「百花繚乱」編|第3章「心ざし潜む綾目髪の散る惜しむ間に」 作:ゆゞきノ君
・オリジナルキャラクターが主軸になります。
・政治・軍事描写が多めです。苦手な方はご注意ください。
翌朝、部室の扉を叩く音で、私は目を覚ました。
まだ寝惚けた頭のまま身を起こすと、既に不破レンゲが応対に出た後らしく、渡り廊下の奥から、聞き慣れない声が届いてくる。
「朝早く申し訳ございません。今、作戦参謀さんっていらっしゃいますか?」
女の声だった。凛としていて、それでいてどこか、擦り切れたような響きを帯びている。
「ああ、キキョウなら調停室にいるが……」レンゲの声が答える。「あんたは誰だ?」
「私は百花繚乱作戦参謀の武者小路ツツジという者です」
その名を聞いた瞬間、私は思わず身を強張らせた。
「作戦参謀――ッ!?」
「とは言っても、二年前までなんですけどね」その声には、自嘲めいた笑いが混じっていた。「今日は現職の作戦参謀さんと話したいことがありまして、案内していただけますか?」
ちょうどその時、部室の奥からシャーレの先生が、慌てた様子でレンゲの元へと駆けつけた。
「――名前、武者小路ツツジだよね。昨日は本当にありがとう」
「その声は、昨日助けた方ですね」ツツジと名乗る声は、静かに応じた。「ご無事で何よりです」
「先生、この人が昨日助けてもらったっていう!?」レンゲが、驚いたように声を上げる。
「先生……?」ツツジが、少し戸惑うように問い返した。
「ああ、自己紹介が遅れたね」先生が言う。「私は連邦捜査部シャーレに所属している先生だよ」
「貴方が……」
ツツジは、何かを考え込むような、間の空いた声色で、そう繰り返した。
「そうだよ、ささっ遠慮なく上がって、上がって」
「では、遠慮なく」
先生の手引きで調停室に案内されたツツジは、そこで初めて百花繚乱のメンバー全員と顔を合わせることとなった。その中で、ツツジの顔を唯一知る御稜ナグサ先輩だけは、てっきり彼女が何かをやらかして二年前に除籍されたのだと思い込んでいたようで、特に混乱もなく話は進んでいった。
私は、調停室の上座から、その一連のやり取りを静かに見つめていた。
「それで」私は、口火を切る。「ツツジ先輩は、今日私に何を伝えに来たわけ?」
「私の持つ
「軍師大権……?」
聞き慣れないその言葉に、私は思わず眉を寄せた。
ツツジによれば、かつて作戦参謀には『軍師大権』という特権が与えられていたのだという。それは、百鬼夜行を構成する各分校の奉行所や押領使を、自らの統制下に置くことを可能とする権利であり、しかも陰陽部や百花繚乱からの干渉を一切受けない、完全に独立した権限であった。
「作戦参謀って役職だけで、一般委員と大して変わらないって、思ったことがあると思う」
その言葉に、私は思わず息を呑んだ。図星だった。
「確かに……」私は、正直に頷いた。「作戦参謀って名前だけで、不便に思ったことはあるけど……」
この軍師大権は、かつての百花繚乱委員長・物部シシカと、陰陽部部長・大伴コガネ、そして各地の押領使や奉行所の有力者らの合議によって創設された、百鬼夜行の校則の枠組みすら超える令外官の権限であるという。しかし、あまりにも強力な特権であったがために、その後、幾度となく政治的な混乱の火種となった。
ツツジが除籍されて以降、この二年の間、陰陽部と百花繚乱は幾度も後任の任命を計画しては、そのたびに互いの思惑をぶつけ合い、破綻させてきた。結局、軍師大権を武者小路ツツジに帰属させたまま、作戦参謀という役職だけを再任命する――そんな異例の形で、この二年は凌がれてきたのだという。
その権限を、今――彼女は、私に返そうとしている。
ツツジは、私の前に一つの紙袋を静かに置いた。中には、丁寧に折り畳まれた一本の襷が収められている。それは、発足当時、陰陽部部長・大伴コガネが自ら記したとされる、『軍師』の二文字が刺繍された襷だった。
「これを、君に」
「では」私は、その重みを噛み締めながら答えた。「謹んで拝命いたします」
紙袋へと手を伸ばした、その時だった。
「言っておくけど」ツツジが、静かに口を挟む。「君がこれを受け取っても、本当の作戦参謀にはなれませんよ」
「それはどういう……」
「私たちは、あくまで令外官ですから」
軍師大権という特権は、作戦参謀という称号そのものとは、また独立した存在なのだという。かつての物部シシカ、大伴コガネ、そして各地の有力者による合議で創設されたこの権限は、その権限を定めた『本朝一部二道』
だからこそ――軍師大権という特権は、百花繚乱の当事者と陰陽部の合意による、いわゆる継承戦のような形で移譲することは、厳しく禁じられているのだという。
「じゃあ、先輩はなぜ、このことを話しに来たの?」
「それはね……」
その時、調停室の障子が、静かに開かれた。
「紹介するよ、この人らは――」
すると、私たちのいる百花繚乱の部室に源ヨシゑ・清原ヒラメと名乗る大人びた二人の生徒が入ってきた。
『本朝一部二道』令義解によれば――作戦参謀の有する軍師大権の任命権、罷免権は、陰陽部部長、百花繚乱委員長、そして軍師大権の創設に携わった清原家・源家、両家の棟梁との合議によって決定されるのだという。
「そういえば」ツツジが、ふと思い出したように先生たちへ尋ねた。「今の百花繚乱の委員長は誰なの?」
「アヤメだよ」
ナグサ先輩がそう答えると、ツツジの表情に、まるで最初から分かっていたかのような、静かな翳りが差した。
「ああ、やはりそうか……」
「では、七稜委員長の代わりとして、御稜副委員長が出席してもらえるか」
「正当性の観点から、シャーレの先生も御稜副委員長と同伴して出席してもらえると、ありがたい」
「アヤメが寝込んでいるの――ツツジ先輩、知ってたっけ」
「いや」ツツジは、静かに首を振った。「知らない」
「まあ……予想はついていたんだ……」
その言葉を最後に、ツツジは清原ヒラメの手を借り、静かに席を立った。
【所司・三管領・四職】
室町幕府の職制から。三管領は斯波・細川・畠山、四職は赤松・一色・山名・京極の各氏を指します。所司は侍所の長官で、四職から任じられました。ツツジの神秘が兵器を呼び出す際の呼称は、この序列に対応しています。
【令外官】
律令の規定の外に置かれた官職のこと。制度上の位置づけを持たないまま強大な権限を持つ――軍師大権の性質そのものです。
【令義解】
平安時代に編まれた養老令の官撰注釈書。作中の『本朝一部二道』令義解は、これをもじった架空の校則です。