いずれ宇宙は冷え切り、全ての星は凍り付いたように眠りにつく。全ての営みはその意義を続けることはなく、あらゆる成果は微睡みのうちに泡と消える。君らの残したものはそのすべてを象ったままにただ美しいだけの見る者のいない彫刻と化し、僕らの努力も誰に認められることもなく氷の中さ。そんなのは嫌だろう?だから僕に少しだけ協力して欲しいんだ。

「だから助けてくれるの?」

 もちろん。協力を求めておいて見返りを与えないなんて誠実さに欠ける行為だからね。僕らの命運を掛けた実験に付き合ってくれる君にはそれ相応の返礼をしないと。だから───

『僕と契約して、魔法少女になってよ』

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 そろそろネタバレ解禁に合わせて朝から廻天してきたオタク共がTwitterでネタバレしたのち物足りなくなってピクシブやハーメルンを漁り始める頃かな。狙い通りだ。

 嘘です。ネタバレ解禁に合わせて0時に投稿しようと思ったけど間に合いませんでした。
2週間で書けるわけないだろこちとら一日12時間労働ぞ。

 納得いってないからそのうち書き加える


Zur Walpurgisnacht

 

introduction/Quitterie

 

 

 これはまだ、わたしたちが裸で洞窟暮らしをしていた頃。世界で一番最初に役に立った女の子のお話。

 

 もし彼らが来てくれなかったら、何万年か経った今でもそんな暮らしをしていたかもしれない。でも、今は違う。だって、彼ら(キュゥべぇ)が来てくれたから。そうだよね、世界一役に立つ存在(キュゥべぇ)?

 

 

 

 ◈

 

Prologo

 

 

 山が燃えている。皆で頑張って作った祭壇が熱い炎の中に黒く消えていく。わたしたちが出来る最大限の贈り物をしたのに、山はその機嫌を直してくれなかったみたいだった。

 

 何人もの怪我人を出しながら倒した森の主も、森中からかき集めたありったけの果物も、どんな犠牲(いけにえ)も、全部全部届かなかった。

 

 煙を上げ、ときおりその身を震わし大地を揺らしていた山はついぞ怒りを納めきれなかったのか、火を噴いてその感情を露わにする。大地は割れて森を呑み、炎は這って人を焼く。

 

 温かな大地、豊かな土壌、湧き出る泉。わたしたちに多くの恵みをもたらしてきた山が今、破滅を振り撒こうとしている。

 

「誰か、誰か止めて!!山の怒りを鎮めて!!」

 

『それは無理だね。ただ、君たちが助かる方法はある』

 

「誰!?」

 

 声が聞こえる。聞き慣れない声であるし、聞こえ方もおかしい。まるで耳からじゃなくて、さらにその奥から語りかけてくるような。

 

『僕は君の願いを叶える者さ。さぁ、君の望みを言ってくれるかい』

 

 この際誰でもいい。助けてくれるというのなら助けて。

 

「みんなを助けて!!!」

 

『わかった。それが君の願いなら』

 

 身体から光が溢れ出す。溢れた光は一処に集まり、白く輝く小さな石へ。光が集まって出来た石は、出来た時よりまばゆい光を放ってわたしを包み込む。

 

 何も纏わない状態から、これまで感じたことのない肌触りへ。頭からすっぽりと被るようにして着ているのに、腰回りの紐によってしっかりと身体に巻き付く風通しのよい黒い花のような一枚の皮?それでいて脚にかかる部分は信じられないことに、生き物のようにふんわりと丸みを帯びていた。

 

『何をしたらいいかはわかるだろう?』

 

 わかる。なんでか知らないけど、わかってしまう。この姿では何が出来て、それをするにはどうしたらいいのか。

 

 白い石を両手で包み込み、膝をついて祈りを捧げる。目の前に透明の板が現れ、迫る炎の水を二分する。

 

『さて、史上初の契約者。僕は君をなんて呼べばいい?』

 

「サン。サンって呼んで」

 

『わかった。よろしく、サン。僕らの実験に付き合ってくれて、宇宙の寿命を延ばしてくれて感謝するよ』

 

 みんなを守ることは出来た。けれども燃えた森も、埋もれた洞窟も、潰れてしまった川も、すでに死んでしまった人も戻っては来ない。山の怒りによって奪われたすべては、山の恵みは、帰ってくることはなかった。

 

「移動しよう。ここにいては飢えてしまう」

 

 四十回も冬を越した長老が言うのだから間違いないのだろう。現に、この灰と炎に包まれた大地には獣の姿どころか、どれほど掘り返しても草の根一本も出てきやしないだろうということはこの場のみんなもなんとなくわかっている。だけどそれにはいくつか大きな問題がある。とりわけ大きな問題は───

 

「どこに?」

 

「どうやって?」

 

 この灰が降る中で少なくとも山を二つは越えなければ焼け野原以外の景色は見えないだろうし、そうして移動した先に身を隠せる洞窟や安定した水場、食べれる果実に狩りやすい獣がいるとは限らない。

 

 そしてなにより、この板が掻き分けた炎の水は背後で再び一つになり、まだ赤々と燃えている。この燃える水の中を泳ぎ渡るということができるのなら、最初からそうしておけばよいのだ。

 

「その板を浮かべることはできないか?」

 

「できる……けど、今出してる板を消さなきゃいけない。そうしたらみんな燃えちゃう」

 

「むぅ……しかしこの状況では三日も保たない。せめて水が確保できればな」

 

 水場はこの炎の下。掘り起こすなんてできないし、もし掘り起こせてもすぐには飲めない。けれども水を飲まなければ死んでしまう。この炎が消えるまで何日かかるかわからないけど、少なくとも三日以上はかかると思う。

 

「ねえ、水は出せないの」

 

『それは無理だね。一人につき叶えられる願いは一つまで。みんなを守りたいという君の願いを叶えた以上、水が欲しいという願いまでは叶えられない』

 

 わたしの力じゃ水を出すことはできない。水を出して欲しいと望むこともできない。みんなを守るっていうわたしの願いは、無駄に終わってしまう。何も残せないまま、ここで朽ちてしまう。

 

『それは困るな。一つの銀河を終わらせかねない程のリソースを投じたというのに、何の成果も検証できないのは僕らとしても望ましくない』

 

「じゃあ二個願いを叶えてくれたっていいじゃない」

 

『それは無理だよ。試算の結果回収できるエネルギーは精々が願いを叶えたときの二倍程度。さらに因果律が大きな人間であればもっと回収できるかもしれないけど、君の場合は二つ願いを叶えてしまっては無意味になってしまう。そうだね、これからは一人一つを徹底していこうか』

 

「サン、さっきから誰と話している?」

 

 誰と?見たらわか……見てもわからないか。ピンクの模様がついた白い猫。それも耳から長い毛が生えてるような変なやつは見たことないし、そもそも喋る動物が初めてかも。動物と喋るなんて普通信じられないよね。

 

「この子だよ。喋る動物なんて初めてだからみんながわからないのもしょうがないよ」

 

「この子?そこに何がいるというのだ?」

 

 何って、ここにいるじゃん。まさか……!?

 

『そうとも、僕の姿は資格のある人間にしか見えないし、声も聞こえない。例えば、そこの娘のようにね』

 

 その視線の示す先、長老の後ろから真っ直ぐにこの生き物を見つめる少女。長老の娘のうち一人、フセン。

 

「フセン……見えるの?」

 

「う、うん」

 

「なんだ?おぬしら誰と話している?……まさか、精霊!?サンが不思議な板を出したのも精霊と通じたからか?」

 

 精霊……言われて見たら確かに。特定の人にしか見えなくて、不思議な力を授けてくれる。ずっと語り継がれてきた精霊そのものだ。

 

『うーん、僕は宇宙から飛来した生命体だから、厳密には君たちのいう精霊ではないのだけれど、今の文明レベルではそう説明したほうが理解しやすいか。そうとも僕は夜空からやって来た精霊だ。僕を見る資格のある者の願いを叶えよう』

 

「フセン、願って。水を出せるようになりたいって」

 

 みんなを守りたいって願ったら透明な板を出せるようになった。水を出したいって願ったら、きっと水が出るようになる。だから祈って、フセン。水を望んで、みんなの渇きを癒やすことを。

 

『勧誘のときにパッケージ名がないのは不便だね。宇宙の法則を乱す存在だから悪魔……と、いうには些か万能性に欠けるか。そうだね、魔女というのはどうだろう?僕と契約して、魔女になってよ』

 

 魔女。それがわたしたちの新しい名前。

 

「う、うん。そ、それでみんな助かるなら……」

 

『では契約成立だ。よろしく、フセン』

 

 青い光がフセンを包む。光は束なりわたしと同じ黒い皮へと。頭から一枚被れば、わたしと同じ格好の魔女へと転じて。彼女が手を組み祈れば、周りの熱で枯れ果てた大地から水が湧き出る。

 

「おお、水が湧きおった。よくやったぞフセン」

 

「サンもありがとうな!お前がいなきゃみんな焼け死んでたぜ」

 

 次々と向けられる感謝の念。心が満たされる感覚。もっとみんなの役に立ちたい。もっとみんなの助けになりたい。

 

「ねぇ、他に精霊が見える人はいないの?」

 

「わたしも見えるよー!!」

 

「わたしにも見えるわ」

 

 他に精霊が見えると手を挙げたのはハッセとワシャの二人。この二人にも魔女になってもらえば、きっとみんなを導ける!!

 

「いや、その二人はとっておこう。現状は水と、炎を防ぐ場所さえあれば凌げる。水さえあれば七日は凌げるからそれまでに山の怒りが収まるのを祈ろう」

 

「長老?いや……そうだね」

 

 うん、多分そうするべき……なんだよね。何もここで焦らなくても、魔女の力が必要になるときが来るはず。

 

 

 

 *

 

segundo acto

 

 

 長老の見立ては正しかった。三日後に山の怒りは小さくなり、火も消える。とはいえいまだに大地は鳴り響いているし、煙も上がっている。火を噴くことをやめたからといって、完全に怒りが治まったわけではなさそうだ。

 

「うぁちっ!?まだ下で燃えてるぜ」

 

 黒く冷え固まった石の下では、まだ炎が渦巻きわたしたちを燃やしつくさんと待ち構えている。この上を歩くのは危険だし、水をかけても冷えることはない。けれども空腹は限界を迎え、このままここに留まるわけにもいかなくなってきた。

 

「わたしが足場を作るよ」

 

「でもサン、お前三日間寝ないで俺らを守ってくれたんだろ?」

 

 確かに三日寝ていない。だけど不思議と眠くないし、まだまだぜんぜん起きていられる。昔だったらとっくのとうに意識がなくなっていたのに、今はこれまで以上に動き続けることができる気がする。魔女になったおかげかな。

 

「まだいける。みんなをここから逃がせたら、その時は眠らせて」

 

「サン……わかった。じゃあ俺たちの命、預けるぜ」

 

「頼むぞ、サン。お前が頼りだ」

 

 祈りを捧げる。連なる黒い石の上に透明な板を起き、その上に皆が乗った後、祈るわたしを引き上げてもらえば全員が透明な板に乗って山を滑り降りることが───

 

「動かないね」

 

『斜面とはいえ、この荒い道を二十人が乗った板で滑り降りるのは難しいよ。せめて最初は誰かが押さないと』

 

「そんな……」

 

 誰かがこの板を押す。押した後にこの石の上を駆けるなんてできるはずがないので、その人は置いていくことになる。当然だが二十人を乗せた板を押すのは相当な力持ちでないといけないし、その人はこの先の旅で必要になる。置いていくならか弱い人間の方がよいが、それでは押すことができない。難しい。

 

「精霊はなんと?」

 

「だ、誰か一人が残って押す必要があると……」

 

「ふむ。だが誰一人とて残せん。我々は全員で行く必要がある」

 

 え?それじゃ、どうやって動くつもりなの?

 

「フセン。勢いよく水を出せるか。できる限り勢いよく、大量にだ」

 

「う、うん。やってみる……」

 

 これまで聞いたこともないような音と共に伸びる水は、狩りの時の指笛よりもさらに甲高い音を出して山を削る。出てくる水の太さがフセンの身体を超え、みんなの乗る板よりも太くなったとき。ついに板は滑り出した。

 

「うわー!!はやーい!!!」

 

「くっ、このままだと振り落とされそうだ」

 

 流れる大地と共に頬を焼き付ける熱風は、確かにわたしたちを板から振り落とす意思が込められているようだった。

 

「力ある者はサンかフセンに掴まり踏ん張れ。そうでないものは伏せ立っている者の足を掴め」

 

 わたしたちは気合いで耐えろと!?いやわたしが吹き飛ばされるときは板も一緒に飛ぶし、板が飛ばない限りわたしも飛ばないからわたしは問題ないけどフセンはそうでもないはず。

 

「つくぞ。フセン、水を止めろ」

 

 水を止めたところで滑り落ちる勢いが消えてなくなるわけではない。麓の森は灰と炎に巻かれてならされているとはいえ、障害物がないわけではない。大きな岩や、倒木などが転がる地面をこの板で通れるわけがない。

 

「フセン。前方に同じだけの水を。他の者は全力でフセンを押さえるように」

 

「は、はい!!」

 

 撃ち出される大量の水。この板を押し出したときと同じだけの力が板を止めようと押し返すが、しかしそれだけでは力不足。確かに勢いは弱まるが、止まるほどでもない。このままでは岩にぶつかって───

 

「きゃあ!?」

 

「うわっ」

 

「目が回るー」

 

 岩にぶつかり空中へと放り出される。けれども精々が低木程の高さで、落ちたところで痛いだけ。特に怪我などもなく、人によっては上手いこと着地まで行っている。

 

 透明な板は無事に止まれることはなかったが、しかし怪我人は一人も出さなかった。ただ止めることだけを考えてたわたしと、全員が助かることを考えていた長老。

 

「そう焦るな。わしはただ多くのものを見てきたというだけだ。今だってかつて溢れかえる川の水が大岩を押し流したのを見たことがあっただけだ」

 

「長老……?」

 

「お前も周りを見ろ。目の前のことだけでなく、自然のそのすべてを。そう焦らなくても、次に皆を率いるのはお前になる。それまでわしを見て、そして周りを見ろ、サン」

 

 ああ、敵わないなぁ。

 

『年長者への反発とそれを咎められることは絶望ではないのかい?』

 

 反発らしい反発もできなかったから。素早く芽を摘み取る慧眼もまた、力量の差を示すものでしかなくて。開ききったその差には絶望なんて浮かんできやしない。

 

 力を得て舞い上がり、皆を導けると勘違いした小娘の思い上がりは、僅か三日で見抜かれ、何も成せないまま打ち砕かれた上に次まで託されたのだから。絶望なんてしている場合じゃない。

 

『うーん、心というものは難しいね。君はどうしたら絶望してくれるんだい?』

 

 ……なぜそんなことを?絶望なんてしない方がいいのに。

 

『なぜ?ああ、そういえば説明していなかったね。僕たちの目的を』

 

 目的?

 

『そうとも。僕たちは無償で君たちの願いを叶えているわけじゃないんだ。僕らは宇宙───夜空から来たと言っただろう?この夜空はね、あと少し……一兆年もしたら凍りついてしまうんだ。それを防ぐためにどこからか新たに熱量を供給しなければならない』

 

 火をつけるのじゃ駄目なの?あったかくなるし、氷も溶ける。冬場はみんなそうして乗り越えてきた。空で大きな火をつければいい。なんならハッセかワシャのどちらかにそう願ってもらって、それを叶えれば……

 

『それでは駄目だ。木を燃やして火をつけたところで有限の物質を有限のエネルギーに変換しているのすぎない。いずれ膨張しきった宇宙が迎える熱的死を解決するには、常にこの宇宙系外から熱量を流入され続けるか、あるいは無限を有限に変える必要がある。残念ながら僕らもこの宇宙の一生命体にすぎない以上、前者の方法を取ることは不可能だ』

 

 もう何を言っているのかわからない。ただ一つ分かっているのは、おそらくこいつは───

 

『だから僕らはこの宇宙の隅々まで調査した。結果宇宙の端の端、こんな辺境の惑星に生きる一生命体の、それも幼い女の個体が抱く感情が希望から絶望へと相転移する時に発するエネルギーが最も効率がよいと判明してね。だからそのエネルギーを回収するためのシステムを構築することにしたんだ。君はその栄えある第一号実験体というわけさ。だから是非とも絶望して、このシステムの有用性を僕たちに示してくれ』

 

 こいつは、精霊なんかじゃない。

 

『心というのはよくわからないな。絶望とは、そんなにマイナスのシグナルを発する程に強烈な負の感情なのかい?では今後は聞かれた時だけ開示することにしよう。初手で開示して契約する気が失せてしまっては困るからね』

 

 こいつは、無害で、人に愛されるふりをしただけの───化け物だ。

 

「サン、どうした?早くここから移動しよう。次はどこへ向かうのか、お前が決めろ」

 

「あっ、えっ、わたし……」

 

 ここで長老に相談するべきだ。長老ならきっと正しい判断をしてくれる。だけど……

 

『伝えるのかい?僕たちは君たちが絶望するのを待ち望んでいる怪物だと。だとしたら、誰がそんな怪物を招き入れてしまった君について行くんだい?次は、君なんだろう?』

 

 この話をそのまま伝えられる気がしないし、したところで信じてもらえるとも限らない。でもわたしたちを助けてくれた精霊が、実は希望を抱かせた後に絶望することを望んでいるなんて知った時に、みんながわたしの後をついてきてくれるはずがない。

 

「……山から離れよう。また山が怒らないとも限らないから」

 

 

 

 *

 

terceiro ato

 

「っ、ふぅ……」

 

「お、おいサン!何日寝てないんだよ!!」

 

 何日?何日だっけ?まあ、些細なことだよね。わたしが始めて、わたしに出来て、わたしにしかできないこと。常に後ろに板を出し続ければ、警戒するのは前と左右だけで良くなる。野生動物などによる背後からの奇襲を警戒しなくていいから、信じられないくらいの速さで移動することができているんだ。野生動物が活発になる夜間の守りにもこの板は役に立っていた。

 

 それに、眠れない。瞼を閉じれば耳の奥で精霊の声が響き、瞳の奥でわたしを責め立てるみんなの姿が浮かび上がってくるから。

 

「ここで休もう」

 

「まだ日も高い。まだ進める」

 

 まだみんなで眠れる大きさの洞窟の一つも見つけられていない。フセンがいなくなってしまったときのための水源も、簡単に手に入る果物も、それらが揃った場所を見つけられてはいない。わたしたちはまだ安住の地を見つけてはいないんだ。

 

「いいから眠れ。先導者のもっとも大切な役割は倒れないことだ」

 

「でも、ここには身を隠せる場所がない。せめて、わたしだけでも」

 

「駄目だ。一日くらいならお前の力がなくてもどうにかなる。今までだってそうしてきただろう」

 

 確かに、今までだってこの板なくして狩りや採集をしてきた。だけれどもそれはわたしたちのような非力な人間は洞窟の中で身を隠していたし、力ある者だけで少数で狩りに出向いていた。この人数を守りながら動いたことなんてないし、なによりこれだけの時間、長距離を移動したことなんてない。これまでと同じように守りきれるとは限らない。

 

『穴を掘ればいいじゃないか』

 

「穴?」

 

『そうとも。この近辺にもウサギなど穴を掘る動物がいる。君たちもそうしたらいいじゃないか』

 

 でも、人が隠れられるような穴を掘るには時間がかかる。それこそ一日では終わらない。

 

『じゃあ契約したらいいじゃないか。そのための僕だろう?』

 

 契約って、そんなことには使えない。この先何があるのかわからないのにそう簡単にさせるわけにはいかない。

 

『しかし、夜はどのみち移動はできないだろう?であれば穴の中に潜み、三方を壁で囲み警戒する場所を一カ所に絞ることで見張りの効率も上がるだろう。人数も減らせるし、一人当たりが眠る時間も増え体力を温存できる。この先を考えるなら悪くないと思うけどね』

 

 わたしがいるからいらない。フセンには悪いけど、これ以上この精霊の思惑通りに魔女を増やすわけにはいかない。ワシャもハッセも、契約させない。

 

『ふむ、そうかい。だが君が限界なことも変わらないだろう?ソウルジェムを出してみるといい』

 

 ソウルジェム。変身した時に得た白い石。最初は真っ白だったはずなのに、日に日に端の方から黒く染まってきている。

 

『驚いたね。僕の計算ではもう七割ほどが濁ってるものだと思ったのだけれど、まだ三割かい?存外君の魔女としてのポテンシャルは高かったらしい』

 

 濁ると何か起きるの?

 

『さぁ?まだ僕にもわからない。なにせ君が初めての魔女だからね。ソウルジェムが濁りきって絶望したとき、魔女が莫大なエネルギーを生み出すことはわかっているけれども、その後どうなるかまでは今のところ予想しかできないんだ』

 

 予想でもいい。濁り切るとどうなるのかだけでも教えて。まさか消えてなくなるとか?

 

『そうとも。ソウルジェムが消えてなくなるだろうね。そしてソウルジェムは魔法の源だから少なくとも魔法が使えなくなるだろう。それに今君が疲労を感じずに動けているのは、ソウルジェムのおかげさ』

 

 ソウルジェムの上に精霊の白い前足が置かれる。その瞬間頭の中に重く黒い痛みがのしかかり、長らく忘れていた眠気という暴力が殴りかかってくきた。その暗く深い誘惑に打ち勝てずに、即座に意識は深い深い闇へと落ちていく。

 

『寝てしまったね。さてハッセ。僕と契約して魔女になってくれないかい?』

 

 

 

 ……

 …………

 ………………

 

 

 

 目が覚めれば土の中。いつの間にわたしは死んでしまったのだろうか?いや、多分そうではなくてここは誰かが掘った穴なのだろう。当然ながら人間一人が寝ても、立ち上がってもなお余裕のある深さの穴を一日で掘るなんて不可能。ならこの穴は当然、魔法を使って作られたもの。

 

「ワシャ……?ハッセ?」

 

 それはどっちかが魔女になったということ。それはどちらかが絶望への道を歩み初めてしまったということ。それは、あの精霊の毒牙にかかってしまったということ。

 

「っ…ふぐっ」

 

 涙が溢れてくる。自分の迂闊さに、愚かさに、無力さに。力を手に入れて舞い上がった。みんなを守れると意気込んだ。その結果一人取りこぼしてしまった。

 

 結局長老の言う通りだ。わたしが倒れなければ魔女が増えることはなかった。あそこでわたしが、いや、いまこの瞬間にでも折れてしまえば。無理に突き進まず、いまここで旅を終わらせてしまえば。きっと新しく魔女になる必要も無くなるんじゃないかな。ここでみんなが、わたしが満足してしまえばもうこれ以上絶望する必要も無くなるのかな。

 

「サン〜?何泣いてるの〜?」

 

「ハッセ……?その格好は」

 

 身体に巻き付く黒い服に、頭に被った黒い布。わたしたちと同じ服。違うのは、手に大きな鈎爪がついているところだろうか。野獣を引き裂くにしては爪の間の板が邪魔そうなので、おそらくこの穴を掘るためのもの。

 

「うん、わたしもなったよ!魔女に!!」

 

「………あなた、あの精霊がわたしたちに何を望んでいるのか聞いてから契約した?」

 

「ううん、何かあるの?」

 

 あの精霊は、何も説明していない。聞かれなければ説明しない。わたしたちが疑問に思うことすらなければ、わたしは自分の終わり方すら知らなかった。

 

「夜空がさ、冬の池みたいに凍っちゃうんだって。それでわたしたちが絶望する時に出てくる熱が、それを溶かせるんだって。あの精霊はさ、わたしたちが薪になることを望んでるんだよ」

 

「それがどうかしたの?」

 

 えっ?

 

「わたしたちはいつか死んじゃうでしょ?それが、誰かの役に立てるならいいことじゃないの?」

 

「絶望のうちに死んじゃうんだよ?そうしなきゃいけないんだよ?怖くないの?」

 

「うーん、だって死んじゃうって辛いことでしょ?」

 

 死んだことはないけど、と彼女は言う。視界が歪んで、目の前の彼女があの精霊と同じような化け物に見えてきた。それはきっと、わたしに理解できないものへの拒絶。

 

「死ぬのが辛いことならさ、きっとこれまで死んできた人たちも最期は絶望だったわけじゃないの?わたしたちも変わらないよ」

 

「わからない。わたしはそんな風に考えられない。だって、仮に死が絶望にまみれたものでも、終わりに希望があるって信じていたい。だって、ただ絶望しかないのを知っていてこの先を生きていたくない!」

 

「わたしにもわかんない。だから、もうこの話は忘れようよ」

 

 そう言って、ハッセはニッコリと笑う。まるで辛いことなど何一つないかのように。

 

 ……あなたみたいな考えなら、それですんだのに。わたしはそう考えることができなかった。わたしは、絶望が迫っていることは忘れられない。

 

 

 

 *

 

An Ceathrú Gníomh

 

 山に雲のかかる、ある晴れた日のことだった。深い森の中を抜けて、ようやくたどり着いたわたしたちの新天地。近くを川が流れ、取りやすい果実があって、獣も多く存在し、暖かくて身も隠しやすい洞窟が存在する場所がようやく見つかった。

 

 山の怒りから逃げ出して、色々なことがあった旅を冬が来る前になんとか終わらせることができたのだ。とはいえ、本格的に冬を迎える前に準備をしないといけないけれど。

 

「水汲んでくるねー!」

 

 ハッセが駆け出す。結局、彼女の魔法でこの旅の夜が安全に眠れるものになった。

 

「フセン、大丈夫?」

 

 この旅の間、みんなに水を分け続けたフセンは、その白い石のほとんどを赤黒く濁らせて寝込んでいる。

 

「サン、あなたは?この旅の中で一番無茶をしていたのはあなた。魔法は使いすぎるとフセンのように倒れちゃうんでしょう?」

 

 そしてワシャは最後まで魔女にならなかった。それ自体は何も悪いことではなくて、わたしたちのようになってしまう人は少ない方がいい。ただもし、これからわたしたちに何かあれば……ううん、絶対に何かある。そうなったときにみんなの期待を一身に背負うことになるのはワシャだ。それはとても残酷なこと。

 

「ねえワシャ、あなたも……」

 

 大地が揺れる。こんな揺れは先の山の怒りの時にしか感じたことがない。

 

「うそ……ここもなの……?」

 

「落ち着いて、サン。あのときとは違う。煙も出ていないし。遠くの森も揺れていない。揺れてるのはこの辺だけで、山の怒りじゃない」

 

「……っ、そう、だよね。じゃあなぜ───」

 

「おい!!全員いるか!!」

 

 血相を変えた長老が駆け込んでくる。それは山の怒りの兆しを見つけた時と同じような焦りだった。

 

「長老?これは何?」

 

「川の涙だ。雨が降ったわけでもないのにいきなり川が増水してすべてを押し流してしまう。前に水が大岩を運んだのを見たことがあると言っただろう?あの時もこういった揺れのあとだった」

 

「川の……」

 

 川って、さっきハッセが水を汲みにいって………ここに残ってるのは十九人。やっぱり、一人足りない。

 

「ハッセ!!ハッセがっ!!」

 

 考えは分かり合えないけれど、それでも同じ魔女で、絶望に立ち向かって行った人で、守りたかった旅の仲間で。

 

「ハッセは諦めろ。それよりこの洞窟の入り口を塞げ。ここに到達するかもしれん」

 

「でもハッセが!長老だってハッセの掘った穴に世話になったでしょう!!」

 

「だがこの洞窟があれば不要だ」

 

 先導者として焦がれた自分が、あの時粉々に砕かれた自分が、頭の中で叫んでいる。ここでハッセを探しに行くより洞窟を守ることが重要だと。長老の言う通り、もう使わない化け物を探しにみんなを危険に晒すべきではないと。でもそうしたら、わたしはどうなる?わたしが不要になったら、フセンが不要になったら、同じように捨てられてしまうの?

 

「ハッセ……」

 

 濁流の流れる音がする。洞窟から川まで二百歩はあったはずなのに、こんなすぐそばを流れる音がするなんて、どれほどの量の水が一度に流れているのだろうか。これではハッセの生存は絶望的……

 

「……っ、ハッセ!?」

 

 水に追われながら洞窟へと歩いてくる白い人影。一瞬ハッセのものかと思ったけれど、どうやら様子が異なる。まず人影はあんなに白くならないし、なったとして黒い輪のようなものを背負ってはいない。

 

 それは飛沫を受けながらも濡れることなく、冷たく濡れる石を踏みながらも一つも足音を立てることなく、ただ真っ直ぐに洞窟を目指し歩いてくる。

 

「なんだ?そこに何かいるのか?」

 

 長老には見えていない?じゃあこれが見えるのはわたしたち魔女だけで、それはあの精霊と同じ……!

 

「逃げて!!」

 

 叫ぶと同時に、白い人影の手が長老の胸を貫く。明らかに死に至る傷。頼れる長老は、わたしたちがどれほど手を尽くそうとここで死んでしまう。

 

「長老!!!」

 

「ぐっ、あぁ……何、が」

 

 そうして長老を殺した先、次に白い人影が向かってくるのはわたしの方。人影は見える者すべてを殺さないと気が済まないようで、先程と同じように手を振り上げる。

 

「っ!!!」

 

 咄嗟に出した透明な板を白い人影は貫けず、回り込むような知性もないためかただひたすら板を叩き続ける。だからといってわたしは自力で動くことはできないからこちらから何かすることは不可能。もしこの人影がわたしから別の人に興味を移したら、きっとこの均衡は崩れてしまう。

 

「!?」

 

 どこからか飛んできた無数の水が、白い人影の頭を貫く。まっとうな生き物ではなさそうなそれも、さすがに頭がなくなれば死ぬらしく、溶けるようにして消えていった。

 

「お父さん……?」

 

「フセン!?あなた、立っても───」

 

 今精霊と同類であろうアレが見えて、大量の水を扱える長老の娘。白い石を濁らせ寝込んでいたはずのフセンが、死んでしまった長老の側へと駆け寄っていた。

 

「お父さん!!?なんで、どうして!!ねえサン!なんでお父さんが死んじゃってるの!!!?なんでお父さんを守ってくれなかったの!!なんで!なんで……」

 

 すでに大部分が濁っていたフセンの白い石が、その最後の一片まで赤く黒く染まりきる。赤黒く濁りきった石は弾けて消えて、それと同時にフセンの身体が溶け落ちる。そして残された残骸から、生まれなおしたのは先程の白い影。

 

「なに、これ……なんなのこれは!!」

 

『呪いさ。魔女が絶望し、魂が濁りきったときに莫大なエネルギーと共に生まれ落ちる因果の集積。君たちの末路だよ。元々は消えてなくなる予定だったけどね。君の願いが良かった』

 

「何を言って……」

 

『君たちの魂を物質化する機構を生み出すのに、銀河一つを使い潰す程のリソースを割いたわけだけど、絶望して変質してしまった魂を再物質化するほどのリソースまではなかったんだ。だから君の願いを叶えるためのリソースを利用させて貰ったよ。みんなを守り続けるにはみんなを危険に晒す脅威が必要だし、君の才能なら実現出来るほどのリソースを得られる』

 

 だからこそ声をかけたんだけどね、と怪物は言う。それじゃあハッセが、フセンがこうなったのは、わたしがこうなるのは、全部わたしの願いのせいで。

 

「ああああああああああ!!!!!!!」

 

 透明な板を振り下ろし、人影を叩き潰す。

 

 殺した。初めて人を殺した。ハッセの末路、フセンの末路、そしてわたしの末路を。

 

「あっ、あぁ……」

 

 コツン、と小石が頭に当たる。振り返れば、共に旅してきたはずのみんなが、父母が、怯えた顔で石を投げつけて来ていた。

 

「出ていけ!!化け物め!!俺は見たぞ!見えない何かが長老を殺したところを!!フセンが溶けて消えるところを!!!お前たち魔女は、みんな見えない化け物になるんだろう!!!?いや、精霊なんていなかったんだ。全部、全部お前が仕組んでたんだ!!」

 

「ち、ちがっ……わたし───」

 

 ああいや、違わないのか。わたしが望んだから、わたしが願ったから。だから魔女が生まれて、呪いに転じて、災禍を振りまく。わたし、わたしは───

 

「逃げるよ、サン」

 

「っあ、えっ?」

 

「ずっと見てた。あなたの頑張りを、あなたの希望を、わたしたちのための願いを。だから、あなたを絶望には行かせない」

 

 グイ、と手を引かれて濁流迫る外へ。ワシャと共に、絶望へと駆け出していく。

 

 ……

 …………

 ……………

 

 みんなから逃げ、濁流から逃げ、水も、食べ物も、行く当ても、希望すらなく歩き続けて三日が経った。すでにわたしの白い石はかつてのフセンのように赤黒く濁り、枯れ果てたワシャはもう歩くことはできなくなって。

 

『わけがわからないね。絶望に至るのは既定路線だというのに、そんなに足掻くなんて』

 

「言ってなさい。わたしたちは諦めてただ受け入れたりしないのよ」

 

 精霊が、いや、怪物……悪魔が囁く。やめて、お願い。ワシャまで取らないで。ワシャまで連れて行かないで。最後に隣にいてくれた、わたしの希望を連れ去らないで。

 

『つらいだろう?苦しいだろう?もう死んでしまう君は今、何を願う?何を望む?それを叶えて上げよう。さぁ、僕と契約して魔女になろうよ』

 

「魔法少女よ」

 

 えっ?

 

「言葉一つで救われるものもあるよ。あなたには分からないだろうけど。いずれ魔女として呪いに転じ、絶望を振りまくものだとしても、少女サンは魔法を用いてわたしたちに希望をくれた。だから、彼女は魔法少女。かつても、これからも希望を運んでくれた。決して魔女なんて言葉で呼ばせない」

 

『そうかい。解せないが、君たちがそれでいいと言うならそう呼ぼうか。ならワシャ、僕と契約して魔法少女になってよ』

 

「ええ。わたしの望みは、サンが呪いに転化しないことよ。契約ならばかなえてくれるのでしょう?この悪魔め」

 

『悪魔というのは心外だな。系の外から宇宙の法則を乱せるのは君たちの方だろうに。僕たちはただその手伝いをしているだけさ』

 

 わたしとワシャの身体が溶け合う。二人混ざって小振りの枝へ。

 

『まあ、それが願いであるなら叶えよう。魔女機構───いいや、魔法少女機構とは因果が充足する限り、僕らの意思に関係なく叶えてしまうものだからね』

 

 枝先には白い石を覆えるくらいの小さな鐘が成り、天辺は輪を描いて中に大きな鐘をつける。そこに二人混ざった大きな白い石が収まり、澄んだ音を鳴らせた。

 

『いずれ君が呪いに転じたとき、そのままサンも呪いになってしまうから無駄だというのに。やはり、心というのは分からないな』

 

 

 *

 

interlude

 

 

『魔法少女の発生率が高いから何かあるのかと見に来たら、久しぶりだね、原初の魔女。いや、魔法少女と名を改めたんだっけ?名前なんてどうでもいいだろうに』

 

 ……

 

『うーん、聞こえてはいるはずだけどね。それを出力する意思がないってことかな。たった万年でそうなってしまうなんてやはり心というものはよくわからないな』

 

 …………

 

『ただ、君から始まった実験はとてもよい成果を残せたよ。魔法少女が呪いに変質する際に得られるエネルギーで、今日まで宇宙を存続できるし、これからも宇宙は広がり続けるだろうからね』

 

 ………………わたし

 

『おや、ようやく話をする気になったのかい?やはり一番最初のサンプルは貴重だからね。いつでも意見が聞けるというのが良い。君をそんな形にした鐘護(しょうご)の魔女───魔法少女に感謝しないと』

 

 ………違う。あの子はそんな名前じゃない。あの子の願いは、今わたしを包み込む彼女は、そんなことのためじゃない。あの子は───あの子は、なんて名前だっけ?

 

『おや、万年のうちに忘れてしまったのかい?被験体番号#004“鐘護の魔女”の名前はワシャだよ。君たちは名前を間違えると怒るからしっかりと記録していたとも。まったく、名前なんてただの個体識別子でしかなく、個体を識別できるのなら何でもいいと思うけどね』

 

 わたしは?

 

『君は被験体番号#001“聖域の魔女”サン。希望が絶望へと相転移する際のエネルギー回収機構の構築にあたり試験的に魔女───失礼、魔法少女だったね。魔法少女にした五人の被験体のうちで、もっとも貢献度の高い個体だね。ああ、なるほど。君に祈るから彼女たちは魔法少女としての適性が高くなるのか。魔法少女機構が君の願いを下敷きにしているがゆえに、君に祈ると僅かに因果が歪む。結果として希望から絶望へ相転移する時のエネルギー量が増えるんだね』

 

 違う。わたしは、わたしたちは……

 

『君たち二人は呪いになる直前で止まっているけど、いずれ呪いに転化してしまうだろう。そうなる前にこの状態の再現性を取りたいから、また様子を見に来るよ』

 

 *

 

Conclusio/Johanna

 

 

 そうして精霊が去り、何百回か冬を越したのち。なぜ魔女が禁句になったのか、自分が祈る鐘は元は何で、彼女たちに何を齎しているのかすら忘れ去られた頃。それでも続く魔法少女と呪いの因果の中で、救済を行う聖女が現れる。

 

 いつか誰かが望んだこと。わたしたちが、わたしたちのまま生きていけるように呪いを一身に引き受けてくれる魔法少女。わたしたちにできなかったことを成し遂げた聖女。

 

 ああ、羨ましい。あのとき貴女がいてくれたなら。ああ、愛おしい。貴女ならきっと、濁りきってなお砕かれないわたしの魂を終わらせてくれるのでしょう。

 

『助けて、マルグリート』

 

 呪いが溢れる。原初から溜め込まれた絶望が。魔法少女二人分の呪いが。魔法少女システムを成立させてしまった。因果の根源の呪いが、周囲の魔法少女に伝播する。

アハ!

 万年の孤独は、万年の呪いは、周囲の魔法少女すべてを呪いと化し、そして救いは破綻する。あまねく呪いの集積が、ついにはマルグリートまでを飲み込み決壊を迎えた。

アハハ!!

 それでも、彼女は聖女。わたしたちの救済を一心に願う者。ただ呪いに変質するだけの魔法少女を束ね、そのエネルギーを取り込み、宇宙の外側に呪いの救済機構である“名塚底根”を生み出し名もなく消え去るわたしたちに最後の救いを与えた。

アーハッハッハ!!!

『時よ止まれ。あなたたちの名は───“魔女”』

 

 

 

 ◈

 

Öffnung/Walpurgisnacht

 

 

「おはよう。珍しいじゃない、こんな時間まで寝ているなんて。今すぐ出ないと遅刻よ」

 

 揺れる緑色の髪。出会ったばかりのはずなのに、初めて救ったその日から長く共にいた気がする彼女。

 

「どしたのー?」

 

 覗き込んでくる金の髪。出会ったばかりのはずなのに、最期の時には無事に送り出せた気がする彼女。

 

「いえ、少し長い夢を見ていまして。もう内容は覚えていませんが。……では、いきましょうか」

 

 紫の髪、不器用で初々しい悪魔を象ったわたしが扉を開く。

 

「わたしたちの円環の理を取り戻しに(マルグリートの名前を呼びに)」

「わたしたちの円環の理を取り戻しに」

「わたしたちの円環の理を取り戻しに(生まれなかった魔女を蘇らせに)」

 

 三人声が揃う。きっと三人同じ目的ではないけれど、それでも見ている先は、望む方向は同じはずですから。

 

 ああ、待っていてください。愛しい愛しいマルグリート。そして愛しの、悪魔さま。

 

 

アハ!アハハ!!アーハッハッハ!!!




Homulilly's Testimony/Incubator

 暁美ほむらによれば、円環の理なんてものが生まれたときにワルプルギスの夜を打ち倒した場所、見滝原湾岸の座標はここであったはずだ。本来ならここに海があったはずの一面の砂漠。

 円環の理による改変の影響を受けて残っていない可能性の方が高かったけど、どうやら僕らは当たりを引けたようだ。

 とは言っても君たち魔法少女自体は生まれていたのは間違いない。そしてワルプルギスの夜に取り込まれる以前の、名前がつく前の呪いであったのだから、魔女として円環の理に回収されることも無かったのだろう。

 訂正するよ、ワシャ。名前に意味があったんだね。君たちが僕たちが最初に与えた魔女の名前を名乗り続けていたら、円環の理に導かれていってしまったかもしれない。君たちが最期に魔法少女という名前を遺したことで今こうして再び巡り会えたのだから。

 久しいね、ワシャ、サン。と言ってもソウルジェムはワルプルギスの夜に取り込まれているから、対話なんて望めるはずもないのだけれど。ここに埋もれている鐘の成る木は変質し、魂と切り離されたことでただ無意味に残された残骸だ。

 それでも、魔法少女機構の成立に大きく関わり、呪いに形を与える願いをし、魔女という名を与えた名塚底根という理の成立に関わった、原初の魔法少女の肉体だ。存分に活用させてもらうとも。

 魔獣よりも効率的な、魔女と魔法少女を廻る因果の復活に。

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