「百花繚乱」編|第3章「心ざし潜む綾目髪の散る惜しむ間に」 作:ゆゞきノ君
・オリジナルキャラクターが主軸になります。
・政治・軍事描写が多めです。苦手な方はご注意ください。
カン、カン、カン、カン――。
火の
あれは、私が百鬼夜行連合学院中等部三年生の頃の話だ。
その夏、百鬼夜行では前代未聞の事件が起こった。世に言う――「ツクシ分校の乱」である。
当時、キヴォトス全土に猛威を振るっていたゲヘナ学園。とりわけ、その中心にあった雷帝という存在に憧れを抱いた、一部の旧筑紫学園・旧狗奴学園の生徒たちによって、各学区の奉行所や商店が次々と焼き払われた。そして――私の育った街もまた、黒く焼け焦げ、煙臭い塵となって、この世から消え失せた。
私はそれを、遠い丘の上から、そっと眺めていた。
ある一軒家の大黒柱が、完全に炭と化す。やがて家全体が、ギギギッ、と鋭い摩擦音を軋ませて――ゆっくりと、崩れ落ちた。
舞い上がった火の粉が、赤い蛍のように、夕闇の中を高く昇っていく。
隣にしゃがみ込むナグサは、その光景を見つめながら、これでもかというほどの涙を流していた。
――私には、その気持ちが分からなかった。
慣れ親しんだ我が家なら分かる。親しい人の家なら、分かる。けれど、私の見る限り、あれはナグサも私も知らない、赤の他人の家だ。
どうしてナグサが、ここまで泣けるのか。私には、まるで理解できなかった。
文句なく、私は無感情だった。
もちろん――表面上は。しゃがみ込んで泣くナグサに寄り添い、気の利いた言葉を並べてみせていた。
そう。あくまで、表面上は。
「気持ちは痛いほど分かる。でもナグサ、もう行かないと」
「でも……」
「いいから。ほら、起きて、ナグサ」
私は、しゃがみ込むナグサの両脇を掴んで、無理やり持ち上げた。
苛立ちを隠しきれないこの手で、ナグサのスカートについた土を払い、ハンカチで目元をしつこいほどに拭ってやる。
「アヤメ、そんなに拭かなくても……」
「しっかり拭いておかないと、ナグサの綺麗な顔が台無しになっちゃうじゃん」
「私って……綺麗なの?」
「うん、綺麗だよ!」
「私って、アヤメが見惚れるぐらい綺麗なんだ!」
彼女は、私の上っ面の言葉を疑ったことなど、ただの一度もない。
*
兎にも角にも、私たちは燃え盛る街を離れ、百鬼夜行の郊外を目指して歩き出した。
橋を渡り、商店街を抜け――ようやく郊外へ抜けようかという、その時だった。
「止まれ」
背後からの一声に、心臓が跳ね上がった。
――捕まった。
そこの角さえ曲がれば、郊外だったのに。
……そうだ。ナグサがあそこで、あんなにうじうじしていなければ。もっと早く、避難できていたんじゃないか。
私は、横目でナグサの顔を確認する。彼女は、すがるような目で私を窺っていた。
――こんな状況で、どうすればいいかなんて、私だって分からない。
積年の念が、腹の底から静かに湧き上がってきた。
「ゆっくり後ろを向いて、学校名と名前を言え」
その瞬間。
私は、ひとつ腹黒いことを思いついてしまった。
御稜家といえば、代々百花繚乱の生徒を輩出してきた名門である。そしてツクシ分校が反乱を起こした目的は――族閥打破。すなわち、貴族的な身分の廃絶だ。
ならば、名もない七稜家の私など、彼女たちの眼中にはないはずだ。
そして何より。
――ナグサに、一度くらい痛い目を見てもらいたかった。
直感的で、それでいて静かな感情の爆発が、私の脳裏をちりちりと灼いた。
「私は、百鬼夜行連合学院中等部三年、七稜アヤメです」
私は、馬鹿正直にそう答えた。ナグサも、最初こそ戸惑っていたが、やがて続いて名乗る。
「私も、百鬼夜行連合学院中等部三年、御稜ナグサです」
だが――返ってきた答えは、私の予想とは違っていた。
「よし。七稜さんだけ、私についてこい」
……なぜ。
御稜家でもない、名家の系譜でもない、この私を選ぶのか。
甚だ疑問であった。とはいえ、ナグサもまた縄で固く縛られ、そして――不思議なことに、そのまま道端へ放置された。
*
私は手綱を引かれ、郊外へ渡る検問所へと連れて行かれた。
角を曲がった先には、数え切れないほどの反乱生徒たちがいた。その全ての銃口が、こちらへと向けられる。
「待て。ツツジだ、撃つな」
誰かがそう言うと、一斉に銃口が下がった。
私が検問所へと歩を進める、その道の脇には――私たちと同じように郊外への脱出を試みたのであろう生徒たちの、無惨な姿が横たわっていた。
乾き始めた血が、砂利の上で黒く固まっている。
私は、目を逸らさなかった。逸らせなかった、というべきかもしれない。
反乱生徒の一人が近寄ってきて、尋ねた。
「この子も、族閥か?」
「この子は、七稜アヤメというそうだ」
じっくりと、私の顔が覗き込まれる。
「七稜? 知らないな。稜がついてるから、貴族っぽいが……」
「ここに詳しい人はいるか?」
「詳しい人? なら、今ここにツクシ分校の副生徒会長がいる。その人に聞くといい」
「副生徒会長が?」
「ああ」
その時、その生徒が――私を連れてきた彼女に、密かに耳打ちしたのが聞こえた。
「戦線の状態がどうも芳しくないようで、ここに避難してきてるみたい」
「ありがとう、志賀さん」
そして彼女は、その生徒の横を通り過ぎざま、さりげなく囁いた。
「――あの角に、もう一人生徒がいる」
「私が上のやつを片付けるから、あの子と、ここを――」
「ああ」
*
私はそうして、ツクシ分校副生徒会長――もとい、この乱を引き起こした首謀者の待つ部屋の前へと連れて行かれた。
その時、私の手を引いていた彼女が、ふっと手を離した。
スカートから何かを取り出し、さっと腕を通す。
――水色の、羽織だった。
夕陽の残光を受けて、その藍色が、燃え落ちた街の焦げ茶の中で、ただ一点だけ鮮やかに際立った。
「百花繚乱……」
私が思わずそう漏らすと、彼女は振り返り、悪戯っぽく――はにかんで見せた。
次の瞬間、彼女は副生徒会長のいる部屋へと躍り込んだ。障子が破れる音。短い怒号。何かが倒れる音。
――そして、わずか数秒。
彼女は、副生徒会長を生け捕りにして、悠然と部屋から出てきた。
検問所の外では、先ほど名前を聞いてきた生徒が、既にツクシ分校の生徒たちを制圧し終えていた。
検問所を出ると、縄でぐるぐる巻きにされたナグサが、痛みのせいか、涙目になっていた。
「ツツジ、この子の縄、締めすぎじゃない? 結構痛そうだよ」
「志賀さん、申し訳ないです」
……正直に言うと。
私はそんなナグサを見て、どこか、清々するような気持ちになっていた。
だが同時に――自分がしようとしたあの腹黒い企みが、ツツジ先輩たちの前で、白日の下に晒されてしまったこと。
その事実だけは、どうしても拭えなかった。
「どう? 私、いい仕事するでしょ」
彼女がそう言って笑うものだから、私は思わず、えっ……、と拍子抜けした声を出してしまった。
彼女の名前は、武者小路ツツジ。
この頃は――百花繚乱に所属する、高等部一年生だった。
*
その後、ツクシ分校の乱の首謀者・伊牟田スゞランを、ツツジ先輩は同期の志賀ナオハに任せた。
残されたのは、ナグサと私、そしてツツジ先輩の三人だけ。
夕暮れの光が、焼け跡の煙を透かして、辺り一面を橙色に染めていた。
ツツジ先輩は、私の肩をちょちょん、とつついた。振り返った私の目の前に、二つの飴が差し出される。
「さっきのお詫び……ってわけじゃないんだけど」
「どっちか、好きな方を選んで」
その掌には、いちごミルクの飴と、カフェイン入りのコピコが乗っていた。
私は、迷わずコピコを選んだ。
「七稜さんは、私と同じ、オーバーワーカーやね」
ツツジ先輩は、可笑しそうに笑った。
「ところで、七稜さんは将来、何になりたいの?」
「私は――」
その言葉は、自分でも驚くほど自然に、口をついて出た。
「私は、ツツジ先輩みたいに――百花繚乱で、困っている人の助けがしたい」
「今回のツクシ分校の乱では、百花繚乱の委員長が機敏に動けなかったせいで、被害が拡大した」
「私が百花繚乱の委員長になったら――もう、こんな失態は犯さない」
ツツジ先輩は、そんな私をじっと見つめて――やがて、静かに微笑んだ。
「きっと、いい百花繚乱の委員長になるよ」
そして先輩は、私の後ろ髪をそっと手に取ると、丁寧に、三つ編みを結び始めた。
夕陽を受けた指先が、驚くほど優しく動いていく。
「約束する――」
その一言が。
この三つ編みを、私にとって特別なものへと変えた。
【題名について】
寄り添う星の意。第四話の「参と商」が決して出会えない二星であったのに対し、こちらは並んで輝く星を指します。
【火の見櫓・半鐘】
江戸期以来の火災警報設備。連打は火元が近いことを知らせます。