底辺Web作家の俺、1PV=1円になったので本気で小説を書いてみる 作:北窓レン
《1PV=1円》
スマホの画面に表示された文字を、俺はしばらく黙って眺めていた。
意味が分からないわけじゃない。むしろ、シンプルな話だ。
一ページ読まれるたびに1円。昨日の『迷宮宿の灯番』が83PVだったから、もし本当なら83円。缶コーヒー一本にも少し足りない額。いや、激安スーパーとかなら買えるか?
「……いや、そういう問題じゃないだろ」
誰に向けるでもなく呟いて、俺は画面を上へ滑らせた。
《PVベース生活支援プログラム》
《対象者:葉梨カケル》
《対象作品:未登録》
《登録可能作品数:1》
《当日分の有効PVに応じ、翌日0:00に支援金を支給します》
その下には、《作品を登録する》というボタンがある。
広告もなければ利用規約へのリンクもない。運営会社の名前も、問い合わせ先も、よくある「詳しくはこちら」みたいなモノも見当たらなかった。
怪しい。
怪しいという言葉では足りないくらい怪しい。
試しにアプリ名を検索してみたが、《PVベース生活支援プログラム》なんてものは一件も出てこなかった。アプリストアの購入履歴にもないし、スマホの設定から確認しても、いつインストールされたのか分からない。
「削除……できるのか」
ホーム画面へ戻り、アイコンを長押しすると、普通に《Appを削除》が表示された。
そこまで行って、指が止まる。
今の銀行残高は43,821円。
次の家賃は62,000円。
俺は無言で削除画面を閉じた。
「……確認するだけ、だからな」
誰に言い訳しているのか、自分でもよく分からないが、とにかく言い聞かせるように呟く。
アプリをもう一度開き、《作品を登録する》を押す。
検索欄へ自分のペンネーム――北窓レン、と打ち込む必要すらなかった。
《候補作品》
『迷宮宿の灯番』
「怖っ」
思わず声が出た。
『迷宮宿の灯番』を投稿している《ノベルノート》は、国内でも最大級のWeb小説投稿サイトだ。
誰でも無料で作品を投稿でき、読者は作品の閲覧だけでなく、フォローや評価、感想などを付けられる。ジャンル別のランキングもあり、人気が出れば出版社から声がかかって書籍化――なんてこともある。
俺も六年前から、その末席に作品を投稿し続けていた。
スマホにはノベルノートのアプリも入っているし、ブラウザにもログイン情報が残っているハズ。そこから情報が吸われた?
いや、できるのか?
分からない。
分からないが、とりあえず作品名をタップした。
《『迷宮宿の灯番』を対象作品として登録しますか?》
承認。
《登録しました》
それだけだった。
怪しい広告も出ない。
画面中央に新しく、
《本日の有効PV:集計中》
とだけ表示された。
「本日の……?」
壁掛け時計を見る。
23:58。
そういえば、支給は翌日0:00と書いてあったが、あと二分、か。
俺はスマホを机へ置く、が、ソワソワしてしまい、十秒もしないうちにまた持ち上げた。
「いや、別に期待してるわけじゃないけど」
23:59。
どうせ何も起きない。
起きるわけがない。
PVに応じて知らない誰かが金をくれる。そんな都合のいい話があるなら、世の中のWeb作家はみんな仕事を辞めている。
それでも俺は、時間を刻むスマホを見てカウントダウンを心の中で数える。
57。
58。
59。
日付が変わった。
何も起きない。
「……ほらな」
妙に安心しながらスマホを机へ戻しかけたところで、
――ピロン。
通知音が鳴った。
「……え?」
画面上部に、銀行アプリからの通知が出ている。
《入金がありました》
心臓が、一拍遅れて強く鳴った。
通知を開く。
残高44,504円。
さっきまで43,821円だったから――。
「683円……?」
増えている。
慌てて例のアプリへ戻ると、さっきまで《集計中》だった欄には明細が表示されていた。
《前日分 支給明細》
《有効PV:83》
《PV支給:83円》
《実績解除》※該当作品の過去実績も同様に解除
《初フォロー:100円》
《初評価:500円》
《支給総額:683円》
俺は明細と銀行残高を交互に見た。
一回。
二回。
そうして、三回。
「……マジで、金が振り込まれた?」
呟いた声が、自分でも分かるくらい引きつっていた。
683円。
大金ではない。
だが、俺が書いた小説を誰かが読んだ。その数字が、そのまま現実の金になっている。
83PV。
今までは管理画面に表示されるだけだった数字が、83円という現実の価値を持った。
「いや待て。振り込み名義は?」
銀行アプリから明細を開く。
差出人。
《PVベース生活支援プログラム》
「そのまんまかよ……」
口座番号を教えた覚えもない。
そもそも銀行口座を登録する画面なんてなかった。
ますます怖い。
残高の表示だけを書き換えるようなウイルスじゃないかという疑念が浮かび、俺は財布を掴んだ。
◇
部屋を出ると、夜風が興奮した頭を冷ましていく。
徒歩五分ほどのコンビニまで行き、店内ATMへキャッシュカードを差し込んだ。深夜の店内は客も少なく、雑誌棚の前で立ち読みしている男と、弁当を選んでいる作業着姿の客がいるだけだった。
残高照会。
表示された数字は、やはり44,504円。
試しに1,000円を引き出す。提携しているカードだから、こんな時間でも手数料がかからないのが気に入っている。
機械音のあと、本物の千円札が出てきた。
「…………」
手に取って、表と裏を見る。
当然だが、ごく普通の千円札だ。
少なくとも、銀行アプリの表示だけを書き換えられているわけではないらしい。
そのまま店内を一周し、結局その千円札を使ってカップ麺とおにぎり、安い缶コーヒーを買った。
ちょうど腹も減っていたし。バイトを首になった日くらい夜食を食べてもいいだろう。
部屋へ戻り、湯を沸かしながらもう一度アプリを確認する。
入金情報は消えていない。
夢でもないらしい。
「1PV、1円……」
カップ麺の蓋を押さえながら、口に出してみる。
昨日は83PVだったから、83円。
一日1,000PVなら1,000円。
3,000PVで3,000円。
10,000PVなら――10,000円。
「いやいや」
さすがにそこで首を振った。
一日10,000PVなんて、今の俺には異世界の数字だ。
六年書いていて、日間最高ですら1,000PVを少し超えた程度。その時だって、たまたま完結済み作品がどこかからリンクされたらしく、一日だけ伸びただけだった。
今の『迷宮宿の灯番』は83PV。
83円。
これでは生活費どころか、一食にもならない。
そこまで考えて、ふと手が止まった。
「……PVなら、増やせるんじゃないか?」
俺はノベルノートを開いた。
自分の作品ページ。
第一話を開く。
更新。
もう一回。
さらにもう一回。
「…………」
何をやっているんだ、俺は。と虚しくなってきた。
だが、一回開くたびに1円なら話は別だ。
ブラウザを更新。
戻って、もう一度開く。
PCも起動した。
スマホとパソコンで交互にアクセスする。第一話だけでは不自然な気がして、二話、三話と開き、途中から意味もなく最新話まで順番に巡回した。
五分ほどやったところで、ノベルノートのアクセス解析を見る。
数字が増えている。
「……いける、か?」
ものすごく頭の悪い期待が湧いた。
仮に一分で10PV作れれば、一時間で600円。
十時間やれば6,000円。
自分の小説を自分で読むだけで、最低賃金にこそ届かないものの、家賃くらいなら――。
「待て待て。そんなわけあるか」
冷静になれ、俺。
こんな穴があるなら、プログラムとして成立していない。
とはいえ、試すだけならタダだ。
俺はその後も十分ほどアクセスを重ねてから、ようやく馬鹿らしくなってやめた。
アプリを開いてみる。
《本日の有効PV:集計中》
「そこはリアルタイムじゃないのかよ」
答えは、また次の0:00らしい。
◇
翌日。
目が覚めた時には、昼をだいぶ過ぎていた。
長年の深夜勤務で生活リズムが完全に崩れている。今日から無職なのだから直した方がいいのだろうが、一日で変わるはずもない。
枕元のスマホを掴み、まずノベルノートを開く。
アクセス解析。
昨夜の俺の努力――と言っていいのか分からない何かのおかげで、普段より数字は多い。52PV。
「これが全部1円なら……」
そこで我に返った。
いかんいかん。そんな不確かな物より現実を見なければ。
求人サイトを開いて、適当に条件の良さそうなものを選ぶ。
三件ほど保存して、そのうち一件を応募画面まで進む。プロフィールを打ち込もうとして──。
そこで閉じた。
「……明日でいいか」
無職初日にして、非常によろしくない兆候だった。
代わりに原稿を書く。
書くこと自体は、いつもと同じだった。
迷宮帰りの冒険者が宿へ転がり込み、主人公が傷の手当てをする場面。千字ほど書いて、飲み物を取りに行き、戻ってきたついでにアクセス解析を見る。
2PV増えている。
「お」
昨日までなら、それで終わっていた。
今日は違う。
「2円、か」
さらに三十分後。
7PV増えていた。
「7円」
夕方。
さらに21PV増加。
「21円……」
よくない。
非常によろしくない。いつも以上に、数字が気になってしまう。
それでも原稿は進んだ。
今日の更新分を書き終え、誤字を確認して投稿する。
直後に管理画面を見る。
当然、俺みたいな底辺作品書きは、投稿したからってガツンとPVが増えるわけじゃない。
五分後。
もう一度見る。
「……変わってない」
分かっている。
投稿したからといって、読者が画面の前で待機しているわけではない。通知が来る人数だって、たったの三人。俺の作品フォロワー。
さらに五分後。
3PV増えていた。
「3円」
◇
そして、また日付が変わる。
俺は昨夜と同じように机の前でスマホを握っていた。
0:00ちょうどに通知音が鳴る。
《PVベース生活支援プログラムから入金がありました》
金額を見る前に、アプリを開く。
《前日分 支給明細》
《総PV:247》
「おお……」
昨夜、自分で回した分がかなり乗っている。
247円。
大した金額ではないが、実験としては成功――。
そう思った直後、その下に、昨日は出ていなかった表示があることに気付いた。
《無効PV:176》
「…………」
《自己アクセス、同一利用者による反復アクセス、その他不正な手段によって発生したPVは支給対象となりません》
《有効PV:71》
《PV支給:71円》
入金額。
71円。
「ですよねぇ……」
思わず天井を仰いだ。
昨日の俺が夜中にスマホとパソコンを行ったり来たりしていた時間は、きれいさっぱり無価値だったらしい。
いや、それどころか普通に読んでくれた71PV、昨日より12減っている。
71円。
今日の収入。
71円。
机の上には、昨日コンビニで買った缶コーヒーの空き缶がある。
一本140円ほど。
つまり今日一日、小説で稼いだ金では、コーヒー一本すら買えない。
「……厳しいな、作家」
知っていた。
六年前から知っている。
ただ今日からは、それが文字通り生活費になっただけだ。
俺はスマホを机へ置き、ノートパソコンを引き寄せた。
求人を探すべきなのは分かっている。
本当に分かっている。
だが、その前に一つだけ確かめたくなった。
自分で増やすのは無理。
なら、方法は一つしかない。
他人に読んでもらう。
「……どうしたら、読まれるんだ?」
六年間、小説を書いてきて。
俺はその夜、初めて本気でそれを考えた。