小五の頃の話。
夏休みの自由研究でお地蔵様の研究をした。といっても調べたのは由来や役割とかではなく、数と場所だ。
私の地元はお地蔵さまがやけに多かった。子供の足で徒歩十分圏内に十六件の祠があり、それぞれに赤い前掛けをつけた小さな石彫りのお地蔵様がいて、全国共通のあの表情を浮かべている。
どこに行ってもお地蔵様だらけだからそういうものだと思っていたけど、祖父母の家に遊びに行ってから普通じゃないと気付いた。こんなにお地蔵様だらけなのはうちの町だけだ。
ちょうど自由研究のネタに困っていたのもあって、数と場所を調べてみた。徒歩十五分の通学路に三十五件。家から百メートル圏内の行ける場所に四十五件。
もし分布に偏りがあれば、オカルト的な由来が見えて面白いかも。期待したけど特に偏りはなくて、お地蔵さまの姿は町内全域にあった。
子供の行ける範囲すべてに足を運んで、見つけたのは644件だ。マンションの敷地内や駐車場の奥まったところ、用水路の下や中央分離帯の中なんかにもあって、途中から宝探しでもしてる気分だった。
不思議なことに、どんなに辺鄙な場所にいるお地蔵様でもきれいに手入れされていて、個包装のお菓子やペットボトルのお茶なんかがいつ見てもお供えされていた。
けれどそれだけ熱心に管理されている割に、誰かが手を合わせているのは見たことがなかった。私自身もしたことがない。初もうでやお墓参りでは普通に手を合わせるのに、なぜかお地蔵様には知らん顔をしていた。
熱心な子供だったら管理団体に連絡を取って由来を調べていたのだろうけど、私はたくさん見つけたのに満足して、数と場所だけを地図にまとめて自由研究を終えた。
今にして思うと、怠け者で良かったのかもしれない。
夏休み明けの九月。自由研究を一人ずつ発表する地獄みたいな時間がやってきた。
みんな理科や社会の授業の延長みたいな内容で、とても眠かったのを覚えている。この時間があるから私は自由研究が大嫌いだった。
「──こんな感じで、この町にはお地蔵様がたくさんいました。宝探しみたいで楽しかったです。興味のある方は、由来とか調べてみると面白いかもです。以上で発表を終わります」
夥しい数のシールを張り付けた拡大地図を片付け、おざなりに発表を結ぶ。
おざなりな拍手。おざなりな先生のコメント。何事もなく次の発表に移る。
「え?」
そう思っていたけど、拍手もコメントもなかった。
クラスメイトたちは怯えた顔だったり、怒ったような顔で私をじっと見つめていた。
困惑する私に、先生は無表情で「職員室に来なさい」と言った。
かと思うと、私の腕を掴んでぐいぐい職員室に引っ張り始める。まだチャイムは鳴っていないのに。
職員室に着くなり先生は私を椅子に座らせて、隣の校長室に駆け込んでいった。
程なくして校長先生も一緒にやってきて、無表情で口を開く。
「何か分かった?」
首を横に振った。
「本当に?」
頷く。
「ご両親はこのことを知ってる?」
「知りません」
校長が先生に目配せした。
先生は、私が大事に抱えていた拡大地図を乱暴にひったくり、ぐしゃぐしゃに丸めてゴミ箱に放り込んだ。
暑い中歩き回って、自分なりに調べた結果なのに。
思わず手を伸ばすと、先生はにっこり笑った。
「大丈夫、ちゃんと点数はつけておくから。校長、もういいですか?」
「うん。手間を取らせたね。この子は大丈夫そうだ」
「それは良かった。○○、戻るぞ」
釈然としないまま、先生と教室に戻る。
クラスメイトたちは普通の態度に戻っていて、その後の休み時間も仲のいい友だちと過ごした。でも自由研究の話をするとみんな聞こえないふりをして、卒業して地元の中学に上がっても、この日のことは誰一人話したがらなかった。両親も同様だった。
上京して社会人になった今でもこの日のことをたまに思い出す。私の自由研究の何がいけなかったのか。校長の言っていた「大丈夫そう」とは何のことなのか。
年末年始で帰省すると、お地蔵様たちは変わらずそこにあった。644件、あるいはもっと多くの祠の中にお地蔵様が犇めいて、定番の表情を浮かべ町を見守っている。
もはや風景の一部となったお地蔵様に、思うところはないけれど。
あの日のことがあるからだろう。
泣き出す直前の赤ん坊のようなあの顔が、時々恐ろしいものに見えてしまう。