一同、落ち着いて夏油の話を聞く。
あくまで、霞夜に仕える英霊に過ぎず、呪詛師はもう居ないと言い張る。
「だが貴様の野望は折れてはおらぬ」
「マスターに仕える英霊が自分で好き勝手に動ける訳ないんですよ。十種影法術と同じで、主従関係はあるんです」
「ありますっけ? お願いして降霊するぐらいで、召喚する相手は基本的に選んでるので主従関係とか気にしてなかったです」
「グランドオーダーは調伏の必要が無いからね。代わりに意思疎通で合意しないといけない部分があるんだ」
グランドオーダーの事を見回した夏油がよく教える。
楽巌寺に言うとおり、今も夏油の思想は変わらない。
非術士は猿、毛嫌いする群れる邪悪。
「サマーオイル先輩、私に言ったことそのまま言い返しますよ」
霞夜がグランドオーダーで言われたことを彼に返す。
呪術師は単純な良し悪しで語れない。
人という生き物がそもそも良し悪しで語るに罪深い。
そうでは無いのか。
「……君は若いからね。人の醜さを知らないだけだよ」
痛い部分を突かれた。
彼女は嫌うことを否定しない。
差別を止めろと言っているだけだ。
大雑把な区分で、知りもしない人まで醜悪と決めつけて、勝手に嫌うな。偏見だと言いたいと見る。
直哉を嫌うのは性格の悪さ。禪院家の腐った内部。
だが、夏油の敬う呪術師の連中もまた腐っている。
死んで、もう分かっているとも。
仮に呪術師だけの世界でも、他人が呪い合う事に変わりは無いと。
「大体、何でいきなりあんな風になったのか、今なら聞いても良い夏油」
歌姫が聞くが、英霊となった今でも答えるつもりは無いと言った。
生涯に後悔は無い。親友に引導を渡されたことも。
自分の家族のことも。
「楽巌寺学長。どうしますか? 私という英霊が誕生した以上、マスターを秘匿死刑にしますか」
「するわけ無かろう。貴様がグランドオーダーの一部というなら、天戸に落ち度は無い。歴史に名を刻まれた時点で遅かれ速かれ貴様は現れた。不可抗力と言うモノだ」
「規定には、違反しないと。おかしいですね、上層部は気に入らない呪術師は呪詛師として処分するでしょう。私が居る限り、マスターの身の保証は無いのでは?」
怖いことを言われる。どういう事だ。
霞夜は悪いことをしたのか。それとも単なる理不尽か。
「……天戸には、喚ぶ英霊に気を遣えと言っておる。貴様が想定外なのだ。今後喚ぶことを禁ずる、訳にもいかぬ。貴様は嘗て特級呪術師だった男。そして、五条悟の友だった男。使える手札が増えたと好転したと儂は見ている」
「その様子じゃ、相変わらず悟が好き勝手やってるようだ。彼らしい」
そういえば東堂が五条悟は治外法権と言っていた。
その対抗策が夏油と言うことか。
「言っておきますが、英霊の私の呪霊操術は生前よりも条件が厳しくなっています。あくまで影法師。生前の恐怖が具現化しただけの私は、新たに呪霊を従えることは出来ません。代わりに、生前の呪霊全てがマスターの居る限り、減ることも無い。理由は、お分かりでしょう」
「影法師故に、生きている訳では無い縛りか。減らぬ呪霊が、代わりに増えることも無い」
楽巌寺が言うには呪霊操術という呪霊を支配下に置くとんでもない術式を持っている夏油は、生前は無差別に呪霊を取り込めた。
だが今は無理。影法師故、記録である夏油は記録の呪霊を無制限に使えるが、新たに呪霊を増やせない。
手数の固定化の代わりに無制限に使用できる縛り。
「特級をまだ隠し持っているのだろう。貴様がその気になれば、儂らなど鏖殺出来るだろうに」
「ええ。ですが、マスターが望まない限り、振るうことも無いでしょう。幸い、彼女は稀に見る悪意の無い呪術師だ。ここまで素直に他者を敬い、英霊も含め尊重する呪術師も珍しい。グランドオーダーという術式を持っているのに増長しない。つまり、彼女が何かしらで怒り狂い私に命じない限り再び百鬼夜行を行うことは無い」
夏油は生前のことは死を持って流せという。
もう、死んだのだ。死して尚、罪だというならそれも仕方ないが、罰するにもグランドオーダーの英霊である夏油を処分することは霞夜の処分になる。
それは無関係だ。とばっちりも良いところ。
「……良かろう。夏油よ、貴様の野心が天戸という主人によって御されるなら儂も文句は無い」
「融通が利きますね。本当に良いんですか。私を信用しても」
楽巌寺は認めた。霞夜に罰することは無い。
上層部にはもっと危険な相手が居る。
死人の残滓に構うほど、暇では無いのだ。
「戯け。貴様なぞ誰も信用するか。精々、天戸の将来に英霊として役立てと言っておるだけじゃ」
「……こうして、現世に運良く戻ってきたのよ夏油。気が向いて言いたくなったら、教えてね」
歌姫も、楽巌寺も、良きと言って矛を収める。
文字通りの蚊帳の外だった霞夜はその間三輪に聞いていた。
サマーオイル、そんなに危険なのか。
三輪がビクビクしながら言うには、思想犯で尚且つ凄く強い。
非術士の家系だが、呪術師の腐った世界を知っていて非術士は猿と言って見下していた。
真意は、誰も知らない。
「……」
メカ丸が、夏油やこっちを見ている。
霞夜がどうしたというと。
「いや、何でも無い」
そう言って、気にするなと告げて落ち着いている。
『嘘吐き』
グランドオーダーの内部で侮蔑のように清姫が呟く。
前に言ってた嘘吐きとは、メカ丸のことだったか。
でも人間、生きていく上で誰しも嘘をつくのは当たり前。
潔癖の清姫が異常なだけだからと流しておく。
重要な事だったのに。
「さて、そう言うわけだ。改めて、後輩諸君。呪術師夏油傑だ。敵対関係だった訳だが、生前のことは言わないで欲しい。マスターに危害が及ぶ」
「天戸さんの言うことは聞くんですよね……?」
三輪がビクビクしながら言う。
夏油の言う、術式を持てない非術士。
嘗て禪院真希を猿と呼んだ彼は、彼女を見て言葉を選ぶ。
霞夜の尊敬する呪術師。感性の近い、先輩。
グランドオーダーを通じて知り得る情報は、霞夜に似ている呪術師らしからぬ善人。
「……そうだね。基本的に、マスターの言うことは従うよ。術式を持てない呪術師でも、私はもう猿とは呼ばない。呪術師として活動しているならそれは仲間だ」
「ハッ。真希を猿って言った割りに、よく言えるわね」
その妹の真依が嘲笑う。死んで反省でもしたか。
夏油から彼女も呪術師としてみても微妙なラインだが。
「君にそれを謝罪しても意味が無いからね。私も、マスターを見習うべきか」
「思想犯が、死して改心するとも思えないがな」
東堂ですら、信用しないと言い切った。
西宮も同感、加茂も同じく。メカ丸は沈黙。
それでも。
「先輩達は、生前サマーオイル先輩と戦ったので事情は分かりました。でも、私はサマーオイル先輩の事を信用します。グランドオーダー唯一の現代の呪術師ですから」
「天戸、正気か?」
霞夜だけは、夏油を信じると健気に言う。
生前のことは知らない。呪詛師だったのだろう。
でも、今は英霊として、呪術師の先輩だ。
味方なのだ。裏切ることも無いと思う。
「……ほとほと、君という呪術師はこの世界に向いていないよ。無垢すぎる。素直すぎる」
悪行を聞いても、信用すると言う霞夜に呆れる夏油。
もっと歴史上酷いことをした奴ならグランドオーダーの中にはそんなもの幾らでも居る。
対話できて和解できる相手なら生前のことは問わない。
死んで、裁かれた。霞夜はそれで死刑という罰を受けたのであれば、影法師まで疑うつもりはない。
グランドオーダーの中身は罪科と悪行を持つ連中だって居るのだし、それらを信じて戦うのがグランドオーダーだ。
清廉潔白で完璧な英霊も居るけど。
そう言う連中は価値観が違う。
人を喚ぶ術式とは、信頼関係あってこそ。
唖然とする東堂に霞夜はそう反論した。
人を殺さないで英霊になった奴など、人ではない。
それらの偉業を成し遂げるのは、英雄というのだ。
現代の常識が、通じない。呪術師の世界の理屈が通じない。
人類史は何時だって罪に塗れている。
それがある世界で獣が人類史を焼いた理由なのだから。
「……私をここまで信じると言われたら、間違っているのは私の方か。やれやれ、折れるしか無いね。昔の私のように……弱者のために戦う、か」
夏油も根負けした。
一度死んで、親友に理想を否定されて。
蘇って、素直に彼女に信じると言われて。
人類は矛盾していると乙骨に力説した自分が、本来何のために呪術師をやっていたか思い出す。
無力な普通の人のためだ。醜いとも思う。でも。
生きてきた長年をそればかり見てきたのに。
それだけが人間なのかと思う。一度きりだ。
絶望したのは、一度だけ。彼女達の時だった。
殺そうと思った。事実、殺した。
よく、思い出せ。
そもそも呪術師であっても、同じ人間だ。
醜さをあるのは同じだろう。
それを知らない夏油では無い。
呪術師のほうが呪術を持つから身勝手で腐ってて。
呪詛師夏油の方が。
余程、醜いのでは無いか。
勝手に見下していた。失望していた。
猿と罵っていた。殺してきた。
非術士は悉く、忌々しく憎かった。
……でも。
無力な相手に不快に思って、殺していく夏油が。
呪術を持っている上層部の腐敗を知り、御三家やこの界隈の醜態から目を背けた自分が。
一番、醜いのでは無いか。
「……マスター」
霞夜に、不意に問う。
夏油は、やり直せるだろうか。
若き頃の自分のように。
善意も、悪意も、ひっくるめるのが人類で。
弱いとか、強いとか。非術士とか、呪術師とか。
そんなもの、関係なく。呪霊を祓い、秩序を守る。
命懸けで守るその中身は、歴史はグランドオーダーを見て分かった。
何時だって腐敗臭しかしなくても。
無意味、無価値でも。
そこに、確かに、僅かに平和があるなら。
呪術師、夏油に。戻れるだろうか。
「サマーオイル先輩が、自分を許せるかだと思います。呪術師に戻るか、生前を引き摺ってこのまま行くかは」
「……私が、己を許せるか、か」
結局英霊は影法師。
未練は残る英霊も多い。
その中でも、現代の英霊において。
生前に悔いは無い。謝る相手も居ない。
信じた家族が居たんだから。
その彼等を、裏切るだろうか。
呪術師だけの世界。楽園かと思っていた。
グランドオーダーを通じて歴史を見て理解する。
人は、どの道、人でしかない。
今の上層部の腐敗が広がった新たな地獄を生み出す。
それに繋がっていたのではないか。
本当に、夏油が目指していた世界は……。
『未来の私から言えるとしたら、君は理想を抱いて溺死した英霊だ。君の夢は、最初から歪んでいる。もう、分かっているハズだ。その理想は砕かれて正解だったと』
エミヤが内部で夏油に告げる。
自分でも、現実から目を背けていた都合の良い夢。
だから親友とその教え子に砕かれて散った。
愚かだと他者を見下していた癖に真に愚かだったのは。
夏油自身だったのだと。気付いてしまった。
(……ああ、そうか。私は、単に……呪術師として当たり前のことをやりたかった。使命を、果たしていたかった。それで誰かが平和になるなら良いと思っていただけだったんだ)
ある種の自己犠牲。
自分が働いてどこかで平穏になれば良かった。
見返りなど要らない。求めていない。
最初はそうだったに。歪んで、理想を掲げて。
それを、壊されて否定されて。結末は、死んだ。
当然の報いとして。因果応報。その通りだ。
だけど。英霊、夏油傑はどうだ。
呪詛師の野望? もう、叶わないと知っている。
どっちの世界も腐っているとも。
清濁あるのが、それが人という生き物だ。
それを浄化しようと思い上がった結果だった。
人という生き物が、絶望した夏油は嫌いだったのだ。
家族以外、呪術師以外。皆嫌いだった。
……だから?
影法師の記録に過ぎない今の夏油傑。
英霊として、今度こそやりたいことはなんだ。
自己に酔い痴れる夢? 違う。
この未熟なマスターを導いて……今一度己の原点に、立ち返ることでは?
英霊だから許された慈悲。
知らない誰かのために。
もしも生きているなら、あの時の家族のために。
出来ることがあるのなら。
『そうだ。君が生前の私のような機械になる前に、得られたチャンスなんだ。思うように、やるといい』
エミヤの激励。霞夜には理解できないけれど。
もう一度、現世に来たのなら。夏油は決めた。
「私は英霊であり、彼女の元に居る呪術師だ。改めて、言っておこうか」
皆が去る前に、全ての身勝手な都合を捨てて、夏油は宣言する。
「断言しよう。私は、もう一度呪術師に立ち直ろう。秩序の維持、呪霊の駆除。呪術師なら当然のことを全うする。マスターと共に、どう足掻いても腐った世界なら受け入れよう。私に出来る範囲で良い。変革は、きっと悟がやってくれるさ。私は彼女と共に、呪術師に戻る」
楽巌寺や歌姫にも言う。
もう呪詛師のような身勝手な理屈は捏ねない。
呪術師なのだ。夏油は、それを続ける。
「ほう……。言うではないか、特級呪術師。信用はせぬが、天戸の英霊ならばそれで良い。キッチリ働くのじゃな」
楽巌寺が試すように言って、戻って行く。
歌姫も、意外そうな顔で好きにしろと告げて続く。
「本当に死んで心変わりか? 夏油傑」
「原点に戻ろうと思っただけさ。マスターがあんまりにもバカ正直だからね」
東堂の問いかけに、苦笑する夏油は決めた。
結論、嫌いな人は嫌いだ。
でも、霞夜の善意は信じよう。
悪用はしまい。素直だから。
「よく分かんないですけど、よろしくお願いします。サマーオイル先輩」
「もうサマーオイルでいいよ……」
台無しの霞夜に、一個お願いがあると夏油は言った。
何事か、霞夜が聞くと。凄いことを言いだした。
「今から東京に行こうか」
「えっ?」
直後、外に出た京都校の敷地に呪霊虹龍が出されて、そこに飛び乗る夏油と霞夜。
少し出かけてくると言って、数時間飛行して、何故か忙しいと聞いていた東京の高専に勝手に着地。
当然のように凄い勢いでアラートらしきものがなったらしく、そいつは直ぐに現れた。
「やっ、悟」
「はっ?」
旧友、五条悟。
目隠しを取り唖然とする彼に言った。
「久しぶりだね、悟」
「……傑? お前、傑なのか?」
「あぁ。君が殺した夏油傑の影法師、英霊の夏油傑さ」
「霞夜のグランドオーダー!? なら、お前は!!」
「あぁ。最強なんだろう? 何時だって、私達は」
若き頃の最強が、時を超えて、生まれ変わり、再び出会う。