激戦を超えた霞夜達。
だが、それは明かしても暈かしていくと五条は言う。
虎杖がまだ生きているとバレてはいけない。
その時じゃない。彼の実力は裏で磨いていけば良い。
脹相という人物が高専に合流した。
これがまあ、大変なことで。
大幅に相手の情報が更新された。
曰く、脹相は夏油の偽者から逃げた受肉体。
彼の仕業で強引にこの身体になり、大事な弟を二人、受肉体の状態で面白くないという理由で目の前で殺された。
本来は特級呪物の受肉体で、高専に封印されていたのを去年サマーオイルがやらかした百鬼夜行のどさくさでパクられて、今年になって実行。
偽者は夏油の姿をしているが、中身が違う。
聞く限り、最も賢しい呪詛師。
理由不明で動いている、クソ野郎。
どうやら長年に渡って転生、或いは寄生して肉体を変更する術式を持っているらしい。
その過程で、加茂家の汚点とも呼ばれている昔に脹相の元になった特級呪物を生み出した本人。
そいつは今、都内の何処かに居る。
高専の方の裏切り者も密告で見つかった。
「与幸吉。そいつが高専のスパイだ」
そう言う脹相。速く捕まえた方が良い。
誰だろうと思ったら、京都校のメカ丸先輩。
その本人だった。そう、清姫が本人に嘘吐きと言った理由はこれだったのだ。
ショックを受ける霞夜。内通者が、メカ丸先輩。
理由は不明だがメカ丸本体がどこに居るか分からない。
その辺は後で何とかする。
偽者は宿儺とも関係があるようで、復活の手伝いをしている同胞のようなもの。
「そうだろう、宿儺。聞いているなら、嫌味の一つでも言ったらどうだ?」
法衣の袖に手を入れて、脹相は例の地下室で共に過ごす。
戻ってきて早々、重要なことは全て五条に此処で説明する。
見張りの結界は元々、脹相の呪力は特級呪物の時代に記録されている。故に知られずに潜り込めた。
『ふんっ……何を言うかと思えば、奴の余興で生まれた気色の悪い半端者が。羂索の試みなど俺はどうでも良い』
戦いから戻った翌朝の明け方。
地下室に居る、四人は神妙に説明を聞いている。
虎杖の頬に単眼と口が現れた。これが、宿儺。
「羂索……? 奴の本当の名か」
『どうでも良いと言った。俺は俺のやりたいようにやる。貴様のような羽虫に何が出来る、紛い物風情が』
羂索。偽者の名前。五条は直ぐに準備する。
色々と動きやすくなった。反撃の時間だ。
「黙ってろ。お前の声は聞きたくねえ」
忌々しい顔で手で頬を引っ叩く虎杖。
宿儺は邪悪に笑って引っ込んでた。
『この邪悪は私に似ている声だな、マスター』
(エミヤはこんなに悪意のある声じゃないですよ)
グランドオーダーの中で苦笑いするエミヤが言う。
過去最強の呪術師。虎杖という受肉体で動く、知られたら不味い存在。
『……この手の存在は、全ての慈悲も無く抹殺すべきだ。マスター、どうする。君なら私の剣で今の宿儺を殺せる。そう言ったら』
「出来るんですか!?」
不意にエミヤが切り出す。
見つかったらまた殺される、虎杖の運命が変わる。
驚きの声を上げる霞夜。
五条に伝える。宿儺を英霊が殺せると提案している。
実行するべきか。
「んー? どうやって殺すのさ。もしかして、肉体から癒着を切り離す武器でもあるの?」
五条の問いにグランドオーダーを起動して、エミヤを直接喚ぶ。
紅い外套の英霊は冷静に語った。
「答えから言えばそういう事だ。所詮は肉体にへばりついた余計な魂。境目を切り離せば、殺せるよ」
「釈魂刀ならもうないよ。そんなもの、昔に僕がぶっ壊した。僕の目にも魂は見えない。無闇に斬っても意味ないし」
五条が唯一の可能性を否定する。
それを笑って錬鉄の英雄は指摘する。
いつも霞夜が自分を降霊に使う理由は何だと思う。
多芸多才、そして内包する無限の剣製という術式が、霞夜に相性が良いからだ。
他の騎士とて彼女は使える。それでも自分を選ぶ。
無限の剣製。彼が知る、多量の呪具の複製や改造。
その中には、こんなモノもある。
一品、いびつな形の短剣を投影するエミヤ。
稲妻のような刀身の、変わった武器。
「こいつは
「……へえ? 今の段階なら、宿儺だけ殺せるって?」
試すように笑う五条にエミヤは説明する。
「私の見立てでは、指の換算なら10以内なら間違いなく切り離すと思われる。これ自体が、強烈な断絶や拒絶の厄災。余程馴染んでいない限り、一人の人間に複数の魂を入れておくのは自然では無い。五条悟。生徒を怪物にするのは、君の教鞭のやり方か? 私は拒絶している彼の肉体からこの最も憎むべき悪を、殺してしまうべきだと思う。これが、犠牲の上に多くを救ってきた愚かな英霊の助言だ」
エミヤはこの先、災禍を起こす事の無いように、二度と覚醒できないように、へばりついた余計な異物を切り離せと提案しているだけだ。
「ふぅん……。英霊が言うんじゃ、試すのには丁度良いかな」
エミヤは言うに特にデメリットは無いらしい。
要は、虎杖が我慢すれば済む話。
「……なぁ、英霊。あんたから見たら俺は人殺しか?」
虎杖がエミヤに聞いた。
人殺し。こんな奴が、生きてて良いのか。
死刑判決が妥当なのに、自分だけ生き残る方法を貰って。
「人殺し以外で変革や革命が起きるほど人は賢くは無いんだ。歴史はそう続く。死刑判決は他者が求める断罪。君は一回死んでいると聞いている。つまり、死ねと言われたからその通りに死んだ。だが運悪くそこの邪悪がしぶとくへばりついたから生きている。これは君のせいでは無いよ」
「……友達一人、助けられずに居たってのに?」
自責のような続ける彼に叱咤するエミヤ。
「言っておくが、英霊だろうとも決して正義の味方などいない。完璧に人を助けるには犠牲は伴う。多くの救済は下手をすれば独善の虐殺を同時に引き起こす自体に成り果てる。歴史はそう言うモノだ。親しい友を救えない。……そうなら? 次はどうする? 出来ることはあるだろう。なぜなら君は、呪術師だからだ。ヒーローではないし、英霊でも無い。呪術師が願っても、結局叶わず実現出来ない。手を伸ばしても、全てを助けるには程遠い。君はマスターと同じように、無力な呪術師だと言うことを忘れてはいけない」
出来ない事だと。
友を救うには、当時の彼は無力な呪術師だった。
だから当然の結果になった。
悔いなど幾らでも、誰でも持つ。
英霊であっても、未練を持つ奴は大勢居る。
人らしい英霊ならば。逆に英雄は違う。
前提が人ではない。だから未練も無い。
「君は無力を悔やんで、それでも尚求めるモノは何だ? 罰か? 償いか? どちらにせよ、君は私から見れば犠牲者に過ぎないよ。納得の出来る方法を見つけるのは自分だ」
そうとだけ助言しておく。
虎杖が何をしたいか。償いでも、罰でも。
自分で決めろ。それは自分の問題。
「この男の言うとおり悠仁、お前は羂索の犠牲者。そして俺の唯一の弟だ」
脹相が言う弟とは、どうやらその黒幕の仕業で遠縁で血縁者になってしまっているらしい。
加茂家と脹相、虎杖に関係は無いが、何処かでその羂索が虎杖に最初から細工をしていた。
特級呪物同士の受肉体。
羂索という呪詛師の気持ち悪さが良くわかる。
「まぁ、兎に角。宿儺、とっとと殺そうか。悠仁、憎いんだろう? 指をもっと食わせたい所だけど、指定範囲がある以上今しか無い。それに、これは僕の仮説なんだけどさ」
五条はこう説明する。
今、宿儺を殺す。なら次に指を食ったときに、もう一度復活するか。
五条の予想は、しない。
恐らく一度呪物になった奴が受肉体になれるチャンスは一度きり。
後は精々澱として溜まっていくだけだろう。
「それに大人しいうちに殺しておかないとこいつ、何か嫌な予感するんだよね」
「悠仁の中で閉じこもっているだけの宿儺ではない。脱獄のチャンスや支配下を狙っている可能性もある」
五条や脹相の言うとおり、大人しい訳が無いのだ。
早々、連続で一名から呪物が発生するのが稀。
宿儺の指が多くても、安全に処理できるだけなら虎杖のこの先の扱いが変わる。
復活できない。殺せる。
晴れて、呪術師になれる。良い事の方が多い。
例の特級呪霊達は、宿儺には勝てないだろう。
だが残りの行方不明の指を持つ事も知っている。
万が一、多量接種すれば虎杖とも堪えるのは難しい。
「悠仁、いいね?」
「……俺の中で、こいつを殺せるなら。俺は自分の呪いを絶つ。絶対に堪えるし、全力で抑える。やろう先生、天戸」
そう言うと、エミヤに霞夜は頼む。
腕を差し出して、そこに突き立てる。
それだけで、癒着を切り離す。
無理矢理だ。相当痛い。抵抗もするだろう。
腹は括った。声を掛けて、エミヤは突き刺した。
すると。
『――があぁっ!? 貴様ら、何をしたッ!?』
また単眼と口が現れた。痛みで絶叫する。
魂の境目に亀裂が入り、虎杖の腕から膿のような物体が滲み出る。
『ぐぅ……切り離すつもりか、小僧から俺を!』
「彼から出て行け、腐りきった呪いの果てよ。貴様の時代は、とうに終わっている」
エミヤが更に突き立てる。
虎杖は激痛に踏ん張りながら、堪える。
身体の奥から、気持ち悪いのが麻酔無しに引っこ抜ける感覚。
言いようのない痛みと不快感。
それを堪えて、呪いを絶つ。
抵抗して、しがみつく宿儺。
『おのれ、癪な真似を……!』
「お前は順平を嗤った。真人と同じ、人を不幸にしかしない。だからここで死ねよ。お前を理解する必要なんか無い。宿儺、お前みたいな呪いはただの邪悪だ。俺の中で、くたばれ」
怒りと憎しみの呪詛を吐く虎杖が、内部で捕まっている宿儺の抵抗を振り払う。
共倒れなどゴメンだ。此奴はこの先、何をするか予想がつく。最悪な未来。
身勝手な悪は、殺すべき。祓うべき。
腕から更に膿が滲み出てくる。
『この呪具のせいか! 小僧との縛りが、破れる!? ぐああああっ!!』
一方的に何か縛りをしていたらしい、宿儺がダメージを受ける。
一報の虎杖も、激痛が増す。
こっちも罰の報復か。
破れば、何が起きるか分からない。
霞夜が慌てて駆け寄って、反転術式を虎杖に施す。
「踏ん張って下さい、虎杖君!」
「おう!」
治癒で気張って報復のダメージを受ける。
今回の罰が、互いに見えた。
宿儺から持ちかけた縛り。
判定は、宿儺の方が破った扱いになっている。
特定の文言を言ったときに肉体を一時借りる。
その際に誰も殺しも傷つけもしない。
代わりに死にかけた身体を治した。
虎杖の治癒は実行済み。残ったのは宿儺の要求だ。
ならば何故、宿儺側の落ち度になるのか。
簡単だ。『虎杖悠仁はそもそも相手の縛りの提案に乗っかっただけで、自分から合意も持ちかけてもいない』から。
互いに縛りを持ち出し、妥協し合って交わしたなら双方に等しく罰が下る。
だがこれは一方的に宿儺側が全て決めて押しつけた。
呪術的解釈で、これは宿儺の持ち出した縛りで単純に虎杖悠仁は合意しただけ。
この世界線では、虎杖はその秘密の縛りの際に余計なことを言わず黙って受け入れた。腹は立ったが、戻れるなら我慢したからだ。
それが吉と出た。罰は、全てを決めて押しつけた宿儺側の落ち度になった。
今回の二人の縛りの罰はシンプルだった。
宿儺に肉体への依存を剥奪。
全ての権利を虎杖悠仁に返上する。
よって、宿儺は肉体への執着が出来なくなった。
「俺から出て行け、宿儺!」
最後の気合いで吹き飛ばす虎杖。
膿が、すごい勢いで出て来た。
床に落ちる膿。そこに単眼と口が開く。
『縛りの罰だと……!? この俺がこんな事で……!』
この膿が、本体の宿儺?
怖々見る霞夜と見下ろす一同。
「ハハッ! 無様だね、宿儺。よく分からないけど、やっぱり悠仁と縛りを作ってたか。どうせ一方的に押しつけたから、報いがそっち側に出たんでしょ」
五条が馬鹿にして笑っていた。
無理矢理破った処置が、虎杖の解放。
一方的に縛りという難癖をつけた傲慢な王の末路。
「醜いな、呪いの王。貴様が何の目的で現代にまで時を超えたか、そんなことは知らん。だが、貴様はやはり単なる呪い。ここで、彼に祓われろ」
エミヤが短剣を抜いて、それを引っ込めて告げる。
霞夜は何も言わない。怖いから。
決着は、虎杖の手でつけるべきだと思う。
案の定、殺意の籠もった目で見下ろす虎杖。
『小僧、貴様これを見越して分かった上で……!』
「知るか。縛りが何の事だか分からん。だけど、漸く一歩前に進める。それは確かだ」
そう言うと、ゆっくりと足を持ち上げる。
憎悪の呪力を、過剰に込めて。
「二度とこの世に出てこれないように、ここで祓う。……いや、違うな」
ハッキリと、断言する。
「順平の事を嗤った俺の復讐だ。ここで死ね、宿儺!」
思い切り、成れの果て……膿のような宿儺を、踏みつける。
四散する呪いの王。
散り散りになる今際の時、王は吐き捨てた。
『貴様は所詮人殺し……。今更償えると思うなよ……』
消えていく膿が、呪力で祓われる。
……勝った。虎杖は、復讐を果たした。
異形の歴史の怪物が、消えたのだ。
エミヤは漸く険しい顔を崩す。
「これで少しは負い目は軽くなったか?」
「あぁ。少なくとも、スッキリした。ありがとう」
そう言われて、エミヤは苦く笑う。
人を救えるなら、英霊になった価値があったと。
正義の味方など居ないけど。邪悪を祓える手伝いは出来た。
「よし、一件落着! これで悠仁の死刑判決ももう要らないね。霞夜、お疲れさま。そっちの君もありがとね」
五条が取り仕切る中で。
黙って消えていくエミヤに、霞夜も礼を言う。
これで味方の呪術師の中でも、大きな転機となった。
最大の問題宿儺の抹消。内通者の発覚。
今度は、此方のターンだ。
先ずは、京都から来る楽巌寺に内通者の事を伝える。
そこから反撃開始だ。