TS少女は演じたい   作:息抜き

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9話

夕食のあと、ファイルを持って食卓へ戻ると、父はもうノートパソコンを開いていた。

画面には、五人の写真が並んでいる。

 

「先に見てたの?」

 

「まだ、ここを開いただけだ。真琴は五人とも分かるんだったな」

 

「顔と名前は。普段見てるわけじゃなくて、レッスンで友達になった子に勧められた練習の動画が多いけど」

 

父がパソコンを少しこちらへ向けた。

洗い物を終えた母も戻ってきて、向かい側から画面を覗く。それから、椅子を私の隣へ移した。

 

「こっちの方が見やすいね」

 

三人分の資料と、パソコンと、お茶の入ったマグカップ。

母の分を置く場所がなくて、私はファイルを手元へ引き寄せた。

公式サイトの上には、ニュースや音楽、スケジュールへ進む項目が並んでいた。

父が、その中のPROFILEを押す。

 

五人の名前と、一人分の写真が表示された。

最初に出ているのは、小日向ひよりさんだった。

 

「名前を押すと、他の人になるよ」

 

私が言うと、父は美月さんの名前を選んだ。

同じ場所の写真と紹介文が切り替わる。

 

「なるほど」

 

もう一度ひよりさんへ戻り、上から読んでいく。

私も、父が次の名前を押すのに合わせて目を通した。

二月にこのサイトを開いたときには、FOLIOにどんな人がいるのかを知りたかった。

そのあとも、練習動画で気になった人の名前を確かめるために、何度か見ている。

前にも開いたページなのに、今日は読み飛ばしにくかった。

私が一緒に練習するかもしれないのは、この人たちなのだ。

 

 

 
Lumière Palette
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小日向 ひより
HIYORI KOHINATA
19歳 / 大学1年生
レモンイエロー
 
生年月日
2007.04.17
出身地
神奈川県
血液型
O型
身長
148 cm
サイズ
B96 / W56 / H86
 
 
柔らかな雰囲気と、細部まで磨き上げた安定したパフォーマンスが魅力。振付や立ち位置の再現性に優れ、グループを支える。普段は穏やかで、意外と現実的な一面も。
 
HOBBIES
ミニチュア、喫茶店巡り、パズル、ご当地グッズ集め
 
SPECIAL SKILLS
振付を覚えること、立ち位置の把握、折り紙、家庭料理、SNS分析
 
WORKS
・Web番組『小さな部屋のつくり方』
・『Dayframe』人物・私服特集
 
OFFICIAL SNS
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橘 美月
MIZUKI TACHIBANA
17歳 / 高校3年生
ハニーオレンジ
 
生年月日
2008.06.30
出身地
神奈川県
血液型
O型
身長
168 cm
サイズ
B84 / W60 / H88
 
 
168cmの長身と高いポニーテールがトレードマーク。華やかな存在感と人懐っこい笑顔で、ステージからファッション、バラエティまで幅広く活動する。グループのムードメーカー。
 
HOBBIES
カフェ巡り、写真、ファッション、ショッピング、SNS
 
SPECIAL SKILLS
初対面の人と打ち解けること、写真・短尺動画、英会話、プレゼンテーション
 
WORKS
・『Miroir Teen』ファッション特集
・Arco Days シーズンルック
・街歩き番組『週末ひと駅』
 
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神谷 玲奈
REINA KAMIYA
19歳 / 大学2年生
コバルトブルー
 
生年月日
2007.01.29
出身地
東京都
血液型
A型
身長
166 cm
サイズ
B82 / W58 / H87
 
 
Lumière Paletteのリーダー。歌・ダンス・トークを高い水準でまとめる総合力と、状況を整理して伝えるMC力を持つ。凛とした印象の一方、笑い上戸な一面も。
 
HOBBIES
美術館巡り、紅茶、推理小説、文房具集め
 
SPECIAL SKILLS
MC、暗算、書道、スケジュール整理、人前で話すこと
 
WORKS
・配信イベント『文化のとなり』MC
・『余白通信』読書対談
 
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雨宮 澪
MIO AMAMIYA
18歳 / 大学1年生
ラベンダーパープル
 
生年月日
2007.11.08
出身地
京都府
血液型
AB型
身長
159 cm
サイズ
B79 / W55 / H82
 
 
透明感のある歌声と高い音感を持つ、グループの歌唱の軸。普段は物静かだが、音楽の話になると細かなニュアンスまで言葉にする。歌唱やピアノを生かした音楽分野でも活動。
 
HOBBIES
読書、水族館、深夜ラジオ、雨の日の散歩、イヤホン集め
 
SPECIAL SKILLS
歌唱、ハモリ、ピアノ、一度聴いたメロディーを覚えること
 
WORKS
・音楽配信『One Room Voice』
・短編映画『灯る窓』エンディング歌唱
 
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桜庭 夏希
NATSUKI SAKURABA
17歳 / 高校3年生
ミントグリーン
 
生年月日
2008.08.23
出身地
千葉県
血液型
B型
身長
156 cm
サイズ
B87 / W62 / H89
 
 
高い身体能力と振付の吸収速度を持つメインダンサー。キレのある動きと豊かな運動量でステージを引っ張る。スポーツや勝負事にも全力で取り組む、明るい行動派。
 
HOBBIES
スニーカー、スポーツ観戦、アクション映画、ゲームセンター、散歩
 
SPECIAL SKILLS
ダンス、短距離走、バスケットボール、縄跳び、身体を使うゲーム
 
WORKS
・ダンスWeb『MOVE FIELD』
・Stride/One シューズキャンペーン
 
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Lumière Paletteのリーダー。歌・ダンス・トークを高い水準でまとめる総合力と、状況を整理して伝えるMC力を持つ。凛とした印象の一方、笑い上戸な一面も。
 
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透明感のある歌声と高い音感を持つ、グループの歌唱の軸。普段は物静かだが、音楽の話になると細かなニュアンスまで言葉にする。歌唱やピアノを生かした音楽分野でも活動。
 
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桜庭 夏希
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身長
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高い身体能力と振付の吸収速度を持つメインダンサー。キレのある動きと豊かな運動量でステージを引っ張る。スポーツや勝負事にも全力で取り組む、明るい行動派。
 
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ダンス、短距離走、バスケットボール、縄跳び、身体を使うゲーム
 
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FOLIO ENTERTAINMENT

 

 

「美月さんのところ、もう一回見せて」

 

五人分を読み終えたところで、母が言った。

父が名前を押すと、母は写真ではなく、下の出演歴を指した。

 

「この番組、私、見た気がする」

 

「『週末ひと駅』?」

 

「そう。商店街を歩いてた回。この子だった気がして」

 

私はマウスを借りて、番組のページを別のタブで開いた。

四月の放送内容が少しだけ残っている。

紹介動画を再生すると、見覚えのある司会者の隣に、美月さんが現れた。

 

「ああ、やっぱり」

 

母が少し身を乗り出した。

ちょうど画面の中でも、美月さんが二つの皿を見比べていた。

片方へ手を伸ばしかけて、もう片方を見ている。

 

『でも、こっちも気になりますよね』

 

隣の出演者が、自分がもう一つを頼むから両方見られると返した。

美月さんが顔を上げる。

 

『いいですね!ありがとうございます!』

 

母が笑った。

私も、つられて少し笑う。

 

「覚えてるものだね」

 

「名前までは見てなかったんだけどね。感じのいい子だなと思って」

 

母は動画の下にある出演者欄を見た。

橘美月。その後ろに、Lumière Paletteと書いてある。

 

私が事務所へ通ってレッスンをしていた頃に、この人はテレビに出ていた。

私の知らないところで、母はこの人を見て笑っていた。

動画が終わると、父がマウスへ手を伸ばした。

 

「他の仕事も、ここから見られるか」

 

「うん。戻れば、出演歴がある」

 

プロフィールへ戻り、今度は番組や広告のページを開いていった。

ファッション誌のページには、さっき商店街で笑っていた美月さんがいた。

服の形を見せるように立っていて、隣には商品の名前が載っている。

夏希さんの靴の広告には、短いダンスの映像があった。

私は一度見たあと、もう一度再生した。

足の向きが変わるところが気になったけれど、二度目も、考えているうちに次へ進んでしまった。

ひよりさんの番組には、小さな家具を手に持った写真があった。

母が指さしたので拡大すると、机の上の皿まで見えた。

 

「これも作ったの?」

 

「多分、番組で作ったもの。ミニチュアだよ」

 

母が写真を見ている間に、父は開いたままのプロフィールへ戻っていた。

そのあとも、玲奈さんの対談、澪さんが歌った短編映画と、別々のページを確かめていく。

私は、さっき読んだ趣味や特技を思い出しながら見ていた。

父は、媒体名や、ほかの出演者の名前に目を止めていた。

 

「五人で出る仕事だけじゃないんだな」

 

「……そうみたい。私も、こっちはあんまり見てなかった」

 

歌や練習の動画は知っていた。

でも、どんな服を紹介して、何の番組へ出ているかまでは、覚えていなかった。

名前を切り替えるたび、違う仕事が出てくる。

グループの紹介から来なくても、それぞれの仕事を見て、この五人のところへ辿り着く人がいるのだろう。

母にとっては、あの街歩き番組がそうだった。

父が、美月さんのプロフィールへ戻った。

その隣に、今日もらった予定案を置く。

 

「この子と、最後の子が、真琴と同じ高三か」

 

「美月さんと夏希さん。他の三人は大学生」

 

父は頷いたけど、それなら両立できるな、とは言わなかった。

しばらく予定案を見てから、画面へ視線を戻す。

 

「今日も仕事が多いとは聞いたけど、これだけ別々に動いてるんだな」

 

母も、今は笑っていなかった。

 

「この人たちの予定の中に、真琴と練習する時間も入れるってことなのよね」

 

「……うん」

 

そう答えてから、私は予定案を見た。

事務所では、学校から間に合うか、週に何回なら通えるかを考えていた。

その枠に、私以外の人の時間も入ることは、分かっていたはずだった。

でも、今は、画面で見た仕事の日付や、番組で笑っていた顔も一緒に浮かんだ。

 

私と一緒に練習することだけを、待っている人たちではない。

私が返事をする前から、もう、いくつもの仕事を抱えて動いている。

父が予定案を置き直した。

 

「練習の方も見ようか。真琴がいつも見てるのを」

 

「うん」

 

私は公式サイトへ戻った。

下の方にある、動画チャンネルの案内へマウスを動かす。

 

————

 

公式チャンネルへのリンクを押すと、いつもの画面になった。

 

五人の写真を使ったヘッダー。

その下に、チャンネル名と登録者数がある。

 

Lumière Palette Official Channel

 

チャンネル登録者数 218万人

 

ホーム 動画 ショート ライブ 再生リスト

 

「……二百万人、超えてるのか」

 

父の手が、そこで止まった。

私も数字を見る。

218万人。

何度か開いているページだから、今まで一度も目に入らなかったわけではない。

でも、その人数について、長く考えたことはなかった。

もちろん、この登録者数が全てファンかとか、登録者が多いから日本トップクラスなのかとか聞かれても分からない。

特にルミパレは、私が知る範囲のアイドルグループと比べて、どう考えてもデジタルでの配信に力を入れている。

更新頻度が、なによりの証拠だろう。

だから、この数字だけを見て、どれだけのファンがいるのか、どれだけ人気なのかは、正直分からなかった。

母は画面を見てから、隣の私を見た。

 

「入ることになったら、真琴が出る動画も、ここに載るのよね」

 

「……多分」

 

今回は、レッスンを受けたらすぐに公開されるという話ではない。

それは三人とも聞いていた。

母も、その先の話をしている。

父が腕を組んだ。

 

「二月のときは、もう少し小さな仕事から、一つずつ始まるくらいに考えていた。勝手にだけどな」

 

私は父の方を向いた。

 

「どんな仕事になるかは、まだ分からないと思っていた。実際、今もそうなんだろうが」

 

父は少し間を置いた。

 

「ここは、もう大勢が見てる場所なんだな」

 

私が入ったから、人が集まり始めるのではない。

私が何かできるようになるまで、見る人が少ないとも限らない。

知らない新人として、すでに大勢が見ている場所へ出る。

その順番の違いが、急にはっきりした。

動画の一覧へ移る。

 

上の方にあった練習動画には、9.2万回視聴、と表示されていた。

公開は昨日。

長さは二十九分。

少し前の『ルミパレ放送部!』というタイトルのバラエティっぽい動画は、64.2万回。

人気順にすると、1200万回を超えているMVも出てきた。

全部の動画を、登録している人全員が見るわけではない。

それでも、私が先生に直してもらっているような練習の記録を、一日で何万人も見ていた。

 

「いつも見てるのは、こういうの」

 

PRACTICE LOGのサムネイルを指す。

父が、表示された時間を見た。

 

「練習だけで、三十分近くあるのか」

 

「うん。同じところをやり直したり、説明を聞いたりするのも入ってるから」

 

「それにも、これだけ見る人がいるんだな」

 

その言葉に頷きながら、私は自分のレッスンを思い浮かべていた。

一度でできなかったところ。

質問しようとして、上手く言葉にできなかったところ。

映像を見て、また立ち位置へ戻ったところ。

今までは先生と、同じ部屋にいる人たちに見られていた。

自分でも見直して、それで終わっていた。

それを、知らない人が何万人も見る。

母はまだ、すぐに再生してとは言わなかった。

 

————

 

音楽の動画はテレビの方が見やすいだろうということになり、居間へ移った。

父が画面を繋ぐ間、私は再生リストを見ていた。

練習だけでも数が多い。

その間に、番組やライブ映像が混ざっている。

最初に選んだのは、『ルミパレ放送部!』だった。

紙コップを高く積む企画。

なんてことないバラエティだった。

これなら、それぞれどんな人なのかを確かめながらでも見られそうだ。

玲奈さんがルールを説明している横で、夏希さんはもう紙コップを並べていた。

 

『まだ始めないでね』

 

『大丈夫です。並べてるだけなので』

 

『その並べ方から始めるのは流石に有利じゃない?』

 

ひよりさんに言われて、夏希さんが自分の手元を見る。

そのまま少し考えて、結局全部重ね直した。

競技が始まると、今度こそ一気に積み上げていく。

一番高くなったのは、夏希さんの塔だった。

だけど、最後の一個を載せようとしたところで傾いた。

 

『あっ、待っ——』

 

紙コップが崩れる。

それを見て笑った美月さんが、自分の塔に袖を引っかけた。

連鎖するように二つ目も崩れていった。

母が吹き出した。

私もつられて笑う。

 

『美月、私のせいじゃないからね!?』

 

『分かってる、分かってるけど、今のは……!』

 

時間終了の音が鳴った。

玲奈さんが結果を言おうとして、口元を押さえている。

少し待ってから顔を上げたのに、夏希さんの前に散らばったコップを見て、また笑った。

 

「進行する子まで笑っちゃってるじゃない」

 

「ね」

 

私が言うと、母は笑ったまま頷いた。

カメラが横へ移る。

澪さんの前には、欲張らずに作った低い塔が残っていた。

 

『……これでも勝てるんだ』

 

『最後まで立ってたからね』

 

ひよりさんが答える。

夏希さんがコップを集めながら、もう一回やろうと言った。

美月さんもすぐに手を挙げた。

 

父の方を見ると、口元が緩んでいた。

なんてことはないくだらない企画なのに、私も少し続きを見たくなった。

五人の話す速さや、笑い始めるところが、少しだけ分かってきた気がした。

ただ、動画の終わりに次の候補が並んだところで、父はリモコンを置かなかった。

 

「ライブも、見ていいか」

 

「うん」

 

さっきまで笑っていた母も、姿勢を戻した。

先月のツアーの映像を選ぶ。

東京公演のライブクリップ。

二月に初めて見た練習動画と同じ曲だった。

 

照明が変わり、五人が動き出す。

夏希さんが前へ出る。

その後ろではひよりさんと玲奈さんの位置が入れ替わり、美月さんが客席へ手を伸ばしていた。

その間も、歌は続いていた。

踊りながら、歌っている。

 

私は、この前の自分の足元を思い出していた。

高瀬先生に説明されて、足だけなら直せた。

腕をつけると、また分からなくなった。

たったそれだけのはずなのに。

 

五人は、その上に歌がある。

顔を上げて、客席を見ている。

澪さんの声が長く伸びた。

鳴海先生に、決められた長さで声を保つよう言われたときのことが浮かぶ。

途中で細くなって、最後だけ無理に戻した、自分の声。

画面の中では、澪さんが動きを小さくしながら歌い、その横を次の人が進んでいった。

歌い終わる頃には、もう位置が変わっている。

 

二月には、最初からできているようにしか見えなかった。

今も、上手い理由の全部は分からない。

でも、その中に、私ができなかったことがいくつもあるのは分かった。

曲の最後で、カメラが客席へ向いた。

前の方だけではない。

ずっと後ろまで、光が動いている。

今日、事務所でも短い映像を見た。

それなのに、一曲を終えた五人へ歓声が返るところまで見ると、さっきとは違って感じられた。

 

母は、それを何も言わずに見ていた。

動画が終わってから、父が手元のパソコンを確認する。

公演の記事を開いていた。

 

「この東京が、三千人か」

 

「そうみたい」

 

父は六月の公演案内を表示した。

 

『PALETTE OF LIGHT』。

六月十三日、十四日。

一公演八千席、二日間。

チケットは九千八百円。

 

母が、そのページを見た。

 

「この人たちを見るために、予定を空けて来るんだもんね」

 

誰に向けたともつかない言葉だった。

私は、止まったテレビの画面を見た。

ステージの端まで広がった五人が、客席へ手を振っている。

 

————

 

そのあと、SNSも見た。

公式の投稿には、番組出演の告知や動画の案内、公演の情報が並んでいた。

さっき見た街歩き番組も、放送前に告知されている。

美月さんのInstagramには、仕事で着た服の写真があった。

フォロワーは62.4万人。

母が数字へ目を止めた。

 

「一人のページでも、こんなにいるの?」

 

「……これは極端に高い側だと思うけど」

 

動画を見ている範囲でわかる本人の気質的にも、公式サイトの特技とかを見ていても、どちらもSNSの適正は非常に高そうだった。

彼女があげている写真には、ひよりさんが写っているものも数多くあった。

二人とも普段の服で、近くに座っている。

美月さんが自分で撮ったらしい。

二人の前には飲み物があった。

コメントを少し読む。

 

『ひより先輩の隣を当たり前のように確保してる』

『この二人の写真好き』

『そのカーディガンどこのですか?』

 

仕事の告知だけに反応しているわけではなかった。

一緒に出かけた写真を楽しみにしている人も、服を知りたい人もいる。

夏希さんの短いダンス動画には、外国語のコメントがついていた。

そこから案内を押すと、公式チャンネルの長い定点映像へ戻った。

母は、その動きを見ていた。

 

「どこから見ても、また別のものが出てくるのね」

 

「最初に調べたときも、数が多すぎて他のことを調べた記憶がある」

 

「今日ももう結構見てるはずなんだけど……」

 

時計を見ると、本当だった。

プロフィールを読んで、少し動画を見るだけのつもりだった。

気づけば、公演の記事も、広告も、個人の写真も見ていた。

その間、画面にはずっと五人の誰かがいた。

 

最後に、練習動画を一本開いた。

三枝さんが出ている、少し前のPRACTICE LOGだった。

見覚えのある部屋。聞き慣れた声。

同じ部屋ではないだろう。

それでも、私が使ったことがある部屋と全く同じ造りになっている部屋に、見慣れた人が立っている。

私は、そのことに少しほっとした。

 

『今、美月が向いたから笑ったでしょう。相手の顔を、もう少し待って』

 

三枝さんに言われ、ひよりさんが頷く。

二人が位置へ戻る。もう一度音が流れる。

……三枝さん、こういう連携面での指導もできるのか。

私は、さっきのところがどう変わったかを見ようとしていた。

母は画面の下へ目を向けた。

コメント欄だった。

 

『12:08、前の回より受け渡しが自然になってる』

『ここの美月、まだ少し早くない?』

『三枝さんの説明を聞いてから見直すと分かる』

『逆にいうと、説明されないとなんか良くなったくらいしか分からない』

『ツアーで見たところだ。ここ何回も合わせてたんだね』

 

「随分、細かいところまで公開してるのね」

 

母が言った。

私は、コメントに書かれた時間を見た。

十二分八秒。

押せば、その場所へ飛べる。

何度でも見直せる。

悪口ではなかった。

もっと上手くなったことを喜んでいる人もいた。

本番と練習を比べている人もいる。

だけど、先生と本人たちの間で直していたことが、知らない誰かの感想になって並んでいた。

 

「少し、止めてくれる?」

 

母に言われて、私は再生を止めた。

テレビの中で、五人が練習着のまま立っていた。

 

————

 

「俺は、さっきより心配になった」

 

父が言った。

母も隣で頷いた。

 

「ちゃんとした会社で、ちゃんと仕事をしている人たちだ。それは分かった。だが、だから安心して任せられる、とは思えない」

 

私はリモコンを机へ置いた。

何か答えた方がいい気がしたけれど、すぐには言葉が出なかった。

 

「今日、名前が知られたら戻せないと言っただろう」

 

父がこちらを見る。

 

「言った俺の方が、まだ分かってなかったんだと思う。数字や、実際に見ている人の言葉が並んでると、また違うな」

 

218万人。

画面を戻さなくても、その数字を思い出せた。

 

「新人だから、まだ知られていないという時間が、ほとんどないかもしれない。最初から、この五人と比べられるんだろう」

 

「……そうだと思う」

 

「真琴が何を練習してきたか知らない人も、色々言うだろうな」

 

私は頷いた。

今日も聞いた。

強い反発が起きる可能性がある、と。

そのときにも怖かった。

だけど、実際に五人を見ている人の言葉を読んだあとでは、ただ知らない大勢という感じではなくなっていた。

 

この五人が好きな人たちだった。

歌い方を覚えている。

誰がどこで笑うか知っている。

何度も練習した部分が本番でできると、嬉しいと思っている。

そこへ、私が入るかもしれない。

 

「さっきの番組、面白かった」

 

母が言った。

顔を上げる。

 

「楽しそうだったし、見ていて私も笑っちゃった。でも、真琴があそこへ行くって考えると、別のことが気になるの」

 

母は、止まった画面を見た。

 

「一緒に練習して、仲良くなれたら、今度はその人たちに悪いから休めない、やめられないってならないかな、とか」

 

膝の上へ目が落ちた。

それは、まだ会う前から少し考えていた。

忙しい人たちだ。

私のために時間を取ってもらう。

教わったあとで、やっぱり違ったと言うのは難しそうだった。

優しくしてもらったら、なおさら。

 

「言いにくいとは、思う」

 

母は頷いた。

 

「途中でやめられるって言われても、真琴がそれを言いやすいかどうかは、同じじゃないと思うの」

 

私は、すぐには返事をしなかった。

父が資料を開く。

 

「今までの演技のレッスンだけを続ける道もあるんだよな」

 

「……あるって言ってた」

 

「そっちでは、嫌なのか?」

 

「嫌じゃないよ」

 

そこは、すぐに答えられた。

 

「演技はもっとやりたい。今のレッスンも好きだし」

 

「だったら、無理にこっちまで引き受けなくていいんじゃないか」

 

父の声は強くなかった。

だから余計に、ちゃんと考えなければいけない気がした。

断っても、演技は続けられる。

今まで教わったことも、評価されたことも、なくならない。

 

だったら、そうしようか。

そう口にすれば、二人が少し安心するだろうと思った。

私も、知らない人から何を言われるかを考えずに済む。

その返事をするのは、難しくなかった。

だけど、喉まで出かかったところで止まってしまった。

 

「……少し、考えさせて」

 

母が頷いた。

父も、続きを急がせなかった。

 

————

 

父の言っていることは分かる。

わざわざ、今より難しい方へ進まなくてもいい。

リスクも大きいんだから、わざわざ自分からそっちに行かなくてもいいんじゃないか。

そう言ってくれていた。

 

前の人生でも、そうやって考えられることは多かった。

何もかも鮮明に覚えているわけではなくても、なんとなく覚えている。

勉強も運動も、人並み。

芸術や表現で、何か抜きん出たものはない。

だからといって、不幸だったわけではない。

褒められることも、誰かの役に立つこともあった。

特別なものがなくても、日々は続く。

その中に嬉しいことや、面白いことは、普通にあった。

 

才能のある人を見れば、すごいと思った。

自分にも同じものが隠れているはずだと、待っていたわけではない。

今の人生でも、そこはあまり変わっていなかった。

高校から人付き合いで困らなくなって、学校にも普通に通えている。

家に帰れば両親がいる。

大学へ行くための勉強もしている。

この生活で、何かが足りないと思っていたわけではなかった。

なのに、二月に、知らない人から言われた。

 

私には、他の人と違うものがあるかもしれない。

 

それだけで、何度も同じメールを読み返した。

実際に見てもらえば勘違いだと分かるかもしれないと思いながら、会いに行った。

カメラテストを受けて、レッスンへ通った。

……今日まで、その評価は消えなかった。

それどころか、今度は、この五人の中にも持っていけるものがあると言われている。

 

テレビの中の五人を見る。

あれだけ上手に歌って踊る人たちが、私を参考にできるところもある。

今日、その言葉を聞いてから、何度頭の中で繰り返しただろう。

 

「……すごく、見込まれてるんだよね」

 

思ったことが、そのまま声になった。

父がこちらを向いた。

 

「そうだと思う」

 

それから、予定案へ目を落とす。

 

「褒めるだけなら、ここまで準備はしないだろう。外部トレーナーだ。お金をかけた先生に頼んで、五人にも時間を取ってもらうんだから」

 

私は、個別と合同に分けられた枠を見た。

事務所では、私が通えるかどうかも考えていた。

今は、その向こうにも、それぞれ予定を持っている人がいると分かる。

 

「しかも、この五人なら、このままでも活動を続けられるんだろうな」

 

父が言った。

 

「今日もそう説明していたし、実際に見ても、何かが足りなくて困っているようには見えない」

 

「……うん」

 

「本当に加入するなら、五人だったものを、なにもかも六人に変える必要があるだろう。五人の時の方が良かったと言われるかもしれないというのは、間違っていないと思う。会社として、これだけ売れている……ように見えるグループに、それだけのリスクも込みで、試してみようという話なんだ」

 

父の指が、六月の公演案内の端へ触れた。

 

「会社の方も、使ったレッスン代だけの話では済まないだろう」

 

私は頷いた。

今あるものが大きいからこそ、変えたあとが上手くいくとは限らない。

向こうは、それを仕事にしている。

父の話を聞きながら、怖さが増していた。

同時に、嬉しかった。

そんなことまで考えたうえで、自分に声がかかった。

会社も、五人も、何も持っていないところから始めるのではない。

すでに持っているものの隣へ、私のための場所を作れるか、考えようとしている。

嬉しくならない方が、無理だった。

前の人生から数えても、覚えのないことだった。

 

「だからって、真琴が会社の判断を成功させる責任まで持つわけじゃないぞ」

 

父に言われ、顔を上げた。

 

「向こうは仕事として、先につながると思うから負担……投資するんだ。それを理由に、真琴が断れなくなるのは違う」

 

「……うん」

 

「評価してもらったことは、喜んでいい。だが、その先は別で考えないとな」

 

父は、私の返事を待った。

 

私はまだ、上手く分けられなかった。

もっと褒められたい。

見込んでもらった分、応えたい。

やっぱり違ったとは、思われたくない。

確かに、どれも内心で思っていた。

 

ただ、それだけなら、今ここで止まる方が楽なのかもしれない。

才能があると言われたことは、もう確かだった。

合同レッスンを断っても、なかったことにはならない。

それなのに、断ろうとすると、なぜか惜しいと感じてしまった。

何ができるのか、まだ見ていないところで終わってしまう。

 

「もう一回、少しだけ見てもいい?」

 

リモコンへ手を伸ばす。

父も母も、頷いた。

 

————

 

ひよりさんが歌い終わり、美月さんがその隣を通る。

二人が短く顔を見合わせた。

美月さんがこちらへ向き直ったときには、さっき一人で立っていたときより、笑い方が少し違った。

三枝さんに止められたのは、その少し前だった。

私は、同じところをもう一度見た。

 

「そこが気になるの?」

 

母に聞かれ、頷く。

 

「相手を見てから、こっちを見るところ」

 

「うん」

 

「一人で笑ってるのとは、違う感じがする」

 

何となく思っていることを、そのまま口にした。

上手く説明しようとすると、分かっていない部分まで言ってしまいそうだった。

 

「相手の顔を見たあとだから、その前に何かあったみたいに見える」

 

母も、もう一度画面を見る。

私は続きを再生した。

同じ短いところを、五人はまた合わせていた。

相手を見る。声を聞く。

自分が次に歌うまで、待つ。

その間にも、誰かに見られている。

 

私ならどうするだろう。

どんな顔をするかを先に決めたら、また三枝さんに止められると思う。

でも、相手だけを見ていたら、入る音を逃すかもしれない。

足のことを考えていたら、それどころではなくなりそうだった。

一つずつなら考えられることが、全部一緒になっている。

 

難しそうだった。

だけど、もう一度、同じところを見たくなった。

 

幼い頃から、周りを見て、自分がどう見えるかを考えてきた。

そのあとに、人との距離の取り方を覚えた。

言わない方がいいことも、見せない方が楽なことも増えた。

何をどこで身につけたのかは、もう全部は分からない。

普段の私は、いちいち誰かの真似を選んでから話しているわけではない。

それでも、必要になると、自分がどう見えるかを考えることはできた。

それを、仕事に使えると言われている。

 

初めてカメラの前で褒められたときは、どうしてこれが、と思った。

ずっと自分にとって当たり前だったことが、急に別の名前で呼ばれたみたいだった。

 

だけど、今までのレッスンでは、それだけではできないこともあった。

相手を聞く。身体を動かす。

その場で起きたことに返す。

教わって、できなかった部分が少し変わったときは、ちゃんと嬉しかった。

褒められた言葉を思い出すのとは、また少し違っていた。

 

テレビの中で、美月さんが顔を上げる。

私にも持っていけるものがあるなら。

そのために、歌やダンスを一つずつ覚えたら。

この人たちの声や動きと一緒になったとき、何ができるようになるのだろう。

 

「演技だけにするのが、嫌なわけじゃない」

 

私は画面を止めた。

 

「でも、これも、やってみたい」

 

父がこちらを見る。

 

「さっきのところみたいに、他の人の歌を聞きながら、自分も何か返すのを。今までのレッスンとは違うから」

 

「うん」

 

「上手くできる気は、まだ全然しない。でも、教わってできるようになるかは、知りたい」

 

私は、机へ置かれた資料を見た。

三枝さんの所見。

高瀬先生と鳴海先生の所見。

できるところと、できないところ。

どちらも、誤魔化されずにそのまま書いてある。

 

「もっとできるって思われたいのもあるよ」

 

言うと、少し顔が熱くなった。

 

「この人たちを見てる先生に、私にもあるって言われたのが嬉しい。できれば、また褒めてもらいたい」

 

母は、黙って聞いていた。

 

「でも、褒めてもらったから絶対やります、っていうのとは……違うと思う」

 

そこで一度、言葉が止まる。

自分に都合のいい言い分になっていないか、少し考えた。

 

「今日、断っても演技の評価は変わらないって言ってたでしょ?それを聞いて、安心はした」

 

「うん」

 

「でも、じゃあ断ろうとは、思えなかった。まだやったことがないから。自分で無理だって決める前に、どこまでできるのかを、見たいんだと思う」

 

父は、少し考えてから聞いた。

 

「五人と一緒にやることもか?」

 

私は、止まった画面を見た。

 

「それも、確かめたい」

 

楽しい番組を見た。

綺麗な歌と、すごいダンスを見た。

だけど、その人たちと一緒にいる自分のことは、何も分からない。

困ったときに、何を言えるだろう。

何かを聞かれて、相手が思っていたのと違う返事をしたら。

待たせたり、何度もやり直したりしたら。

誰にも迷惑をかけず、感じよくそこにいるだけでは、きっと済まない。

 

「この人たちと上手くやれるかは、分からない。でも、会って、一緒に練習してみたいとは思ってる」

 

私は二人を見た。

 

「合同レッスン、受けてみたい」

 

今度は、途中で止めなかった。

 

「ルミパレに入りたいかは、まだ分からない。そこまで、今は言えない。でも、候補として確かめるところには、進みたい」

 

父は、しばらく資料を見ていた。

母も、すぐに返事をするわけではなかった。

私は二人の間で、続きを待った。

 

「学校と受験のことは、変えないんだな」

 

「うん。大学には行きたい」

 

「それなら、通えるかどうかは、帰ってから勉強できるかまで含めて見ないといけない。予定どおり出席できたから大丈夫、では済まないぞ」

 

「分かってる」

 

返事をしてから、言い直した。

 

「……ただ、増えたらどのくらい疲れるかは、まだ分からない」

 

「ああ」

 

父が頷いた。

私は予定案へ目を落とす。

 

「やってみて、ついていけなかったら、ちゃんと言う。ずっとできないまま、この人たちを待たせるのも嫌だし」

 

「ついていけなかったら、だけじゃないわ」

 

母が言った。顔を上げる。

 

「できるようになっても、真琴が嫌なら、やめていいの」

 

私は口を閉じた。

母は、静かに続けた。

 

「一緒にやってみて、毎日こういう生活をしたいとは思わなかったとか。人前には出たくないとか。そういうことでも、言っていいんだから」

 

「でも、教えてもらって、できるようになったのに……」

 

口にしてから、自分で気づいた。

できないなら、仕方がない。

向いていないなら、諦めるしかない。

それは考えられた。

できるようになったのに、やりたくないから断る。

そちらには、理由が足りない気がしてしまう。

 

前の人生にも、今の人生にも、なかったと思っていたものだ。

せっかく見つけてもらった。

わざわざ教えて、使えるところまで連れていってもらった。

それなのに、自分で使わないことを選んでいいのか。

そんなことを考えてしまった。

 

「お世話になったことと、そのあとも続けるかは、別のことなの」

 

母が言った。

 

「ちゃんとお礼はいいましょう。だからといって、悪いから続けます、にはしてほしくない」

 

私は、紙の端を指で押さえた。

言われたことは分かる。

今日、事務所でも、望まなければ中止できると説明された。

だけど、それを実際の自分へ当てはめると、急に難しくなった。

 

「それは……言いにくいと思う」

 

「だったら、先に私に言って」

 

母は、すぐに答えた。

 

「事務所への連絡は、お母さんからでもいいって言ってたでしょう。何て言うかは、一緒に考えればいいから。違ったと思っただけでもいい。辛いと思っただけでもいい。少しでももう嫌だと思ったら、相談して。やめるかどうかも含めて、一緒に考えればいいんだから」

 

私は母を見た。

全部を上手に説明できるようになってからでなくても、いいらしい。

 

「……そのときは、お願いするかもしれない」

 

「うん」

 

母は、それ以上、約束を増やそうとはしなかった。

父が学校の予定を、レッスンの案の隣へ置いた。

 

「それなら、まずはこの予定をもう一度しっかり見よう」

 

私は頷いた。

テレビを消して、三人で紙を読み直し始めた。

 

 

 

「今の、非公開でレッスンを受けるという範囲なら、俺もいいとは思う」

 

私は顔を上げた。

父はまだ、明るい顔ではなかった。

 

「通ってみてどうなのかは、また話そう」

 

「うん」

 

「加入の話になったら、それはそのときに、改めて、三人でしっかり聞こう」

 

頷いて、母を見る。

 

「私も、受けてみるところまではいいと思う」

 

母が言った。

 

「火曜日、最初の書類の確認までは一緒に行くね」

 

「ありがとう」

 

言ってから、少し肩の力が抜けた。

二人を安心させる説明が、上手くできたわけではない。

私自身、先のことまで安心できたわけでもない。

それでも、今答えるのは、ここまででよかった。

 

「明日、電話する」

 

ファイルへ手を伸ばす。

 

「合同レッスンに参加したいって、先に伝える」

 

父は、小さく頷いた。

母は、公演の案内を抜かずに、そのまま私の資料と揃えた。

そこには、まだ五人しかいなかった。

私はその写真を一度見てから、ファイルを閉じた。

 

————

 

翌日の午前中、食卓で電話をかけた。

番号は、昨日渡された連絡先のもの。

呼び出し音のあと、担当の人につないでもらう。

 

「昨日、両親と一緒にご説明いただいた、白瀬真琴です」

 

挨拶を返してもらった。

私はメモから目を離す。

 

「家で両親と話しました。Lumière Paletteの追加メンバー候補として、合同レッスンに参加させていただきたいです」

 

言い終えると、スマートフォンを持つ指に力が入っていた。

 

『分かりました。参加をご希望ということで、久世と早川にも共有しますね』

 

「はい。お願いします」

 

期待に応えられるように頑張ります、とまでは言わなかった。

受けてみたい。

それが、今、伝えられることだった。

電話の向こうでは、十二日の予定の確認が続いた。

 

保護者の意向も確かめたいと言われ、母へ電話を渡す。

母は、家族で話し合ったうえで参加に同意していることを伝えた。

それから、書類について聞いてくれた。

私へ電話が戻る。

 

『参加契約の書類は、十二日の合同レッスン当日に原本をお持ちください。始まる前に、保護者の方と一緒に内容を確認して、お預かりします』

 

「先に送らなくても、大丈夫ですか」

 

『はい。今日は参加のご意向を伺うことができただけで十分です。書面の確認とお手続きを済ませてから、レッスンへ進む形にしましょう』

 

「わかりました」

 

 

 

それから少し説明を受けて、集合時刻や持ち物は、改めて文面でも送ってもらうことになった。

お礼を言って、通話を終える。

スマートフォンを置くと、母がこちらを見た。

 

「ちゃんと伝わってたよ」

 

私は、少し笑った。

 

「昨日より緊張した」

 

「自分で返事をしたからじゃない?」

 

そうかもしれなかった。

昨日までは、提案された予定だった。

今は、私が行きたいと答えた予定になっている。

父がノートの日付を見た。

 

「火曜日の帰り、必要なら迎えに行く。終わる時間が分かったら教えてくれ」

 

私は一度頷いてから、言った。

 

「たぶん、お願いしたい。初めてだから、結構疲れると思う」

 

「ああ」

 

父の返事は、それだけだった。

ただそれだけなのに、父の顔がいつもより強張っていることに気付いて、少し笑ってしまった。

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