「さてと……何をしているんだクレマンティーヌ」
少し古く磔にされた人と頭を抱え絶叫している顔のようなものものしい装飾が施された本──名を
「ん〜?どうするか考えてるぅ」
集中しているのだろう。明らかに説明が足りていなかったが、要するに一匹と一体の訓練を見ながら自分ならどうやって戦うかを考えているという事だろう。一応それなりに時間はないのだが、真剣に思考している様子なのでもう少し放っておく事にする。そう考えて机の反対側を見ると、苦笑しているリーチ──ボロスケと同じ様にモモンガが新しい死体から作った
「まぁ別に大丈夫だと思いますよ。モモンガ様も別に早急にと仰っていたわけではありませんし」
「それならば良いが……。いや、妥協は許されまい。裏社会の掌握はワシらの仕事なのだ」
そう言い直したカジットの表情は、刑罰の執行を待つ者のようであり自らの罪を償おうとする信仰者のようでもあった。3日前、カジットとクレマンティーヌはモモンガの配下の末席に加わった。その後、モモンガから直々に語られた雇用条件。その内容は強者に関する情報を集める事、出来る事ならその強者をスカウトする事。何かしらの功績に合わせて報酬を出す事などだ
そこまでならば、カジット達が裏社会の掌握などという事を言い出すには及ばなかっただろう。いや言い出したかもしれないが、即そうなるのではなく組織が整えられ配下が増えた数年後だったはずだ。しかしながら鈴木悟という男の善性とも言えるような何かが付け加えた一般人に手を出さないという事と、犯罪者ならある程度容認するという事。それに加えて、カジット達よりも遥かに立場の高いアウラとマーレからのモモンガ様のお言葉の真意を理解しているよな?という目線。その他諸々の要因が重なってモモンガは裏社会を掌握しようとしているという事になってしまった。無論、モモンガはそんな事は考えていない。ただ、その為にカジット達が動き出すことになったという事だけだ
「それでカジット殿、今日はどうなされるおつもりで?」
「裏とはいえ一つの社会を手に入れるには多くの人手が、手札が必要になるだろう。だがズーラーノーンの伝手を失って部下も粛清された以上、人手不足が否めん。だから──」
「協力者を手に入れにいく、と?」
「うむ。出来れば強者が良いがな」
ふむ。と少し考えるように顎に手をやるリーチ。やがて納得したように頷くが、その顔に納得以外に僅かな疑問が浮かんでいるのが見えて、先を促すように手でジェスチャーを出す。
「カジット殿はどれほどの強者をお望みで?」
「そうじゃな……。ガゼフ程の強者とは言わぬが、ミスリル級であれば良いと思ってな。故にそこらの盗賊団を潰しつつ、他の強者の情報を得ようと思っておる」
「なるほど。作戦の成功を祈っております。カジット殿のためにも、モモンガ様のためにも」
殊更に真剣な顔になったリーチの言葉に強く深く頷くカジット。仕分けが終わったであろうクレマンティーヌが此方に向かってくるのを見て、カジットは動き出した
♢ ♢ ♢ ♢
「見張りが五人、内部に四十人それと外に多分誘拐されたヤツが一人と盗賊が二人……かなぁ?あとミスリル級以上に強いのが一人ぃ。多分それくらいだと思う〜」
「情報通りか」
カジットはそう答えながら足元を見やる。そこに居るのは目を見開き充血させ、今すぐ逃げたいが逃げたら死ぬと分かっているが故に体を震わせることしかできず、恐怖に塗れた顔を晒している男が居た。三十分前に外で死体を埋める仕事をしていた所を捕まえたこの男の名前はザックと言った
「ハムスケ殿」
「了解でござる」
冷徹な声に冷静な声が答えた時、ヒュンと尻尾が風を切る音が鳴りザックの首が飛ぶ。驚愕に染められた顔をした男は痛みがまるで無いようだった。彼の首の断面は凸凹になっていたが、地面についた衝撃で血が吹き出す位には速い攻撃であった。家族を奪われ苦しみを味わい、そこから逃げ出す為に略奪を選んだ男の生涯はあっけなく終わった。
「
カジットがザックという男の死体に手を向け、開いて閉じる。すると地面から黒いモヤが飛び出し、死体に絡みつき溶かして増える。数十秒たった頃一体のアンデッドがカジットに跪いていた
アンデッドとの繋がりを感じながら、後ろに立つ5体のアンデッドを見やる。
「クレマンティーヌよ、全員倒せるか?」
「もっちろんだよカジッちゃん。……って言いたいけど〜飛び抜けて強い奴が情報通りブレイン・アングラウスならちょ〜っと一人じゃ厳しいかも」
「ふむ。此方の戦力は、ハムスケ殿にお主。そしてワシと
ザックやアンデッドにした他の盗賊の人間から聞き出した情報で作った地図を見ながら思案するカジット。しかしながら、クレマンティーヌはカジットの言葉に少しだけ疑問を持った。クレマンティーヌからすればブレインがいくら強いとはいえ、自分と同等の強さを持つハムスケがいるのだ。無傷はキツいかも知れないが、十分に勝算はあるといえた。それなのに少し厳しいとはどういう事か
「む?クレマンティーヌよ、お主の強さを疑っておるわけでは無い。だが、今回は殲滅を前提としておる。お主はこの人数で誰一人として気付かれることなく、盗賊どもを殺し切れるか?」
「………悔し〜けど無理かな?うん、無理だよカジッちゃん」
軽く項垂れるクレマンティーヌ。その目には先日の出来事でプライドが折られた事による軽い虚無感と、恐らくあの憎たらしい兄ならばそれを可能とするのだろうという、自分への反骨心のようなものが綯い交ぜになっていた。勿論の事ではあるが、クレマンティーヌは自分とクソ兄の戦闘スタイルの違いを理解している。クソ兄が物量戦を得意としているのに対して、クレマンティーヌは刺突を主とした戦闘、つまりは一対一ないし暗殺を得意としている。要するに比べるのが論外なのだが、認めたくないからこその反骨心だ
「………クレマンティーヌよお主そんなヤツだったか?」
「はぁ〜?カジッちゃんのその分かってますよって感じのヤツ〜やめなぁい?っていうか〜
「魔術系それも死霊系に特化しておるのだ。精神系まで修めているとでも?」
「モモンガ様は修めているけどぉ?って言うかぁカジッちゃんはモモンガ様を見ても何も感じないの〜?」
「比べるのが烏滸がましいじゃろ。と言うよりも感じているお主の方が──」
「あのぉ……お二人共?」
「ハムスケさん?」「ハムスケ殿?」
「行かなくていいのでござるか?」
「「あ」」
♢ ♢ ♢ ♢
プス と静かに男の額に矢が突き刺さる。ふと交代の時間が近づいてきている事に気づいた男は痛みも無く死んだ事に気づくこともなく膝をついた。その矢を放った
今回カジットがたてた作戦は単純明快。
「まぁ…一番効率はいいかぁ」
「終わったでござるか?クレマンティーヌ殿」
「うん。終わったよー」
そう言いつつ、触ったら音が鳴る罠を器用に通り抜けて来る巨体を見る
先程カジットにああはいったものの、クレマンティーヌとしては自分の事を変わったと思っている。変わらざるを得なかったと言うべきか。モモンガ様に出会ったあの日、あの時、あの場所で、快楽殺人者としての自分は殆ど死んだ。弱者をいたぶる事に意義を見出していた存在は、圧倒的な差を持つ存在によって死なざるを得なかった。その事についてどうこう言うつもりは無い、言っても変わりないし、快楽殺人者としての一面が完全に消え去ったと言うわけでは無く、強さへの欲求にその大部分が置き換わっただけなのだから
「さてと……行きますかぁ」
「了解でござる」
武技を使いながら強く踏み込んで入り口に向かう。鋭くしなりながら走るその姿はまるで矢のようであった。
「おい、新人!!いつま──」
「まずは一人目ぇ」
「おげっ」
交代の時間になっても戻ってこない仲間を叱りつけに来たであろう男を、頭の側面から刺し貫く
奇怪な断末魔を短く上げた男を隣に捨てながら、一人納得するクレマンティーヌ
(戦士職なら余裕で倒せる
そのまままるで近くに散歩に行くかのように歩き出すクレマンティーヌ。少しすると下卑た笑い声と何かを打ち付ける音。それと誰かの断末魔が聞こえてきた。所々に戦利品のように置かれている頭蓋骨は、鈍器で殴打されたように大きく凹んでいる。似たような趣味を持っていたクレマンティーヌからすれば中途半端で邪魔にならないのだろうかと気になるが
「あぁ?誰だてめぇ」
「ん〜?遊んでる暇はないからぁ。名乗る必要も無いかなぁって、思ったりしちゃったり?」
「は?何言ってんだおめぇ。見張りはどうした?……ったく娼婦なんざ呼ばなくても良いだろうによぉ。まぁいいさ、コッチに来い。相手しやがれ」
声だけは偉そうに、だらしない笑顔を浮かべながら体を特に胸を舐めるように見る男。元々美人の部類に区分されるクレマンティーヌが速さを求めた結果、軽装になって胸部が強調されているのだ。枯れている、もしくは最愛の人物がいない限り、一度は目を引かれるだろう
「一人一人ぃ相手するには時間が足りないから〜。一気にやりますかぁハムスケさん」
「分かったでござる」
「何を──」
黒い影が首を飛ばす。矢の様に早い影が急所を差し貫いていく。最初のの数人が死んだ後、誰かが大きな笛を鳴らした。冒険者の襲撃かと、次々と集まってくる盗賊達。しかしながら、武技も使えず魔法の武器も持っておらず自分よりも弱い者たちしか襲ってこなかった者たちなど、スレイン法国の切り札の一つである漆黒聖典の第一九席次であったクレマンティーヌと森の賢王とその名を語り継がれてきたハムスケの敵では無かった。
「やめっ、来るn」
「死にたく──」
「用心棒は何w」
「コレでも喰らえ!!……クソっ!速すぎ──」
「俺の内蔵。内蔵がぁ」
「ぎょぺっ」
多種多様。十人十色と言うべき断末魔を上げながら死んでいく盗賊達
証拠が残ることを一切考慮していない戦い方をしていた為、辺りに血の匂いが充満していく
恐らく対冒険者であれば、大抵の相手は返り討ちにできたであろう死を撒く剣団の根城は、英雄の領域に踏み込んでいる一人と一体によって約5分でほとんど制圧された
「はいしゅーりょー。コレでここは全部かなぁ?」
「姫の様に気配を偽造していなかったらそうでござるな」
びくんびくんと痙攣する男を、肺の辺りに刺した武器を抜いてから投げ捨てる。今回使っている武器は、この襲撃を魔物のものだと偽装する為に牙の様な後がつくものに変えているので、一々武器を体から外さなければならないのが難点だった。そんな事を考えながら、クレマンティーヌは強い気配がある場所を見つめる
この根城の構造的にはまだ見つめている先の部屋以外にも残っているし、攫われた被害者もいるだろうが今回はそこまで手を出す気は無い。コレは冒険者組合で確認したことではあるが、死を撒く剣団の根城を調査する依頼を複数の冒険者が受注していたのだ。時間が足りないのはそれが理由だし、ある程度雑にできるのもまたそれが理由だったので、良くも悪くも思っていなかったが
「来るなら来たらぁ?ブレイン・アングラウス。それとも〜怖気づいちゃったり?」
「はぁ〜。ったく、今日は厄日だ」
声に少し疲れた様に応えたのは、今回の目的であるブレイン・アングラウス
腰に鞘に入った剣をさしており、だらしなく着崩したかの様なその姿は冒険者の金級であれば装備は大した事が無いと油断するだろうが、クレマンティーヌは急所をくまなく防いでいるだろうと看破する。更に言うのであれば、ブレインは先程の乱戦時にクレマンティーヌとハムスケを攻撃してこなかった。ブレインはクレマンティーヌより少し弱い程度なので、自分の実力を理解しているのならばその時に攻撃してくるだろうが、そうしなかったので、恐らくはポーションなどで自らの事を強化しているのだろうと、クレマンティーヌは理解する
「戦いたいのぉ?もしかして〜勝って私達の事を好きにしたいとか〜?いや〜ん」
「……あぁ?まさかここまでやって戦わないのか?アンタらの実力的に俺並みに強いだろうと思っているんだが」
「アンタが腰にさしているのが南方に伝わる刀という武器だという事は分かってるしぃ、強いことも知ってるよ〜。けどぉ今回の目的は勧誘だから〜戦う気はそこそこ無いよ〜」
「そこそこはあるのかよ……。で、勧誘?」
クレマンティーヌのおふざけを綺麗に無視しながらも、ツッコミは欠かさないというという高いスルー力と隙を見つける力を見せながら、訝しむブレイン。
「端的に言うとぉ、今から一対一で戦って〜勝ったら」
「配下になれってか?……まぁいい。どういう雇用条件だ?」
「あれ〜?負ける前提なの?ガゼフに負けてからやる気無くしちゃったぁ〜?」
「いいや、本気で行くからな。首飛ばしちまって聞けなくても困るんでね」
「ふぅ〜ん?」
飽くまでも強気な態度を崩さず、晴れやかにも見える顔で力強い笑顔を浮かべるブレイン
張り裂けるような壮絶な笑みを浮かべながら、冷静に周囲を把握するクレマンティーヌ
両者共に意識を張り詰めながら、クレマンティーヌは前傾姿勢になりながらスティレットを軽く構え、ブレインは刀を腰の辺りに持ちつつ居合の構えを取る。
(居合……厄介だね〜。南方に伝わる武器の技の一種で、過去に一度だけ漆黒聖典にも使い手がいた筈。確か一定の範囲内に入ったもののみを迎撃するという方法で、切断と正確性を上げるっていう仕組みだったかなぁ?攻撃を掻い潜って攻撃する私とはちょーっと相性が悪いね〜)
(
冒険者内の常識の一つとして、戦いにおいて攻撃の手段の量は重要な事である。というものがある
これは別に
仮に、戦士がマジックアイテムを使って低位とは言え魔法を使ったら?仮に、神官が近接武器を持って戦線を立て直すまでの時間稼ぎができたら?仮に、
勿論、ブレインとクレマンティーヌはその前提を理解している。
だから、ブレインはポーションなどで自分を強化することで自分の攻撃を特化させたり、マジックアイテムを弱くはあるが複数持っているし、クレマンティーヌはスティレットがマジックアイテムで、
「《能力向上》《能力超向上》《不落要塞》《疾風走破》《流水加速》
「《領域》《能力向上》」
勝負は一瞬。そう理解した両者は共に武技を併用し──
「しっ」
「秘剣──虎落笛」
クレマンティーヌが領域の範囲内に侵入した瞬間、ブレインがその刀を抜き放つ
居合が迎撃に特化している事により、一時的とは言えクレマンティーヌの速度に対応するブレイン
対してクレマンティーヌはその迫る刀を見て、(このまま行こうとしたら切られる)と冷静に判断していた。スティレットは硬くなく、刀を迎え撃つには頼りない。なればこそ
(避け一択!)
(嘘だろっ!?)
横からの攻撃ならば、下に逃げれば良い。そう一瞬で判断したクレマンティーヌはその前傾姿勢を更に低くして、ブレインの一閃を避ける事に成功する。ただ、両者共にそこで終わる事はない
クレマンティーヌは勢いそのままに、残り1m弱に迫ったブレインの体にスティレットを刺そうと再度構えながら踏み込む。ブレインは領域の特性である【3m内に入った存在の全ての近くできる】という物を活かし、刀を返して攻撃を試みる。
「ふっ!」
「はっ!」
クレマンティーヌが選択したのは迎撃。ブレインの攻撃を受け止め、その刀を破壊する事に決めたのだ。故にこそ踏み込んだ瞬間、急転換して刀の刃文に当たる部分にスティレットの先端を叩きつける。刃と刃が火花を散らし、鋭い音が鳴り響く。
「ウッソだろ、おい」
「はい、しょーりー」
カランカランと刀の刃部分の半分が地面に音を立てて落ちる。その断面は綺麗であった
あそこで武器破壊をすると思ってもみなかったブレインは驚愕の表情で、残り半分となった刀を見つめる。その背中はどこか哀愁の漂う悲しいものであったと、後にハムスケは語る
「で、どうするの〜?」
「……はぁぁ。武器の新調はあるのか?」
大きくため息をついた後、疲れた様に問うブレイン。それに対してクレマンティーヌはモモンガ様相手に交渉しても大丈夫なのだろうかと目を泳がせる。それを見たブレインは再び大きなため息を吐くと、いつのまにかアンデッドを引き連れて来たカジットを見る
「安心せい報酬として頼んでおこう。仮に無理だったとしても金ならある」
「そりゃ羽振りが良いこった。お言葉に甘えさせてもらうぜ」
「良いだろう。ただ、余り時間がない。ワシらの拠点に行ってから雇用条件の擦り合わせを行うとしよう」
「そんなに時間がないのでござるか?カジット殿」
「うむ。そろそろ冒険者が来るだろうからな」
何でもない様に話すカジット達を見ながら、拒否権が無かった事に心の中で軽く悪態をつくブレイン。諦めた様に笑みを浮かべた後、再び問う
「まぁいいさ。アンタらについていけば俺はもっと強くなれる。違うかい?」
「………そうだな。そこのクレマンティーヌ並にはなれるだろう」「ちょーっ!カジッt」
「正式に決まったわけでは無いが……歓迎しよう。ブレイン・アングラウス」
「こっちこそ、よろしく頼むぜ。カジット……殿」
「敬称は略していい」
「そうかい?助かるぜ」
「ただ、これから会うお方には敬称をつけてもらうぞ?」
「アンタらが従う程の相手なら、礼儀正しく行かせてもらおう」
「よろしくね〜ブレイン」「よろしく頼むでござる」
「クレマンティーヌ、お主……。まぁいい行くぞ」
ブレイン が 仲間になった!