死身の怪物。
ORTの機能を備えた生きた疑似呪術師。
嘗て復活した際に呼ばれた名。
そう、グランドオーダーの内部でORTについて知る数少ない少女の英霊が自責で苦悩していた。
弱体化して御せると思ったが本能が残っているとは。
意思がなくとも本能ならば生き物は持つ。
生き残る本能、捕食もそうだろう。
自分がきっと大丈夫と言わなければ。
そう彼女が思っても、霞夜は戻れない。
実際最強の領域展開の無量空処を自力で堪えている。
情報の過剰投与を、真っ向から処理して踏ん張って会話ぐらいなら出来る。
「不死身の怪物か……。霞夜、どの口が言うんだと思うけど、ゴメンね。これは完璧に僕らの指導不足だった」
「私が使えると言いだしてしまった。悟のせいじゃなく、新参者の癖に触れてはいけない禁忌をマスターに背負わせた私のミスだ。申し訳ない」
過去の最強コンビが謝ってくるほど救いの無い結末。
霞夜は反応に困る。だって、もう手遅れだし。
そもそも寿命が消えたのも気付かず、ORTを利用したら最適化された身体。
元より、霞夜はそういう術式を持っていたのだ。
どうしようもないので、途方に暮れる。
死ぬことも出来ない。呪術師……にはなれても、いつ終わるか。
これからの未来、前提として独りぼっちか。
……それでも。
「……分かりました。でも、私……呪術師ですから。強いに越したことは無いと思います」
明るく振る舞うことにする。
大丈夫、霞夜が生きる限りサマーオイル先輩は消えない。
時が来て五条が仮に死んでも、偉人である以上はグランドオーダーに組み込まれたら何時かまた会える。
少なくとも、夏油はずっと先輩だ。人生の。
だから、これから長い旅路に付き合って欲しいとお願いする。
「霞夜……。思ってたよりも前向きだね。良いことだ。絶望しないで諦める事は受け入れる。妥協をしないとやってけないよ」
「私より長生きするマスターの人生か。悪くないかもね。悟、君の目指す変革で呪術師の世界を変えるなら、マスターに託せば?」
腐った世界を一掃する。それが五条の目標だと夏油は言うが、首を振る五条。
「この子は素直だ。それに一定の割り切りが出来ても、呪術師の理屈より一般常識に引っ張られている部分が強くて向いてない」
夏油のサポートあっても苦悩するだけだ。
日々生きていくだけの、普通の呪術師の生活が良い。
それが一番無難な選択。
「そうか。じゃあマスター、これからも共に行こうか」
「お世話になります、サマーオイル先輩」
「サマーオイルぅ? お前どうしたのそのあだ名」
「彼女が気に入ってつけたんだ。愛称と言うことにしてくれ」
ゲラゲラ笑う五条が領域展開を解いた。
同時に夏油も引っ込む。
血相を変えて、生徒達が駆け寄る。
「五条先生! 大丈夫ですか!?」
乙骨が真っ先に問う安否。
飄々と誰に言ってんだと笑う。
「大丈夫。僕、最強だから。霞夜よりもね」
傍に居た霞夜の頭をポンポンして言った。
一旦、彼女は五条が預かる。
見ての通り、グランドオーダーが挑発すれば危険なのは分かっただろう。
「天戸の暴走の理由は?」
「術式の暴走だよ。細かい事は知らなくていい。慣れてない霞夜がグランドオーダーの切り札を起動させたせいでああなったんだ。土壇場で暴走よりはずっと良い」
そう説明する。心配そうに見ている恵。
乙骨が狗巻の治療を終えているので良いのだが。
「すみませんでした」
気軽に切り札を使って暴走した。
迷惑をかけたと謝罪する。
五条が恨んだりするなと言っておくが。
一同、愕然としていた。
「僕の時より酷い暴走だったんですけど……」
乙骨が五条に言う。大丈夫かこの子。
呪術師にしては凄い違和感を感じる身体になってる。
さっきとは別人だ。
呪力を常時薄く纏い、ただ立っている。
無意識だろうか? 五条の無下限に似ている。
近くに居た虫を、呪力で弾いて散った。
音も無く、反射的に。
「あー……。説明するとね。霞夜、落花の情の状態をずっと維持してるんだよ。呪力の効率が僕並みに良いから」
「はぁ!? 待てよ、それジジイの秘伝だぞ!? 何でこいつが使えるんだよ!?」
真希が有り得ないと問い詰める。
御三家の秘伝が、勝手に使える訳が無い。
「この子のさっきの状態は、何でもありの憂太みたいなもんなんだ。コピーされたんだよ、僕を食らってね」
「やっぱり……僕と同じだったんですね。リカが食い込まれた根っこがやっと消えたら、ゴッソリ呪力吸い上げてたし……。いえ、それ以前に周囲の呪力すら広範囲で吸い込んでました。あれ含めて、リカと同じ捕食ですよね?」
乙骨が自分よりも広範囲で無条件に触れたら捕食する機能を見抜く。
大体合ってると言うと、露骨に驚愕している学友に彼は言う。
術式だけならず体質や技術まで会得出来る、食らう相手は呪力でも肉体でも呪具でも関係ない、異常な捕食。
自分よりも、取り込むという意味では桁違い。
確かに大雑把な区分はコピーだろう。
だが去年の自分すら上回る捕食者。
霞夜は、もう……恐らく、見ての通り。
通常の人ではない。見れば分かる。
誰でも、呪術師なら。感知できる。
歪な状態で普通に立っているのが。
「天戸さん、君は頑張った。御せると思っても出来ないこともあるよ。僕も人のこと言えないからね」
「憂太が言うんじゃレベルが違う。無理もねえな……。悪かった、挑発して。無理させたな」
乙骨や真希がそう言ってくれるのは救いだった。
リカで経験しているから。暴走、と言うモノを。
パンダや狗巻も気にしないと言った。
同級生もそうだった。
「宿儺に比べたら遙かにマシだ。お前も、ちゃんと呪術師やるなら、使いこなせ。自分の術式だろ」
「私もいきなりケンカ売って悪かったわね。あんたが弱いって勝手に決めつけてた。隠してた秘蔵の同級生が弱いわけ無いのに」
恵も釘崎も、認めてくれるのか。
この、不気味な不死身の怪物を。
「此方こそ、無作法でした。すみません……」
丁寧に頭を下げて謝罪する。
和解しておこうと五条は言う。
暫く、隔離して調整するから別行動と提案する。
「次は、呪術師としてそのグランドオーダーを隣で見せてくれ。……期待してるぞ、天戸」
「頑張ってみます」
去り際、恵が激励してくれた。
そうか。気付く霞夜。
皆は虎杖が死んでいると思っているから、新しい呪術師の霞夜を心配してくれているんだ。
気遣いに感謝して、戻って行く五条に続く。
校内に入って例の地下室に向かう。
結界を解いて、中に入る。
……とうの虎杖が、映画を見ていた。
人形を抱きポップコーンとコーラを近くにおいて。
「あれ、天戸? 先生も。どうしたんだ?」
気付いて、こっちを見る。
霞夜は呪力を人形に流しているのが見える。
何かの訓練だろうか。
「あぁ、悠仁。暫く、霞夜もここで生活するから。ちょっと術式が暴走してね。悠仁みたいにヤバい状態になっちゃったんだよ」
「マジで!? 大丈夫かよ天戸!」
ケロッと言う五条に、虎杖はこうも心配する。
……なんだ、と思った。
何を勘違いしていたんだろう。
結局、高専の呪術師は皆いい人だ。京都も、東京も。
恵まれているんだ。化け物と呼ばれないだけ。
「すみません、お世話になります。でも、同級生と同居……というか、同室ってのは……」
一応思春期。その辺の風紀は?
「大丈夫。俺、好みの異性はちゃんとある! 天戸は同級生、誓って変なことしない!」
「めちゃくちゃ笑顔でサムズアップしてますね……」
信用して良い、と笑う虎杖。言外に好みではないと。
それはどうなんだ……?
「悠仁はその手じゃ無害だよ。気にしない気にしない! 霞夜は少し、術式の調整さえ出来れば即戦力だから。今日は適当に悠仁と映画でも見てて」
根拠の無い太鼓判で任せると言って、出て行く五条。
飯は適当に食え。風呂は入り口の近くの別室にある。
着替えは、まあちょっと明日まで我慢で。
暇だろうが、映画でも見て適当に寝ろ。
そうとだけ言うと居なくなった。
「……」
年頃の生徒を同室に?
信用しすぎでは無いかと思う。
「おお、そっか。じゃあ、宜しくな! 天戸は何の映画見るんだ? 一緒に見ようぜ!」
悪意の欠片も無い虎杖が誘う。
……気にせず信用しよう。
映画なら洋画、SFが好きな霞夜。
この日は、霞夜の気に入ってる映画を見て二人とも休んだ。
次の日の夜だった。
突然、五条が戻ってきた。
「悠仁、霞夜。ちょっと出かけるよ」
「はい?」
「へっ?」
外に出て良いと言われて、取りあえずついてこいと。
校舎の外に出る。すると。
「僕の腕を確り掴んで。目を閉じて、一瞬で良い」
左右の腕で両者を掴む五条。
途端、暗転。目を閉じたら、即座に嫌な気配がする。
空を舞う感覚。目を開けると、山中の池の傍だった。
池の中で、何かが居る。
「……ほぉ。わざわざ足手纏いを連れてきたか」
単眼の顔が富士山みたいな呪霊が喋った。
こいつ、特級だ。
本能的に理解してスイッチが霞夜が入る。
降霊、エミヤ。
即座に投影。何時もの洋弓を取り出す。
「五条さん、アレ特級の呪霊ですよね。理由は分かりました、全力で祓います」
「……何だ小娘。儂とやる気か? ふんっ、甚だしい。貴様が勝てると思うか」
舐めるなと特級は何故かボロボロだったが不敵に笑う。
消耗しているのは、五条と争った後か。
「先生!? 俺達さっきまで高専に居たよね!? 此処何処!?」
「悠仁、今はそれよりもずっと続けていた特訓の成果を出すときだよ。霞夜とアレ、一緒に祓える?」
既に半殺し。消耗している上澄みの特級。
それを共に祓えと五条は言った。
「何だと? 小僧と小娘風情が、舐めているのか!! 五条悟!!」
激昂する呪霊に、冷酷に言う五条。
「お前が傑のパチモン一派だって事は分かってんだよ。欲しいんだろう、霞夜の身体。不死身の怪物が。僕を殺せるグランドオーダーが。やってみろよ。グランドオーダーの、本物の恐怖をお前も知れば良い」
……どういうことだ。
振り返ると五条は端的に言う。
奴の狙いは、霞夜。何とか回収したいようだ。
「私を、狙って……?」
「あぁ。あいつらの狙いはどうやら君だよ。何でかこんな場所で僕に絡んできたけどね」
そう説明する。
隣で虎杖が、気圧されてビビっている。
あの特級は、相当強い。そう見抜いて分かっている。
霞夜は、勝手にスイッチを入れている。
特級だろうが、呪霊。なら、祓う。
怯えも、恐怖も、感じない。
「矜持も無いのか、最強と言われている貴様は!」
「お前に人間の哲学が理解できるとは驚きだな」
笑って、見ててやるからやってみろと。
大丈夫、前座はやっておいた。二人なら、勝てる。
「……悠仁。あいつは、真人の仲間だよ」
五条からそう聞くや、一気に殺気立つ虎杖。
仲間。呪い。邪悪な呪霊。
「上等。……この際だ。今まで嫌だったけど、宿儺の力でも何でも使ってやる。来いよ、富士山。お前に勝ったら、真人の居場所を吐け」
「指図するか、この儂に! 小僧、たかが器の分際で勝てると思うな!」
激怒する呪霊。言葉は、通じる。
ならば、一つ問いたい霞夜。
「特級呪霊。あなたの名は、何ですか」
「……なに?」
怪訝そうにされても、問うた。名を聞こう。
敵意剥き出しの虎杖と共に、行く前に。
此方を知るなら名乗れ、呪霊。
お前にも、語るに値する矜持があるなら。
呪い合う前に、名も無き呪霊と呼ぶ前に。
全力で祓うに価値のある呪霊と見る。
ある種の無礼となりたくない。
「貴様は呪術師。儂は呪霊だ。それだけで理由は十分。それでも、儂の名を問うか」
「はい」
投影した剣を番えて、構えながら。
呪い合うのは当然の宿命。でも。
意思疎通が出来るなら。
特級呪霊。強きモノとして、負けても……死んでも、その名を記憶する。
「フフ……フハハッ!! バカ正直に、儂に場違いに敬意を払うか愚か者! 良かろう! その気概、気に入ったぞ小娘! 儂は漏瑚! 貴様ら人類が大地を恐れて生まれた呪霊よ!」
「そうですか。大地の呪霊……道理ですね。自然は、何時だって怖いですから」
特級呪霊に相応しい、大地の呪霊。
きっと自然災害の恐怖で生まれた呪霊だろう。
摂理、必然の呪霊と言うことだ。
「これも呪術師の役割。その存在に挑みます」
「貴様はどうやら、五条悟のような慇懃無礼ではないらしい。良いだろう、儂に挑むことを許す。来るが良い、稀代の怪物よ!」
術式を発動する漏瑚。
手に持つは火球。火の呪霊?
いや、大地……ならば火山。
実に日本らしい呪霊だろうが、今は。
「行きますよ、虎杖君!」
「おう!!」
漏瑚に二人で挑む。全力で!