底辺Web作家の俺、1PV=1円になったので本気で小説を書いてみる   作:北窓レン

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第4話 感想

 作品紹介文の編集画面を開いてから、十分が経った。

 俺は一文字も打てていなかった。

 

「……わからん」

 

 画面の中央では、白い入力欄がこちらを馬鹿にするように光っている。

 

 本文なら書ける。

 少なくとも、今日の更新分を三千字書けと言われたら、時間はかかっても手は動く。主人公を歩かせ、宿へ客を入れ、会話をさせればいい。六年も続けていれば、自分なりの書き方というものはできていた。

 

 なのに、作品紹介文。

 たった数行。

 これが書けない。

 

 現在設定している文章を、改めて読み返す。

 

《巨大迷宮の麓にある、小さな宿。

 冒険者を辞めた青年は、そこで今日も帰らぬ誰かを待っている。

 剣と魔法、出会いと別れを描く、迷宮譚。》

 

「…………」

 

 悪くない。

 少なくとも、昨日までの俺ならそう思っていた。

 雰囲気はあるし、作品の空気にも合っている。自分で言うのもなんだが、ちょっと格好いい。

 

 ただし。

 

「で、何する話なんだよ」

 

 昨日タイトルに向けた言葉が、そのまま返ってきた。

 

 冒険者を辞めた青年が、どうするのか。

 なぜ宿を始めたのか。

 この作品ならではの面白さは何なのか。

 

 何一つ書いていない。

 

 これで「本文を読めば分かる」は、無理だ。

 読者は本文を読む前に、この紹介文を読むのだから。

 

 俺はため息をつき、別タブで異世界ファンタジーの日間ランキングを開いた。

 昨日に続いて、上位作品を一つずつ見ていく。

 タイトルを変えた時も感じたが、人気作は紹介文も分かりやすかった。

 

 追放された。

 辺境へ行った。

 店を始めた。

 特殊な能力があった。

 

 誰に嫌われ、誰に必要とされるのか。

 もちろん、全部が全部そうではない。文学的な紹介文で上位にいる作品もあるし、ほとんど説明のない作品もある。

 

 けれど、少なくとも今の俺が真似すべきなのは、例外の方ではないだろう。

 

「主人公が何者で、何ができて、何をするのか……」

 

 メモ帳へ書き出す。

 これだけなら簡単だ。

 

 元冒険者。

 迷宮前の宿屋。

 戦闘能力は低い。

 ただし、冒険者時代の経験から危険の兆候を見抜くことができる。

 泊まった冒険者へ助言する。

 結果、その宿の客だけ生還率が上がる。

 

 これだけだ。

 問題は、それをどう短くまとめるかだった。

 

《冒険者を引退した青年は、迷宮前で宿を始める。

 戦う力はないが、長年の経験から危険を見抜く力だけは誰より優れていた。

 彼の何気ない助言によって、宿に泊まる冒険者たちは次々と死地から生還していき――》

 

「いや、待て」

 

 削除。

 今度は少し軽くする。

 

《命懸けの冒険者生活に疲れた俺は、迷宮の前で宿屋を始めることにした。

 のんびり第二の人生を送るつもりだったのに、なぜか俺が助言した冒険者だけ毎回生きて帰ってくる。

 そのうち「死なない宿」なんて呼ばれ始めて――。》

 

「……うーん」

 

 さっきよりはいい。

 でも、何か違う。

 

 主人公はそこまで軽い性格じゃない。

 そもそも「のんびり第二の人生」なんて考えていない。冒険者を辞めた理由だって、仲間を失ったことが大きい。

 

 受けを狙って、作品そのものまで違って見える紹介文にするのは違う気がした。

 

 また消す。

 書く。

 消す。

 ランキングを確認する。

 書く。

 また消す。

 

 気付けば、時計は2:00を回っていた。

 

「三行に二時間……」

 

 本文なら一話の半分近く書けている。

 

 俺は椅子から立ち上がり、冷蔵庫を開けた。

 中身はペットボトルの水、卵二つ、調味料、それから賞味期限が少し怪しい豆腐。

 無職の冷蔵庫としては、なかなかに心細い。

 

 水を一口飲んで机へ戻る。

 そして、今まで書いた案を全部見返した。

 

 格好良くしたい。

 面白そうに見せたい。

 ランキング上位みたいにしたい。

 

 そんなことばかり考えていた気がする。

 

「結局、俺の話のどこを読んでほしいんだ?」

 

 それを考える。

 

 迷宮攻略そのものではない。

 最強主人公でもない。

 主人公が宿へ帰ってきた冒険者を迎えて、少しだけ手を貸す。助言した相手が翌日また宿の扉を開けて、生きて戻ってくる。

 

 俺が一番書きたいのは、そこだった。

 

 なら。

 指を動かす。

 

《冒険者を辞めた青年が引き継いだのは、迷宮の入口に建つ小さな宿だった。

 戦うことをやめた彼に残ったのは、長い冒険者生活で培った「危険を察する勘」だけ。

 宿泊客へ何気なく伝えた助言が、やがて多くの冒険者の命を救い――いつしかその宿は「泊まれば生きて帰れる宿」と呼ばれ始める。》

 

「……これでいいか」

 

 いや。

 これでいい。

 

 少なくとも、前の紹介文より何の話なのか分かる。

 格好良さは減った。

 でも、作品の中身から外れてはいない。

 

 俺は《変更する》を押した。

 昨日はタイトル。

 今日は紹介文。

 

「俺、今まで何やってたんだろうな」

 

 口にしたら少しへこんだので、考えるのをやめて寝た。

 

     ◇

 

 目を覚ましたのは昼前だった。

 

 布団の中でスマホを開き、ノベルノートを見る。

 

 146PV。

 

「……もう昨日の半分以上か」

 

 昨日の有効PVは214。

 まだ昼前なのに、その半分を大きく超えている。

 

 作品フォローを見る。

 一件増えていた。

 

「おお」

 

 小さく声が出る。

 たった一件。なのに嬉しい。

 

 いや、一件だからこそ嬉しいのかもしれない。

 誰かが昨日か今日、俺の作品を読んで、「もう少し続きを読んでみよう」と思った。その結果として押されたボタンだ。

 

 俺は一度スマホを閉じた。

 十秒後にもう一度開いた。

 

「……増えてないか」

 

 当たり前だ。

 フォローというのは、見張っていれば増えるものではない。

 

 分かっている。

 分かっているのだが。

 

 俺は布団から出ると、顔を洗い、昨日より多少まともな朝兼昼飯を作った。卵を焼いて、豆腐は匂いを確認してから味噌汁にする。

 食べ終わったら原稿。

 今日は次の更新分を一本書く。

 その合間に、アクセス解析を確認。

 

 210PV。

 

 原稿へ戻る。

 また確認。

 

 248PV。

 

「見るな見るな。書け。書くんだ」

 

 自分へ言い聞かせ、ブラウザのタブを閉じた。

 だけど十分後にはまた開いていた。

 

 こういうところは、たぶん簡単には治らないんだろうな。

 

 夕方には300PVを超えた。

 

 タイトルを変えただけでも伸びたが、紹介文まで変えたことで、作品ページまで来た人間が本文を開く割合が上がっている――のかもしれない。

 ノベルノートの解析機能はそこまで詳しくないので、断定はできない。

 だが、数字が増えていることだけは確かだった。

 

 その日の原稿を書き終え、投稿画面を開く。

 誤字を二度確認。

 一度プレビューする。

 

「よし」

 

 投稿。

 

 直後、本文を開いた。

 そして、誤字を見つけた。

 

「なんで投稿する前には見えないんだよ……」

 

 急いで修正する。

 六年やっても、これだけは本当に分からない。

 公開前には透明だった誤字が、投稿ボタンを押した瞬間だけ黒々と浮かび上がる現象には、そろそろ名前が付いていいと思う。

 

 修正を終えた、その時だった。

 画面上部に通知が出た。

 

《新しい感想があります》

 

「…………」

 

 指が止まった。

 心臓が、さっきまでとは違う意味で跳ねる。

 

 感想。

 

 評価より怖いのが感想だ。

 評価なら数字しか見えない。

 感想は、言葉で来る。

 

 褒められることもある。

 もちろん、そうじゃないこともある。

 

「……見るか」

 

 通知を押す。

 感想ページが開く。

 ユーザー名は知らない名前。

 

 本文は短かった。

 

《最近読み始めました。

 主人公が派手に無双するんじゃなくて、宿から冒険者を送り出して、帰ってくるのを待ってる感じが好きです。

 続き楽しみにしています。》

 

「…………」

 

 最初に思ったのは。

 

 そこ、伝わったんだ。

 だった。

 

 昨夜、作品紹介文を書き直しながら考えたこと。

 俺がこの作品で一番書きたかった部分を、知らない誰かがちゃんと読んでくれている。

 しかも、好きだと言っている。

 

 俺はしばらく感想を眺めた。

 返信を書く。

 

《ありがとうございます。そう言っていただけると嬉しいです。今後ともよろしくお願いします。》

 

「……硬いな」

 

 消す。

 

《感想ありがとうございます! まさにそういう話を書きたかったので、そう言っていただけて嬉しいです。これからも楽しんでもらえるよう頑張ります。》

 

「必死すぎるか?」

 

 また消す。

 二十分ほど悩んだ末、最初の文章に少しだけ言葉を足して返信した。

 たった数行の返信に、あらすじほどではないにせよ時間がかかった。

 

「何やってんだろうなぁ、俺」

 

 その直後。

 スマホが震えた。

 

《PVベース生活支援プログラム》

 

「ん?」

 

 0:00にはまだ早い。

 

《実績を解除しました》

《【最初の声】》

《条件:登録作品に初めて感想を獲得する》

《実績報酬:300円》

 

「……実績解除、か」

 

 最初にもあったが、すっかり頭から抜け落ちていた。

 

 ただ、感想一件が300円。

 今日のPVがこのまま400前後まで伸びれば、合わせて700円ほどになる。

 

 昨日は214円。

 その前は71円。

 

 まだ生活できる額ではない。

 それでも、確実に上向いている。

 

     ◇

 

 日付が変わった。

 いつの間にか俺は、0:00になるとアプリを開くのが習慣になりつつあった。

 

《前日分 支給明細》

《有効PV:430》

《PV支給:430円》

《実績報酬》

《【最初の声】:300円》

《支給総額:730円》

 

「430……」

 

 昨日の214PVから、ほぼ倍。

 収入は730円。

 安い昼飯なら食べられる。

 

 まだ家賃には遠い。

 とんでもなく遠い。

 

 でも。

 

 俺は支給額より先に、ノベルノートを開いた。

 昼間にもらった感想を、もう一度読む。

 

《続き楽しみにしています。》

 

「……そっか」

 

 今までも、過去作で感想をもらったことくらいはある。

 そのたび嬉しかった。

 けれど今日は、妙にその一文が頭に残った。

 

 430という数字の中に、この人もいる。

 今日増えたフォローの向こうにも、俺の知らない誰かがいる。

 

 PVは数字だ。

 1PVは1円になる。

 

 でも、それだけじゃない。

 

 俺はパソコンを開く。

 明日の更新分は、まだ一文字もない。

 

 いつもなら、眠いから明日にするところだった。

 

「……少しだけ書くか」

 

 続きを楽しみにしている人がいる。

 その言葉が、730円より少しだけ重かった。

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