初夏の湿気を帯びた風が、宮城県総合体育館の巨大なアリーナの扉を叩くように吹き抜けていた。
夏の宮城県中学校体育大会バレーボール競技、初日。
全国への切符をかけたこの大舞台で、第1コートの周囲に陣取る観客や他校のスカウトたちの視線は、ある一つのチームに注がれていた。
電光掲示板に大きく映し出された対戦カード。
『共栄中学校対明浄中学校』
「どこだ、それ?」「聞いたことねぇな」「新興校か? いや、単なるノーマークのモブだろ」
「いや、あれだアレ!去年北川第一とやり合ったっ!」「?あ〜あ〜あったなぁそんなこと。アレだってまぐれじゃねぇの?」
観客席のあちこちから、そんなひそひそ声が漏れ聞こえてくる。無理もない。県大会の常連である強豪たちの名前が並ぶトーナメント表の中で、『明浄中学』という文字は、まるで広大なキャンバスに落とされた小さなシミのように地味で、誰もが初戦敗退の当て馬だと踏んでいた。
昨夏の北川第一戦以降はあまり戦績の振るわない試合をしていた明浄中学は他校の評価としてはそれほど高くないのだ。
だが、そのコートの端で、背番号「2」をつけた一人の少年――朝日奈太陽は、周囲の冷ややかな雑音などまるで聞こえていないかのように、静かに足元の感触を確かめていた。
太陽の身長は180センチを超え、中学生離れした均整の取れた筋肉質の体躯を誇る。金髪のウルフロングの髪、その不良じみた外見とは裏腹に、アイスブルーの瞳の奥底には、氷のように冷徹で、かつ燃え盛るような執念の炎が宿っていた。
トス回しの正確さや、指先から繰り出されるボールの精密機械のようなコントロールにおいては、北川第一が生んだ秀才・及川徹に一歩及ばないという自覚はある。及川が持つ、トス一つでアタッカーのポテンシャルを120%引き出すような「絶対的なセッターとしての狂気」は、太陽の領域とは少し違う。
だが――。
総合力で言えばどうだ?
強烈な回転をかけてコートの端を抉るスパイクサーブ、相手の強打を完璧に殺してセッターの頭上へ返す超中学級のレシーブ、そして自ら前衛に上がれば、どんな乱れたトスでも角度をつけて床に叩き落とす攻撃的なスパイク。セッターでありながら、チームのエースと並び最大かつ最強の矛として機能するそのオールラウンダーとしての能力は、既に中学生時代の及川徹に肩を並べ、あるいは今年の宮城のベストセッター賞の選考基準に真っ向から食い込めるレベルに達していた。
「おい太陽、緊張してんのか? 顔が怖ぇぞ」
隣からひょいと顔を覗かせたのは、背番号「1」をつけた主将であり、チームのエースWS(ウイングスパイカー)である照島遊児だ。あいつは相変わらずのヘラヘラした笑みを浮かべ、緊張感のない足取りでストレッチをしている。
「緊張なんてしてねぇよ。いつも通り気楽にやるだけだ」
太陽が短く返し、ボールを両手で包み込んだ。
第一セット、明浄中のサーブ権で試合が開始される。
「サーブ、オッケーいこうぜ!」
照島の威勢の良い声が体育館に響く中、太陽はゆっくりとエンドラインの後方へと歩を進めた。
審判のホイッスルが鋭く鳴り響く。
その瞬間、ざわついていた観客席の空気が、ピタリと静まり返った。
太陽がボールを片手で弾ませ、トスを上げる位置を確認する。その様相に、共栄の選手たちの視線が突き刺さるのが分かる。無名校のセッター、どうせせいぜい普通のフローターサーブか、安全に入ってくる回転の緩い球だろう――誰もがそう油断していた。
だが、太陽の身体が沈み込んだ瞬間、コートの空気がガラリと変わった。
「……っ!?」
「っ!まさかっ!?」
観客席の最前列で試合を観戦していた他校の選手――北川第一のジャージに身を包んだ、まだあどけなさを残す及川徹の再来…"影山飛雄"が、急に眉をひそめて身を乗り出した。その隣で、同じく北川第一のユニフォームをまとった3年生のレギュラー陣も、一様に目を見張る。
太陽の左足が強く床を蹴り、その体がフワリと、しかし爆発的な推進力で宙へと舞い上がった。
助走のスピード、踏み切りのタメ、そして空中で身体を弓なりにしならせるフォーム。それは中学生のレベルを完全に超越していた。
「スパイクサーブっ……! っ構えろっ……!」
共栄のレシーバーたちが慌てて陣形を整える。
空中で静止したかのような錯覚の中、太陽の右腕がムチのようにしなり、ボールを正確無比なミートポイントで捉えた。
ドッ……!! という、まるで小型の爆発音のような重く鈍い音がアリーナを揺らす。
ボールは強烈な縦回転(トップ )を纏い、凄まじい軌道を描いて相手コートへと突き進んだ。
空気を切り裂くような風切り音を残し、ボールは共栄の前衛プレイヤーの頭上すれすれを通過し、急激に――まるで重力に引っ張られたかのように、相手コートのエンドライン手前に急降下する。
「はっ、はやっ……!」
レシーバーが反応して腕を出すが、時すでに遅し。ボールは勢いよくレシーバーの隣に着弾し、その威力で大きく弾き飛ばされて観客席のネットへと激突した。
シーン……と、わずかな静寂が訪れ、その直後にどよめきが爆発した。
「…んだっ今のっ!?……すげぇ威力だったな!?」「中学生のサーブかよあれ……!」
観客席のどよめきを背に、太陽は着地すると、何食わぬ顔で自分の右手のひらを軽く払い、ゆっくりと定位置へと戻った。
その背中を見つめながら、北川第一のベンチで影山飛雄は鋭い目を細めて呟いた。
「……あの人…2番の…去年及川さんとやり合ったてた人だ。それに去年よりキレと威力が上がってる……。…」
影山の隣にいた先輩部員が、冷や汗を拭いながら言ったおいおい、あんなのレシーブできねぇよ。去年でさえあの及川さんとやり合えるほどだったってのに…また伸びたのかよ。
共栄の監督が慌ててタイムアウトを要求した。
「気にするな! まぐれだ! 次をしっかり上げろ!」と選手たちを叱咤する声が聞こえるが、その選手たちの顔にははっきりと焦りの色が張り付いていた。
得点板の数字が『1-0』に変わる。
「さぁさぁさぁ!ウチの名参謀がいきなり魅せてくれた所で、テメェらも乗り遅れんなよぉ!!」
キャプテンであり盛り上げ隊長でもある照島が声を上げる。
「あたぼうよ!」「てか太陽!お前はあんまり目立つんじゃねぇ!ただでさえイケメンのくせに!」「そうだそうだ!偶には俺らに譲れ!」
キャプテンの声出しを皮切りに一気に明浄チームが湧く
「さぁ…開戦と洒落込もうか」
太陽と言う選手に呑まれないそれ以上に濃いお祭りこようなチームカラー。明浄中学という「聞いたこともないチーム」の、そして「朝日奈太陽」という名前が、この瞬間に宮城のバレー界へと強烈な爪痕を残し始めたのだ。
だが、太陽の心拍数は驚くほど冷静だった。
表面上は圧倒的な輝きを放つセッターとしてコートを支配しているように見えても、脳裏の片隅では、今夜のカフェのシフトの段取りや、妹たちの夕飯の心配が澱のように沈んでいる。光と影が混ざり合うこの過酷な舞台で、太陽は自らのすべてを証明するために、次のボールへと視線を固定した。
再び、エンドラインの後方に立つ朝日奈太陽。
その金髪のウルフロングが初夏の風に揺れ、アイスブルーの瞳が静かに相手コートの陣形を射抜く。
ピィーーーーッ!!
再び鳴り響くホイッスル。
太陽の身体が沈み込み、そして跳ねる。爆発的な跳躍力から放たれた右腕が、再び重戦車のごとき軌道でボールを捉えた。
「くっ……! おもいっ!」
レシーバーが腕を弾き飛ばされ、ボールは観客席へと跳ね返る。
――サービスエース。2対0。
どよめく観客席。北川第一のベンチで、影山飛雄がわずかに息を呑むのが見える。
「……コントロールも、回転の軸も、体も少しもブレてない……」
容赦のない弾丸は、それだけでは終わらなかった。
3本目、4本目、そして5本目。
狙いすましたように共栄中のレシーバーの間に突き刺さるスパイクサーブは、もはや中学生の反応速度を超えていた。レシーブを弾き返され、あるいはボールの勢いに恐怖して見送るしかない相手コート。
電光掲示板のスコアは瞬く間に『6-0』へと書き換わった。
「すげぇ……! 太陽、マジでエグいて!!」
コートの端から照島遊児が両手を大きく広げて飛び跳ねる。
「おいおい、相手の心が折れちまうぞ!」と他のチームメイトたちも続き、明浄中学のベンチとコートは圧倒的な熱気と「お祭り騒ぎ」のような躍動感に包まれていた。
連続エースを断ち切ろうと、共栄中が死力を尽くして放った6本目のサーブは、明浄中のレシーブ陣によって綺麗に乱されることなく返球された。
「チャンスボール!」
ネット際に高く浮いたボール。
セッターである太陽の頭上へと、綺麗な弧を描いてボールが落ちてくる。
セッターが自らアタックを打つ「ツーアタック」の選択肢もある。相手ブロッカーの意識が太陽の個人技に集中したその瞬間、コートの空気が一瞬で凍りついた。
その隙を逃さず、誰よりも早く、誰よりも激しい気迫でネット際へと駆け込んできた男がいた。
「俺だぁぁぁぁ!!」
背番号「1」、チームのエースにして主将・照島遊児。
その野獣のような咆哮と共に、太陽の視界の端で照島が凄まじい助走から跳び上がろうとしていた。
「はいはい」
太陽は冷徹なまでの冷静さを保ったまま、口元だけで小さく呟き、ボールの落下点から絶妙なタイミングで指先をスイングさせた。
トスの精度では及川に一歩及ばないと自負する太陽だが、この瞬間の「照島のポテンシャルを120%引き出すトス」においては、誰にも負ける気がしなかった。
太陽の指先から放たれたボールは、綺麗なオープン高精度トスとなって、跳躍の最高到達点に達した照島の右の掌へと完璧に吸い込まれた。
「いっけぇぇぇぇえええ!!」
相手の慌てた2枚ブロックが跳び上がるが、そのはるか上――ブロックの壁の遥か頭上から、照島が身体をしならせて腕を振り抜いた。
バァァァン!!
耳を劈くような破壊音が、共栄中のコートの真ん中を抉り取る。
ブロックの上を完全に打ち抜かれたボールは、床に激しく叩きつけられると、そのまま天井近くまで大きく跳ね上がった。
「決まったぁぁぁーーっ!!!」
会場のどよめきが、歓声へと変わる。照島は着地するやいなや、自分の胸を叩き、太陽の方へ駆け寄ってガッシと肩を組んだ。
「見たか太陽! 今の完璧なスパイクだったぜ!」
「俺のトスのおかげだな」
「はっよく言うぜ!」
2人は軽口を叩きながらも、太陽の脳裏には、この勝利の道筋を辿る確かな道が見えていた。コートの中では、もう誰にも明浄中学の勢いを止めることはできなかった。
太陽の圧倒的なサーブで完全にリズムを掴んだ明浄中は、そこから怒涛の攻撃を見せつける。
共栄中がどれだけレシーブを修正しようとも、太陽の変幻自在なトスワークと、それを野生の勘と卓越した身体能力で叩き込む照島のスパイクのコンビネーションは、地方の中堅校のレベルを完全に置き去りにしていた。
レシーブが乱れれば太陽が自らカバーして強烈なアタックを決め、相手が太陽を警戒すれば他のオウサマ的なチームメイトたちが確実に得点を重ねる。
「お祭り騒ぎ」のような陽気さと、その裏に隠された冷徹なまでの戦術眼が噛み合った時、明浄中学というチームは、周囲が想像する「その他大勢のモブ」から、一気に台風の目へと変貌を遂げていた。
第1セット、25対11。
圧倒的なスコア差をつけて、明浄中学が先制する。
続く第2セットも、太陽の精密なコントロールと、コート全体を支配する冷静なゲームメイク、そして照島を中心とした爆発的なオフェンスの前に、共栄中はなすすべもなく崩れ去った。試合時間はわずか一時間足らず。ストレートでの完勝だった。
「試合終了――! 勝者、明浄中学校!」
主審のホイッスルが鳴り響き、体育館にどよめきと拍手が広がる。
「っしゃあぁぁぁ!! 初戦突破だぜオラァ!!」
照島が両手を突き上げて叫び、他の部員たちも次々と抱き合って喜びを爆発させた。
観客席の片隅で、北川第一の影山飛雄は、汗を拭いもせず、ただじっとコートの片隅で淡々と片付けを始めている朝日奈太陽の背中を見つめていた。
「……あの人…すげぇよ。セッターなのにチームで一番点を取って、一番コートを支配してる……」
影山の呟きに、先輩部員が苦笑する。
「おいおい、笑い話じゃねぇっての。勝ち進めばうちも当たる可能性もある。今年の県大会は、白鳥沢やうちだけじゃなく、とんでもねぇダークホースが出てきたな……」
周囲の喧騒と、スカウトたちのざわめきを背に受けながら、太陽はスポーツタオルで額の汗を拭った。
「…ふぅ…」
勝った。まずは、予定通り初戦をストレートで突破した。元々前評判でもウチの相手じゃないことは分かってたけど、トーナメントは一度負けたら終わりのサバイバル…勝てると思っていても初めは緊張してしまうものだ。
それと試合中やけに熱のこもった視線をぶつける"人物達"に対しても思う事もある
「うしっ!俺らもさっさと引き上げるぞ!休んで飯食って午後から2回戦目だ!」
「「「おう!!」」」
照島の言う通り、中高生の大会と言うものは短期間で行われる。その為、決勝戦を除いた試合はダブルヘッダーで行われる事もザラだ。例に漏れず明浄中学は午後から一回戦を勝ち抜いた中学と対戦する流れとなる。
「悪い。俺ちょっと席外すわ」
「なんだ?トイレか太陽」
「んなとこ。すぐ戻るから」
俺は皆と離れ長い廊下を通過し南通路側の階段へと足を運ぶ。
「あ」「ん」「おっ」
2階から降りてくるのは焦げ茶色の髪を七三気味に分けた髪型で、太陽と並んでも劣らない体格で、スポーツマンらしから雰囲気を漂わせた男。
そして太陽と反対側通路から現れたのはコチラも茶髪の髪色にマッシュの前髪を斜めに流したスタイルを持つ切れ長の目と落ち着いた表情が特徴で、知的でクールな印象を持つ男。
どちらも太陽に好奇心や興味本位以上の視線をぶつけていた人物である
そして太陽の三名が偶然か必然か鉢合わせる事となってしまったのであった