彼女のエーテル知覚って、どっかに出てましたっけ?それを知れば、また変わる。
「げ」
渋谷の雑踏の中に、あまり見たくない顔を見つけてしまい、俺は思わず声に出してしまっていた。
「あ」
あちらも、俺の姿に気付いたのだろう。こちらを見て目を丸くしたのがわかった。クソっ。気づかないふりをしてすれ違うのが一番平和的に済むハズだったんだが。
生真面目な表情をした彼女——榊原エレナは同年代の連中よりすこし大人びて見える。そして当然のような顔をして俺へと近づくと、横に並んで歩き出した。今日はコスプレまがいの格好ではない。《アカデミー》の制服を着ていた。いや、制服もコスプレの一種だろうか?
「偶然ですね、ヤシロさん」
「ああ。そうだな」
なるべくぶっきらぼうに俺は答えた。とはいえあまり邪険にし過ぎるのも考えものだ。榊原エレナはそう、《ソルト》ジョーの妹であった。それを彼女は知らない。俺は知っている。それが厄介の元だ。もっといえば《ソルト》ジョーのやつが馬鹿ですぐ頭へ血を上らせるのが問題だ。くそ。俺の周りには厄介事を持ち込むやつか、厄介そのものな馬鹿しかいない。
「なんだか運命の出会いみたいですね。何処かへお出かけですか?」
「ああ。ちょっとな。——方向逆だろ?」
隣を歩く榊原エレナの距離は妙に近かった。《アカデミー》の白い制服が、俺のコートに時々触れる。それからすこし、距離を取りつつ俺は尋ねた。そうだ。向かい合って出くわしたということは、俺と逆方向に進んでいたはずなのだ、彼女は。
「大した用事じゃありませんから。それより、ヤシロさんとお話したくて。ご迷惑でなければ」
「……歩きながらで良ければな」
クソ迷惑だ。失せろ。正直、これが城ヶ峰たちだったらそう言って、足のスネでも軽く蹴っていたところだが。エレナの立ち位置やら雰囲気やら、一応は友達の妹であることやらが相まって、俺はそれが出来なかった。無礼でない程度に相手をして、どこかで撒こう。そう決める。
「あの、連絡先ってお聞きしていいですか?」
「ああん?」
俺はなるべく、横顔しか向けていなかったエレナの顔を思わず直視していた。じっと、こちらを覗き込むようにしている彼女の瞳を目撃する。
「城ヶ峰さんたちとは連絡先交換してるんですよね? その、プロの勇者との伝手が貴重なものだってのは理解してるので、臨時レッスンみたいな形で、報酬はお支払いするつもりですので」
「待て、ちょっと待ってくれ」
話を進めようとするエレナを俺は制止した。素直に彼女は口を閉じる。こういうところが城ヶ峰たちと違って、真っ当な《アカデミー》の生徒って感じだ。礼儀正しい人殺し養成学校の生徒。クソッ。
「なんで俺の連絡先なんて知りたがる。《アカデミー》には優秀な講師がいるだろ。トリスタンとか」
「トリスタン先生は確かに尊敬してますけど。私はヤシロさんに興味があるんです。とても」
とても、に強くアクセントを置いてエレナは言った。ここで押しに負けて連絡先を教えでもした日にはもっと厄介なことになる。その予感に、俺は言い訳を考えることした。
「あー。今は無理だな。城ヶ峰たちへの指導に集中したいんだ。無責任なことはしたくない。一応、プロの勇者として」
嘘だ。正直、あいつらが勇者を止めてくれて放り出せたらどれほど良いかと考えない日はない。勇者なんてやめろ。そんな俺の最大のアドバイスをあの弟子たちは聞かない。
「たまに、二、三のやり取りをするだけでも、駄目ですか?」
真面目で真っ当な相手であれば、引き下がるだけの理由を示したつもりだったが、エレナは予想外に粘ってきた。こちらを見上げて、腕に手を回すまでしてくる。
「おい。離してくれ。色々とまずいだろ、制服着てるんだし」
以前、城ヶ峰のやつがのたまっていた古い言葉で言えば援助交際として周囲から見られかねない光景だ。だがエレナは腕を離すどころか、むしろよりしっかりと腕を絡め直して、身体を押し付けてきた。
「そのときは」
エレナは瞳をきらめかせた。
「兄妹ですって答えればいいじゃないですか。仲のいい兄妹なら、これくらいしますよ」
言って、どこか感極まったようにエレナは呟いた。
「憧れてたんです。お兄ちゃんと、こうやって——」
「センセイ……?」
そのときだった。榊原エレナ。厄介事を持ち込む女が、案の定、厄介事を引き寄せた。
エレナと同じく《アカデミー》の制服に身を包んだ少女。
金髪で長身のセーラ・カシワギ・ペンドラゴンが、俺達を見て目を見開いていた。
——————
「センセイ……?」
目を見開くセーラ。なにか買い物袋を手に持っている。画材屋の店名が書かれていた。
クソッ。危険を感知するエーテル知覚が欲しかった。今日だけ俺の最強のエーテル知覚と交換してくれないか。そうすれば、こんな事態には陥らなかった。
「えっ、なにしてる、ワケ? 榊原だろ、そっち、榊原エレナ」
ポツポツと。妙に小さく言葉を区切りながらセーラが聞いてきた。何か言い訳をしなければならない。いや、言い訳ではない。俺にやましいところなどないのだから、誤解の解消と言うべきだ。
「セーラ、勘違いするなよ——」
「カシワギさん! 偶然ね。……いつもウチのヤシロがお世話になってます」
「おまっ、エレナ!」
俺が説明の言葉を吐くよりもはやく。エレナはイタズラを思いついた顔で言い切っていた。なんてことを言い出すんだと、おれは思わず声を荒げていた。
「へぇ、エレナって呼んでるんだ、センセイ」
わなわなと身体を震わせて、セーラが平坦な声を出す。これはまずい、なにか相当、厄介な勘違いをしている。そう考え、俺が話そうとしたとき。
ポロリと。セーラ・カシワギ・ペンドラゴンの瞳から一筋。
涙が溢れた。
なんだコイツ。思いながらも俺はやや大きめの声で言っていた。同時に、エレナのほうもイタズラが過ぎたと思ったようで。声をあげる。俺達の声が重なった。
「ごめんない! カシワギさん! 私たち兄妹なの!」
「なに考えてやがるセーラ! こいつとは他人だ!」
「え?」
俺とエレナの重なった声のあとに。
今度は俺とエレナとセーラの声が重なった。
——————
流石に雑踏で話し続けるような状況でもなくなり。俺達は最寄りのファミレスでテーブルを囲んでいた。俺の正面に、セーラとエレナが並ぶ形になる。きっと、この店の支払いは俺がすることになる。
それだけでも厄介なのに、眼の前には説明を待つ二人の少女。隣り合っているというのに、二人の距離が妙に遠いのがすこし気にかかった。
誰かが見たら、クズ男が少女二人を騙した結果の痴話喧嘩と誤解するかもしれない。
「それでさ、センセイ」
口火を切ったのはセーラだった。先程の不可解な涙はもうない。籠もってるのは怒りか。
「榊原とは、実際どういう関係なわけ?」
「他人だよ。本当に。偶然……あのハゲのせいで会うことになった他人。名前は知ってるがそれくらいだ」
実際のところ、そんな程度の関係だ。なにかこちらも妙な勘違いをしているくさいエレナのせいで、そしてエレナが《ソルト》ジョーの妹なせいで、事態が混乱しているだけに過ぎない。
「前に一度会って。それで今日たまたま出くわして。それでエレナのやつがちょっとフザケただけだ。そういうイタズラ好きな子なんだろ?」
「センセイってさぁ……」
俺の説明を受けて、セーラは怒りそのまま呆れに変えたような表情をした。俺がなんだってんだ。続きを言えと促したかったが、城ヶ峰のようにポンポン喋られても困る。
大方、セーラが怒ったのは俺が「師匠のかけもち」をしているとでも勘違いしたのだろう。長男が弟にばかり構う両親に対して泣きわめいて見せるような。そう考えると、先程のセーラの涙にもやや納得いった。ったく。ガキはこれだから面倒くさい。
ともあれ、セーラの誤解を解けば話は大方片付く。そのハズだったのだが。
「ヤシロさんと私、他人だったんですね」
妙に冷たく聞こえる声で、榊原エレナが言った。顔を向ければ、こちらをじっと見つめる瞳と目が合う。
「まあ、他人というか。顔見知りだな」
突き放した言い方をし過ぎたか? と俺は表現をやわらかくする。一度会った相手はみんな友達! のような、エレナはそういう感性の持ち主なのかもしれない。
「他人ということで間違いないんですね? 最後まで他人のままでいる覚悟はありますか?」
変な聞き方をしてくるやつだ。城ヶ峰ほどじゃないが、エレナもすこし言語回路に特殊な部分があるのかもしれない。
「べつに、もう顔も名前も知ってるんだ。困ってるのも見たら助けるとか、そういう、人としての範疇でできることくらいはするさ」
仲良しの友達になれないなら関わるな、とでも言いたかったのあろうエレナへと、俺は俺のスタンスを提示する。積極的に関わるつもりはこっちもないが、クズ以下のクズにならない範囲で助けられるときには助けてやる。その意図を込めて。
「そうですか……。——それなら、それで。ええ、それならそれで、良い答えを見つけました」
納得したのか。言葉の後半、年齢にそぐわぬ大人びた声の調子でエレナは言った。同時に言い回しがややおかしい気がした。《アカデミー》の国語教育には、なにか深刻な欠陥があるのではないかと俺は考え始めていた。
榊原エレナが立ち上がる。
通路側に座っていたエレナは、そのまま席を離れた。席についたままのセーラに向かって申し訳無さそうな顔をする。
「ごめんなさい、カシワギさん。変な冗談で混乱させて」
「い、いや、アタシもなんか、ゴメン……」
借りてきた猫のようになるセーラ。こいつの内弁慶っぷりも仕方がない。
そんなセーラからすぐに視線を移して、エレナは俺を視界にとらえた。
「ヤシロさんもごめんなさい。変な、誤解をして」
「ああ。俺はお前の兄じゃない」
結局のところそれなのだろう。生き別れの兄。本当は《ソルト》ジョーのやつのこと。俺のことをそう誤解して、それがエレナの行動を歪めた。ったく。勘違いってのはこれだから怖い。「そうですね。そうなんですよね」とエレナは答えて。
「もうお兄さんだなんて。思わないことにしましたから」
そう言って、最後。俺の瞳をもう一度覗き込むようにしてから。
榊原エレナは去っていった。
騒動の終結に俺はほっとする。
その後に、エレナが注文した分の食事が来て。セーラの分ともどもに俺が支払いを済ませた。余計な出費。財布が寒い。まったく、厄介極まりない出会いだった。
IF番外編・勇者と勘違い
完
同ルート派生「《死神》ヤシロとセーラが恋人同士になった世界」を別短編として連続投稿。