人殺しの町 作:くま
緑が続く草原を、鈴の音が駆け抜ける。
引手のいない機械仕掛けの小型ソリが、前へ前へと走っていた。
操縦桿を握り、黙々とソリの速度と行き先を操る青年は、隣の座席に目を向ける。
「カーミン」
青年の隣には、青銀に染まる髪を持つ少女が座り、気持ち良さそうに舟を漕いでいた。
「そろそろだぞ」
長旅で疲れたのだろう。カーミンと呼ばれた少女は、寝惚け眼を擦りながら、とても大きな欠伸を一つと、更にもう一つ。
「ふわあ……、着いたの、エズ?」
両手を上に背伸びしつつ、操縦士の名を口にする。
「次の町だ」
エズと呼ばれた青年は、前へと視線を戻す。先に映るのは、立派な外壁に護られた町だ。
「おっきな町ね」
へえー、と声を上げ、カーミンが口を開く。
右を見ても左を見ても、前方に目を向けても、あるのは草原だけだったが、欠伸が出るほど平和な空間から、ようやく抜け出すことができる。
眠気は彼方に消え去り、カーミンの意識は既に町へと向けられていた。
「町に入るのって、何日ぶりかな?」
「覚えてないな」
三日目までは数えていたが、以降は面倒になっていた。
エズの返事に、カーミンは右手の指を一つずつ曲げて思い出してみる。けれども、途中で分からなくなったのか、うーんと喉を鳴らした。
「暇すぎたか」
その仕草に、エズは帽子のつばを摘まみながら、問い掛けてみる。
日々、同じ景色の中に埋もれていては、方角や時間の感覚が薄れてしまうのも仕方がない。
すると、二度瞬きを重ね、カーミンは首を横に振る。
「んー? エズと一緒だから、退屈じゃなかったわ」
ヌイグルミもあるし、と付け加え、屈託のない笑みを浮かべた。
「でもね、やっぱり何か刺激は欲しかったなーって。だからすごく楽しみ」
二人の会話が続く中、ソリは町の入口へと到着する。
操縦桿を掴んだまま、左の手で無段変速機を操り、足元の装置を踏む力に強弱を付ける。四速から順に下げ、中立部に戻して動力の伝達を切り終えると、エズはソリを完全停止させた。
手を操縦桿から放し、衝撃吸収用のベルトを外す。
「荷物は持てるか」
「任せて」
二人は座席から立ち上がり、荷台に手を付ける。大小幾つかの荷物が置かれていた。それはエズとカーミンの旅荷だ。
少なすぎるわけではないが、ほぼほぼ必要最低限の物だけを取捨選択し、ソリの荷台に置いて下界を旅している。
「やあやあやあ」
とここで、町に入る支度中、ホルスターを腰に付けた中年男性が、笑顔を張り付け二人の傍に歩み寄る。ソリが走る姿を見ていたのだろう。両手を目一杯に広げ、声を掛けてきた。
「ようこそ、人殺しの町へ!」
エズとカーミンに話し掛けたのは、町の住人だ。旅人や行商人が町に入る際、その人物が安全か否かを見極める仕事に就き、不測の事態に備えている。
これはこの町に限らず、他の町や村、国を訪ねたとしても、滅多に変わらない光景だ。住人の安全を確保する為には必要不可欠な手順であり、これをもって不審人物を確実に弾いていく。
「人殺しの町?」
眉を寄せ、カーミンは中年男性と目を合わせる。
「ええ! ここはその名の通り、人殺しを許可された町です!」
聞き間違いではない。二人と言葉を交わす中年男性は、この町を人殺しの町と呼んだ。何を言っているのだろうかとカーミンは思考を巡らせてみるが、全く理解が追いつかない。
その思考を遮るかのように、今度は口髭を生やす男性が町の入口から足早に近づいてきた。
「荷物の中身を拝見してもよろしいですか」
中年男性の態度や口調とは異なり、愛想なく荷の検査を求める。
「勿論です」
ここで断っていては、町に入ることはできない。
同じく愛想はないが、エズは頷いた。
「では、失礼します」
エズの許可を取ると、口髭を生やした男性は視線を荷物へと移し、淡々と仕事をこなす。紐を解いて、一つずつ中身を確認する。エズとカーミンの荷物には、食料や衣類が入っていた。
「問題ありません」
確認を終えると、口髭を生やした男性はエズに頭を下げる。
「おい、危険物は見つかったか」
「無い」
中年男性の問い掛けに、口髭を生やした男性は短く呟いた。すると、ここを人殺しの町と呼ぶ中年男性は、あからさまに顔を歪め、溜息を吐く。
「ああ、それは残念だ」
危険物の持ち込みがないと知り、中年男性は何故か落胆していた。
「何か、不都合なことでも」
エズが言葉をぶつける。ハッと我に返った中年男性は、すぐにまた笑顔を張り付けた。
「いえいえ、そんなことはありませんよ! 危険物の持ち込みは禁止されているのですから、これは非常に喜ばしいことです!」
そうとは思えない態度を取っていたが、エズは何も指摘しない。
だが、それが我慢できなかったのか、カーミンがエズの服の袖を引っ張る。
「エズ」
「どうした」
顔を近付け、エズだけに聞こえるように、そっと呟く。
「この町、おかしいよ」
「そうだな」
不安気な表情のカーミンを余所に、エズは冷静だ。
「じゃあさ、別の町に行こうよ」
草原ばかりの風景から解放されたかと思えば、この状況だ。
ただの冗談かもしれないが、この町が人殺しの町だと耳にして、カーミンは二の足を踏んでいた。
「刺激が欲しかったんだよな」
「うっ、確かに言ったけどさ」
先ほど、ソリの上で交わした言葉を思い出す。
視線を下げ、カーミンは俯いてしまった。
「安心しろ」
エズは、カーミンの頭に手を置いて、優しく撫でる。
二束に結った青銀の髪が揺ら揺らと動く。
「カーミン、お前の傍にいるのは誰だ」
「……エズ」
顔を上げ、上目遣いにエズの顔を覗く。
カーミンの傍にはエズがいる。その事実があるだけで、カーミンの中に渦巻いていた不安は自然と消え去っていく。
「ううー、ズルい」
頬を膨らませ、ふいっと視線を外す。
「それに、旅の疲れも癒さないとな」
「わかったよ、もう」
確かに、旅の疲れを癒すには丁度いい。ここまでの旅路は果てしなく、刺激が欲しいと口にしたのも事実だ。
カーミンは、町の宿場で部屋を借り、エズと一緒にフカフカのベッドに寝転がりたいと考えていた。
「エズとカーミンです、よろしく」
改めて、口髭を生やした男性と挨拶を交わす。荷物の検査が終わり、問題無しと判断された二人は、町に入ることにした。しかし、
「あれっ、おかしいな」
口髭を生やした男性とエズが、声の主に目を向ける。
中年男性が、エズとカーミンの近くを見回していた。
「お二人が乗るソリが、消えてしまいまして」
「……確かに」
その台詞に、口髭を生やした男性は眉間に皺を寄せる。エズとカーミンが乗っていたはずのソリが、どこにも見当たらないのだ。
「気にしないで」
けれども、エズとカーミンは平気な顔をしている。
頬を緩めたカーミンが、二人に心配無用だと声を掛けた。
「そう言うのでしたら、まあ……」
ソリは、姿形を無くした。
目の前で起きたであろう出来事に、口髭を生やした男性は納得がいかない様子だが、中年男性は違う。意識はすぐに戻され、そんな些細な事はどうでもいいと言わんばかりの表情を作り込み、二人を歓迎する。
「エズさん、カーミンさん、人殺しの町をお楽しみください!」
カーミンの手を握り、エズは一歩、町中に足を踏み入れた。
二人の足元に注目し、身を震わせながら歓喜する中年男性は、それを合図に張り付けた笑顔を無に戻す。そして、
「では早速」
ホルスターから拳銃を抜き取り、銃口をエズの頭部へと定めた。
「さようなら、旅の人」
耳に、辺りに、銃声が響く。
中年男性は、何の躊躇いもなく引き金を引いていた。
「……へ?」
だが、おかしい。
弾丸は銃身を通り、エズの頭部を撃ち抜く。
町を訪ねたばかりの旅人を、中年男性は撃ち殺したはずだ。それなのに、
「まだ何か」
引き金に指を掛け、確かに引いていた。
しかしながら、エズは無事だ。中年男性が撃った弾丸が頭部を貫通することはなく、おかしなことに弾丸自体が存在を消していた。
「え、っとですね、はははっ」
エズが問う。
すると、中年男性は大きく肩を揺らし、上下左右に目を泳がせる。
「何でもありませんよ、ええ、何も問題ありませんので!」
拳銃をホルスターに戻し、何事もなかったかのように苦笑いしてみせた。
その顔に目を向けて、エズは口の端を上げた。
「そうですか、それでは」
会釈し、エズとカーミンは町の中へと入っていく。
「……ねえ、エズ」
「ん?」
「あの人、なんで恥ずかしそうにしてたの」
「人殺しに失敗したからだろ」
その言葉に、カーミンは小首を傾げた。
この町は、人を殺すことを許可されている。意気揚々と拳銃を手に構え、無知な旅人を撃ち殺すはずが、蓋を開けてみれば失敗に終わっていた。と同時に、旅人は何食わぬ顔で問い掛けてくる始末だ。全く理解できずに失敗したことで、中年男性は二発目を撃つ気が失せていた。
「ふぅん、よくわかんないけど」
肩を竦め、カーミンは呟く。
左手でエズの手をしっかりと握り、右手には古臭いヌイグルミを抱えたまま、並んで歩く。久し振りの町に、カーミンの足取りは軽くなっていた。
「わあ、噴水があるわ」
街中を真っ直ぐに進んでいくと、大きな広場に出た。中央には大きな噴水があった。元気よくエズの手を引っ張り、カーミンは噴水の傍に近づいてみるが、不意に足を止める。
「濁ってる」
噴水の中は、赤黒くなっていた。
「掃除する人いないのかな」
折角の噴水が台無しだ、とカーミンが息を吐く。
その横で、エズは目を細めた。
「する意味が無いんだろ」
「意味が? それって、どういう意味なの」
カーミンは、エズの視線の先を追う。噴水から広場へ、そして街中を行き交う住人達を観察しているように見えた。ここでようやくカーミンも気付いた。そこら中の人々が、二人の姿を瞳に映し込んでいるではないか。
「わたしたち、見られてるわ」
旅人が珍しいからではない。別の目的を持ち、その目を向けていた。
カーミンは考える。この町は、何から何までおかしなことばかりだ。
この町を人殺しの町を呼ぶ中年男性は、エズとカーミンが町に入るのを見届けた後、躊躇いもなく拳銃の引き金を引いた。
結果的に人殺しには失敗したが、発砲に至った理由も口にせず、ただの苦笑いで済ませられてしまった。それもそのはず、この町では、人殺しが許されているからだ。
そして、その様子を町の住人達は見ていた。
今度の旅人は、そう簡単には死なない。一癖ある奴らだ、と。決して誰も口にはしないが、目の動きが物語っている。エズとカーミンを殺したくてウズウズしているのだ。
「大丈夫かな、この町」
消えたはずの不安が、カーミンの胸を侵食する。その一方、エズは普段通りの振る舞いだ。
「そのうち、諦めるさ」
「うー、エズは楽観的よね」
街中には、他の旅人はいない。商人の姿も見当たらない。
冷静に考えれば、一人もいないはずはないのだが、この町には外の常識が通用しないのも事実だ。
細かな所に目を向けてみると、この町の実態が浮き彫りになる。町の石畳の隙間には、拭い切れない血痕が見え隠れし、赤黒く染まった噴水の中には見てはいけないものが沈んでいる。
左を向けば、鉄の棒切れを握った住人が二人の様子を窺い、逆に右側に視線を移せば、今度は小型ナイフを手にした住人が行ったり来たりしている。
「あったぞ」
一人一人の位置や仕草を気に掛けていれば、一時間と持たずに町の外に出てしまいたくなるだろう。
そんな中、エズは噴水の向こう側に宿場を見つけた。
「え、なに?」
「宿場だ」
エズに言われてカーミンは目を向ける。噴水の水飛沫で見え辛かったが、回り込んで町の奥に進んでみると、宿場の看板が二人を出迎えた。
「ここに泊まるの?」
「ああ」
外装は小奇麗だが、内部が重要だ。
カーミンは、エズよりも一歩前に出て、我先にと宿場の玄関に近づく。
とその時、エズがカーミンの腕を手加減なく思い切り引っ張った。するとほんの僅かな時間差で、上から大きな石の塊が落ちてきた。
「なっ、なに? なにが起きたの?」
「二階だ」
カーミンは上を見る。二階の窓から顔を引っ込める人物がいた。どうやらあの人物が石を落としたらしい。
「なんでこんなことをするの? わたし、死ぬところだったわ」
「それが狙いだろ」
この町では、別に不思議なことでもおかしなことでもない。
エズは淡々と答えた。
この町にはこの町のルールが存在する。予め決められたルールの中で、住人達は人殺しをしながら日々を過ごしているのだ。
「こんなの、信じられない」
あわや大事故の状況に、カーミンはエズの腕にしがみ付く。
「エズは平気なの」
「問題ない」
「ホントに……?」
妄想ではない。エズとカーミンの身に起きたことは現実だ。実際に、カーミンは死に掛けた。エズが腕を引っ張っていなければ、今頃は石の塊に潰されていたはずだ。その光景を思い浮かべて、カーミンは肩を揺らす。
「この町の人達って、どうしてわたし達を殺そうとするのかな」
「聞いてみればいいさ」
危険が去ったことを視認し、エズはカーミンを連れて宿場の中へと入る。客人の姿を視界に捉えた老人が、ゆっくりと椅子から腰を上げ、杖を持つ。
「いらっしゃい」
「二人です。部屋は空いてますか」
「ええ、ええ。勿論ですとも。先ほど別の御客様が死にまして、一部屋空いたところですよ」
二人の他に、外部の人間が町に入っていたらしい。
但し、既にこの世を去った後だ。
「さっきの人、ここに泊まってるのかな」
ぼそりと、カーミンが呟く。
二階から石の塊を落とした人物が、この宿場に泊まっているであろうことは明白だ。それが気掛かりなのだろう。しかし、エズは老人を指差す。
「アレは、この人がやったことだ。そうですよね、御主人」
「えっ、だけどその体でどうやって」
エズの指摘に、老人は笑みを浮かべる。
「バレていましたか。いや、さすがはここまで生きて辿り着くだけのことはありますな」
そう言うと、老人は杖を記帳机の上に置く。ぐぐっと背筋を伸ばし曲がり腰を真っ直ぐに正した。
「お嬢ちゃん、人を見た目で判断してはいけないよ」
宿場の老人は、見た目とは裏腹に足腰が強く、石の塊を窓から落とす程度の腕力を持ち合わせていた。玄関で二人を殺すことができず、足早に一階へと降り、何食わぬ顔をしていた。
「あの、どうしてこの町の人達は人殺しをしようとするの」
溜息を吐き、カーミンは老人に問い掛ける。
できることならば、こんな町には長居したくない。そう考えているが、エズはこの町で旅の疲れを癒すつもりだ。
だとすれば、不安の材料となっていることを解明して、取り除く必要がある。すると、老人はクシャクシャの顔を動かし、口を開く。
「ストレス発散の為ですね」
「そんな理由で、人を殺すの?」
「ふふ、そんな理由とはとんでもない。この町が人殺しの町になったのには深いわけがありましてね。……さて」
エズが、記帳を終えていた。革財布から硬貨を摘まみ、一泊分の宿泊費を老人に支払う。お釣りをエズに渡し、老人は話を続ける。
「一年以上前のことになりますが、この町は、とある貴族の支配下にありました」