ハリー・ポッターと墓場に還りし者 作:ムササビ
プリベット通り四番地の門柱の脇に、一匹の虎猫がうずくまっていた。
その日の朝からずっとそこにいる。虎猫は、この家の主が仕事へ向かうのを見送り、息子が癇癪を起こして道路にシリアルを撒き散らすのを眺め、昼過ぎには近所の主婦たちが立ち話の合間に何度もこちらを振り返るのを気にも留めず、ただじっと座り続けていた。
通りに人影がなくなってからも、隣家で車のドアが閉まる音がしても、二羽のふくろうが妙な時刻に頭上を横切っても、その猫は身じろぎ一つしなかった。ただじっと、眼鏡のような柄が目の周りに浮いた瞳を、通りの向こうへ据え続けている。
一日中この家族を観察していて、猫――否、猫の姿を借りたミネルバ・マクゴナガルは、確信を強めていくばかりだった。これほど自分たちとかけ離れた人間家族も、そうはいない。朝食のテーブルで喚き散らす息子、それを甘やかす母親、そして出勤前から近所の噂話にしか興味のなさそうな父親。魔法という言葉を聞いただけで卒倒しそうな一家だった。
真夜中が近づく頃、猫の視線の先に、一人の男が現れた。
人間離れして長身で、痩せぎすの体を紫のマントに包んでいる。長い銀色の髪と髭は、腰のベルトに挟み込めるほどだった。半月形の眼鏡の奥で、青い瞳がやけに明るく輝いている。
男は懐から小さな道具を取り出すと、通りに並ぶ街灯へ向けてかざした。かちり、と乾いた音がするたび、灯りが一つ、また一つと吸い込まれるように消えていく。最後の灯りが消えたとき、通り全体が闇に沈んでいた。それでも遠く、猫の目だけが二つの光点となって、暗がりの中に残っていた。
男――アルバス・ダンブルドアは、道具をマントの内側に戻すと、猫のそばまで歩み寄り、そのまま門柱の脇に腰を下ろした。
「こんな所で会うとは思わなんだよ、ミネルバ」
猫はぱっと姿を変え、四角い眼鏡をかけた厳しい顔立ちの女に戻った。マクゴナガル先生は、猫だった時と同じ姿勢のまま、鋭い目でダンブルドアを見上げた。乱れ一つない髪と、背筋の伸びた佇まいには、厳格さだけでは片付けられない気品が漂っていた。
「一日中、ここで見張っておりましたの」彼女は硬い声で言った。「あの噂をお聞きになりまして? 昼間から、街中でふくろうが飛び交い、流れ星のような光まで見えたと。まるで隠す気もないようですわ」
「無理もない。祝いたい気持ちはわしにもわかるとも」ダンブルドアは、どこか楽しげにさえ聞こえる口調で答えた。「何年ぶりかのう、心から浮かれた顔の魔法使いたちを見るのは」
「それで――本当なのですか。あの方が」
「消え去った、というのが正確なようじゃ」
マクゴナガルは長く息を吐き出した。安堵と、それ以上の複雑な感情が入り混じった吐息だった。
「ジェームズとリリーは」
問いかけながらも、彼女はすでに答えを知っているような顔をしていた。ダンブルドアは、ただ静かに首を振った。それだけで、マクゴナガルの表情が固まった。
「……そう」
しばらくの沈黙のあと、彼女は急に立ち上がり、傍らの四番地の家を指し示した。
「まさか……まさか、この家のことではありませんわよね。一日中見張っておりましたけれど、あれほどわたくしたちとかけ離れた人間もそういません。息子など、母親を蹴り飛ばしながら通りを歩いて、お菓子をねだる有様で」
「他に選びようがないのじゃよ」ダンブルドアは静かに、しかしどこか揺るがぬ調子で言った。「妹君のもとでなら、あの子は少なくとも安全に育つじゃろう」
「安全と、幸福は違いますわ」
「ああ。だが、今この時代に、わしが約束できるのは前者だけじゃ」
マクゴナガルは何か言い返そうとしたが、ダンブルドアの表情を見て言葉を飲み込んだ。彼の口ぶりには、単なる決定以上の――まるで、すでに描き上げた絵の中に最後の一筆を入れるような、静かな満足がにじんでいた。
やがて、遠くから重たいエンジン音が近づいてきた。夜空を裂くように、一台のバイクが舞い降りてくる。巨躯の男がまたがるその座席の前には、毛布にくるまれた小さな包みが抱えられていた。
「ハグリッド、よく来た。無事で何よりじゃ」
「はい、ダンブルドア先生」大男は涙で濡れた目元をぬぐいながら、震える声で答えた。その拍子に、油で汚れた手のひらの跡が頬に大きく残ったが、本人はまったく気づいていない様子だった。「この子は……瓦礫の中で、ぐっすり眠っておりやした。眠ったまま、ここまで運んで参りやした」
三人は、毛布の隙間からのぞく小さな寝顔をしばらく見つめていた。額には、稲妻の形をした傷が赤く残っている。
「あの家の者たちは……」マクゴナガルが、まだ迷いを捨てきれない声で言った。「この子に、真実を話すのでしょうか」
「いずれ、時が来れば」ダンブルドアは一通の手紙を毛布の間に差し込みながら答えた。「今はまだ、何も知らぬ方がよいじゃろう」
「あのバイクは、どちらで?」マクゴナガルが、ふと話題を変えるようにハグリッドへ尋ねた。
「シリウス・ブラックに借りやした」ハグリッドは洟をすすりながら答えた。「もう戻さなくてもいい、好きに使えと言われて……あん時のあいつの顔、今も忘れられやせん」
その名を聞いて、ダンブルドアの表情がわずかに翳った。だが、それについて何も言わず、静かに立ち上がる。
「では」
それだけを言い残し、三つの影は闇に溶けるように去っていった。門柱の前に残されたのは、眠り続ける赤ん坊と、静まり返ったプリベット通りだけだった。
朝が来て、この家の主が玄関を開ける瞬間まで、赤ん坊は何も知らずに眠り続けていた。自分がどれほど多くの人々の噂の的になっているかも、この一夜を境に自分の人生がまったく別のものになることも、まだ何も。
◇
その数時間後。
プリベット通り四番地の玄関扉が開いたのは、いつも通りの時刻だった。牛乳瓶を取りに出たペチュニア・ダーズリーは、足元の毛布の包みに気づいた瞬間、悲鳴を上げた。
「バーノン! バーノン、来て!」
寝間着姿のまま飛び出してきた夫が、妻の視線の先を追って絶句する。毛布の中で、赤ん坊がすやすやと眠っていた。
「なんだ、これは……」
バーノンは恐る恐る手紙を拾い上げ、差出人の名を見て顔色を変えた。手の中の便箋が、かすかに震えている。「ペチュニア、こいつは……お前の妹の……」
ペチュニアは、赤ん坊の額に刻まれた傷を見つめたまま、動けずにいた。妹の面影を、その小さな顔のどこかに見出してしまったのかもしれない。彼女の中で、長年封じ込めてきた何かが、音を立てて揺らいだ。
「……とにかく、中へ」
彼女はそう呟くと、震える手で毛布ごと赤ん坊を抱き上げた。プリベット通りの静かな朝は、何事もなかったかのように続いていく。だが、この家の日常は、この日を境に、二度と元には戻らないものになっていた。