「百花繚乱」編|第3章「心ざし潜む綾目髪の散る惜しむ間に」   作:ゆゞきノ君

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・原作「百花繚乱」編第二章終了後の独自解釈です。
・オリジナルキャラクターが主軸になります。
・政治・軍事描写が多めです。苦手な方はご注意ください。


第九話「月やあらぬ」――其の②

 キヴォトス連邦生徒会、会議室――。

 

 窓のないその部屋を照らすのは、天井の白色灯だけだった。時刻も、天候も、季節すらも遮断された空間。その無機質な光の下で、円卓を囲む面々の顔からは、一様に血の気が引いていた。

 

「単刀直入に申し上げます」

 

 連邦生徒会長が、居並ぶ代表者たち――レッドウィンター連邦学園、トリニティ総合学園、ゲヘナ学園、山海経高級中学校、オデュッセイア海洋高等学校――をゆっくりと見渡し、口を開いた。

 

「先の百鬼夜行連合学院で発生した、文章経国学院との内戦において」

 

「我が連邦生徒会は、百鬼夜行連合学院を支援すべく、『ショアジギング作戦』を実施いたしました」

 

「第一段階では、百鬼夜行近海の制海権を握る東漸艦隊に対し、各学園の保有する艦隊をもってその制海権を奪取。第二段階として、シュネーバル軍港から百鬼夜行へ、戦闘部隊を送り込む計画でしたが――」

 

「……それが、失敗したのか」

 

 山海経高級中学校、玄龍門の竜華キサキが、静かにその言葉を継いだ。

 

「……その通りです」

 

 ――連邦生徒会は、周辺海域からオデュッセイア、トリニティ、レッドウィンター、ゲヘナの艦艇をかき集め、キヴォトス連合艦隊を編成した。

 

 主力艦の数においては、東漸艦隊を凌駕していた。

 

 だが、その指揮系統は、最後まで統一されることがなかった。号令は錯綜し、旗艦の合図は届かず、まともな作戦行動を取ることすら叶わなかったのである。

 

 南路(なんろ)海戦。西廻(にしまわ)り海戦。そして、ヤンバル沖航空戦――。

 

 わずか三度の戦闘で、キヴォトス連合艦隊は事実上、壊滅した。

 

 連邦生徒会に残された手段は、ただ一つ。トリニティ総合学園に停泊する、オデュッセイア海洋高等学校の西漸(せいぜん)艦隊を待つことだけであった。

 

「まさか――」

 

 ゲヘナ学園万魔殿の羽沼マコトが、震える手で口元を覆う。

 

「我がカイゼルリッヒ・マリーネの東洋艦隊が……敗北したというのか――」

 

 ゲヘナ学園の東洋艦隊。山海経の江南(えなん)艦隊。トリニティのロイヤル・ティー・ネイビー、グランドフリート艦隊。レッドウィンターの東路(とうろ)艦隊。

 

 ――それらすべてが、たった一個の東漸艦隊に、敗れたのである。

 

 白色灯の下で、書類を繰る音だけが、やけに大きく響いていた。

 

 羽沼マコトは、口元を覆ったまま、その手を下ろすことができずにいる。

 

「沈没した艦の乗組員たちは、どうなりましたか」

 

 トリニティ総合学園ティーパーティーのホスト、桐藤ナギサが、努めて冷静な声で問うた。

 

 だが、その手の中のティーカップは細かく震え、琥珀色の紅茶が受け皿へと零れ落ちている。彼女自身、それに気づいていないようだった。

 

「救援に駆けつけたオデュッセイア海洋高等学校の船団、また東漸艦隊の飛行艇や駆逐艦によって、救助が続けられています」

 

 連邦生徒会長は、僅かに間を置いてから続けた。

 

「今のところ――死者は、確認されていません」

 

 カップが、受け皿の上へと戻された。

 

 今度は、音を立てなかった。

 

「……そうですか」

 

 ナギサは、静かに目を伏せる。

 

「それは、よかったです」

 

 その声が、ほんの僅かに湿っていたことに気づいた者は、この場にいただろうか。

 

 しばし、部屋を沈黙が満たす。誰も、次の言葉を継げなかった。

 

 やがて、連邦生徒会長が再び口を開いた。

 

「『ショアジギング作戦』失敗の影響により、百鬼夜行に対する軍事支援は、完全に途絶えました」

 

「そして先ほど――かの学院の行政の中心たる百鬼夜行中心街が、文章経国学院の猛攻を受け、陥落いたしました」

 

「現在、陰陽部は一時首都をトフロウ分校ダザイフ学区に移し、徹底抗戦を続けております」

 

 その場にいた全員が、息を呑んだ。

 

 さらに悪いことに――百鬼夜行の分校は、次々と文章経国学院へと寝返っていた。長らく百鬼夜行に仕えてきたツクシ分校、そしてクナ分校さえもが離反し、既にかの学院へと編入されていたのである。

 

「そういえば」

 

 レッドウィンター連邦学園生徒会長、連河チェリノが、ふと顔を上げた。

 

「数日前、先生が百鬼夜行にいたと聞く」

 

「先生は――無事なのか?」

 

 その一言に、円卓のすべての視線が、連邦生徒会長の顔へと集まった。

 

「連邦捜査部シャーレの先生ですが――」

 

 僅かな沈黙。

 

 それだけで、その場の全員が、最悪の予感に胸を締めつけられた。

 

「数日前より、百花繚乱のメンバーと共に、消息が分かっておりません」

 

「避難してきた生徒の情報によれば、先生たちは文章経国学院のある北方へ向かっていたそうですが……」

 

 その瞬間だった。

 

 竜華キサキが、それまでの威厳ある態度を一変させ、勢いよく立ち上がった。背後で、椅子が倒れる音が響く。

 

「捜索部隊は――救援部隊は、おらぬのか――ッ!」

 

 常であれば、決して声を荒げることのない少女だった。

 

 その声は、確かに震えていた。

 

「既に、消息を絶った先生たちの捜索のため、FOX小隊、Rabbit小隊を現地へ潜入させております。ですが、目立った情報は、今のところ報告されておりません」

 

「い、今すぐ主力の江北(えほく)艦隊を出航させる――!」

 

「私たちも、ロイヤル・ティー・ネイビーのホーム・フリート艦隊を、直ちに百鬼夜行近海へ――!」

 

 次々と立ち上がる代表者たちを、連邦生徒会長は、静かに、しかし断固として制した。

 

「百鬼夜行近海の制海権を握る東漸艦隊は、未だ健在です」

 

「さらに、桐壺ナガセ大尉が二番機を務める戦闘機隊が制空権を掌握している情勢下において、個別の艦隊を出撃させたところで――再び壊滅させられるのは、目に見えています」

 

 誰も、反論できなかった。

 

 立ち上がったままの代表者たちが、一人、また一人と、力なく椅子へ腰を戻していく。

 

「現在、オデュッセイア海洋高等学校が管理する西漸艦隊が、百鬼夜行の近海へ向かっております」

 

「この艦隊は、先のデウス・ウルト講和会議にて、雷帝率いるゲヘナ学園が所有していた大洋艦隊です」

 

「その艦艇数はキヴォトス最大。乗組員の練度、艦艇の性能ともに、東漸艦隊に引けを取りません」

 

「その艦隊は」

 

 羽沼マコトが、身を乗り出して問うた。

 

「いつ、百鬼夜行近海に展開できるのだ?」

 

 その問いに答えたのは、オデュッセイア海洋高等学校旗艦『オリュンポス号』艦長――海路ミナトであった。

 

「既に、西漸艦隊は百鬼夜行へ向かう航路上にあります。このまま順調にいけば、三日程度で近海に展開可能です」

 

 円卓に、僅かな安堵が走る。

 

 ――だが。

 

「ですが――」

 

 ミナトの声が、その空気を押し止めた。

 

「二年前の東漸の役で、雷帝の艦隊が敷いた機雷網により、我が艦隊の進路が妨害されています」

 

「現在も急ピッチで撤去作業が進められておりますが――」

 

 彼は、一つ息を吐いてから、その数字を口にした。

 

「おそらく、撤去が完了するまで――早くて一ヶ月。長ければ、三ヶ月は要するでしょう」

 

 二年前に沈められた鉄の棘が、今もなお、海の底でこの瞬間を待ち構えていた。

 

 その言葉に――その場にいたすべての生徒が、絶望の色に染まった。

 

「先生……」

 

 キサキが、掠れた声で呟く。

 

「どうか、生きていてくれ――」

 

 窓のないその部屋には、朝も、夜も、届かなかった。

 

  *

 

 ――だが。

 

 その頃。

 

 先生と百花繚乱のメンバーの姿は、既に百鬼夜行のエビス分校にあった。

 

 北方特有の、湿った冷気が肌にまとわりつく。頭上を覆う針葉樹の枝葉が月明かりを細く裁ち落とし、足元の苔むした地面には、緑がかった薄闇が澱んでいた。

 

 踏みしめるたび、落ち葉の下で、湿った土が鈍く沈む。

 

「みんな、ここをもう少し進めば――目的地の、黄昏の寺院があるはずだよ」

 

 先生が、シッテムの箱の画面を確認しながら告げる。青白い光が、その顔を下から照らした。

 

「先生のシッテムの箱に、黄昏の寺院の座標を記憶したアーカイブが残っててよかった」

 

 ナグサが、安堵の混じった声で応じる。

 

「というか、私たち、ここまで来るのに誰とも接敵してないよなー」

 

 レンゲが、ふとそう漏らした。

 

「トサミナト港の時は、少し焦ったけど……結局は見つからず、海峡を渡れたし……」

 

「うちの作戦参謀にかかれば、敵を迂回して目的地に着くなんて造作もないことだよな、キキョウ」

 

 レンゲが、快活に笑いかける。

 

「ああ……うん――」

 

「キキョウ?」

 

 キキョウの返事は、どこか上の空だった。

 

 ――違う。

 

 何かが、決定的におかしい。

 

 彼女の胸の内で、拭い去れない違和感が、じわじわと黒く広がっていく。

 

 あまりにも、静かすぎる。

 

 この森には、鳥の声も、獣の気配も、何ひとつない。

 

 ――ツツジが、私たちの存在に気づかないわけがない。もしかしたら、私たちは、誘われて――

 

 その思考が、最後まで形を成すよりも早く。

 

 空から、「キィー、キィー」と、鷹の鳴き声が響き渡った。

 

 そして、遠くから――「ヒュゥ」と、空気を裂く鋭い音が、猛烈な速度で近づいてくる。

 

「先生っ、伏せてッ!」

 

 咄嗟に、キキョウは先生の体を突き飛ばすように押し倒した。

 

 その刹那。

 

 鋭い鏃を備えた一本の矢が、キキョウの髪を掠め――背後の木の幹へ、深々と突き刺さった。

 

 乾いた炸裂音が、静寂の森に響き渡る。

 

 キキョウは即座に全員を、矢の飛来した方向とは反対側の樹木の陰へと退避させ、慎重に様子を窺った。

 

 ――いた。

 

 背の高い樹木の枝葉の中に、二つの人影。

 

「土生さん。今の、当たりましたか?」

 

「いいや」

 

 もう一つの声が答える。

 

「少し、髪を掠めただけだ――」

 

「……そうですか」

 

 その返答には――心底、安堵したような色が滲んでいた。

 

 やがて、その少女が――ヒュッ、と短く口笛を鳴らす。

 

 その音を合図に、キキョウたちの背後の茂みが、一斉にざわめいた。

 

 振り返れば、源ヨシゑ、清原ヒラメ、蠣崎オタル――そして、幾人もの生徒たちが、既にそこに立っていた。その一つ一つの銃口が、寸分の狂いもなく、先生たちへと向けられている。

 

 完全な、包囲であった。

 

 そして、矢の放たれた方角から、二つの人影が、静かに姿を現す。

 

 一人は、土生アザミ。

 

 そして、もう一人は――

 

「ツツジ――ッ!!」

 

 キキョウの喉から、憎悪に灼かれたような声が迸った。

 

 薄闇に沈む森の中で、その少女の白い包帯だけが、やけに鮮明に浮かび上がっていた。




【カイゼルリッヒ・マリーネ/グランドフリート】
それぞれドイツ帝国海軍、イギリス海軍の主力艦隊の呼称が由来です。

【ショアジギング】
本来は岸から行うルアー釣りの一種。作戦名としての皮肉が込められています。
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