アラートが鳴り響く東京の高専内部。
未確認の呪術師が結界の中に入り込んだ。
丁度戻ってきていた五条悟がそれに勘付かない訳が無い。
先の任務で上層部に教え子を謀殺され、理由あって生き返ったのは良いが怒り心頭に発する状態だったのに。
遠隔で六眼で感じ取ったとき、血の気が引いた。
有り得ない呪力。存在しない呪力。
片方は知っている呪力。
それと共にあるのは。
(どういう事だ……!?)
最速で現場に到着すると。
「やっ、悟」
それを見たとき。
一瞬、思考が停止した。
「はっ?」
本当に世界最強の呪術師、最大の油断。
これを狙っていた黒幕が、スパイを通じて焦りまくっている状況下。
偽者から分離した一部が、死を覚悟で高専に向かっている途中。
唯一の黒幕の希望を、霞夜が潰した瞬間だった。
僧衣に袈裟、笑って手を振る。
背後には西洋の呪霊、虹龍。
懐かしい。あんなもの、とうに消えている。
なのに。六眼が、霞夜の術式で繋がっていると明確に見せている。
それでも。
嘗ての親友、唯一の対等。理解者。
「久しぶりだね、悟」
自分が殺した、友人が。
「傑……お前、傑なのか?」
本人に震える声で、問う。
世界最強が、恐怖した。
何故、彼が。いや、理由は見えている。
夏油傑は英霊と名乗った。
霞夜のグランドオーダーで、呪詛師から英霊に昇華され、召喚された影法師。
それでも。
「私達は最強なんだろ?」
そう笑って、彼は言った。
「霞夜……京都で、何があった? どうして傑がここに居る?」
久しい、本来有り得ない再会に、怒りでは無いのにドスの効いた声で霞夜に問う五条。
竦み上がる霞夜に代わって、本人が語る。
今朝になって、グランドオーダーに追加された。
もう術式の一部。ただの、影法師。
「……お前は、理解できてるって言うのか」
「余程後世に悪名が響いたようだよ。グランドオーダーに刻まれるほどにね。折角の機会。だから、こうして会いに来た。マスターに無理を言ってね」
虹龍も使えるんだよね、と見せながら笑っている。
憑きものが落ちたように。あの時の思想は、何処へ。
「あぁ、悟には真っ先に決意を言おうと思ったのさ。私も真っ当な呪術師に戻ろうと思ってね。なに、生前のことは死刑執行済みなら別に良いでしょ。今の私は英霊。グランドオーダーの一部だから裁かれている」
「……お前、良いのか。アレだけの犠牲を出した呪術師だけの世界を作る夢、捨てるって事。仲間だって居ただろう。家族って言ったのに、裏切るのか。んで、何年も拘ってきた癖に、あっさり捨てんのか?」
「家族は逃がしたって言ったのは君だろう? それに、君もグランドオーダーに入れば分かるよ。歴史は、人の良し悪しだけで語るには罪深い。呪術師だけの世界はきっとこの善良なマスターのような呪術師は死ぬだけ。無辜の弱者が食われるだけ。結局、呪術師同士で呪い合うのに変わりは無い。私の目指した世界は、ただの自分に都合の良い夢だったんだ。だから君達は私を止めた。ありがとう、悟。私は言うまでもない悪人だが、どうやら君らのおかげでやり直しが出来る慈悲があったらしい」
「…………」
礼さえ言える夏油が、ビビっている霞夜に言う。
大丈夫、ただ覚えておくといい。五条悟を敵対するとこの威圧感に殺気と身の危険が混ざる。そして死ぬ。
「ひぇ……」
竦み上がる霞夜。
悪いことしてないのに。
「……ゴメンよ、霞夜。まさかの事態に思わず感情的になった。グランドオーダー……ここまでとはね。傑に逢える……嗚呼、夢みたいだ。なぁ傑、『俺』はマジで夢でも見てんのか?」
本当に、目を疑う。
六眼がグランドオーダーを視認する。
居るんだ。夏油傑が、仮初めでも、今此処に。
呪術師に戻ると決めた、若き日の青春のように!
「私を夏油傑と君が認めてくれるならね。所詮は歴史に乗った残滓。グランドオーダーが無ければ、マスターが居なければ存在できない借り物の姿だ」
「十分だよ。イタコみてえな術式でお前が生き返るとか、そんな陳腐な夢を何度見たことも否定しねえ。でも、ここに居るんだろ、傑。お前が、死を乗り越えて、呪術師に戻るって決めた。十分だよッ!! あの時みたいに、あの頃みたいに! 『俺達』は最強だッ!!」
嗚呼、今まで生きていて良かった。
天戸霞夜という少女を見つけて良かった。
また、この日が来たんだ。仮初めでも、偽物でも!
真の最強を名乗れる、この日が!
「感動してるみたいですね、五条さん。サマーオイル先輩、これで良いんですか?」
「そうだね。これでいいんだ。彼も、私も、もう本当なら交わらない関係だったんだから」
そう傍で聞いている霞夜。
瞬時に駆け寄って、夏油に抱き合う五条。
「遅えんだよ、バカ野郎ッ!! 俺が何れだけお前のことで後悔したか、分かってんのか傑!」
「……あぁ。色々と、迷惑をかけたね。済まない、悟」
「うるせえ! 硝子にも謝れ! 他にも七海にも、他の連中にもだ! 英霊だからって勝手に抜かしやがって! お前は先ず償いから逃げんな!」
旧友はガラにも無く、虹色の目に涙さえ浮かべていた。
そう、これは霞夜の奇跡。
最強が、黒幕を完封する最高のシチュエーション。
千年の計画が木っ端微塵に吹き飛んだ瞬間。
もう無駄だ。封印も、殺害も不可能になった。
偽者は、抜け殻だ。肉体という器に過ぎない。
思い出は、魂は、グランドオーダーに組み込まれた。
故に、慌てて駆け寄せる他のメンツが絶句する。
呆然とする霞夜に、抱き合う五条。
その相手が、あの夏油傑だったから。
覚醒した彼の行動は速かった。
五条は霞夜を京都から東京にその日に権力で戻した。
急遽、元通りにすると言われていきなりと困惑する霞夜。
荷物とかは後日郵送するから、と真面目な顔で説明してくれたが。
とりあえず、翌日に混乱する東京の高専からサマーオイル先輩と一回京都に戻った。
数時間後、到着。速攻で楽巌寺に挨拶しに行く。
夏油が最強に再会したら戻ってこいと言われた。
申し訳ないが、お世話になりましたと。
「本当に急だな。まあいい。近々、俺は上京する予定がある。それに例の器も死んだらしいからな。これで向こうも一安心だろうよ」
「……器?」
東堂が笑いながら、その内東京に行くからその時にまた会おうと言った。
先輩達もこっちで一時とはいえ、勉学お疲れさまと労ってくれた。
「うぅ、折角出来た後輩が……。天戸さん、次は一緒に任務以外で遊びに出かけようね!」
「はい!」
三輪とは仲良しになれたと思う。
最後の去り際メカ丸がこっちを見て、沈黙する。
皆は見送る中、唯一黙って。
東堂の言う器とは誰だろう。
霞夜は分からないが、兎に角学生寮の引っ越しの準備だけ英霊と行う。
「マスター、衣服は纏めておきますかー?」
「シャルロット、服はそこに入れて下さい」
「はーい」
せっせと荷造りして、慌てて片付ける。
そもそも五条の決定で急遽送られた身だ。
思っていたよりも荷物は少なかった。
運送会社、というか呪術師関連の会社にお願いして本人達も新幹線に乗っかる。
その日の夕方。一人で東京の高専に到着。
こっちの学長が正門に迎えに来た。直々に。
「君か。突然傑を蘇らせた張本人は……」
強面で楽巌寺よりも若い中年のグラサンの男性。
頭痛のように、自分の頭を撫でて霞夜を見て呟く。
悪意の無い、純粋な御三家の遠縁の生徒。
大体百鬼夜行には無関係の呪術師。
それが、今騒ぎになっている上層部の論点の中心。
「はい?」
何も知らない、分からない。無知な呪術師。
京都校で特級呪霊を禪院家と共に祓った実績はある。
そこは、悪くないのだが。
「私は夜蛾。東京高専の学長を務める」
「あ、はい。よろしくお願いします」
性格に癖も無い。挨拶も出来る。礼儀正しい。
本当に五条の言うとおり、呪術師にしては素直で誰でも慕おうとするある意味、純真無垢な呪術師。
一年生の中でも特記すべき術式を持つのに驕らない。
三級という立場を理解して、呪術師とは誰かのために働くことと信じている、他人に対して悪意が無い生徒。
「……申し訳ないが今此方は色々あって立て込んでいる。君の担任は五条悟だ。詳しいことは彼に聞いてくれ」
「……」
お疲れさまですという表情の霞夜。
無言で頷いて、内部に入る。
その背を見送り、夜蛾は思う。
良い子だ。呪術師に向いていないと言う意味で。
呪いを祓うことに躊躇いは無いが、彼女が今、自分が殺される立場に居る事を、夜蛾は言えなかった。
あの呪詛師を復活させた危険な術式。
上層部は焦っている。グランドオーダーからまさか夏油傑が出て来るとは予想外で。
一部では直ぐに殺せと言っている。
それを反発しているのがあの楽巌寺や歌姫、禪院家だった。
上層部に保守的な、かの京都の呪術師達が彼女に何の罪を被せて処する気だと説明を求めている。
彼女は京都で信用を勝ち取った。
ただ素直に振る舞い、他人を否定せず尊重した。
呪術師に持たざる、善意で。
(珍しい子だ。こっちでは少なくとも、居ない呪術師だろう)
夜蛾も食い止めている。何より五条がキレた。
「おいテメエら。霞夜を指一本触ってみろ。殺すぞ」
前回のことで本気でキレた五条が上層部に皆殺しにされたいか、と脅している。
五条のワガママなら何時ものことだ。
だが今回は正式に、京都の呪術師が味方している。
これはただのゴリ押しではない。多数の味方がいる。
なのに、上層部の一部が霞夜を殺そうとする。執拗に狙って。
(何だ。上の老人は何を考えて、彼女を殺す。排除に固執する理由は何だ?)
やっと、目下の虎杖悠仁が死んだのに。
まだ満足しないのか、上層部は。
害などないと楽巌寺が確認しているのに。
何故そこまで狙う。鬱陶しいように。
問題はそこだけじゃない。
先日呪詛師が高専に忍び込んだ。
若い双子の女子高生。五条は知っている。
去年逃げた、夏油の家族だった。
その二人が、衝撃の真実を言う。
夏油はもう一人いる。そいつは間違いなく偽者だ。
そいつを殺してくれ。そして霞夜に会わせろと言う。
グランドオーダーで喚ばれた、本物の夏油が居る事を知っていた。外部の人間が。
……この時点で、夜蛾達が動いている。
生徒には秘密だ。
何処からか高専の情報が漏れている。
双子の呪詛師が知っていた情報は全て聞いた。
偽夏油は、複数の特級呪霊と、去年の百鬼夜行の際にいつの間にか手に入れた呪物の受肉体と手を組んでいる。
最近、受肉体が偽夏油から逃げ出した。
その偽夏油は何かをしようとしているようだ。
目的は分からない。
ただ、高専に裏切り者がいるのは間違いない。
知っていることは全て白状するから夏油に会わせろ。
そう要求する。
実際、縛りで適当に五条が聞き出した限り本当にそうらしい。
つまり夏油は二人居る。偽夏油、英霊夏油と。
霞夜が巻き込まれているが、必死に双子が要求しても五条が閉ざしている。
一切霞夜は関係ない。伝えたいことは聞くから此処で捕まっていろ。
怒り狂う双子だが、五条が脅すと竦み上がる。
霞夜は、百鬼夜行に無関係の呪術師。
因縁をつけるな。そして、何より。
「君ら、もうとりあえず本土から出て行きなよ。偽者は、キッチリ殺しておくから。そうだね、沖縄か北海道の呪術師の組織紹介するから」
北端と南端の別の組織に双子を送検してしまった。
好きに選べと言いながら実質追放してしまったのだ。
上に呪詛師扱いで殺される前に、過去を捨てて。
無論抵抗するが無理矢理五条が追い払って。
偽者でも本物でも、どうでも良い。
夏油が家族と言った身内への彼なりの慈悲だった。
そこから、海外の乙骨とミゲルの召集。
偽夏油が居るから、手伝えと五条が呼び戻した。
ミゲルは五条を嫌がるが、乙骨に捕獲させて来日している。
(彼女が新しい坩堝の中心か……。自覚が無いのが厄介極まる)
状況を整理しよう。
五条は、偽夏油を認知している。
高専側の内通者も探している。
虎杖悠仁は先日死んだ。任務中に殉職。
高専には来客として、元々百鬼夜行に手伝っていた呪詛師だったが海外の呪術師という稀故と、あと単純に一般への直接の被害が無く、五条への妨害だけで本来は野良呪術師だからという理由でフリーの呪術師に適当に見逃されて鞍替えした都合の良いミゲル、特級の乙骨が戻った。
後は秤と星が居れば問題ないが、彼等は謹慎処分。
受肉体と言われる存在は行方不明。
偽夏油といる特級呪霊が未登録らしい。
そして、霞夜が高専に到着した。
ぐらいか。
(彼女は悪くない。ただ、問題はごく一部の上が奇妙な動きを見せていることだ)
彼女を排除したがる部分が見えない。
危険な予感がする。
その未来が杞憂であって欲しい夜蛾であった。
一方、高専の内部を黒姫と歩く霞夜。
似たような環境で、こっちが本来の高専。
「校舎も普通でしたね」
「そうですね、霞夜様」
そう言いながら校内を散策すると……。
黒姫が奇妙な結界に気付く。
廊下の一部。隠匿されているが結界が張られている。
近くに目立ったモノも無いのに。
「これは……?」
「ん? 何ですかね、この結界」
普通なら見えないのだが、霞夜は何故か認識できてしまった。黒姫もそう。
『これは嘘吐きの結界です。燃やしましょう』
……まただ。グランドオーダー内部で清姫が嘘吐きと怒る。
だから人はそう言うモノだと言うのに。
霞夜が呆れていると、清姫は嘘を肯定する霞夜にも怒る。
すると、グランドオーダーを無理矢理起動される。
「うっ……!?」
内側から術式が動き出す。
黒姫が止めろと言っても、清姫は止まらない。
メカ丸に嘘吐きと言ったときも。
今も、霞夜は嘘を認める。
許せない。矜持が許さない。
無理矢理にでも、動いてやる。
『止すんだ清姫! マスターの負担が……!』
『マスター!? 大丈夫ですか!?』
エミヤやシャルロットが内側で清姫を食い止める。
無数の英霊が制止するが、いびつに動いたグランドオーダーがエラーを起こす。
術式の暴走。降霊が、発動する。
『嘘吐き……! 嘘吐き……!!』
身に宿る清姫の呪いが霞夜の人格を上書きしていく。
小柄な霞夜の口元から、青白い火の粉が飛び散る。
「清姫様、お止めを! 霞夜様が……!!」
必死に訴えてもキレた清姫は彼女を上から支配する。
『しゃああああああっ!!』
蛇の逆鱗、渾身の放火。
口から勢いよく火炎を吐き出して、結界を焼いた。
青白い業火が高度な結界を焼き払う。
結界の向こうから現れたのは、扉。
とりあえず黒姫が咄嗟に怒り狂う清姫を対応すべくそれを開いた。
縺れ込むように転がり込んだ。
「うわっ!? 五条先生、何があった……」
奥に居た誰かが出て来た。
それは、秘匿された同級生。
虎杖悠仁との、出会いであった。