底辺Web作家の俺、1PV=1円になったので本気で小説を書いてみる 作:北窓レン
「……どうしたら、読まれるんだ?」
あまりにもな疑問だった。
当然だ。六年もWeb小説を書いている人間が、何を今さら。
俺だって、これまで何も考えてこなかったわけじゃない。更新すればアクセス解析を見たし、ランキングも覗いた。人気作のタイトルを眺めて、「こういうのが流行ってるんだな」と思ったことも何度もある。
ただ、それだけだった。
自分の作品と比べて、何が違うのか。
なぜ向こうは読まれて、俺の作品は読まれないのか。
そこまで真面目に考えたことは、たぶんなかった。
「面白ければ、そのうち読まれる……か」
自分で呟いて、自分で苦笑する。
なんて便利な言葉だ。
読まれない理由を考えなくていいし、結果が出なくても「まだ見つかっていないだけ」と思える。六年間、俺はずっとそうやって自分を納得させてきたのかもしれない。
けれど、昨日のPVは、収入は71円だった。
缶コーヒー一本にも届かない。
今までなら「まあ、趣味だし」で済ませられた数字が、いまはそのまま生活費になる。
「……見るか」
俺はノベルノートのトップページを開いた。
国内最大級のWeb小説投稿サイトだけあって、深夜だろうが新着作品は次々と更新されている。
トップには総合ランキング、その下には異世界ファンタジー、現代ファンタジー、恋愛、SFといったジャンル別のランキングが並び、作品タイトルの横にはフォロー数や評価が表示されていた。
これまでも何度となく見てきた画面だ。
ただし今日は、見る目的が違う。
俺は総合ではなく、自分の『迷宮宿の灯番』と同じ異世界ファンタジーの日間ランキングを開いた。
1位。
『追放された宮廷錬金術師、辺境で薬屋を始めたらいつの間にか国一番の店になっていた』
2位。
『外れ職《荷運び》の俺だけが知っている、迷宮の最短攻略法』
3位。
『死に戻り騎士は二度目の人生で幼馴染を救う』
「長いな……」
まず出てきた感想が、それだった。
もちろん全部が長いわけではない。短いタイトルの人気作もあるし、俺みたいに雰囲気重視の作品名も混ざっている。
けれど、上位に並ぶ作品の多くは、タイトルを読むだけで何の話なのか大体分かった。
追放された錬金術師が辺境で薬屋をやる。
荷運びの男が迷宮攻略で活躍する。
死に戻った騎士が幼馴染を救う。
「……で、迷宮宿の灯番は?」
自分の作品ページを別タブで開く。
『迷宮宿の灯番』
六文字。
いや、文字数の問題じゃない。
俺自身は気に入っている。
迷宮の入口に建つ宿。その主人である主人公が、夜ごと帰ってくる冒険者たちを迎えながら、怪我を治したり、装備を修理したり、時には迷宮について助言したりする。
灯番という言葉には、帰ってくる冒険者を待つ主人公の立場を重ねたつもりだった。
つもりだったのだが。
「これだけ見て、その話だって分かるか?」
分からない。
少なくとも俺なら、知らない作者の知らない作品が新着欄に流れてきて、このタイトルだけでクリックするかと聞かれたら怪しかった。
俺は椅子にもたれ、腕を組んだ。
「でもなあ……」
長いタイトルへの抵抗感は、正直ある。
説明しすぎというか、もう少し想像の余地があってもいいんじゃないか、と昔から思っていた。
ランキングに並ぶ作品を見ていると、ときどきタイトルだけであらすじが終わっているものまである。
俺はそういう作品を見るたび、
「もう本文読まなくてもよくないか」
なんて考えていた。
だが、ランキングの数字は残酷だった。
俺が心の中で何を思おうが、向こうは何万PV、何十万PVと読まれている。
こっちは71円だ。
「……いや、71PV」
もう金に変換する癖がついている。まずい。
それはともかく。
俺はランキング上位30作品ほどを、新しいタブで片っ端から開いていった。
タイトル。
あらすじ。
第一話。
更新頻度。
フォロー数。
これまでなら数作品読んだところで、「俺には合わない」で閉じていたと思う。
だが、今日は違った。
好きか嫌いかではなく、なぜ開きたくなるのかを見る。
すると、当たり前すぎて見落としていたことに気付いた。
「主人公が何する話か、最初から分かるんだな」
何を持っているのか。
何を失ったのか。
どこへ行くのか。
タイトルか、せめてあらすじの冒頭で提示されている作品が多い。
一方、『迷宮宿の灯番』。
タイトルから分かるのは、迷宮と宿と灯番らしき何かが出ることだけ。
作品を知らない読者にとっては、それ以上でも以下でもない。
「いや、でも中身はちゃんと……」
言いかけてやめた。
中身を見るためには、まず開いてもらわないといけない。
その当たり前のことを、俺は六年かけてようやく理解しようとしていた。
ノートパソコンの画面右下を見ると、とっくに深夜2時を回っていた。
「何やってんだ、俺」
無職初日にランキング研究で夜更かし。
とはいえ、ここまで来たら試したくなった。
作品管理画面から、タイトル変更を開く。
入力欄には、『迷宮宿の灯番』
長年見慣れた文字がある。
消そうとして、指が止まった。
「……思ったより勇気がいるな、これ」
本文を直すより怖い。
自分で付けたタイトルには、それなりに愛着がある。公開して二週間しか経っていない今作でさえそうなのだから、何年も連載している作家がタイトル変更を嫌がる気持ちは、今なら少し分かる。
それに、変えてPVが落ちたらどうする。
今でも大してないだろ、という冷静な自分が頭の端で囁いた。
「うるさい」
誰もいない部屋で呟き、俺は旧タイトルを削除した。
問題は新しいタイトルだ。
主人公は冒険者を辞めた青年。
迷宮の入口で、潰れかけの宿を引き継ぐ。
本人に戦闘能力はほとんどないが、かつて冒険者だった経験から危険を察知するのが妙に上手く、宿泊客へ助言をする。その結果、彼の宿に泊まった冒険者だけ生還率が高くなっていく。
「冒険者を辞めた俺、迷宮前で宿屋を始めます……」
打つ。
「……う、ううむ」
自分で書いておいて、ちょっと恥ずかしい。
だが、さっきまでよりは何の話か分かる。けどまだキャッチが弱い気もする。
その後ろに、『~なぜかうちに泊まる冒険者だけ全員生還する~』と付けた。
しばらく眺める。
『冒険者を辞めた俺、迷宮前で宿屋を始めます ~なぜかうちに泊まる冒険者だけ全員生還する~』
「…………俺も、こういうタイトル付ける側になったのか」
誰に負けたわけでもないのに、妙な敗北感があった。
それでも変更ボタンへカーソルを合わせる。
押す。
《作品タイトルを変更しました》
「ああ……」
変えてしまった。
何となく取り返しのつかないことをした気分になり、すぐ作品ページを開く。
見慣れない。
自分の作品なのに、知らない人の作品みたいだ。
しかも長い。
「戻すか?」
変更して一分も経っていない。
まだ誰も気付いていないだろう。
管理画面を開き直し、旧タイトルを入力しかけて――やめた。
「いや。一日だけだ。一日だけ見る」
これで駄目なら戻せばいい。実験だ。
今までと同じことをやってPVが増えなかったのだから、少しくらい変えてみても罰は当たらない。
そう自分に言い聞かせ、俺はようやくパソコンを閉じた。
◇
次に目が覚めた時、カーテンの隙間から差し込む光は朝日ほど柔らかくはなかった。
枕元のスマホを手探りで掴み、時刻を見る。
そのまま、ほとんど無意識にノベルノートを開いた。
「…………」
昨日までなら、この時間帯のPVは20か30程度だった。
今日は。
67PV。
「……え?」
寝ぼけた目を擦って更新する。
67。
変わらない。
いや、当たり前だ。更新しただけで増えるわけがない。
それでも、いつもより明らかに多い。
作品フォローは変わっていない。
評価も増えていない。
変えたものは一つだけ。
「タイトル……?」
まさか。
いや、まだ分からない。
偶然かもしれない。
どこかから一時的に人が来ただけという可能性もある。
俺はスマホを置き、顔を洗った。
インスタントコーヒーを淹れ、昨日買ったおにぎりの残りを食べる。
それから原稿を書き始めた。
500字。
解析を見る。
79PV。
「増えてる」
さらに800字書いて解析を覗く。
91PV。
昼を過ぎる頃には100PVを超えた。
「……マジか」
まだ一日は半分近く残っている。
昨日のPVは71。
それを、もう超えている。
何か特別な宣伝をしたわけじゃない。
SNSで告知すらしていない。
変えたのは、タイトルだけ。
嬉しい。
嬉しいのだが、それ以上に複雑だった。
「タイトルって、そんな大事なのかよ……」
六年間かけて書いてきた文章より、昨夜30分ほど唸って付け直したタイトルの方が、あっさり数字を動かしている。
理不尽な気もする。
けれど、考えてみれば当然なのかもしれない。
本屋だって、棚に並んだ本を全部一ページ目から読んで選ぶわけじゃない。表紙を見る。タイトルを見る。帯を見る。それで気になったものを手に取る。
Web小説だって同じだ。
何千、何万という作品がある中で、読者が最初に見るのは本文じゃない。
「入口、か」
俺は新しいタイトルを眺めた。
好きかと聞かれれば、まだ旧タイトルの方が好きだ。
でも、俺だけが好きでも誰にも開いてもらえないなら、物語は存在していないのと大して変わらない。
少なくとも今は、そう考えることにした。
スマホが震えた。
新しい感想――なんかではなく、メッセージアプリだ。
水瀬ひよりからだった。
『次のバイト、決まりましたー?』
「…………」
現実が目の前に現れた気がした。
画面の上には100を超えたPV。
だが、銀行残高は、家賃にも足りない。PVで増えた分なんて、それこそ子供のお小遣い程度だ。
俺は少し考えてから返信する。
『まだ』
すぐ既読が付いた。
『大丈夫です??』
『たぶん』
『ちゃんと探してくださいねー。居酒屋の件、まだ聞けますから』
『分かってる。ありがとう』
送信。
スマホを伏せる。
「……明日探す、か」
昨日も同じことを言った気がする。
かなりよろしくない。
ただ、今日だけ。
今日だけは、この数字がどこまで伸びるのか見ていたかった。
◇
0:00。
通知が鳴る。
俺は昨日までより少しだけ緊張しながら、《PVベース生活支援プログラム》を開いた。
《前日分 支給明細》
《有効PV:214》
《PV支給:214円》
「214……」
昨日は71PV。
143PV増えた。
世間から見れば、誤差みたいな数字だろう。
ランキング上位なら、数分で稼ぐ程度かもしれない。
収入だって214円。
これでは一日三食どころか、一食分にも怪しい。
それでも俺は、しばらく画面を見つめていた。
文章が急に上手くなったわけじゃない。
新しい話を書いたわけでもない。
入口を少し変えただけで、昨日まで俺の作品を知らなかった人間が、それだけ多くページを開いた。
「……そういうことか」
小説を書く。
それだけじゃ駄目だった。
読んでもらうためには、まず見つけてもらわなければならない。
そして見つけてもらった後には、開いてもらわなければならない。
そこまで考えて、俺は作品ページへ目を戻した。
タイトルの下。
数行しかない作品紹介文。
六年前からほとんど感覚だけで書いてきた場所。
「……次は、これか?」
本文より先に直す場所がまだあるらしい。
俺は少しだけ予感を覚えながら、作品紹介文の編集画面を開いた。