気が付くと霧の立ち込める森の中にいた。
――ここはどこだ
――どうしてこんなところに
――いや、そんなことより自分は誰だ
なにも思い出せなかった。
自分の正体も知れないことに、途方もない不安を覚える。
誰か、誰かいないのか。
周囲を見回すが、霧が視界を覆っている。
恐怖と不安で今にも叫び出しそうになっていると、ガサリと背後から落ち葉を踏みしめる音が聞こえた。
「ようこそ、性癖の杜へ」
まんまるの目が特徴的な少女が笑いかけてくる。
愛くるしい印象の少女であるが、丸みを帯びた耳が人間とは違う位置に付いている。
背後にはもっさりとした尻尾が垂れていて、まるで狸の妖怪のように見えた。
「性癖の杜?」
問いかけると、少女の尻尾が重たそうにぷらんぷらんと揺れる。
「そう、ここは君のあらゆる性癖が満たされる場所だよ」
でも自分には記憶が……と言う前に「だからさ、おいでよ」と少女が駆け寄ってきて腕を絡ませてくる。
膨らみかけの胸が、腕に当たった。
少女に抱き着かれて、自分が少女よりも頭一つ分背丈が低いことに気づく。
……そうだ、私はおねショタ*1が好きだった。
少女の胸の膨らみはボクの鼓動が早くさせ、血液を下腹部に集中させた。
「あれ? 君、顔が赤くなっちゃってるね。熱でもあるのかな?」
邪気を感じさせない明るい声音で少女が言う。
彼女はボクの腰に尻尾を絡ませ、肩を手で引き寄せて体を密着させた。
「大変だ」と慌てた様子で森の奥へと連れて行こうとする。
ボクはタヌキのお姉ちゃんと離れたくなくて、肯定も否定もせず為すがままにされていた。
しばらくふたりで歩いていると、どこからか声が聞こえてきた。
「弟君は渡さないよ、この泥棒猫め」
声が聞こえた次の瞬間には僕は地面に組み伏せられていた。
黒髪の少女が僕に跨っている。
その頭には小っちゃくて愛らしい耳が生えており、黒くて細長い尻尾が猫のそれを連想させた。
「はわわ」
すぐ傍でボクを奪われたタヌキのお姉ちゃんが慌てふためいている。
「ねぇ、どうして弟君はこんな女に付いていこうとしたの?」
猫耳の少女にじっと目を見つめられる。
「私のこと、嫌いになった?」
ざらりとした舌先が、ボクの首筋を舐める。
「私、君のお姉ちゃんなんだよ」
顔を固定され、唇を奪われる。
……そうだ、私は弟君のことが大好きなヤンデレ気質の
耳元で重たいことを囁かれながら、全身を余すとこなく愛撫される。
「どうしたいか、お姉ちゃんに教えて」と言いながら服の上から、ギリギリのところを愛撫した。
柔らかくもぷっくりとした指の肉と、傷にならない程度に立てられた爪がボクの理性を少しずつ奪う。
本能が求めることを言おうと口を開いた時に、
「きゃいん!!」
絶叫とも雄たけびとも取れる声が響く。
身をすくませて、
タヌキのお姉ちゃんは仰向けのまま気絶していた。
「大丈夫ですか、ご主人様」
大きく垂れた獣耳で、メイド服を着た白髪の少女がこちらに向かって歩いてくる。
その表情にはただただ心配している様子が伺える。
「あら、こんなところに引っかき傷が」
今にも泣きだしそうな感じで少女が私の身体を舐める。
表情とは裏腹に、ハッハッと興奮するような息遣いと、ブンブンと揺れる尻尾が少女の愛らしさを強調する。
まるで犬のようである。
「大丈夫だよ」
そう言って引きはがそうとすると、涙目になって抵抗してくる。
「私はもうご主人様から離れたくありません」
邪険にするのも可哀そうで、擦り寄ってくる少女を前に、私は彼女の好きにさせようと諸々を諦めた。
……そうだ、私は甲斐甲斐しく世話してくれる執着の強いメイドが好きだった。
頭や腰、尻尾を撫でてやるととても幸せそうな表情を見せる。
彼女の望むがままに手をられ、舐め頬を舐められしていると、やがて最も匂いの強い方へと彼女の鼻が導かれる。
「ご主人様の匂い、とっても美味しそうです」
今にも顔を押し付けて来そうな彼女を必死に抑えていると、突然、犬メイドの姿が掻き消える。
彼女だけではない。周辺の風景も真っ暗な闇に閉ざされている。
いや、そうではない。私の全身を何かが包み込んでいるのだ。
「危ないところでしたねぇ」
頭上から掠れた女性の声が響く。
やがて視界が開けると、私は裸体の女に背後から抱かれていた。
下半身は彼女の蛇腹に巻き付かれている。
それは蛇女だった。
腰から下は蛇に拘束されて、腰から上は彼女の腕に拘束されている。
身動きの取れない状況でなお、私は興奮を抑えきれなかった。
「これだけじゃ終わりませんよ」
チロチロとした細い舌が、左耳を侵食してくる。
嫌悪感と快楽がせめぎあい、やがて快楽が勝利する。
「あら、こんなので気持ちよくなっちゃうだなんて、とんだ変態さんですね」
ウィスパーボイスと細い舌が私の耳をこれでもか、と刺激する。
……そうだ、私は拘束丁寧語耳責め*2が好きだった。
蛇の冷たい肢体がぎゅうぎゅうと身体に絡みつく。
そのリズムがまるで心臓の鼓動のようで、なぜか安心を覚える。
けれど彼女の耳責めは止まることを知らないようで、その吐息と、言葉と、舌先が快楽の先へと連れて行こうとする。
思わず喘ぎが口をついて出ようかというその刹那、バリンと何かが裂ける音がした。
唐突に身体が解放され、空に投げ出される。
大地に寝転がりながら周囲を見渡すと、もう誰もいない。
タヌキも、ネコも、イヌも、ヘビも、その姿がどこにもなかった。
代わりに、破壊された小さな社がすぐ傍にある。
あぁ――
なんとなく理解する。
それは祟り神を祀る社である。
邪悪な雰囲気を備えたお狐さまが、邪悪な笑みを張り付けて顕現する。
「よくも妾を開放してくれたの」
金髪で、巫女服で、狐耳の女がこちらを見ている。
目の奥には情欲の炎が灯っている。
私はそれに吸い寄せられるように近づいていく。
「絶対に離さぬぞ。お主は妾のものじゃ」
巫女が私を押し倒し、長らく封じられてきた欲を開放する。
……そうだ、私は祠壊したら出てくるエッチなお姉さんが好きだった。
お互いの全てが交じり合うほどに、私たちは欲をぶつけ合う。
昼も夜もお構いなしに、どちらかが気絶ようとも、その饗宴は続く。
気が付けば、今まで出会った全ての女たちが、この場で愛の交感に耽っている。
その最中、タヌキの声がいつもの明るい調子で聞いてくる。
「どう? 思い出せた?」
その声に、私は首を縦に振る。
「帰りたい?」
今度は首を横に振る。
それを聞き、彼女はとても喜んだ様子で
「ようこそ、性癖の杜へ」と言った。
……そうだ、私はケダモノが好きだった。