底辺Web作家の俺、1PV=1円になったので本気で小説を書いてみる 作:北窓レン
作品紹介文の編集画面を開いてから、十分が経った。
俺は一文字も打てていなかった。
「……わからん」
画面の中央では、白い入力欄がこちらを馬鹿にするように光っている。
本文なら書ける。
少なくとも、今日の更新分を三千字書けと言われたら、時間はかかっても手は動く。主人公を歩かせ、宿へ客を入れ、会話をさせればいい。六年も続けていれば、自分なりの書き方というものはできていた。
なのに、作品紹介文。
たった数行。
これが書けない。
現在設定している文章を、改めて読み返す。
《巨大迷宮の麓にある、小さな宿。
冒険者を辞めた青年は、そこで今日も帰らぬ誰かを待っている。
剣と魔法、出会いと別れを描く、迷宮譚。》
「…………」
悪くない。
少なくとも、昨日までの俺ならそう思っていた。
雰囲気はあるし、作品の空気にも合っている。自分で言うのもなんだが、ちょっと格好いい。
ただし。
「で、何する話なんだよ」
昨日タイトルに向けた言葉が、そのまま返ってきた。
冒険者を辞めた青年が、どうするのか。
なぜ宿を始めたのか。
この作品ならではの面白さは何なのか。
何一つ書いていない。
これで「本文を読めば分かる」は、無理だ。
読者は本文を読む前に、この紹介文を読むのだから。
俺はため息をつき、別タブで異世界ファンタジーの日間ランキングを開いた。
昨日に続いて、上位作品を一つずつ見ていく。
タイトルを変えた時も感じたが、人気作は紹介文も分かりやすかった。
追放された。
辺境へ行った。
店を始めた。
特殊な能力があった。
誰に嫌われ、誰に必要とされるのか。
もちろん、全部が全部そうではない。文学的な紹介文で上位にいる作品もあるし、ほとんど説明のない作品もある。
けれど、少なくとも今の俺が真似すべきなのは、例外の方ではないだろう。
「主人公が何者で、何ができて、何をするのか……」
メモ帳へ書き出す。
これだけなら簡単だ。
元冒険者。
迷宮前の宿屋。
戦闘能力は低い。
ただし、冒険者時代の経験から危険の兆候を見抜くことができる。
泊まった冒険者へ助言する。
結果、その宿の客だけ生還率が上がる。
これだけだ。
問題は、それをどう短くまとめるかだった。
《冒険者を引退した青年は、迷宮前で宿を始める。
戦う力はないが、長年の経験から危険を見抜く力だけは誰より優れていた。
彼の何気ない助言によって、宿に泊まる冒険者たちは次々と死地から生還していき――》
「いや、待て」
削除。
今度は少し軽くする。
《命懸けの冒険者生活に疲れた俺は、迷宮の前で宿屋を始めることにした。
のんびり第二の人生を送るつもりだったのに、なぜか俺が助言した冒険者だけ毎回生きて帰ってくる。
そのうち「死なない宿」なんて呼ばれ始めて――。》
「……うーん」
さっきよりはいい。
でも、何か違う。
主人公はそこまで軽い性格じゃない。
そもそも「のんびり第二の人生」なんて考えていない。冒険者を辞めた理由だって、仲間を失ったことが大きい。
受けを狙って、作品そのものまで違って見える紹介文にするのは違う気がした。
また消す。
書く。
消す。
ランキングを確認する。
書く。
また消す。
気付けば、時計は2:00を回っていた。
「三行に二時間……」
本文なら一話の半分近く書けている。
俺は椅子から立ち上がり、冷蔵庫を開けた。
中身はペットボトルの水、卵二つ、調味料、それから賞味期限が少し怪しい豆腐。
無職の冷蔵庫としては、なかなかに心細い。
水を一口飲んで机へ戻る。
そして、今まで書いた案を全部見返した。
格好良くしたい。
面白そうに見せたい。
ランキング上位みたいにしたい。
そんなことばかり考えていた気がする。
「結局、俺の話のどこを読んでほしいんだ?」
それを考える。
迷宮攻略そのものではない。
最強主人公でもない。
主人公が宿へ帰ってきた冒険者を迎えて、少しだけ手を貸す。助言した相手が翌日また宿の扉を開けて、生きて戻ってくる。
俺が一番書きたいのは、そこだった。
なら。
指を動かす。
《冒険者を辞めた青年が引き継いだのは、迷宮の入口に建つ小さな宿だった。
戦うことをやめた彼に残ったのは、長い冒険者生活で培った「危険を察する勘」だけ。
宿泊客へ何気なく伝えた助言が、やがて多くの冒険者の命を救い――いつしかその宿は「泊まれば生きて帰れる宿」と呼ばれ始める。》
「……これでいいか」
いや。
これでいい。
少なくとも、前の紹介文より何の話なのか分かる。
格好良さは減った。
でも、作品の中身から外れてはいない。
俺は《変更する》を押した。
昨日はタイトル。
今日は紹介文。
「俺、今まで何やってたんだろうな」
口にしたら少しへこんだので、考えるのをやめて寝た。
◇
目を覚ましたのは昼前だった。
布団の中でスマホを開き、ノベルノートを見る。
146PV。
「……もう昨日の半分以上か」
昨日の有効PVは214。
まだ昼前なのに、その半分を大きく超えている。
作品フォローを見る。
一件増えていた。
「おお」
小さく声が出る。
たった一件。なのに嬉しい。
いや、一件だからこそ嬉しいのかもしれない。
誰かが昨日か今日、俺の作品を読んで、「もう少し続きを読んでみよう」と思った。その結果として押されたボタンだ。
俺は一度スマホを閉じた。
十秒後にもう一度開いた。
「……増えてないか」
当たり前だ。
フォローというのは、見張っていれば増えるものではない。
分かっている。
分かっているのだが。
俺は布団から出ると、顔を洗い、昨日より多少まともな朝兼昼飯を作った。卵を焼いて、豆腐は匂いを確認してから味噌汁にする。
食べ終わったら原稿。
今日は次の更新分を一本書く。
その合間に、アクセス解析を確認。
210PV。
原稿へ戻る。
また確認。
248PV。
「見るな見るな。書け。書くんだ」
自分へ言い聞かせ、ブラウザのタブを閉じた。
だけど十分後にはまた開いていた。
こういうところは、たぶん簡単には治らないんだろうな。
夕方には300PVを超えた。
タイトルを変えただけでも伸びたが、紹介文まで変えたことで、作品ページまで来た人間が本文を開く割合が上がっている――のかもしれない。
ノベルノートの解析機能はそこまで詳しくないので、断定はできない。
だが、数字が増えていることだけは確かだった。
その日の原稿を書き終え、投稿画面を開く。
誤字を二度確認。
一度プレビューする。
「よし」
投稿。
直後、本文を開いた。
そして、誤字を見つけた。
「なんで投稿する前には見えないんだよ……」
急いで修正する。
六年やっても、これだけは本当に分からない。
公開前には透明だった誤字が、投稿ボタンを押した瞬間だけ黒々と浮かび上がる現象には、そろそろ名前が付いていいと思う。
修正を終えた、その時だった。
画面上部に通知が出た。
《新しい感想があります》
「…………」
指が止まった。
心臓が、さっきまでとは違う意味で跳ねる。
感想。
評価より怖いのが感想だ。
評価なら数字しか見えない。
感想は、言葉で来る。
褒められることもある。
もちろん、そうじゃないこともある。
「……見るか」
通知を押す。
感想ページが開く。
ユーザー名は知らない名前。
本文は短かった。
《最近読み始めました。
主人公が派手に無双するんじゃなくて、宿から冒険者を送り出して、帰ってくるのを待ってる感じが好きです。
続き楽しみにしています。》
「…………」
最初に思ったのは。
そこ、伝わったんだ。
だった。
昨夜、作品紹介文を書き直しながら考えたこと。
俺がこの作品で一番書きたかった部分を、知らない誰かがちゃんと読んでくれている。
しかも、好きだと言っている。
俺はしばらく感想を眺めた。
返信を書く。
《ありがとうございます。そう言っていただけると嬉しいです。今後ともよろしくお願いします。》
「……硬いな」
消す。
《感想ありがとうございます! まさにそういう話を書きたかったので、そう言っていただけて嬉しいです。これからも楽しんでもらえるよう頑張ります。》
「必死すぎるか?」
また消す。
二十分ほど悩んだ末、最初の文章に少しだけ言葉を足して返信した。
たった数行の返信に、あらすじほどではないにせよ時間がかかった。
「何やってんだろうなぁ、俺」
その直後。
スマホが震えた。
《PVベース生活支援プログラム》
「ん?」
0:00にはまだ早い。
《実績を解除しました》
《【最初の声】》
《条件:登録作品に初めて感想を獲得する》
《実績報酬:300円》
「……実績解除、か」
最初にもあったが、すっかり頭から抜け落ちていた。
ただ、感想一件が300円。
今日のPVがこのまま400前後まで伸びれば、合わせて700円ほどになる。
昨日は214円。
その前は71円。
まだ生活できる額ではない。
それでも、確実に上向いている。
◇
日付が変わった。
いつの間にか俺は、0:00になるとアプリを開くのが習慣になりつつあった。
《前日分 支給明細》
《有効PV:430》
《PV支給:430円》
《実績報酬》
《【最初の声】:300円》
《支給総額:730円》
「430……」
昨日の214PVから、ほぼ倍。
収入は730円。
安い昼飯なら食べられる。
まだ家賃には遠い。
とんでもなく遠い。
でも。
俺は支給額より先に、ノベルノートを開いた。
昼間にもらった感想を、もう一度読む。
《続き楽しみにしています。》
「……そっか」
今までも、過去作で感想をもらったことくらいはある。
そのたび嬉しかった。
けれど今日は、妙にその一文が頭に残った。
430という数字の中に、この人もいる。
今日増えたフォローの向こうにも、俺の知らない誰かがいる。
PVは数字だ。
1PVは1円になる。
でも、それだけじゃない。
俺はパソコンを開く。
明日の更新分は、まだ一文字もない。
いつもなら、眠いから明日にするところだった。
「……少しだけ書くか」
続きを楽しみにしている人がいる。
その言葉が、730円より少しだけ重かった。