「百花繚乱」編|第3章「心ざし潜む綾目髪の散る惜しむ間に」   作:ゆゞきノ君

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・原作「百花繚乱」編第二章終了後の独自解釈です。
・オリジナルキャラクターが主軸になります。
・政治・軍事描写が多めです。苦手な方はご注意ください。


第七話「添い星」――其の①

 カン、カン、カン、カン――。

 

 火の見櫓(みぐら)の半鐘が、目下の火災を、けたたましく告げていた。

 

 あれは、私が百鬼夜行連合学院中等部三年生の頃の話だ。

 

 その夏、百鬼夜行では前代未聞の事件が起こった。世に言う――「ツクシ分校の乱」である。

 

 当時、キヴォトス全土に猛威を振るっていたゲヘナ学園。とりわけ、その中心にあった雷帝という存在に憧れを抱いた、一部の旧筑紫学園・旧狗奴学園の生徒たちによって、各学区の奉行所や商店が次々と焼き払われた。そして――私の育った街もまた、黒く焼け焦げ、煙臭い塵となって、この世から消え失せた。

 

 私はそれを、遠い丘の上から、そっと眺めていた。

 

 ある一軒家の大黒柱が、完全に炭と化す。やがて家全体が、ギギギッ、と鋭い摩擦音を軋ませて――ゆっくりと、崩れ落ちた。

 

 舞い上がった火の粉が、赤い蛍のように、夕闇の中を高く昇っていく。

 

 隣にしゃがみ込むナグサは、その光景を見つめながら、これでもかというほどの涙を流していた。

 

 ――私には、その気持ちが分からなかった。

 

 慣れ親しんだ我が家なら分かる。親しい人の家なら、分かる。けれど、私の見る限り、あれはナグサも私も知らない、赤の他人の家だ。

 

 どうしてナグサが、ここまで泣けるのか。私には、まるで理解できなかった。

 

 文句なく、私は無感情だった。

 

 もちろん――表面上は。しゃがみ込んで泣くナグサに寄り添い、気の利いた言葉を並べてみせていた。

 

 そう。あくまで、表面上は。

 

「気持ちは痛いほど分かる。でもナグサ、もう行かないと」

 

「でも……」

 

「いいから。ほら、起きて、ナグサ」

 

 私は、しゃがみ込むナグサの両脇を掴んで、無理やり持ち上げた。

 

 苛立ちを隠しきれないこの手で、ナグサのスカートについた土を払い、ハンカチで目元をしつこいほどに拭ってやる。

 

「アヤメ、そんなに拭かなくても……」

 

「しっかり拭いておかないと、ナグサの綺麗な顔が台無しになっちゃうじゃん」

 

「私って……綺麗なの?」

 

「うん、綺麗だよ!」

 

「私って、アヤメが見惚れるぐらい綺麗なんだ!」

 

 彼女は、私の上っ面の言葉を疑ったことなど、ただの一度もない。

 

  *

 

 兎にも角にも、私たちは燃え盛る街を離れ、百鬼夜行の郊外を目指して歩き出した。

 

 橋を渡り、商店街を抜け――ようやく郊外へ抜けようかという、その時だった。

 

「止まれ」

 

 背後からの一声に、心臓が跳ね上がった。

 

 ――捕まった。

 

 そこの角さえ曲がれば、郊外だったのに。

 

 ……そうだ。ナグサがあそこで、あんなにうじうじしていなければ。もっと早く、避難できていたんじゃないか。

 

 私は、横目でナグサの顔を確認する。彼女は、すがるような目で私を窺っていた。

 

 ――こんな状況で、どうすればいいかなんて、私だって分からない。

 

 積年の念が、腹の底から静かに湧き上がってきた。

 

「ゆっくり後ろを向いて、学校名と名前を言え」

 

 その瞬間。

 

 私は、ひとつ腹黒いことを思いついてしまった。

 

 御稜家といえば、代々百花繚乱の生徒を輩出してきた名門である。そしてツクシ分校が反乱を起こした目的は――族閥打破。すなわち、貴族的な身分の廃絶だ。

 

 ならば、名もない七稜家の私など、彼女たちの眼中にはないはずだ。

 

 そして何より。

 

 ――ナグサに、一度くらい痛い目を見てもらいたかった。

 

 直感的で、それでいて静かな感情の爆発が、私の脳裏をちりちりと灼いた。

 

「私は、百鬼夜行連合学院中等部三年、七稜アヤメです」

 

 私は、馬鹿正直にそう答えた。ナグサも、最初こそ戸惑っていたが、やがて続いて名乗る。

 

「私も、百鬼夜行連合学院中等部三年、御稜ナグサです」

 

 だが――返ってきた答えは、私の予想とは違っていた。

 

「よし。七稜さんだけ、私についてこい」

 

 ……なぜ。

 

 御稜家でもない、名家の系譜でもない、この私を選ぶのか。

 

 甚だ疑問であった。とはいえ、ナグサもまた縄で固く縛られ、そして――不思議なことに、そのまま道端へ放置された。

 

  *

 

 私は手綱を引かれ、郊外へ渡る検問所へと連れて行かれた。

 

 角を曲がった先には、数え切れないほどの反乱生徒たちがいた。その全ての銃口が、こちらへと向けられる。

 

「待て。ツツジだ、撃つな」

 

 誰かがそう言うと、一斉に銃口が下がった。

 

 私が検問所へと歩を進める、その道の脇には――私たちと同じように郊外への脱出を試みたのであろう生徒たちの、無惨な姿が横たわっていた。

 

 乾き始めた血が、砂利の上で黒く固まっている。

 

 私は、目を逸らさなかった。逸らせなかった、というべきかもしれない。

 

 反乱生徒の一人が近寄ってきて、尋ねた。

 

「この子も、族閥か?」

 

「この子は、七稜アヤメというそうだ」

 

 じっくりと、私の顔が覗き込まれる。

 

「七稜? 知らないな。稜がついてるから、貴族っぽいが……」

 

「ここに詳しい人はいるか?」

 

「詳しい人? なら、今ここにツクシ分校の副生徒会長がいる。その人に聞くといい」

 

「副生徒会長が?」

 

「ああ」

 

 その時、その生徒が――私を連れてきた彼女に、密かに耳打ちしたのが聞こえた。

 

「戦線の状態がどうも芳しくないようで、ここに避難してきてるみたい」

 

「ありがとう、志賀さん」

 

 そして彼女は、その生徒の横を通り過ぎざま、さりげなく囁いた。

 

「――あの角に、もう一人生徒がいる」

 

「私が上のやつを片付けるから、あの子と、ここを――」

 

「ああ」

 

  *

 

 私はそうして、ツクシ分校副生徒会長――もとい、この乱を引き起こした首謀者の待つ部屋の前へと連れて行かれた。

 

 その時、私の手を引いていた彼女が、ふっと手を離した。

 

 スカートから何かを取り出し、さっと腕を通す。

 

 ――水色の、羽織だった。

 

 夕陽の残光を受けて、その藍色が、燃え落ちた街の焦げ茶の中で、ただ一点だけ鮮やかに際立った。

 

「百花繚乱……」

 

 私が思わずそう漏らすと、彼女は振り返り、悪戯っぽく――はにかんで見せた。

 

 次の瞬間、彼女は副生徒会長のいる部屋へと躍り込んだ。障子が破れる音。短い怒号。何かが倒れる音。

 

 ――そして、わずか数秒。

 

 彼女は、副生徒会長を生け捕りにして、悠然と部屋から出てきた。

 

 検問所の外では、先ほど名前を聞いてきた生徒が、既にツクシ分校の生徒たちを制圧し終えていた。

 

 検問所を出ると、縄でぐるぐる巻きにされたナグサが、痛みのせいか、涙目になっていた。

 

「ツツジ、この子の縄、締めすぎじゃない? 結構痛そうだよ」

 

「志賀さん、申し訳ないです」

 

 ……正直に言うと。

 

 私はそんなナグサを見て、どこか、清々するような気持ちになっていた。

 

 だが同時に――自分がしようとしたあの腹黒い企みが、ツツジ先輩たちの前で、白日の下に晒されてしまったこと。

 

 その事実だけは、どうしても拭えなかった。

 

「どう? 私、いい仕事するでしょ」

 

 彼女がそう言って笑うものだから、私は思わず、えっ……、と拍子抜けした声を出してしまった。

 

 彼女の名前は、武者小路ツツジ。

 

 この頃は――百花繚乱に所属する、高等部一年生だった。

 

  *

 

 その後、ツクシ分校の乱の首謀者・伊牟田スゞランを、ツツジ先輩は同期の志賀ナオハに任せた。

 

 残されたのは、ナグサと私、そしてツツジ先輩の三人だけ。

 

 夕暮れの光が、焼け跡の煙を透かして、辺り一面を橙色に染めていた。

 

 ツツジ先輩は、私の肩をちょちょん、とつついた。振り返った私の目の前に、二つの飴が差し出される。

 

「さっきのお詫び……ってわけじゃないんだけど」

 

「どっちか、好きな方を選んで」

 

 その掌には、いちごミルクの飴と、カフェイン入りのコピコが乗っていた。

 

 私は、迷わずコピコを選んだ。

 

「七稜さんは、私と同じ、オーバーワーカーやね」

 

 ツツジ先輩は、可笑しそうに笑った。

 

「ところで、七稜さんは将来、何になりたいの?」

 

「私は――」

 

 その言葉は、自分でも驚くほど自然に、口をついて出た。

 

「私は、ツツジ先輩みたいに――百花繚乱で、困っている人の助けがしたい」

 

「今回のツクシ分校の乱では、百花繚乱の委員長が機敏に動けなかったせいで、被害が拡大した」

 

「私が百花繚乱の委員長になったら――もう、こんな失態は犯さない」

 

 ツツジ先輩は、そんな私をじっと見つめて――やがて、静かに微笑んだ。

 

「きっと、いい百花繚乱の委員長になるよ」

 

 そして先輩は、私の後ろ髪をそっと手に取ると、丁寧に、三つ編みを結び始めた。

 

 夕陽を受けた指先が、驚くほど優しく動いていく。

 

「約束する――」

 

 その一言が。

 

 この三つ編みを、私にとって特別なものへと変えた。




【題名について】
寄り添う星の意。第四話の「参と商」が決して出会えない二星であったのに対し、こちらは並んで輝く星を指します。

【火の見櫓・半鐘】
江戸期以来の火災警報設備。連打は火元が近いことを知らせます。
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