やっほー。
僕は女神フィリア。僕は悪い女神じゃないよ?
僕が僕になってから、二週間くらいが経った。そこで君たちには、最近の僕の話を聞いてほしいんだ。なあに、僕の記憶の整理を手伝っていると思ってくれたらいい。
意思と呼べるものを持っていなかった僕は、あの日、死んでしまった少女を吸収して、この世界で意思を持つようになった。で、僕が生まれたってわけ。姿は十歳ぐらいの女の子なんだけどね。
今は、その少女の願いを引き継いで、平和な世界を目指して日々頑張っているのさ。
最初は大変だったよ。水も食料もお金もない。少女の両親は行方不明だし、頼れる人もいない。
だけど、いろんな人に助けてもらってね。おかげで今は、僕でもできる仕事を見つけて、なんとかやっていけてるんだ。
え、なんの仕事かって? 宿屋のおばさんのお手伝いさ。
お手伝いをする代わりに、ご飯と泊まる場所を用意してくれて、さらに少しのお小遣いまでくれるんだ。ほんと、感謝してもしきれないや。
あとはねー、そうだ! 服をもらったんだ!
白のワンピースに、灰色のフード付きコート。かわいい? 僕の銀白色の髪と、はちみつ色の瞳によく似合ってるでしょ。
コートは少し大きいんだけどね。そこは、これから背が伸びるはずだから大丈夫。
あとは……。
「フィリア、ちょいと手伝っておくれ」
「はーい、今行くね」
おばさんに呼ばれたから行ってくるね。またね!
***
「どうしたの、ステラおばさん?」
部屋から顔を出すと、ステラおばさんは廊下で待っていた。片手には布巾、もう片方にはほうきを持っている。
「さっき部屋から声が聞こえてきたけど、誰かと話してたのかい?」
「いや、独り言なんだ。誰かに話しかけるように喋ると、記憶がきれいに整理される感じがするから、そうしてるの」
「そうかい。変わった子だねぇ」
おばさんは少し笑ってから、僕にほうきと布巾を差し出した。
「物置の掃除を頼めるかい? 棚の埃を払って、床を掃いてほしいんだ」
「もちろん。任せてよ」
「重いものは動かさなくていいからね。高いところも、無理して登るんじゃないよ」
「分かってるってば」
そこまで心配しなくても、掃除くらいできるとも。
女神だからね。
……まあ、先週は椅子から落ちそうになったけど。
物置に入ると、小さな窓から差し込む光の中を、埃がふわふわと漂っていた。棚には使っていない食器や布、それから、何が入っているか分からない箱が並んでいる。
コートを入り口のそばに掛け、袖をまくった。
「さて、始めますか」
まずは手の届く棚から。
物を少し動かして、拭いて、元に戻す。これを繰り返していると、箱と箱の間に、薄い本が挟まっているのを見つけた。
「あ、本だ」
両手で引き出し、表紙の埃を布巾で払う。
何か文字が書いてあるけれど、残念ながら僕には読めない。少女の記憶にも、文字の読み方はなかった。
そっと開いてみると、中には絵が描かれていた。
丸い果物。その隣には、短い文字の並びがある。
「これは、りんごかな?」
次のページには犬、その次には魚が描いてあった。どの絵にも、すぐそばに文字が添えられている。
僕は最初のページへ戻った。
「じゃあ、これが『りんご』ってこと?」
指先で文字をたどってみる。
どこからどこまでが、どの音なんだろう。そもそも、本当にりんごと書いてあるのかな。赤い、とか、丸い、とかかもしれない。
うーん。読めないと、それも分からないんだね。
「フィリア、どうだい?」
入り口から声がして、顔を上げた。
ステラおばさんが、僕の手元を覗き込む。
「おばさん、この本って何?」
「ああ、それ。前に泊まったお客が忘れていったんだよ。子供に文字を教えるのに使ってたね」
「文字を?」
思わず、開いたページに目を落とした。
じゃあ、これを読めるようになれば、ほかの本も読めるようになるのかな。
「おばさんは、これ読める?」
「あたしは読めないよ。自分の名前くらいなら分かるけどね」
「そっかぁ」
少し残念だったけれど、僕はもう一度、本をめくった。
りんごも犬も、名前は知っている。あとは、この文字をどう読むのか教えてもらえれば……。
「ねえ、この本、借りてもいい?」
「ああ、構わないよ。なくさないようにね」
「ありがとう!」
「文字を覚えたいのかい?」
「うん。いろんな本を読んでみたいんだ」
この世界には、僕の知らないことがたくさんある。
魔法のことも知りたいし、遠くの街のことも知りたい。本が読めれば、誰かに聞くだけじゃなくて、自分でも調べられるようになる。
「それなら、読めるお客に聞いてみるといいさ。手が空いてるときに、少しくらいなら教えてくれるかもしれないよ」
「なるほど。その手があったね」
僕は大きく頷き、もう一度りんごのページを開いた。
まずは、この文字から教えてもらおうかな。それとも、僕の名前の書き方からにしようかな。
「フィリア」
「なーに?」
「その前に、掃除を終わらせておくれよ」
僕は本から顔を上げた。
棚の上には動かしたままの箱。足元には、まだ一度も使っていないほうきが転がっている。
「……もちろん。今、再開しようと思ってたところだよ」
おばさんは、はいはい、と笑って物置を出ていった。
僕は本を埃のかからない場所に置き、ほうきを手に取る。
まずは掃除。それが終わったら、文字の勉強だ。
僕はもう一度だけ本を見て、それから床を掃き始めた。
ステラおばさんはクッキーは作れません。
得意料理はハンバーグです。