底辺Web作家の俺、1PV=1円になったので本気で小説を書いてみる 作:北窓レン
「葉梨、ちょっといいか」
そう声をかけられた時点で、嫌な予感がしていた。
午後十時を回ったバイト先のファミレスは、ピークの騒がしさが嘘みたいに静かだ。客席に残っているのは、ドリンクバーだけで二時間粘っている大学生らしき二人組と、窓際でノートパソコンを叩いているスーツ姿の男くらい。厨房からは食洗機の唸る鈍い音。
俺は下げてきた皿をラックに差し込み、呼んできた店長を見る。
「なんですか。まさか、また冷蔵庫の霜取りですか」
「いやぁ、そうじゃなくてだな……」
店長は困ったように頭を掻いた。
五十手前。白髪が増えてきた人のいいおっさんで、俺がこの店に入った六年前からずっと店長をやっている。忙しい時は自分で厨房にも入るし、酔客に絡まれればバイトを下げて自分が前に出る。少なくとも、嫌いな上司ではなかった。
そんな店長がこんな顔をしている。
嫌な予感が、さらにむくむくと膨らむ。
「来月から、この店な、深夜営業をやめることになったんだ」
「ああ……」
最近、客が減っているのは分かっていた。
午前一時を過ぎれば、客より従業員のほうが多い日さえある。電気代も人件費も上がっているらしく、少し前から営業時間を短くするという噂も聞いていた。
「それでシフトを組み直すことになってな。昼と夕方は学生の子が多いだろ。社員もいるし」
「つまり?」
分かっていたが、一応聞いた。
「悪い。今月いっぱいで契約終了ってことになった」
「……ですよねぇ」
怒るでもなく、仕方ないよなぁ、みたいな感覚が一番最初に来た。
俺はこの店で一番仕事ができるわけでもなければ、社員を目指しているわけでもない。六年も続けたせいで時給は新人より高く、しかも深夜手当の付く時間帯が中心だ。
経営側から見れば、真っ先に削りたい人材なのだろう。
しかし、今月のシフトって今日が最後だったんだが、あれか。明日から無職か。
どんだけ急なんだよ。
「葉梨は悪くないんだ。俺も残せないかって話はしたんだけどな」
「あざます。でも仕方ないですよ」
「……悪いな。もし別店舗で空きが――」
「いや、大丈夫です」
反射的に答えてから、しまったと思った。
何が大丈夫なんだ。
次の仕事なんて決まっていない。
ただ、申し訳なさそうに言ってくる店長をこれ以上困らせたくなかったのかもしれない。そんな優柔不断な自分に嫌気がさすけど、昔っからこうだった気もする。
「……まあ、何とかします」
言い直すと、店長は眉を下げながら「悪いな」とだけ言った。
話はそれで終わり。
俺は残りの勤務時間もいつも通りテーブルを拭き、注文を取り、注文の段取りを間違えた新人にやんわりと指導した。
終わるときなんて、案外こんなものだ。
「葉梨さーん」
閉店作業の途中、客席の椅子をテーブルに上げていると、背後から声がした。
振り返ると、明るめの茶髪をひとつに束ね、店のエプロンを着けている女性。水瀬ひよりだった。
大学四年生で、俺より六つ下。ホールに入って二年ほどになるから、もう新人という感じでもない。
「聞きましたよー。辞めちゃうんですね」
「正確には、クビだな」
「あ、ちょっと自虐的―」
ひよりは椅子を持ち上げながら笑った。
俺の“趣味”──web小説書きを知っている数少ない人間でもある。
別に打ち明けたわけじゃない。
以前、休憩室でスマホのアクセス解析を見ていたところを覗き込まれたのだ。
『葉梨さん、何見てるんです?』
『PV』
『何です、それ』
『……小説のアクセス数』
『小説書いてるんですか?』
そこからバレた。
勿論、ペンネームやら作品やらまでは教えていない。
知り合いに自分の小説を読まれるなんて、なんだか恥ずかしいじゃないか。まあ、好き好んで周囲に見せてる人も居るだろうけど。
それに、人気もないのに自慢げに自作をアピールするのも、なんだか気が引けた。
いや、人気がないからアピールするのか? まあ、どちらにしろだ。
「次、どうするんです?」
「仕事探すよ」
「ですよねー」
興味があるんだか、無いんだか。そっけない返事。
「他に何があるんだよ」
「小説家になる、とか」
「昨日のPV、91だけどな」
「それ、多いんです?」
「……聞かないでくれると嬉しいなぁ」
「あ、少ないんですね」
そんなやり取りをしながら、ひよりは悪びれもせず、次の椅子へ手を伸ばした。
こいつはWeb小説を全く読まないわけではないらしい。アニメ化した作品の原作を覗いたり、暇な時にランキング上位を読む程度だという。
だから俺が六年書いていると知った時も、馬鹿にはしなかった。
かといって応援してくれるわけでもなかった。
『書籍化したら教えてくださいよー』
『なんで?』
『アニメ化したらコスプレします』
『何段階先の話してんだよ』
以前、そんな会話をした覚えがある。
ひよりの趣味はコスプレだ。休日にはイベントへ行き、簡単な衣装なら自分で作るらしい。
俺の作品がアニメになる頃には、人類が火星に住んでいるかもしれない。
「友達が働いてる居酒屋、バイト募集してますよ。聞きましょうか?」
「居酒屋かあ」
「嫌なんです?」
「酔っ払い相手がな」
「ここも大差ないじゃないですか」
「否定できない」
実際、ありがたい話ではあった。
「まあ、ちょっと探してみる。それで駄目そうなら頼むわ」
「はーい」
ひよりはそれ以上何も言わなかった。
夢を追えとも、小説家になれとも言わない。
その距離感が、俺にはありがたかった。
◇
バイトを終えてアパートに戻った頃には、日付が変わる少し前だった。
築二十年以上の一K。
駅から徒歩十五分。風呂とトイレは別。それだけが数少ない長所だ。
あ、あとはバイト先から近い、というのも長所だったが、それはもう無くなったな。ははは。
靴を脱ぎ、電気をつける。
部屋の隅には、ホームセンターで買った安い机と椅子。その上にノートパソコンが置いてある。
俺の六年間が詰まっている場所だった。
着替えるより先に椅子へ座り、パソコンを開く。
習慣というのは恐ろしい。
失業した日に真っ先に確認するものが求人サイトではなく、小説の管理画面なのだから。
「……83」
今日のPV。
83。
昨日は91。
減っている。
今日更新した第十二話は、自分では結構うまく書けたと思っていた。
思っていたのだが。
「まあ、そんなもんか」
独り言で誤魔化しつつ、作品フォローの数字を見る。
3。三。さん。
変わっていない。
減っていないだけマシだ、と自分に言い聞かせる。
俺はペンネーム《北窓レン》で六年ほどWeb小説を書いている。
投稿作は六本。
うち、完結二本、途中で止まった作品が三本。
今連載している『迷宮宿の灯番』が六本目だ。
受賞歴なし。
書籍化歴なし。
ランキング上位経験なし。
所謂底辺ワナビってやつだ。
「さて……」
寒々しい管理画面を閉じ、今度こそ求人サイトを開いた。
未経験歓迎。
月収三十五万円以上可能。
夢を応援する職場です。
アットホームな職場です。
「アットホーム、ううむ、ヤバイ職場なんだろうなぁ」
そんな偏見まみれの意見をこぼしながら、いくつか眺めたところで、銀行アプリを開く。
残高。43,821円。
「…………」
家賃、六万二千円が来月頭。
その他にも、スマホ代。電気、水道代に食費。
計算する必要すらなかった。
足りない。
「いや、本当にどうしよう」
椅子の背もたれへ身体を預ける。
なにはなくとも、とりあえず次の収入源が必要だった。
小説で食えれば。
そんなことを考えたことがないわけじゃない。
むしろ何百回もある。
書籍化して、印税が入って、できればコミカライズなんかもして。
心のどこかでそんな未来を期待していた。
六年経った結果が、83PVだ。
「……仕事探そ」
現実は厳しい。
スマホを手に取る。
そこで、指が止まった。
「ん?」
見覚えのないアイコンがあった。
白い正方形。
中央に黒い文字で、たった二文字。
《PV》
「……なんだこれ」
こんなアプリを入れた記憶はない。
広告か何かを誤タップしたのだろうか。
長押しする。
削除はできるらしい。
それなら危険なシステムアプリというわけでもない、のか? よくわからん。
「気持ち悪いな」
消そうとして、ふと余計な考えが浮かぶ。
アプリ名が、よりにもよって《PV》。
興味本位で、どうせなら中身だけ見てから消そう。
そう思ってアイコンをタップした。
画面が暗転する。
数秒後。
真っ白な画面に、事務的な文字が並んだ。
《PVベース生活支援プログラム》
対象者:葉梨カケル
「……なんで俺の名前知ってるんだよ」
続いて表示された文章を読み、俺は眉をひそめた。
《対象作品を確認しました》
《登録可能作品数:1》
《基本支給額》
そして、その下。
さっきまで金の心配をしていた俺には、タイムリー過ぎるものが表示されていた。
《1PV=1円》
「…………は?」
部屋の中に、間の抜けた俺の声だけが響いた。
この世界では、web小説のPVによるインセンティブはない模様。