神界の片隅で響いたのは、全能なる創造神デミウルゴス様の「あちゃー」という、なんとも緊張感のない間抜けな声だった。
「いやあ、すまんすまんムコーダ君! 異世界の酒と地球のおつまみの配合を考えながら次元の歪みを調整してたら、ちょっと手元が狂っちゃってね! 数日もすれば空間の裂け目は閉じるから、それまで向こうの世界で適当に観光でもしていておくれ! あ、お詫びにネットスーパーの利用枠を一時的に無制限にしておいたからね〜!」
そんな呑気な神託が脳内に直接響き渡った直後、視界が強烈な光に包まれ、次に気がついた時——向田剛志、通称ムコーダは、見覚えがあるようでない、見渡す限りの高層ビル群が立ち並ぶ見知らぬ都市の屋上に立っていた。
「……は? え、ちょっと待って……ここ、どこ……?」
呆然と呟くムコーダの横で、体長数メートルを誇る伝説の魔獣・フェンリルのフェルが、不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「ぬぅ……なんだこの匂いは。鉄と油と、どこか燻ぶったような妙な気配が混ざっておるな。主よ、ここは例の『ニホン』というお前の故郷か?」
「いや、日本っぽいけど……雰囲気が俺の知ってる東京と違うような……それに、空の色がなんか不穏じゃない!?」
『あるじー? ここどこー? お空がちかちかしてるのー!』
ムコーダの鞄からぷにぷにと顔を出したのは、食いしん坊のビッグスライム・スイだ。さらにその頭上を、愛らしい見た目に反して戦闘力抜群のピクシードラゴン・ドラちゃんが旋回する。
『おいおいムコーダ、なんだか知らんが妙な連中がすげえ勢いでこっちに向かってきてるぞ! 敵か!? 叩き潰すか!?』
「ちょっと待ってドラちゃん走らないで! 暴れないでお願いだから!」
ムコーダが悲鳴を上げた瞬間、屋上の扉が暴力的な音を立てて吹き飛び、幾重もの鮮やかな光の軌跡とともに、三人の少女たちが躍り込んできた。
胸元に輝く怪しい装甲、背中に展開された機械的なユニット、そして何より——全身から放たれる、只者ではない戦士の気迫。
「そこまでよ、未確認生命体! 特異災害対策機動部二課の名において——ッ!?」
先頭で叫ぼうとした少女——風鳴翼が、絶句した。
その隣で双剣を構えていた雪音クリスも、拳を握りしめていた立花響も、まるで目に見えない金縛りに遭ったかのようにその場で凍りついた。
彼女たちが絶句したのは、突如現れた謎の男(ムコーダ)の存在ではない。
その隣に悠然と佇む、巨大な銀狼——フェルが放つ、**規格外の存在感と威圧感**のせいだった。
(な……なんだ、この威圧感は……ッ!? ノイズとはまるで違う……生物としての絶対的な格の差……ッ! カザナリの防人たるこの私が、一歩も踏み出せないだと……!?)
翼の額から冷や汗が流れ落ちる。全身の細胞が「近づくな、死ぬぞ」と本能の警報を鳴らしていた。
(ハ、ハイバリューターゲットなんてレベルじゃねえぞこれ……! なんだあのオオカミ、息をするだけで周囲の空気が重くなってやがる……! 触れたら一瞬で殺される……!)
クリスは歯を喰いしばり、必死に響の前に出ようとするが、膝がガクガクと震えて動かない。
「う……うぐぐ……なんか、お腹の奥がゾワゾワして……息がうまく吸えないよぉ……!」
いつもなら猪突猛進に突っ込んでいく響すらも、フェルの一瞥を受けただけでその場にへたり込みそうになっていた。
それもそのはず。フェルは神々の加護を一身に受け、数百年にわたり異世界の生態系の頂点に君臨し続ける伝説の神獣なのだ。装者たちがいくらシンフォギアを身に纏い、幾多の死線を潜り抜けてきたとはいえ、生身の魂に直接叩きつけられる神獣のプレッシャーはあまりにも過酷すぎた。
「ぬ? 我に向かって武器を向けるか、小娘ども。身の程を知らんようだな……」
フェルが低く唸り、ほんの少しだけ本気の殺気を漏らす。
屋上全体の空気がバリバリと鳴りを潜め、物理的な重圧となって装者たちに押し寄せた。
「ひいいいっ! やめてフェル! 威圧感引っ込めてぇぇぇ!」
ムコーダは胃のあたりを押さえながら叫んだ。
「この人たち、絶対に警察か特殊部隊的なサムシングだから! ここで暴れたら俺たち完全に犯罪者になっちゃうから! お願いだから落ち着いて!!」
『え〜? あるじー、あの女の子たち、いじめちゃだめなのー?』
『ちぇっ、つまんねーの。俺様の弾丸飛行で見せつけてやろうと思ったのに』
スイとドラちゃんがのんきに会話する中、対峙する響たちは完全にパニック寸前だった。通信機からは、本部から風鳴弦十郎司令の怒号が響いている。
『響! 翼! クリス! 一体何が起きている!? 現場のエネルギー測定値が異常だ! 概念レベルで空間が歪んでいるぞ! すぐに撤退しろ!』
「し、司令……撤退したくても……体が動かないよぉ……!」
響が涙目になりながら叫ぶ。
このままでは戦いが始まってしまう——いや、一方的な惨殺になってしまう!
そう直感したムコーダは、青ざめた顔で己の秘術……『ネットスーパー』を高速発動させた。
(落ち着け俺! こういう時は……相手の警戒心を解く食べ物だ! でもいきなり肉を焼く時間はない! スカッとして、甘酸っぱくて、一口飲んだ瞬間に緊張が吹き飛ぶような、最高に美味い冷たい飲み物は……これだッ!!)
ムコーダの視界だけに現れる謎の操作画面。彼は目にも留まらぬ指さばきでカートに商品をぶち込み、購入ボタンを連打した。
光とともに、ムコーダの手元に現れたのは、キンキンに冷えた高級ガラスピッチャーと、ネットスーパー特製の**『極上濃縮タマリンドジュース』**、そしてたっぷりの氷。
タマリンド——東南アジアや南国で愛される、甘酸っぱく濃厚なフルーティーさが特徴の魅惑の果実。ネットスーパーで取り寄せたこれは、本場の果汁を最高級の蜂蜜とスパイスで極限まで引き立てたプレミアム仕様だ。
ムコーダは素早くグラスに氷を滑り込ませ、そこに濃密な褐色を帯びた黄金色のタマリンドジュースをトクトクと注ぎ込んだ。一瞬で、甘酸っぱく爽やかな、それでいてどこか異国情調漂う芳醇な香りが屋上全体に広がる。
「あ、あのー! 怪しい者じゃないです! 敵対心も一切ありません! これ、とりあえず喉渇いてると思うので飲んで落ち着いてくださいッ!」
ムコーダは命がけでフェルの前に立ちはだかり、カタカタと震える手で、氷の浮かんだグラスを響たちに向かって差し出した。
翼とクリスが警戒して身を構える中、一番前にいた響は、鼻をひくひくさせた。
「……ふぁ? なんか……すっごい……いい匂いがする……?」
「響、ダメよ! 敵のトラップかもしれないわ!」
「そうだぞ食うなアホ響! 毒でも仕込まれてたらどうすんだ!」
翼とクリスが制止するのも聞かず、響の胃袋が**「ぐゅうううううっ」**と盛大な音を立てた。戦いに備えて空腹だった響の体は、ムコーダが差し出したその未知なる極上飲料の放つ「絶対的な美味の波動」に抗えなかったのだ。
「……いただき、ます……っ!」
響は吸い寄せられるようにグラスを受け取ると、冷たいジュースを思い切り口の中に流し込んだ。
次の瞬間。
「——っっっ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!!!???」
響の目が目限まで見開かれた。
喉を通った瞬間、弾けるような爽快な酸味が舌を駆け巡り、続いて熟した果実の濃厚な甘みと、奥深いコクが津波のように押し寄せる。氷によってキンキンに冷やされた液体が、疲弊した全身の細胞一つ一つに染み渡り、エネルギーが爆発的に充填されていく!
「うんまあああああいッ!! なにこれぇぇぇぇぇーーーっ!? 甘くて酸っぱくて、心がポカポカして、頭の中でお花畑がドッカーンって爆発したみたいだよぉぉぉぉっ!!」
「ひ、響!?」
響は狂喜乱舞しながらグラスを掲げ、一滴残さず飲み干すと、魂が抜けたような至福の表情でその場に崩れ落ちた。あまりの美味さに全身の力が抜け、威圧感への恐怖など完全に頭から吹き飛んでしまったのだ。
「な、なんだって……!? あの響が、一口で無力化されただと……!?」
「くそっ、やっぱり毒か!? 許さねぇ……あたしが相手だ!」
憤怒に目を怒らせるクリスだったが、響がハッと我に返り、クリスの脚にしがみついた。
「違うのクリスちゃん! 毒じゃない! 天国なの! 天国の味がするの! お願い飲んでみて! 飛ぶから! 本当に飛んじゃうから!」
「は、はあ!? お前何言って……うわっ!?」
響に押し付けられるようにして、クリスもムコーダから手渡されたグラスに口をつけた。
「……つっ、こんな怪しいジュース……ごくっ、ごく……んぐっ……」
クリスの動きが止まった。
その白い頬が、みるみるうちに桃色に染まっていく。
「……〜〜〜〜〜〜〜ッ!!? な、なんだよこれ……っ! 甘酸っぱい……なのに、すげぇ濃厚で……! 昔、腹減った時に飲んだ安物ジュースとはまるで違う……喉が、心が洗われていくみたいじゃねぇか……っ!! う、うんめぇぇぇぇぇっ!!」
「クリスまで……!? ええい、ならば私も!」
武人としての警戒心をかなぐり捨て、翼もまた差し出されたグラスを一気に煽った。
「……っ!? 凛とした酸気の奥に、どこかオリエンタルな気品を感じさせる深み……! これは……果実の歌だ! 私のソウルが、奏でられている……ッ! なんという完成度……これが異界の果汁だというのか……ッ!」
三人の装者たちが、屋上でタマリンドジュースを手に「美味い!」「なにこれすごい!」「おかわりッ!」と歓声を上げながら乱舞する異様な光景。
通信機からは、二課の司令室の困惑した声がダダ漏れていた。
『ひ、響!? 翼!? 応答しろ! 一体何が起きている!? 敵の兵器による精神汚染か!?』
『司令! 違います! この人たち、すっごく美味しいジュースをくれた良い人たちです!』
『はあぁぁぁぁぁっ!?』
◇
数時間後。
事態のあまりの収拾のつかなさに、ムコーダ一行は二課の厳重な護衛(という名の超厳重な警戒)のもと、特異災害対策機動部二課の本部へと招かれていた。
地下深くに存在する司令室の大型モニター前。
厳めしい顔をした風鳴弦十郎司令、そして響の親友である小日向未来、オペレーターたちが勢揃いする中、ムコーダはパイプ椅子にちょこんと座り、胃痛に耐えながら事の顛末を説明していた。
「——というわけでして。創造神のデミウルゴス様が、お酒の配合を間違えて次元の歪みを作ってしまい……気がついたらあの屋上に飛ばされていたんです」
「なるほど……平行世界、あるいは異次元からの来訪者か」
弦十郎は深く頷き、腕組みをした。
「信じがたい話ではあるが、君が提示したその『ステータス画面』のような光画、そして何よりそのフェンリル殿の規格外の生命エネルギーを見れば、嘘偽りでないことは理解できる。……それに」
弦十郎は、目の前の会議用テーブルに置かれた『缶コーヒー』と『ポテトチップス(うすしお味)』に目を落とした。
「この、空間から突然取り出されたという茶色の液体と、揚げた芋の菓子……実に美味い。映画鑑賞の供として最高峰のクオリティだ」
「気に入っていただけて何よりです……」
ムコーダはほっと胸を撫で下ろした。
ネットスーパーから取り出した日本の馴染み深いお菓子や飲み物は、弦十郎や二課のスタッフたちにも大受けだったのだ。
『あるじー、このお姉ちゃん、いっぱい撫でてくれるのー!』
未来の膝の上で、スイが心地よさそうにぷにぷにと体を揺らしている。
「ふふ、スイちゃん本当に可愛い……! ぷにぷにしてて気持ちいいなぁ」
未来が笑みを浮かべると、ドラちゃんがその周りをバタバタと飛んだ。
『へへん、俺様の方がかっこいいだろ! ほら、なんか甘いヤツよこせよムコーダ!』
「ドラちゃん、行儀良くして! 後でアイス買ってあげるから!」
一方、部屋の隅ではフェルが豪快に横たわり、二課の提供した巨大なクッションの上で目を細めていた。
「ふむ……この世界の人間どもは、なかなか理解が早いな。主よ、そろそろ腹が減ったぞ。肉だ、肉を持ってこい」
「はいはい、フェルはちょっと待っててね……」
冷や汗を拭うムコーダの元へ、ずいっと顔を近づけてきたのは、先ほどからずっと興奮冷めやらぬ様子の立花響だった。
「ムコーダさん! 本当に異世界から来たんだね! それに、あのジュースみたいなおいしいものを、魔法みたいにパッと出せるんだよね!?」
「あ、はい。ネットスーパーっていうスキルで、元の世界の食材や調味料ならなんでも買えるんです。あ、もちろん異世界の魔物の肉とかもアイテムボックスに入ってますけど……」
「異世界の魔物の肉……!?」
響の目が、まるで宝箱を見つけた子供のように爛々と輝き出した。
彼女はゴクリと唾を飲み込むと、何を思い立ったのか、突然ムコーダの両手を力強く握りしめた。
「む、ムコーダさんっ!!」
「ひっ!? な、なんですか急に!?」
「お願いがありますっ! 私……私に、ムコーダさんの『本気の料理』を食べさせてくださいっ!!」
「ええっ!?」
ムコーダが声を裏返らせると、隣にいた未来が「あ」と声を上げ、手帳をめくった。
「そういえば……響、もうすぐ誕生日じゃない!」
「そうなの! 私の誕生日なの! いつもなら未来とお好み焼きを食べに行ったりするんだけど……」
響はムコーダの手を握る力(シンフォギア装者としての超絶握力)をさらに込めながら、鼻息荒く熱弁を振るった。
「ムコーダさんのあのジュースの凄さを知っちゃったら、もう気になって夜も眠れないよ! 異世界のすごいお肉と、ネットスーパーのすごい調味料を使った、お腹いっぱいになれる最高のごちそう……! 私の誕生日に、作ってほしいんですっ! お願いしますッ!!」
「い、痛たたた! 握力! 響ちゃん握力強いから手がつぶれるー! わかりました! 作ります! 作りますから手を離してー!」
「本当!? やったぁぁぁぁぁぁっ!!」
響がバンザイをして躍り上がる。
それを見たフェルが、満足げに長い尻尾を床に叩きつけた。
「ほう! 誕生日の祝いか! それは重儀だな、主よ! 我も異世界の肉を腹いっぱい食いたいぞ! ロックバードの唐揚げと、レッドドラゴンのステーキを所望する!」
『わーい! ごはんだごはんだー! すいも手伝うのー!』
『おいおい、俺様には特大のプリンも買っておけよな!』
「お前たちまで乗っかるんじゃないよ!!」
ムコーダの絶叫が地下指令室にこだました。
しかし、一度盛り上がった空気はもう止められない。
風鳴弦十郎はニヤリと豪快な笑みを浮かべ、ムコーダの肩をぽんと叩いた。
「ハッハッハ! 異世界の料理人と、我が二課の装者たちの饗宴か! 面白い! ムコーダ殿、二課の大型厨房を全面的に開放しよう! 食材の調達は君のネットスーパーとアイテムボックスに頼ることになるが、設備は最高のものを揃えてあるぞ!」
「司令まで乗り気にならないでくださいよ〜!」
頭を抱えるムコーダ。しかし、目を輝かせて自分を見つめる響、期待に胸を膨らませる未来、ツンとしながらも明らかに楽しみにしているクリス、静かに頷く翼たちの姿を見て、ふっと苦笑いを漏らした。
(やれやれ……デミウルゴス様の手違いでどうなることかと思ったけど……まあ、美味しいものを食べて笑顔になってくれるなら、料理人冥利に尽きるってもんか)
ムコーダは胃の痛みをなんとか押し込めると、エプロンを締め直すように拳を握りしめた。
「わかりました! こうなったら腹をくくります! 響ちゃんの最高の誕生日のために……俺の持ってる異世界の超高級食材と、ネットスーパーの最高級調味料をフル動員して、とびきりの大宴会フルコースを作ってみせますよ!」
「「「おーーーっ!!!」」」
響たちの歓声が響き渡る。
伝説の魔獣、異世界の巨獣肉、そして地球のネットスーパーが織りなす、前代未聞の「異世界×シンフォギア」超絶誕生会パーティ。
準備のために腕を捲り上げるムコーダの前に、まずはネットスーパーの巨大な買い物画面が展開されるのだった——!
決戦の舞台(?)は、特異災害対策機動部二課の本部地下に存在する、プロ仕様の巨大厨房および大型食堂へと移されていた。
「よし……厨房の設備チェック完了、コンロの火力もバッチリ。アイテムボックスからの食材の出し入れも問題なし!」
エプロンの紐をキュッと締め直し、腕まくりをするムコーダ。その目の前には、あらかじめ準備された膨大な量の食材と、ネットスーパーで爆買いした特選調味料や調理器具がずらりと並んでいる。
『おいムコーダ! まだか! 我の腹の虫が限界を迎えておるぞ!』
ドアの外から、フェルの腹に響く重低音の唸り声が聞こえてくる。
『すいもー! すいもお腹ぺこぺこなのー!』
『おい、プリンは冷やしてあるんだろうな!? 俺様は甘いヤツも楽しみなんだからな!』
「はいはい! ドラちゃんもスイもフェルも、ちゃんと全員分山ほど作るから待ってて! 響ちゃんの誕生日パーティーなんだから、順序よく出すよ!」
食堂側には、本日の主役である立花響を中心に、小日向未来、風鳴翼、雪音クリス、そして後から合流した月読調と暁切歌の二人が並んで座っていた。もちろん、風鳴弦十郎司令をはじめとする二課のスタッフたちも、固唾をのんで調理場の様子を見守っている。
「いよいよだね、響!」
未来が隣で微笑むと、響は鼻息を荒くしながらテーブルをバンバンと叩いた。
「うん! 未来、私ね、今日のために朝ご飯も昼ご飯も半分にしておいたんだから! ムコーダさんの本気料理……迎え撃つ準備は万全だよっ!」
「へっ、気合入れすぎだろアホ響。……まあ、あのオジサンが作るものの匂い、さっきからヤバいくらい美味そうだけどな」
クリスがそっぽを向きながらも、喉をゴクリと鳴らす。
「風鳴家にも腕利きの料理人は多いが……異世界の食材と地球の技術の融合、興味深いな」
翼が静かに目を細める中、新しくやってきた調と切歌は目を丸くしていた。
「切歌、あの奥にいる大きいオオカミさん……本当に大人しいの?」
「調、あれは大人しいんじゃないデス……食べ物を前にして完全に牙を抜かれてる顔デス……!」
そんな装者たちの視線を背中に感じながら、ムコーダは「よしっ」と気合を入れた。
「それじゃあ皆様! 立花響ちゃんの誕生日特製、異世界×地球のスペシャルフルコース、スタートです!」
### **一品目:北海道男爵いものカマンベールチーズ入りいももち**
「まずは前菜がわりに、温かい一口サイズのものからどうぞ!」
ムコーダが最初に運んできたのは、こんがりと綺麗な狐色に焼き上げられた、丸くて可愛らしい「いももち」だった。甘辛い醤油の香ばしいタレがトロンと絡み、甘い香りが湯気とともに立ち上る。
「わあ……コロッケみたいなのかな? いただきます!」
響が待ちきれない様子で箸をつけ、一口でパクリと口に放り込んだ。
次の瞬間、響の目が輝いた。
「う、うわあぁぁぁああっ!? もちもち! 表面はカリッとしてるのに、中はすっごいモチモチだよ未来!」
「本当だ……! え、中から何か出てくる……あっ、チーズ!?」
未来が箸で割ると、中からアツアツの濃厚なカマンベールチーズがとろ~りと溢れ出してきた。北海道産の男爵いもが持つ自然で力強い甘みとホクホク感、そこにカマンベール特有のコクと塩気が混ざり合い、甘辛い醤油タレが全体を完璧にまとめ上げている。
「な、なんだこのモチモチ感は……! 餅なのか芋なのか……! だが、このチーズの濃厚なコクが醤油の芳醇な風味と合わさり、無限に食えてしまう……ッ!」
クリスが勢いよく二個目に手を伸ばす。
『む! 主よ、我が方の皿にはそれが足りぬぞ! チーズというヤツをもっと寄こせ!』
フェルが鼻を鳴らすと、スイが『すいもチーズだーいすきー!』と大はしゃぎでいももちを丸呑みにしていく。
### **二品目:のどぐろの炭火焼き**
「続いてはお魚料理です! 地球の高級魚『のどぐろ』を、シンプルに塩だけでじっくり炭火焼きにしました!」
次に運ばれてきたのは、皮目がパリッと黄金色に焼き上がり、脂が弾けてジュージューと音を立てている「のどぐろ」の一夜干し風炭火焼きだった。大根おろしとスダチが添えられている。
「ほう……魚か。異世界の魔物肉ばかりかと思いきや、和の極致を出してくるとはな」
翼が洗練された手つきで箸を入れ、身をほぐした。
ふんわりとした白い身からは、信じられないほどの脂がじわっと溢れ出してくる。
「……ッ!!?」
翼の体が落雷を受けたかのように硬直した。
「皮は香ばしくパリッと、しかし身はまるで極上の白身の大トロ……! 噛むほどに溢れ出るの上質な脂と旨味が、淡雪のように口の中で溶けていく……! これほどの魚、風鳴の本家でも滅多にお目にかかれんぞ……っ!」
「すっごい脂が乗ってるのに、大根おろしとスダチを絞るとさっぱり食べられるデス! 骨までしゃぶり尽くしたいデス!」
切歌が大興奮で身を突っついている。
### **三品目:半熟ウフマヨネーズと有明のりのチョレギサラダ**
「お肉の前に、お口直しのサラダをどうぞ! とろとろの半熟卵に自家製マヨネーズをかけた『ウフマヨ』と、香ばしい有明のりを散らしたチョレギサラダです!」
口の中が上質な脂で満たされたタイミングで出されたのは、シャキシャキのレタスやパプリカに、香ばしい胡麻油とニンニクの効いたドレッシング、そしてパリッとした有明のりがどっさりと盛られたサラダ。中央には、絶妙な茹で加減の半熟卵が鎮座している。
「ウフマヨ……フランス料理の定番だが、それをチョレギサラダと合わせるか!」
弦十郎司令が唸りながら、スプーンで半熟卵を割った。トロリと溢れ出す黄色い黄身と、特製マヨネーズが野菜に絡みつく。
「むむむっ! スパイスの効いたドレッシングと有明のりの風味が、卵のまろやかさで包み込まれて……いくらでも野菜が食べられる! これは酒が欲しくなる味だな!」
「野菜がこんなに美味しいなんて……! 海苔の香ばしさが最高だよムコーダさん!」
響もモリモリとサラダを平らげていく。
### **四品目:コカトリスの北京ダック風炭火焼き**
「さあ、ここからお肉のラッシュです! 異世界の超級魔獣『コカトリス』の肉を、特製のタレを塗りながら皮がパリパリになるまで炭火でじっくり焼き上げました! 薄皮にキュウリや白ネギと一緒に巻いて、甘辛い甜麺醤(テンメンジャン)をつけてどうぞ!」
重厚な大皿に乗せられて運ばれてきたのは、艶やかな漆黒に近い飴色に輝く、パリッパリに焼き上げられたコカトリスの丸焼きだった。ムコーダが手際よく皮と身を切り分け、特製の薄餅(パオピン)に包んで差し出す。
「コカトリスって……あの出たら死ぬレベルの危険な魔物だよね!?」
驚く未来をよそに、響は一口でかぶりついた。
**パリッ……! ジュワァァァァッ!**
「んんんんんん〜〜〜〜〜っっっ!!!」
響が頬を押さえてのけ反った。
「皮が……皮が信じられないくらいパリパリで香ばしい! なのに中の肉はものすごいジューシーで、鶏肉の100倍旨味が濃いよぉ! この甘辛いタレとネギのシャキシャキが合わさって、噛むたびに口の中が幸せで爆発しそう……!」
『ほう、コカトリスか。皮の焼き加減が良いぞ主! 身も柔らかく仕上がっておる!』
フェルが専用の巨大バケツから、コカトリスの肉を骨ごとバリバリと豪快に平らげていく。
### **五品目:刀削麺入りロックバードと夏野菜のマーラータン**
「そして、本日のメイン前の一品! 巨大怪鳥『ロックバード』のガラから取った濃厚なスープに、花椒と唐辛子を極限まで効かせた『マーラータン(麻辣湯)』です! モチモチの刀削麺(とうしょうめん)と夏野菜を入れてあります!」
運ばれてきた瞬間、食卓全体に**「ツーン!!」**と鼻を突く、強力な唐辛子と痺れる花椒(ホアジャオ)の香辛料の香りが充満した。真っ赤なスープの上には、真っ赤な油が浮かび、ナスやズッキーニ、そして極厚の刀削麺が顔を出している。
「う……うわあ、真っ赤デス……」
切歌が引きつった顔でスープを見つめる。
「調……これ、ヤバい匂いがする……」
調もゴクリと生唾を飲み込んだ。
「ふっ、四川の麻辣か。防人たるもの、どんな刺激にも屈せぬ!」
翼が迷いなく蓮華でスープをすくい、口に運んだ。
「……ッ!! これは……美味いッ!! 劇的な痺れ(麻)と鮮烈な辛み(辣)! だが、その奥にあるロックバードの濃厚すぎる出汁の旨味が、辛さを上回って押し寄せてくる! 汗が噴き出すが……手が止まらん! この刀削麺のモチモチした歯ごたえも最高だ!」
翼はハヒハヒと息を荒くしながらも、猛烈な勢いでマーラータンをすすり始めた。完全にハマった顔だ。
一方、好奇心で一口食べた調と切歌は——
「ひぎゃああああああっ!? 辛い! 辛いデス! 舌が痺れて破裂するデスー!!」
「から……っ、喉が……喉が焼ける……ッ! 切歌、お水……お水どこ……!?」
二人は涙目になりながら、バタバタと暴れ回った。
「だ、大丈夫二人とも!? はいお水……って、ふはぁっ! からぁぁぁぁぁいっ!!」
響も勢いよくスープと麺をすすった瞬間、顔を真っ赤にして叫び声を上げた。
「からい! からいけどむっちゃ美味しい! でも辛い! 水! 水持ってきてぇぇぇ!」
響はピッチャーの水をグラスに注ぐ間も惜しみ、バケツ(※冷水が入った氷バケツ)を両手で持ち上げると、**ガブガブガブガブッ!**とダイレクトに飲み干した。
「ぷはっ! 死ぬかと思った……! でももう一口食べたい……!」
「……ふん、情けないやつらだ。たかが辛いスープだろ……んぐっ」
クリスが調子に乗ってスープを飲んだ瞬間——
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!!??(絶句)」
クリスの顔がみるみるうちに茹で上がったタコのように真っ赤になり、目からポロポロと涙がこぼれ落ちた。
「ぶはっ……! げほっ、ごほっ! な、なんだこれぇぇぇぇ! 舌が麻痺する! 悶絶する! でも……でもなんでか知らんがスープを飲む手が止まらねぇぞチクショー!!」
悶絶しながらも蓮華を動かし続けるクリス。
そんな大惨事の中、小日向未来は静かに蓮華でスープを味わっていた。
「あら……凄く美味しい。花椒のシビカラが爽やかで、夏野菜の甘みが引き立ってるね。全然平気だよ?」
「「「「えぇぇぇぇぇっ!?」」」」
響、クリス、調、切歌の四人が、涼しい顔で刀削麺をすする未来を見て目を丸くした。未来は実は、かなりの激辛党だったのだ。
### **六品目:オークジェネラルのトッカルビとサムギョプサルの盛り合わせ**
「さあさあ、まだまだ行きますよ! 続いては高級魔物『オークジェネラル』の肉を使った、韓国風の肉料理セットです!」
運ばれてきたのは、ジューシーなハンバーグのような韓国風つくね「トッカルビ」と、厚切りのオークジェネラル肉をカリッと焼き上げた「サムギョプサル」。エゴマの葉やサンチュ、自家製サムジャン(甘辛味噌)が添えられている。
「トッカルビは肉汁が中に閉じ込められています! サムギョプサルはキムチや味噌と一緒にサンチュで巻いて食べてください!」
響はバケツの水で復活すると、早速サンチュに厚切りのお肉とキムチ、サムジャンを乗せ、くるりと巻いて口へ放り込んだ。
**じゅわぁぁぁぁぁ……っ!**
「ん〜〜〜〜〜〜っ! お肉の脂がすごく甘い! キムチの酸味とサムジャンのコクが、オークジェネラルの旨味を完璧に引き立ててる! サンチュで巻いてるから、全然重たくないよ!」
「この『トッカルビ』というのもすごいぞ……! 箸を入れた瞬間に肉汁が溢れ出てくる! 甘辛いタレが中にまで染み込んでいて、ご飯が欲しくてたまらなくなる味だ!」
弦十郎司令が絶賛し、即座にネットスーパーの「サトウのごはん」を要求した。
### **七品目:ブラッディーホーンブルのタン塩とサーロインステーキのコンボ**
「お肉料理の最後を飾るのはこちら! 超高級食材『ブラッディーホーンブル』の特厚タン塩と、極上サーロインステーキです!」
ドドンッ! とテーブルに響いたのは、極厚にカットされたタン塩と、見事なサシが入ったサーロインステーキの鉄板だった。ジューという音と、ニンニク醤油タレの香ばしい匂いが部屋全体を支配する。
「タン塩はレモンを絞って、サーロインは特製ニンニク醤油か岩塩でお召し上がりください!」
響が厚さ2センチはあるタン塩を噛みちぎる。
「……柔らかいっ!? タンなのに、なんでこんなにスッと歯が通るの!? 噛めば噛むほど、上品な旨味が溢れてくるよ!」
続いてサーロインステーキを口に運んだクリスが、天を仰いだ。
「あ……アカン……これ口の中で消えたぞ……!? 噛む必要すらない……! 肉の旨味の暴力だ……! ムコーダ、お前天才か!? 天才なのか!?」
『ふむ! やはりブラッディーホーンブルの肉は最高だな! 主、我が方にはあと5キロほどステーキを追加しろ!』
フェルが豪快にステーキ肉を丸呑みし、満足そうに鼻を鳴らした。
### **八品目(デザート):ハーフカットメロンクリームソーダ〜器のメロンも頂きます〜**
「さあ、激闘の宴の締めくくり! 本日のスペシャルバースデーデザートです!」
ムコーダが最後にうやうやしく運んできたのは、見た目にも眩しい芸術的なデザートだった。
半分に贅沢にハーフカットされた最高級クラウンメロン。そのくり抜かれた中央には、シュワシュワと弾けるエメラルドグリーンのメロンソーダが注がれ、大ぶりの高級バニラアイスとチェリーが乗っている。
「うわあぁぁぁぁぁぁ……っっっ!!!」
響をはじめ、女性陣全員から黄色い歓声が上がった。
「メロンが……丸ごと器になってる……!?」
「どうぞ! ソーダを飲みながらアイスを溶かして、最後は器になっているメロンの果肉をスプーンで贅沢にくり抜いて食べてください!」
響は目を輝かせながらストローを差し込み、ソーダとアイスを一緒に吸い込んだ。
「んんっ……! シュワシュワして甘くて、冷たくて最高……! そして……」
スプーンでメロンの果肉を削り取り、口に運ぶ。
「あま〜〜〜〜〜いっ!! メロンがジュースみたいにジューシーで、バニラアイスと合わさると最高にリッチな味になるよぉぉぉっ!! こんな豪華なバースデーケーキ……ううん、バースデーデザート初めて!!」
「切歌、これ凄くおいしい……! メロンの果肉が溶けていくよ……!」
「デース! メロンソーダのシュワシュワと本物のメロンのハーモニーがヤバいデス!」
調と切歌も、先ほどのマーラータンの辛さを完全に忘れて夢中でスプーンを動かしている。
こうして、大狂乱と至福に包まれた響の誕生日フルコース宴会は、大成功のうちに幕を閉じたのだった。
### **エピローグ:風鳴家へのスカウト(?)**
食後。全員が腹八分目……どころか、腹十二分目まで満たされ、食堂の椅子やソファに幸せそうに深く体を預けていた。
「はぁ〜……お腹いっぱい……人生で一番幸せな誕生日だったよ……ありがとう、ムコーダさん……!」
響がお腹をぽんぽんと叩きながら、満面の笑みを浮かべる。
「本当に素晴らしかった。異世界の食材の特性を見極め、こちらの調味料と完璧に融合させる手腕……見事だ」
翼も満足そうにお茶をすすっている。
ムコーダはほうっと安堵の息をつき、汗を拭った。
「いやあ、喜んでもらえて良かったです。なんとか満足してもらえたみたいで……」
その時だった。
どっしりと座っていた風鳴弦十郎司令が、ゆっくりと立ち上がった。
その眼光は鋭く、まるで決戦に挑む武士のような重圧を放っている。
「……ムコーダ殿」
「ひっ!? な、なんですか司令……?」
弦十郎は静かにムコーダの前に歩み寄ると、その両肩をガシッと力強く掴んだ。
「君の料理……我が風鳴の血が、そして我が二課の全隊員の魂が、喉から手が出るほど求めている。君さえ良ければ……」
弦十郎の目が、ギラリと光った。
「**風鳴家の専属最高料理長として、月収500万……いや、言い値で我が家(および二課)に就職しないか!?** 異世界に戻るのが面倒なら、ここに戸籍も用意する! 日本政府に掛け合って『国宝級料理人』の指定を取ってもいい!!」
「えええええええええっ!? スカウト!? しかも風鳴家の専属!!?」
ムコーダは目玉が飛び出そうになった。
「ちょっと叔父様!? 何を身勝手なスカウトをしているのですか!」
翼が慌てて立ち上がる。
「いや、しかし翼よ! この男の料理があれば、装者たちの戦闘後の栄養補給および精神ケアは完璧だ! 国防の観点からも彼を逃すわけにはいかん!」
「く、屁理屈を……! だが……確かにムコーダ殿の料理が毎日食べられるとなると……(ゴクリ)」
翼すらも一瞬迷いの表情を見せる。
「ちょっと司令! ズルいぞ! あたしも毎日あの肉とメロンソーダ食いたい!」
「切歌もデス! ムコーダさん、二課の給食のおじさんになってほしいデス!」
「ちょ、ちょっと皆さん落ち着いてください! 俺にはフェルたちとの旅がありますから! 異世界に帰らないといけないんですからー!」
悲鳴を上げるムコーダ。
すると、横で聞いていたフェルが、めんどうくさそうに大きな欠伸をした。
『ぬぅ……主よ。断るなら早くしろ。デミウルゴスの奴から神託があったぞ。『歪みが塞がるからそろそろ戻っておいで〜』だとよ』
「え!? 本当!? デミウルゴス様グッジョブ!!」
空間にうっすらと光の裂け目が広がり始める。
「あ、皆さん! 次元の穴が開いたので俺たち帰ります! 響ちゃん、改めて誕生日おめでとう! これ、余ったお菓子とジュースの詰め合わせだから置いていくね!」
「あ! ムコーダさん! 待って、行かないでー! 私の毎日のお昼ご飯になってよぉぉぉ!」
「逃がすかムコーダ殿! 我が風鳴家の厨房が君を待っているのだー!」
響と弦十郎が手を伸ばして追いかけてくるが、ムコーダは慌ててフェルの背中に飛び乗った。
「フェル! スイ! ドラちゃん! 脱出だぁぁぁぁぁッ!!」
『おう!』
『ばいばーい、お姉ちゃんたちー!』
『また美味しいもの作れよなー!』
光の裂け目の中に飛び込むムコーダ一行。
「ああっ! 行っちゃった……」
伸ばした手が空を切り、響はがっくりと肩を落とした。
しかし、テーブルの上にはムコーダが残していったネットスーパーの段ボール箱——中には山ほどのタマリンドジュースと、ポテトチップス、そして「またいつか、縁があったら美味しいものを買いに来ます」と書かれたメモが残されていた。
それを見た響は、すぐにニコッと飛びっきりの笑顔を取り戻した。
「ふふ……ありがと、ムコーダさん! 私、絶対にあの味、忘れないからね!」
異世界の料理人と、歌って戦う少女たちの、一夜限りの奇跡のような誕生日パーティー。
次元の彼方へ消えたムコーダの胃袋の受難は、まだまだこれからも続くのであった——。