幼女な合理主義令嬢は適材適所を愛してる~前世人事部が埋もれたSSR人材で最強組織をつくります   作:ユズナミキ

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エルベン商会

 

 応接間の扉を開けると、その男は立ち上がって深々と一礼した。

 

「これはお嬢様。突然の訪問をお許しください」

 

 四十がらみの、身なりの良い男だった。

 仕立ての良い外套。磨かれた靴。指には控えめだが上等な指輪。どこから見ても、王都の商人だ。

 

 だが、わたしが一番気になったのは別のところだった。

 ――この人、驚いていない。

 

 七歳の子供が現れて、それが取引相手だと知って、眉一つ動かさない。

 あの村長ですら最初は面食らったのに。

 

(知ってて来たな)

 

「お待たせしました。リーゼ・ヴァンザールです」

「エルベン商会の者でございます。以後お見知りおきを」

 

 男は柔らかく微笑んだ。

 名前は名乗らなかった。商会の名だけ。

 ――と、その時だった。

 

『ステータスアイ、起動』

 

 頭の中に、無機質な声が響いた。

 

(――今?)

 

 相変わらず、出したい時には出ない。出てほしくない時に限って勝手に開く。

 わたしは表情を変えないまま、男の頭上に浮かんだ枠へ視線を走らせた。

 そして。

 ――指先が、冷たくなった。

 

【対象:???】

【潜在限界値:A(交渉・諜報偏重)】

【現在ステータス:任務遂行中・警戒】

 

(……名前が)

 

 出ていない。

 わたしは、必死に平静を装いながら、頭の中で状況を整理した。

 

 これまで、この目は必ず対象を表示してきた。

 執事長。メイド長。マーサ。屋敷の使用人たち。ヴィエラ。

 

 名前を知らない相手でも、「窯番の女性」「下働きの少年」と、何かしらの形で示された。

 なのに、この男は。

 

(――???)

 

 該当なし、という表示だ。

 

(……身元を、隠してる?)

 

 背中に、じわりと汗が滲んだ。

 名を偽っているのか。あるいは、この目が「エルベン商会の者」という肩書きそのものを認識できないのか。

 どちらにせよ、意味することは一つだ。

 

(この人は、名乗っていない)

 

 そして、その下の表示。

 

(――諜報偏重)

 

 交渉と、諜報。

 商人が交渉に長けているのは当たり前だ。だが、諜報とは何だ。

 

(そして、任務遂行中)

 

 商談に来た人間の頭上に浮かぶ言葉ではない。

 

(――誰の、なんの任務?)

 

 わたしは、なるべく自然に椅子へ向かった。

 足が床に届かない。この体は交渉に向いていない、と毎回思う。

 だが今日は、それより問題があった。

 

(――落ち着け)

 

 この目は、証拠にならない。

 誰にも見えない文字を根拠に、相手を問い詰めることはできない。

 だが。

 

(――こっちは知っている)

 

 わたしは向かいの椅子に腰かけて、できる限り無邪気に見えるよう首を傾げた。

 

「用件を伺っても?」

「単刀直入に申し上げます。お嬢様の焼いていらっしゃる石灰、ぜひ弊会に扱わせていただきたい」

 

 条件は、確かに破格だった。

 

「現在の卸値の、一・五倍。生産量の全量を買い取ります。輸送は弊会が手配いたしますので、お嬢様の側で荷馬車をご用意いただく必要もございません」

 

 男は淀みなく続けた。

 

「冬季は街道が閉ざされますが、その分も含めて年間で契約させていただきます。つまり、冬のあいだも収入が途切れない」

 

(――上手いな)

 

 わたしは内心で唸った。

 こちらの弱点を正確に突いている。輸送手段と冬季の収入減。まさに今、頭を抱えている二つだ。

 

「それは……素晴らしい話ではないか」

 

 同席していた父様が、思わず身を乗り出した。

 

「なあリーゼ、これは有り難いことだぞ。輸送まで面倒を見ていただけるとは」

「そうですね。有り難いお話です」

 

 わたしは頷いてみせた。頷いただけだ。

 だがそれに気をよくしたのか、男も頷きながらこちらに質問をしてきた。

 

「いくつか確認させて頂きたいのですが、お嬢様」

「なんなりと」

 

 最初は、まともな質問だった。

 

「月にどれだけ作れるか、というご質問でしたね。今は窯が三基で、月に――」

 

 わたしが数字を答えると、男は満足げに頷いた。

 

「品質は安定しておりますか。塗った後に剥がれる、といったことは」

「今のところ報告はありません。ただ、寒い時期に塗ると乾きが遅いという話は聞いています」

「なるほど。冬の施工には向かないと」

 

 商人らしい質問だった。

 こちらも普通に答えられる。

 

「価格ですが、なぜ現在の値付けに?」

「近隣の建材との比較です。石材より安く、木材より長持ちする。その中間に置きました」

「ほう。……理に適っておられる」

 

 男が微笑む。

 その笑みが、わずかに深くなった気がした。

 

「ときにお嬢様。この石灰は、どなたが焼いておられるのですか」

 

 ――来た。

 わたしは、内心で身構えた。

 

(諜報偏重。任務遂行中)

 

 あの表示がなければ、聞き流していたかもしれない。

 供給の安定性を測る質問だと、素直に受け取っていた。

 だが今は、違って聞こえる。

 

「うちの職人です」

「ほう。腕の良い方でしょうな。何人ほどおられます?」

「……なぜ、そんなことを?」

「いえ、供給の安定性を測る上で。一人しかおられないとなると、その方が倒れた時に困りますので」

 

 なるほど、と一瞬納得しかけた。

 筋は通っている。通ってはいるが。

 

(それ、買値に関係あるか?)

 

「その技術は、どちらで習得なさったので?」

「……といいますと」

「石を焼いて建材にする、というのは他所では聞かない技法でして。どこかの職人から伝わったものか、あるいは書物か。差し支えなければ」

 

 わたしは答えなかった。

 男は続ける。

 

「他に同じものを作れる者は、この領内におりますか」

「いません」

「そうですか。……では、お嬢様。最後に一つだけ」

 

 男が、ほんの少しだけ前傾した。

 

「この事業は、どなたが始められたのです?」

 

 ――完全に違和感が立った。

 誰が始めたか。

 それを知って、この人は何をするのだろう。

 値段が変わるわけでもない。品質が変わるわけでもない。供給量が変わるわけでもない。

 

(……なんで、それを聞く?)

 

 だが、わたしは表情を変えなかった。

 

「わたしです」

 

 男の眉が、わずかに上がった。そして、ウインドウのステータス表示に変化があった。

 

【現在ステータス:任務遂行中・安堵】

 

 警戒が、安堵になったのだ。

 男の顔が気持ちホッとしたように見えた。

 

「これは驚いた。お嬢様が」

「屑石を見て、思いついただけです。焼けば何かになるだろう、と」

「……なるほど。恐れ入りました」

 

 男は深く頷いた。

 子供の戯れ、または戯言から始まった事業、とでも思ったのかもしれない。

 だが、侮られるのはむしろ好ましいことだ。

 こと、敵からの評価においては。

 

「で、如何でございましょう。取引に応じて頂けますでしょうか」

「そ、それはもう。なあリーゼ?」

「――申し訳ありませんが、お断りします」

 

 わたしがそう言うと、父様が「え」と声を上げた。

 男の表情は、変わらなかった。ただ、淡々と問い返してくる。

 

「理由を伺っても?」

「三つあります」

 

 わたしは指を立てた。

 

「一つ。全量を一社に渡すと、次の交渉でこちらに選択肢がなくなります。他に売り先がない状態で価格の話をすれば、必ず買い叩かれます」

 

 男が、静かに聞いている。

 

「二つ。輸送を全部お任せすると、うちには輸送の経験が残りません。契約が切れた時、何も残らない」

「……ほう」

「三つ」

 

 わたしは男の目を見た。

 

「エルベン商会という名前を、わたしは聞いたことがありません」

 

 空気が、わずかに動いた。

 

(そもそも、あなたが誰かも分からない。ステータスアイが発動したのに)

 

「王都の商会でしたら、うちの取引先の誰かは知っているはずです。ですが、今日ここに来られるまで、その名前は一度も出てきませんでした」

「弊会は表に出ぬ商いを好みますので」

「そうですか」

 

 わたしは頷いた。

 

「では、なおのこと組めません。相手が誰か分からない契約は、結ばない主義です」

 

 ――七歳が言う台詞ではない。

 自分でも分かっている。だが、この男は既にわたしが子供であることを織り込んで来ている。取り繕う意味がない。

 

 男は、しばらくわたしを見つめていた。

 そして、ふっと笑い。

 

「賢明なご判断です。いや、どなたかからの受け売りをそのまま語っているだけかもしれませんが」

 

 あっさりしていた。

 拍子抜けするほど、あっさりと。【安堵】のステータスに変化はない。

 

「無理にお願いする話ではございません。またご縁がありましたら」

 

 男は立ち上がり、丁寧に一礼した。

 父様が慌てて「いや、しかしですな」と取りなそうとするのを、わたしは軽く袖を引いて止めた。

 男が扉の前で足を止め、振り返る。

 

「ですが、お嬢様」

 

 穏やかな声だった。

 

「商いというのは、売る相手がいて初めて成り立つものですよ」

 

 それだけ言って、彼は帰っていった。

 

「……リーゼ。本当に良かったのか」

 

 男が去った後、父様が困惑した顔で言った。

 

「あんなに良い条件を。冬の分まで面倒を見てくださると」

「良すぎるんです」

 

 わたしは扉を見つめたまま答えた。

 

「今の卸値の一・五倍。輸送費も向こう持ち。冬も年間契約。……あの人たち、それでどこで儲けるつもりなんでしょう」

「あ」

 

 父様が、口を開けた。

 

「儲からない取引を持ちかける商人は、いません。儲けが見えないなら、それは商売じゃない別の目的があるということです」

「別の……目的?」

「分かりません。でも、分からないものにはサインしない。それだけです」

 

 父様は難しい顔をして、それから小さく頷いた。

 

「……お前がそう言うなら」

 

 わたしはその横顔を見て、少しだけ胸が痛んだ。

 この人は、四年前に同じことをしたのだ。

 良すぎる条件を、疑わずに受け取った。そして今、この家は鉱山と水源を失いかけている。

 

 言えるわけがない。まだ。

 そして、異変が始まったのは、十日後のことだった。

 

「お嬢様。……妙なことになっております」

 

 交渉係の男が、青い顔で書斎に来た。

 

「ラウド町のクラウスさん。冬前に十樽の注文をいただいていたのですが、昨日『今回は見送る』と」

「理由は?」

「それが、要領を得ないのです。『事情がありまして』の一点張りで」

 

 その日はそれだけだった。

 だが翌日、また報告が来た。

 

「エンデ村の親方が、注文を半分に減らすと」

「理由は」

「『色々ありまして』と」

 

 三日後。

 

「セリオ町の商会が、面会に応じません。門前払いでした」

 

 四日後。

 

「ハルム町も、契約を白紙にしたいと」

 

 五日目の夜、わたしは書斎に地図を広げていた。

 石灰を卸していた先に、印をつけていく。

 全部で九ヶ所。そのうち六ヶ所が、この十日で取引を止めた。

 

(――偶然じゃない)

 

「お嬢様。もう一つ、ご報告が」

 

 交渉係の男が、言いにくそうに口を開いた。

 

「うちの石灰は質が悪い、という話が出回っております」

「……質?」

「雨に濡れると溶ける、冬に割れる、塗った壁が崩れた、と。……すべて事実無根です。そんな報告は一件も受けておりません」

「出所は」

「分かりません。誰に聞いても、『そういう話を聞いた』としか」

 

 噂の出所はわからない。

 だから消せない。

 

「それと、樽の件です」

 

 男が続ける。

 

「石灰を運ぶ樽が、市場から消えております。樽屋に聞いたところ、先月、まとめて大量に買い付けた者がいたと」

「誰が」

「代金は前払いで、名乗らなかったそうです。……ただ、王都の言葉を話していたと」

 

 わたしは目を閉じた。

 

「荷馬車は」

「借り賃が、倍になっております。理由は『需要が増えたので』と」

 

 そして、極めつけ。

 

「鉱山からも報告が。鉱夫の何人かに、条件の良い仕事の話が持ちかけられているそうです。給金は今の倍で、隣の領で働かないか、と」

 

 わたしは、椅子に深く身を沈めた。

 全部、合法だ。

 商人が取引を断るのは自由だ。噂話に罪はない。樽を買うのも、荷馬車の値を上げるのも、人を雇うのも、全部合法。

 どこにも、訴えるところがない。

 

(……見事だな)

 

 感心すら覚えた。

 これをやった人間は、明確に分かっている。

 直接的な妨害は足がつく。だから何もしない。ただ、こちらの周りの環境を、少しずつ変えていくだけだ。

 

 殴られていない。首を絞められている。しかも絞めている手が、どこにも見えない。

 

「……いつからだっけ」

 

 わたしは呟いた。

 

「はい?」

「取引先が離れ始めたの、いつから」

「最初はラウド町で、十日前です」

 

 十日前。

 わたしは机の上の日誌をめくった。

 あの商人が来た日を確かめる。

 

 ――十日と、少し前。

 断った翌日から、始まっている。

 

(近すぎる)

 

 偶然にしては、あまりに近い。

 わたしは椅子に座ったまま、あの日の応接間を思い返した。

 

 男の顔。柔らかい笑み。淀みない口調。

 そして、質問。

 

(――あの人、なにを聞いてた?)

 

 月にどれだけ作れるか。品質は安定しているか。価格の根拠は。

 ここまでは、商談だ。何もおかしくない。

 

 だが、その後。

 

 誰が焼いているのか。

 その技術をどこで得たのか。

 他に作れる者はいるか。

 この事業は、誰が始めたのか。

 

 わたしは目を薄く見開いた。

 

(――そうだ。買値に、一つも関係ないことばかりだった)

 

 生産者が誰でも、技術の出所がどこでも、発案者が誰であっても、石灰の値段は変わらない。品質も変わらない。供給量も変わらない。

 

 商談なら、聞く必要のないことばかりだ。

 なのに、あの人は聞いた。丁寧に、一つずつ、こちらが警戒しない順番で。

 

(あれは、商談じゃなかった。聞き取りだ)

 

 諜報活動。そちらが主だったのだ。

 

 わたしは立ち上がって、書斎を歩き回った。

 考えろ。相手の立場で考えろ。

 もし自分が向こう側の人間だったら、何を思う?

 

 ――四年前、この家に金を貸した。担保は鉱山と水源。

 ――この家の当主はお人好しで、経営には無頓着。返済など到底できない。

 ――三年前、既に土地を測量済み。あとは期限が来るのを待つだけ。

 

 完璧な計画だ。何も間違っていない。

 ところが。

 

 ――突然、この家が稼ぎ始めた。

 ――しかも、よりによって担保区域の中で。

 ――何が起きているのか、分からない。

 

(そうか)

 

 わたしは足を止めた。

 

(向こうは、把握できてないんだ)

 

 執事長を追い出したことは、たぶん知っている。だがその後、屋敷の人事を組み替えて、村に制度を作って、鉱山で新事業を始めた――その全体像は見えていない。

 

 誰がやっているのかも。

 どこまで伸びるのかも。

 

 だから人を送った。

 商談を装って、こちらの手の内を確かめさせた。

 そして、あの男は帰って報告したはずだ。

 

 ――七歳の娘が、全部やっているようです。

 ――この事業、伸びます。

 ――放っておくと、返済されるかもしれません。

 

(……で、潰しにかかった)

 

 わたしは震える息を吐いた。

 同時に、二つの感情が湧き上がってきた。

 

 一つは、恐怖だ。

 町の商人を一斉に黙らせ、樽を買い占め、噂を流し、鉱夫を引き抜く。それを十日でやってのける力。

 しかも一切、足がつかない。うちが何をしたところで、証明できるものが一つもない。

 

 規模が違う。格が違う。

 

(――でも)

 

 もう一つの感情が、腹の底から込み上げてくる。

 それは、笑いだった。

 

「……当たった」

 

 わたしは口元を押さえた。

 三ヶ月前、鉱山に向かう馬車の中で考えたことだ。

 

 こちらから探しに行けないなら、向こうに動いてもらえばいい。

 返せる家になれば、向こうは焦る。焦った人間は、必ず何かをする。

 

 ――動いた。

 向こうは動いた。しかも、こちらが予想したより遥かに早く、遥かに露骨に。

 

(つまり、そういうことだ)

 

 もし本当にただの善意の融資なら、うちが返済できるようになって困る理由は一つもない。

 むしろ喜ぶはずだ。貸した金が返ってくるのだから。

 なのに、潰しに来た。

 

(あの土地が、欲しいんだ)

 

 確証はない。証拠は一つもない。

 だが、もう疑いようがなかった。

 ――彼らは敵なのだ。

 

 その夜。

 わたしは部屋の窓辺に立って、暗い庭を見下ろしていた。

 

 現状を整理する。

 石灰事業は成立した。だが売り先の三分の二を失った。

 冬が来る。輸送は止まり、生産も落ちる。

 返済期限まで、あと一年半。

 

 そして相手は、実在する。こちらを見ている。

 グラウスト伯爵の息が掛かった計画であろうことは、こちらからもわかる。だが、その計画を実行している者たちの正体は掴めない。

 

(――見えてるんだ、向こうからは)

 

 こちらの生産量も、販路も、誰が動かしているのかも、全部。

 あの商人が二時間座っていた応接間から、屋敷の様子も見えただろう。

 

 こっちからは、何も見えないのに。

 わたしは窓ガラスに額を当てた。冷たい。

 

(いや、待て)

 

 ふと、思い直した。

 向こうも、こちらを完全には把握できていなかった。

 だからわざわざ人を送って、探らせたのだ。

 もし全部見えているなら、そんな手間はいらない。

 

(相手にも、知らないことがある)

 

 対等ではない。全然、対等じゃない。

 だが、一方的でもない。

 そして、もう一つ。

 

(あの人たちは、わたしを見誤ってる)

 

 あの商人は、最後に何と言った?

 ――これは驚いた。お嬢様が。

 

 驚いていた。七歳が事業を起こしたことに。

 つまり彼らは、この家の脅威を「当主の娘が始めた思いつき」程度に見積もっている可能性がある。

 

(だから、あの程度の潰し方で済むと思った)

 

 取引先を黙らせれば、子供の事業など立ち行かなくなる。そう考えたのだろう。

 実際、効いている。効いてはいるが。

 

「……甘いよ」

 

 わたしは呟いた。

 売り先を潰されるなら、潰せない売り先を作ればいい。

 あるいは。

 

(そもそも、売らなくていい使い道を見つければいい)

 

 わたしは机に戻り、地図を広げた。

 領地の全体図。村、街道、森、鉱山。

 そして、まだ何も書き込んでいない場所が、いくつもある。

 指先が、ゆっくりとその上を滑っていく。

 

(石灰は、建材になる。畑にも撒ける。……他には?)

 

 前世の記憶を、必死に手繰る。

 工場見学の課長の言葉。これがないとビルも道路も作れない、と彼は言った。

 

 ――道路。

 わたしの指が、地図の街道の上で止まった。

 

(……そうか、道路)

 

 冬になれば、街道が雪の影響で通れなくなる。

 だからこの領地は、三ヶ月ほどの間、大きな収入が止まる。

 

 それは、この地方の誰もが当たり前だと思っていることだ。

 うちだけじゃない。隣の領も、その隣も。

 だが。

 

(もし、通れる道があったら?)

 

 窓の外で、初雪がちらつき始めていた。

 

 

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