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「蛇足」
ーーカネヒキリの物語
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1. 大切な写真
競争生活から退き、後進の指導にあたる。
過去の怪我の影響で、激しい運動は出来なくなってしまった。
今では、あの頃からは想像もできないような穏やかな日が続いている。
今の生活に不満はない。
あるはずがない。
それでも、あの灼熱の日々が懐かしく輝いているのは、全力で打ち込んだ証なのでしょうか?
愛しき青春の残骸。
いまでも鮮明に思い出せる。
こんなわたしを君は「似合わねー」と笑うかな。
君の前では強いわたしでありたかったから。
写真立てを軽く撫でる。
拗ねてそっぽを向いた君と、
少し緊張して、ピースするわたし。
「…ヴァーミリアン」
わたしの、最高のライバル。
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2. プイちゃん
「カネピー、質問プイ」
チームメイトのプイちゃんに声をかけられる。
どうしたんだろう?
いつも元気で、いろんなとこに顔を出すプイちゃんだけど、ダート部門の方に来るのは珍しい。
時間とか大丈夫なのかな?
もしかして、急ぎの用事?
わたしは横目でチラリとプイちゃんの様子を伺う。
…別段焦ってる感じはしない。
わたしは正面に向き直って声をかけた。
「…なに?」
あっ、プイちゃん困った顔をしてる。
やっぱり何か問題ごとなのかな?
「あー、答えづらかったら別にいいプイよ」
「“砂のディープ”って呼び名、どう思うプイ?なんて…」
なんだ、そんなことか。
別に気にしてない、というよりもプイちゃんの名前を借りて申し訳ないというか。
正直、恐れ多いけど誇らしい、かな。
「…べつに」
…プイちゃん、もっと困った顔しちゃった。
プイーってうなって、顔のパーツが真ん中にきゅっと寄ってる。
ふふっ、ちょっとおもしろい。
「…カネピー、ありがとなんだプイ!」
プイちゃんはそう言うと、すごい勢いで走って行っちゃった。
わたしも手を振ったけど、もう見えてなかったかも。
「(グッ)」
楽しく話せた。
わたしは小さくガッツポーズを決めた。
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3. 雷神
ジャパンダートダービーを制し、ダービーグランプリも勝利。
シニアの諸先輩相手にジャパンカップダートも制圧。
その活躍のおかげで、わたしも特別な異名で語られるようになった。
雷神カネヒキリ。
わたしの名前からの連想。
わたしだけの。
特別な。
うれしい。
砂のディープも誇らしかったけど、やっぱりオンリーワンは最高だ。
今後はきっと、
雷鳴轟く。
とか、
稲妻のごとき末脚。
とか、
そんなのも使われるかも。
「ふっ」
そんな未来が楽しみで、わたしは小さく笑った。
周りがざわめいてる。
何かあったのだろうか?
少し気になったが、誰かに尋ねるほどではなかった。
わたしは静かにその場を後にした。
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4. 怪我
順風満帆だった競技生活。
崩れる時は一瞬で。
屈腱炎。
ためらいなく治療に同意した。
走ってない自分は想像できなかったから。
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5. 朱
痛みと付き合い、能力の維持に努め、そうやって一年かけて復帰の目処がたった。
やっと戻れる。
安堵と期待が胸にあふれる。
足に違和感を感じたのは、そんなタイミングだった。
屈腱炎の再発。
復帰の予定は再び白紙となった。
通常の治療に限界を感じた医師から、最新の治療法とそれに伴う手術の説明を受けたが、わたしはそれに答えられなかった。
あんまりな仕打ちに全部投げ出してしまおうかと考えた。
もういいかな?
なんて弱い心が顔を出した。
そんな弱気を、君の“朱”はぶっ飛ばしてくれたんだ。
激しく燃える朱は
「誰よりも強くなりたい」
そんな熱を全身から振り撒いていた。
気づけばわたしは手術の同意書を書き上げていた。
なんてことはない、ただ君の熱にあてられたんだ。
ただただ、君と走ってみたくなったんだ。
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6. つのるおもい
走りはときに言葉よりも雄弁にその人を語る。
彼女は、全身から前向きなエネルギーを放っているが、それだけではなかった。
時折、誰かに向けたドロリとした執着を感じる。
わたしにはわかる。
きっと彼女は誰かに認められたいんだ。
彼女から強い想いを向けられる、顔も知らない誰か。
わたしは、少し悔しくなった。
負けないぞ、とその誰かに誓い、
リハビリを乗り切るパワーに変えた。
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7. はじめまして、ヴァーミリアン(※二度目の対戦です)
長い長いリハビリを越えて、わたしはレースに戻ってきた。
2008年ジャパンカップダート。
十二月の初旬、肌寒い師走の風も今のわたしには問題ない。
身体の奥から、止めどなく熱が生まれている。
今日、君に会える。
この一年、君の活躍と共にリハビリを乗り越えた。
はじめまして。
だけどその前から知っているようだった。(※二年前に対戦してます)
これから君と走れると思うと心が踊る。
ここから始まるんだね。(※過去に対戦歴があります)
さあ、はじめよう。
わたしの最高のライバル
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8. 最高の時間
彼女との初戦(※二戦目です)はわたしが勝利した。
喜ばしいことに再戦の機会もすぐに訪れた。
年末の東京大賞典。
この日彼女はわたしをマークするように動いた。
わたしに勝つために。
彼女の視線を独り占めするのは、憧れのヒーローと向き合うようで、背筋がすっと伸びた。
心地よい緊張感に包まれたままレースは進む。
最終コーナーを抜けて彼女が上がってきた。
わたしも負けるまいと仕掛ける。
二人並んで前をかわすと、ゴールまで遮るものはなかった。
君と並んで加速する。
この100メートルは、きっとわたしの人生で一番のかがやき。
ゴールを越えて、息を整える彼女を後ろから見つめていた。
ありがとう。
心の中でつぶやいた。
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9. 不死鳥
わたしに新たな異名がついた。
不死鳥カネヒキリ
正直、今までで一番気に入っていた。
不死鳥は炎の中から蘇る。
怪我して堕ちたわたしを、君の“朱”が焼き尽くした。
今のわたしがいるのは、君がいるから。
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10. 明日への希望
君との思い出を振り返ってたら、こんな時間になってしまった。
明日も指導の仕事は入っている。
きっと君は知らないだろう。
わたしがどれだけ君に感謝しているかを、どれだけ君に勇気づけられてきたかを。
「いつか、お互いの教え子が」
そんな時がきたら、教えてあげようか?
きっと君は驚くことでしょうね。
君の隣では緊張してしまってうまく話せないんだ。
その時までに練習しておくから。
「あっ、日記かかなきゃ」
指導内容の振り返りのために、日課として取り組んでいる。
ただ、今日は楽しい気分で書けそうだ。
「…2016年、5月の26日っと」
さっきの思いつきも書いておこう。
明日からもがんばらなくちゃ。
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カネヒキリの日記。
その最後のページには、未来への希望が記されていた。