P.S. 推しの子を知らない人にツクヨミをエキドナの幼体って紹介したら信じる人いそう
気が付いたら街中にいた。
見渡すとビルがいっぱい。こんな都会はたまにしか来る事がない。
雑踏。通り過ぎる人々がこちらを見ている気はするが、こんな場所に足を運んだ記憶はない。
「ちょっと良いかな。君どこから来たの? 日本語分かる?」
「あ、えっと──」
背後から男の人に声をかけられた。
振り返ると、そこにいたのは警察。職務質問というやつだろうかと、初めての経験に緊張しつつも違和感を覚えた。
声が、違う。
「駄目だよ、街中でこんな格好してちゃ」
「格好?」
言われて自分の身体を見下ろしてみる。
なんか布一枚しか纏ってなかった。
「ちょっと、ちょっと! 何やってるの!」
まるでポンチョのような布一枚。
両手を広げたら大事なところが見えてしまいそう。というかめっちゃスースーする。嘘でしょ、ノーパン!?
何が起こっているのか掴めないまま、私は警察に保護? された。
◆
衝撃の事実なのだが、鏡を見せてもらったところ私は虚飾の魔女パンドラになっていた。何を言っているか分からないと思うが……。
まあ、声が変わっているのは元よりチラチラと視界をうろつく白金の髪で明らかに身体に異常があったのは分かっていたのだが。実際に見てみたらリゼロのパンドラそのもの。声だってよくよく聞いてみれば釘○さんの声だ。だから何だって話だけども。
身に纏っているのは比喩とか抜きで下着もないマジの布一枚。身分証なんてないし、お金もない。スマホもない。
ここが異世界とかなら流行りの異世界転生かと思うのだが、普通に現代日本。どうしろと?
「今まで何をしていたか分からなくて? 気が付いたらあそこにいた?」
「えっと、はい……」
「とりあえず名前とか色々と教えてくれるかな」
とりあえず自分の名前とか家の住所、親の電話番号など分かる限りの情報を出してみたのだが、全部ハズレ。私という人間が生きた証が消滅していた。私だけでなく両親や親戚関係も。
「いやー、うーん。疑ってるわけじゃないんだけどねえ」
警察の人もこの反応。
困ってるのはこっちだよ。どうしろと?
もしかすると異世界転生ならぬ現代転生かもしれない。この身体は転生特典とか。
死んだ記憶はないが、そうとしか考えられない。警察にはご丁寧に服やサンダルを頂いたが、その時に自分の身体を眺めて触って、どう考えても自分のものではないというのが確認できたし。
憑依転生的なやつかと思いきやリゼロ世界でもないという謎。神様的な存在に会った事もなければ魔王を倒せとか使命を与えられたわけでもない。
うーん、どうしろと?
ワンチャン虚飾の権能とか使えたらとりあえずは今の状態からでも生きてはいけそうではあるが。
例えばそう、この状況もこの警察官は私を見なかった、とかで一旦見逃してもらって。
あ、いけた。
◆
まあ、虚飾の権能が使えるのが分かったとして。
権能が使えるなら誤魔化し誤魔化しで生きていくのに苦労はなさそう。最悪戸籍とかも権能でなんとかなりそうだし。そんでどうするのかって話だが。
あれからもちょっと試してみた感じ、何か買う時の会計も権能で誤魔化せたし、バスとかも権能で誤魔化して乗れたし、お金がなくても生きていける。
犯罪と言われたら返す言葉もないが、不可抗力だと分かってほしい。だって、この状況ではこれ以外に方法はなかったので。
という事で、本来なら生きていくためにはお金が必要で、そのためには働かなければならないのだが、この私にはその必要がない。
……とりあえずニートするか。
タワーマンションの一室を契約して、ゲームとかパソコンとか買って、ゲームやアニメと食っちゃ寝の生活。
現代でも細かいところは違うのか前世と同じゲームやアニメもあれば、この世界では有名っぽくても全然知らないものもあった。ちなみにリゼロはなかった。
思ったよりも良い。というか、何のしがらみもなく好きなだけダラダラできるの最高すぎ。
好きなだけ外食出来るし、一日中映画見てみたり、何の意味もなく高級感ホテルのスイートルームに泊まってみたり。
そんなこんなで楽しんでいると、街中で一人の少女を見つけた。紫がかかった長髪にキャップ帽子を被り、パーカーを着た控え目に言っても美少女。
星野アイ。私は彼女を知っている。
「もし、そこの貴女」
「え、私?」
パンドラロールプレイの一環の丁寧な口調で話しかける。
「私とお話しませんか?」
「もしかしてナンパってやつ? 女の人にされるとは思わなかったなぁ」
今更ではあるが、どうやらここは【推しの子】の世界らしい。ずっとダラダラしていてもいいが、そうだと分かったら、ねえ?
推しを愛でさせてもらうとしましょうかね。
◆
少し話してみた感じ、アイはまだスカウトされていないらしい。
「すごーい。タワマンっていうの? こんな高いところ初めて来た」
「楽しんでいただけているようで良かったです。アイスはお好きですか?」
「好きだけど、こんなによくしてもらっていいの? なんか怪しくない?」
「単純に、貴女と仲良くなりたいと思っているだけですよ」
たぶんそのうちスカウトされるだろうし、私が介入した事でされないとかなら無理やりスカウトさせるし問題はない。今は餌付けして仲良くなる事が目標だ。
「ふーん。あ、ハーゲンダッツある。貰っていいの?」
「ええ。好きなだけ食べて構いませんよ」
街を見下ろしながら、向かい合うようにテーブルを囲んでアイスを食べる。
「……?」
かわいい。
まあ、見ず知らずの人間にのこのことついてくるのは心配ポイントではあるが、それは同性相手だったからというのもあるのだろう。
「そういえば、パンドラだっけ? 外国の人?」
「覚えていてくれたのですね、嬉しいです」
「普段は人の名前とか覚えるの苦手なんだけど、さすがに覚えちゃうかな。その髪の毛とかも自前?」
「実は気が付いた時からこうでして。日本生まれの自覚はあるのですが、私にもよく分かっていないというのが現状です」
「なにそれ、変なの」
変なの、というのには100%同意する。
というか、私の方がもっと変な状況だと思ってるはず。転生して? 虚飾の権能とかいう特殊能力使って贅沢三昧? どういう状況って話よね。WEB小説じゃないんだから。
長く話していたらいつの間にか日が沈んでいた。
「長く話し込んでしまいましたね。よろしければ、今日は泊まっていきませんか?」
「いいの? そんな事言われたら甘えちゃうよ?」
「ええ、もちろん」
実際のアイがこんなにホイホイ知り合ったばかりの人間の家に泊まるようなチョロい子かは知らないが、話の合間合間に洗脳……ゲフンゲフン。頑張って好かれるようにお話をしたので、快く泊まっていく事を承諾してくれた。
「実はこのマンション、大浴場があるのですよ」
「大浴場」
「夜景を見下ろせる露天風呂もありますよ」
「露天風呂……!」
かわいい。
◆
「ベッドが一つしかないので、一緒に寝るしかありませんね」
「私ソファーでいいよ?」
「掛け布団も一つしかありません。そのまま寝ては風邪を引いてしまいます」
◆
「私、白米って苦手なんだぁ。ガラスとか入ってたらどうしようって思って」
「『私が入れたものなら、安心して食べられる』でしょう?」
「えー? うーん、確かにそうかも。不思議ー」
◆
「それなにやってるの?」
「レースゲームですよ。貴女もやってみますか?」
「できるかなぁ」
「操作は簡単ですから大丈夫ですよ」
◆
「一緒に寝るのはいいんだけどさー。そんなにくっついて暑くない?」
「暑くありませんよ。貴女の体温が感じられて幸せです」
「そんなにヨシヨシしておもしろい?」
「ええ、楽しいですよ」
◆
「ついに昼間から私のこと抱き枕にし始めたよねー」
「『それが自然な成り行き』でしょう?」
「んー、そうかも。まぁ、別にいいんだけどねー」
◆
アイと出会ってから一週間ぐらい。大型犬ぐらい撫で回しても文句を言われないどころかアイもそれが当たり前だと思うぐらいになってきた頃。
アイと二人で街を歩いていたら声をかけられた。
「スカウトって言うから何かと思ったら。私がアイドル? 笑っちゃう話だね。そう思わない?」
「そうでしょうか。私は似合っていると思いますよ」
原作でもあった、アイのスカウトだった。
「はい、あーん」
「んー」
何でも頼んで良いと言われたので一番大きいパフェを頼んでアイの口に運ぶ。
「どうですか?」
「おいしー」
金髪にサングラスという厳つい容貌で話しかけて来たのは原作と同じ斉藤壱護氏。芸能プロダクションの社長で、アイはこの男の事務所に所属してアイドルをする事になる。
私は好き勝手にアイを愛でたいが、それはそれとして原作の大筋から外れさせるつもりもないので、アイにはアイドルをやってもらいたい。
「よかったら君も一緒に……」
「興味ありません」
「そんな事言わずに」
「『貴方が興味を持ったのはアイであって私ではない』でしょう?」
「あ、ああ、そうだな……」
私はアイドルをするつもりはない。
だってめんどくさいし。容姿は誰にも劣らないレベルで整っているだろうが、アイドルになんてなったら歌って踊って、ライブやその練習なんかで忙しくなるのは目に見えている。
私はぐーたらお気楽ニート生活を満喫したいのだ。
「パンドラがやらないなら私もいいかな」
「うちの事務所の中学生モデルたちでユニットを組むんだ。君ならセンターだって狙える!」
「興味ないです」
「絶対向いてる! 保証する!」
私は権能で話を逸らしたからすぐに引き下がったが、アイの事は逃さないらしい。実にプロデューサー力のある男だ。
「やめといた方がいいと思うよ。私、施設の子だし」
今のところアイもやる気はないらしい。
施設出身の事や窃盗で捕まった片親の事、釈放されても迎えに来てくれなかった事などを言って、男をビビらせようとしている。しかし、男も引き下がらない。
「良いんじゃねぇの。そういう経歴も個性だ」
「でも、アイドルって愛してるーとか言うのに、私が言ったら嘘になっちゃうし……」
「むしろ客は綺麗な嘘を求めてるんだ。いくらでもこいてけ、こいてけ」
「……パンドラはどう思う?」
ここで私に降ってくるんだ。まあ、私の答えは決まってるが。
「似合っていると思いますよ。嘘でも愛していると言い続けているうちに、本当の愛を知る事が出来るかもしれません」
確か原作の方でアイはそんな理由でアイドルをしていたような気がするし。
こちとら愛の伝道師のパンドラであるからして。そういうのは任せてほしい。
「愛してる、か……パンドラは私のこと愛してる?」
「ええ、もちろん」
「んー、じゃあやってみよっかなぁ」
「本当か!?」
という事でアイはアイドルになった。
◆
アイと会ってからは同世代という設定にしていた(年齢可変式)ので、同じ未成年では後見人になれない……のだが、そこは権能でゴリ押して、虚飾に型取られた上で法的に私はアイの後見人という事になった。アイドルとして働くにあたって必要だったらしいので。
「今日さー、一緒のメンバーになる子と会ったんだけどさー」
「ええ」
帰ってきたアイを出迎えて、膝の中に抱えて撫で回す。
もはやアイも自分で大型犬のような振る舞いをするようになっているので、何も言わなくても寄りかかってくるし、自分で膝枕されにきたりもする。
かわいい。
「今日はレストランにでも行きましょうか」
「そういえばさ、前々から気になってたんだけどこのお金ってどこから出てるの? パンドラってもしかして大富豪の娘?」
「競馬で当たったのですよ」
「え、競馬って子どもでも出来るの? 私と同い年だよね……?」
「細かい事を気にしないのが長生きするコツですよ」
まぁ、嘘だけど。
◆
アイがアイドルになって少しして、重大な事に気付いた。
このままだとアイ、双子を妊娠しなくない?
だって、レッスンとか終わったら寄り道せずに真っ直ぐに私の所に帰ってくるし。
うーん、これはいけませんね。
軌道修正。軌道修正。
一旦、私の事は忘れてもらおうかな。
◆◇◆◇◆◇
「『これまでの貴女の記憶は私という存在を忘れて完結すること。ああ、でも、完全に忘れ去られてしまうのは寂しいですので、心の片隅に欠片だけでも置いていてくれると嬉しく思います』」
「え……?」
白金の髪の持ち主が歩き去っていった。
物珍しくて目についたけれど、ただそれだけの事で。
そんなただの通行人とは逆の方向に、私は歩いた。
◆
心にぽっかりと穴が空いたような感覚があった。
嘘が本当になるように。愛してるという言葉が本当になるように。そのためにアイドルをしている。
そのはずなのに。
私は知っている。
愛を知っている。愛してくれる相手がいたはずなのに。
何も思い出せない。ぽっかりと空いた穴からこぼれ落ちてしまったように。
いたはずなのに。私にも、いたはずなのに。
苦しい。
分からない。分からない。分からない……!
どうして思い出せないの!? 顔も声も何も分からない! あなたは誰なの? 私を愛してたあなたは、誰なの!?
苦しい。
毎晩、ベッドの中で呼吸が苦しくなる。鼓動が大きくなって、心臓も痛くて、丸まってなんとか落ち着かせる。
苦しい。
社長に病院に連れていかれたけど、健康体だと言われた。行くなら精神科医だって。
苦しい。
心に空いた穴が、塞がらない。
苦しい。
B小町のみんなと仲良くなれたら忘れられるの?
苦しい。
ファンのみんなを愛せたらいいの? ファンのみんなに愛されたらいいの?
苦しい。
苦しい。
苦しい……!
苦しいよ……!
誰か助けて……!
誰? あなたは誰なの?
施設にはいなかったし、社長もそんな人に心当たりはないって言う。
誰かを愛したらこの苦しみは消えてくれるの?
誰かに愛されたらこの苦しみは消えてくれるの?
一人の男の子と身体を重ねるまでの関係になった。
だめだった。
子どもでも産めば代わりになってくれるの?
お願い。
誰か、助けて。
◆◇◆◇◆◇
B小町のアイが活動休止を発表した。理由は体調不良だが、きっと妊娠したのだろう。そうに違いない。
ふう……。危ない、危ない……。
原作が崩壊してしまうところだったぜ。
確か、入院する病院は宮崎だっけ。
妊娠までいったなら多少私が介入してもそこまで大きな影響はないだろうし、ちょっと見に行ってみようかな。
という事でやってきました宮崎県。
「…………」
まぁ、宮崎って言ってもどこの病院だよって話よね。
どうせ暇だし、産婦人科をやってる病院を回れば良いか。
◆
いくつもいくつも病院を回ってようやく見つけましたよ。何日かかった事か。こんな事ならアイの事務所に電話でも入れればよかったね。
「本当にそれで良いのか? それは君にとっても、生まれてくる子どもにとっても良い事だとは思えない」
「センセに何が分かるの? 私にはもう、この子たちしかいないの」
何やらアイが医者と話している場面に遭遇したので、隠れて様子を窺う。
「最終的な決定権は君にある。産むななんて言うつもりはない。ただ、ちゃんと子どもたちを見てあげるべきだ」
「見てあげるべき? 見てるでしょ?」
「違う……君のそれは、他の誰かを重ねているだけだ」
あれー? なんだかアイの瞳がドロドロに濁っているような?
君そんな感じだったっけ?
「お久しぶりですね。お元気そうで安心しました」
とりあえず声をかける。
「ああ、そうでした。『忘れられたままでは悲しいですから、私の事を思い出していただけると嬉しく思います』」
「ッ……!!」
「君は……?」
アイが妊婦とは思えない俊敏な動きで飛びつくように私の腰に抱き着いてきた。
「なんでいなくなったの……!? ずっと、ずっと……! ずっと、会いたかった……!」
「妊婦なのですから、激しく動いてはいけませんよ」
「ううぅぅ……!! そんなの、どうでもいい……!」
「困りましたね」
そんなに会いたかった?
今頃、もうすぐ家族が増えるってルンルン気分になってると思ってたんだけど。
「君は一体……」
「おや、貴方は」
と、医者の方を見ると、どうやら彼がアイの子どもの片割れに転生するゴロー先生らしい。
「私はパンドラ。アイのお友達、でしょうか?」
「なるほどね。アイがずっと重ねていた誰かっていうのは君だった訳だ」
「心の片隅に、欠片を置いていただけだというのに、そこまで想ってもらえるのは友達冥利に尽きるといったところでしょうか」
まぁ、今も私の腰に抱き着いて泣いているアイの様子は予想外だったが、こんなに求められるのも気分は良い。
これこそアイの愛。なんつって。
色の系統とか色々と知ったような口調とか、ツクヨミってエキドナに似てるなーと思ったのが始まりですが、全然関係ないアイが曇らされる結果に。
どうしてこうなった?