人殺しの町 作:くま
その貴族は、この町を治めていた。温厚な性格の持ち主で、町の住人達にも好かれていた。町で何か催し事がある度に交流を深め、傍から見ても良い関係を築いていた。
だが、ある日のこと、事態は急転する。
とある盗賊が貴族の住む屋敷へと忍び込み、金目の物を根こそぎ盗んでしまったのだ。
その日以降、これまでのような暮らし振りをすることができなくなった貴族は悪政を敷くようになり、町の住人達は少しずつ少しずつ苦しみ始める。
このままではダメだ。どうにかしなければならない。と、町の住人達は集まり、打開策を考えた。しかし、その中に貴族の内通者が潜み、町の様子や人々の動向を逐一報告していた。
「おかしい、絶対におかしい」
誰かが口にする。何故、貴族に情報が漏れるのか。
不審に反抗する為に、一部の住人達が声を掛け合い、内通者を炙り出そうと罠を張る。そのかいもあって、内通者は尻尾を出してしまった。
裏切りが発覚すると、町の住人達は貴族の屋敷へと足を運び、抗議した。
だが、貴族は彼等を門前払いし、それを切っ掛けに悪政を強めることを告げるが、勿論それだけでは終わらない。貴族の手は止まらなかった。内通者として利用していた住人を吊し上げ、町の広場で公開処刑を実行したのだ。
「さあ、これで分かったか。私に逆らう者は、皆こうなる運命なのだ」
貴族に逆らう者、役に立たない者は、例外なく罰せられてしまう。町の住人達は、死と隣り合わせの日々を過ごさなければならなくなり、拭い切れない恐怖をその身に植え付けられた。
もう、これ以上は我慢できない。限界は、とうの昔に超えている。
だから決めた。それは、公開処刑が行われた夜のこと。町の住人達は、誰が先導するわけでもなく、一人また一人と武器を手に取り始め、明確な殺意を持ち、目的地へと向かい始めた。
「な、なんだこれは」
そして、貴族は目が覚めた。
屋敷の外の騒がしさに、貴族は部屋の窓から外を見る。驚いたことに、大勢の人々が屋敷を取り囲んでいるではないか。現状把握できずに、貴族は慌てふためいた。
松明を持つ者は屋敷を燃やし、暗闇に火を灯す。手頃な武器を持たない者は地べたに落ちていた小石を拾い上げ、何度も何度も屋敷を目掛けて投げ続ける。拳銃やナイフを持つ者は、貴族の逃げ道を塞ぐように屋敷の四方を取り囲んでいる。
「見つけたぞ、こっちだ」
火に追われて、着の身着のまま屋敷を飛び出す貴族は、町の住人達に捕まり、縄で縛られてしまう。手足の自由を奪われたまま、乱暴に引きずられ、貴族は町の広場へと連行された。
その間、火の勢いは増す。屋敷が燃え尽くすのも時間の問題であったが、誰一人として消化する者はいなかった。
「何故だ、何故こうして私を苦しめるのだ」
噴水の水に顔を押し付けられ、もがき苦しむ貴族は、苦しみながらも怒声を上げる。その姿を見て、その声を聞き、町の住人達はケラケラと笑った。
「笑うな、この私を笑うな!」
このような仕打ちは決して許されない。関わった者達を公開処刑にしてやる、と叫んだ。しかしながら、住人達は笑うのを止めない。貴族が何かを言う度に、むしろ歓喜していた。
「それじゃあ、そろそろ始めようか」
そして、その時は不意に訪れる。
誰かの声に、町の住人達はこれまで以上に歓声を上げる。
声の主は、ニコニコと笑いながら貴族の傍へと近寄り、手に持っていた小型ナイフを突き刺す。その瞬間、貴族の悲鳴が町全体に響いた。
ナイフが貴族の脇腹を抉り、血が噴き出しているではないか。
「い、痛い、痛い痛い痛い痛いっ」
のた打ち回る貴族を見下ろしながら、刺した住人は嬉しそうに口を開く。
「お前が苦しむ姿を見ることができて、俺は幸せだよ」
貴族が犯した罪は、季節が何度変わろうとも消えることはない。町の住人達は、恐怖に怯えながら生きることに、限界のないストレスを感じていた。
しかし、それが今、発散された。
これだ、これなのだ。私達には、これが必要だったのだと。
溜めに溜め込んだ鬱憤を晴らすには、人を殺せばいいのだと。
だから殺そう。貴族を。
「助けてくれ、もう二度と町を苦しめないと誓う!」
涙を流し、情けなくも鼻水を垂らし、貴族は今更ながらに懇願する。
けれども、その願いは誰にも届かない。町の住人達は聞く耳を持とうとはしない。今この瞬間、この場所に、貴族の願いを叶えることができる者は、誰もいない。例えそれが人間でなくとも、居合わせなければ不可能だ。
住人の一人が、鉈を手にする。いよいよ、最期の時が訪れたのだ。
「覚悟はいいか」
「待て、全てを話す! だからまだ殺さないでくれ!」
その時、貴族が何を伝えようとしていたのか、町の住人達は誰も興味がなかった。故に、貴族の言葉は忘却される。
拘束された貴族は、抵抗することもできずに首を斬り落とされた。
「やった、やったぞ。遂にこの町は自由になったんだ」
またもや、誰かが呟く。共感した別の住人も歓喜の声を上げ、流行り病のように次々と伝染していく。
この日、貴族は首を失い、地に転がった。
これでようやく町は元通りになる、と。誰もがそう思ってやまなかった。けれども、ことはそう簡単には運ばない。
「……ああ、疼く」
数日後の出来事だ。
ある住人が、唇を震わせながら呟いた。あの時の興奮が忘れられないと。
「分かる、分かるぞ。俺も、この手で殺したかったのに……」
また別の住人が、自分の両手を見ながら舌を打つ。
貴族を殺す役目は、自分にこそ相応しいはずだったのに、と。
一人、また一人と、不満の種は蒔かれていく。
否、既にあの時、全ての準備が整っていたのだ。
そしていつしか、貴族の首が飛んだ時のことを思い出す度に、町の住人達は揃いも揃って同じ願いを思い浮かべるようになる。
そんな時、彼は姿を現した。
いつの間にか、十字の模様が付いた手袋を嵌めた銀髪の男が、町の広場に佇んでいた。
「何かお困りか」
この世界には、下界に住む人々の願いを叶えてくれる者がいる。人々は、彼等のことを「赤の人」と呼んでいた。
その姿を見た住人達は歓喜に沸く。我々の願いを叶えて欲しいと頼んだ。
「欲にまみれた願いだが、いいだろう」
感情を見せずに、赤の人は頷く。この町に住む人々の願いは、ただ一つ。それを叶えることは、赤の人にとって容易いことでしかない。
「では、」
両の手を重ね合わせ、ゆっくりと離す。すると、何もない空間に灰色の煙のようなものが出現し、それは見る見るうちに町全体を覆っていく。
何が起きているのかも定かではない、怪しげな状況下に置かれながらも、町の住人達は笑顔を絶やさない。それどころか、一切の恐れを見せずに、目の前の光景を受け入れてしまう。
「これで終わりだ。それでは、御機嫌よう」
住人達の願いを叶え終えると、赤の人は口早に呟き、町の外へと姿を消してしまった。そしてその日から、町の様相は一変する。
「あひゃ」
誰かが、拳銃の引き金に指を掛ける。その数秒後には、見知らぬ旅人が心臓を撃たれて地べたに伏していた。
「いひひっ」
また別の誰かが、ナイフを手に取った。数時間後には、その人物と行商人の男性が刺し傷だらけになり、道端に横たわっていた。
「ああ、面白い。こんなに楽しくて幸せな日々を送れるだなんて」
町は、確かに変わった。住人達の願い通りの変化を遂げていた。
赤の人が、この町に住む人々の願いを叶えた瞬間から、この町は普通の町ではなくなってしまい、人殺しの町として生まれ変わったのだ。
この町は、人を殺しても許されてしまう。むしろ人殺しを推奨している。町の住人達は、誰もが人を殺す為に生き続けるように変化してしまった。
但し、そんな彼等にも、一つだけルールが存在する。
「もういないのか? 次はいつ来るんだ?」
住人達は、恋い焦がれる。
旅人や行商人が町に足を踏み入れてくれることを祈っている。
その理由は、ただ一つ。
この町の住人達は、互いを殺し合ってはいけない。人殺しの対象は、外部の者に限る。これは、皆が望んだことだ。住人達にとって、貴族はこの町の一員ではなく、外部の人間であると認識されていた。だからこそ、このようなルールが自然と出来上がってしまったのだ。
故に待つ。町の人々は誰かが訪れるのを。
そして殺す。何も知らずにこの町を訪れた者を。
笑顔で。意気揚々と。
何食わぬ顔で。あっさりと。
騙して。あの手この手で。
※
「これで話は終わりですね」
人殺しの町について話し終えた老人は、記帳机の引き出しに隠しておいた拳銃を手に取り、エズの胴体目掛けて発砲しようと構えた。
しかしながら標的はいない。いつの間にかその場から移動し、エズはカーミンの手を引いて宿場の階段を上っていた。
「ううむ、あれはさすがに殺すのが難しい……」
煙に巻かれた老人は、肩を竦めて椅子に腰掛ける。
「エズ」
一方、階段を上り終えたカーミンは、エズの名を呼ぶ。気になることがあるようだった。
「この町が変わっちゃったのって、赤の人のせいなの?」
「彼の話を信じるならな」
宿場の老人の話は、妄言のようにも思えた。
しかしながら、この町の住人達の様子がおかしいのは疑いようがない。
「なんだ、お気に召さなかったか」
手を繋ぎ、隣を歩くカーミンに、エズは目を向ける。
「当然よ。だって人が死ぬところなんてみたくないもん」
この町に入ってから命を狙われることはあったが、幸いなことに、エズとカーミンは人が死ぬ瞬間や、実際に死んでしまった人を見てはいない。
「ベツニイイジャネエカ、ストレスハッサンデキルナラヨー」
すると、どこからか二人とは異なる声が聞こえてきた。ムッとした表情を作り、カーミンは右脇に抱える古臭いヌイグルミを振り回す。
「オエッ、オエエッ」
「口は災いの元だな」
素知らぬ顔のエズは、目を合わせずに呟く。
老人から受け取った銅の鍵を扉の鍵穴に差し込み、部屋の中へと足を踏み入れた。室内を見回し、身の安全を確認し終えると、エズはようやく握っていた手を離す。
ベッドの上に荷物を下ろし、一息吐く。旅の疲れを癒すには悪くない部屋だった。カーミンは、勢いよくベッドに飛び込み寝転がる。
「ふかふかー」
「荷物が跳ねたぞ」
「そー。ごめんねエズー」
悪びれた様子もなく、カーミンは枕に顔を埋めた。ずっと、ソリの上にいたのだ。ベッドの上で眠ることができる幸せを感じているのだろう。
暫くすると、寝息が聞こえてくる。いつの間にか、カーミンは夢の世界へと誘われていた。
「エズヨー、オメエモスナオジャネエナー」
「なんのことやら」
「ホントーハツカレテナンテネーンダロー?」
カーミンとは異なる声が室内に響く度に、エズは面倒くさそうに返事をする。ベッドの上で眠るカーミンに視線を向け、少しだけ口元を緩めた。
「さて、と」
荷物の整理は終わった。
カーミンの真似をしてベッドに飛び込むことはなく、エズは室内の壁や窓に触れていく。
「誰も入って来れないから、少し休んでおくといい」
「サイショッカラソノツモリダゼー」
「町を散歩してくる」
「ヘイヨー」
カーミンを部屋に一人残して、エズは扉の鍵を閉めた。階段を降りて一階に顔を出すと、宿場の老人に会釈する。
「お出かけですかな」
「ええ、楽しんできます」
「貴方なら、きっとその言葉通りにできることでしょうな」
既に、老人は人殺しを諦めている。
今回の相手は分が悪いということは、二度目の暗殺時に理解していた。次の獲物が町に入ってくるまで、老人は待つことにしたのだ。エズが宿場から外に出てみると、やはりというべきか、町の住人達が出待ちしていた。
「人気者だな、ぼくも」
くくっと喉を鳴らし、エズは堂々と街路を歩き始める。
町は大きく、端から端まで歩くだけでもそれなりの時間を要する。カーミンが睡眠を取り、しっかりと疲れを癒す程度に暇を潰すには、丁度いい町であった。
当然のことながら、何事もなく町を散策できるはずもない。その点、エズは百も承知だ。しかしだからといって部屋に引きこもっていては、町に入った意味がない。
「三回か四回ぐらいかな」
故に、エズは外に出る。町の中をじっくりと歩き、外部の人間として、一人の旅人として、人殺しの町を存分に楽しもうと考えていた。
※
町の外れに、エズは大きな屋敷を見つけた。けれどもそのほとんどが焼け焦げていて、残念ながら人が住めるような状態ではなかった。
しかも、見たところ随分と時を重ねているように思える。それもそのはずだ。ここは宿場の老人の昔話に登場した貴族の屋敷跡地だからだ。ここへと辿り着くまで、エズは二桁を超すほどの暗殺未遂に遭っていた。エズ自身、町の住人が襲い掛かってくる回数を予想していたが、それを遙かに超えている。しかし、ただの一度も成功しなかった原因は何なのかといえば、暗殺対象がエズだからということが挙げられるだろう。
そしておかしなことに、ここには誰もいない。街中では誰かが必ずエズの行方を追っていたのだが、ここまでついてくる者は一人もいなかった。
「過去の遺物ってことか」
この場所に、何を感じるのか。人殺しの町の住人達にとって、ここは思い出したくもない場所なのだろう。
「……残念だ」
貴族が殺される前に、赤の人が姿を現していれば、或いは。この町は、人殺しの町にならずに済んだのだろうか。それとも、貴族が盗賊に狙われたりしなければ、そもそも悪政は始まらず、貴族と住人達は仲が良いままだったのではないだろうか。
たらればは、どんなことにも当てはまる。
但し、そんなことを考える者は、もはやこの町には一人も存在しない。
「歪んだ願いは、歪んだ結果を作り出す」
一人呟き、エズは来た道を戻ることにした。暇を潰すのは終いだ。
「帰りも二桁かな」
更に、ぼそりと唇を震わせる。宿場へと続く帰り道でも、エズは案の定、町の住人達に殺されそうになるのであった。
※
「お腹空いたんだけど、今って何時ぐらい?」
宿場に着き、エズが部屋に戻ってから、既に半日が過ぎていた。柔らかなベッドの魔力に魅入られてしまったカーミンは、夕食の時間になっても全く目を覚まさず、ただひたすらに眠り続けていた。
仕方なく、エズは一人で食事を済ませ、今へと至る。
「次の町に行く」
「もう行くの? ふかふかだったのになー」
エズが用意した食事を口にしながら、カーミンはベッドに視線を向ける。
フカフカのベッドは、どうやらカーミンの心を掴んでしまったらしい。
ここが人殺しの町であることも忘れて不満気な表情を浮かべた。
昨晩、旅荷はまとめ終えている。あとは町を出るだけだ。
「ねえ、ソリの上にベッドを置いたらいいんじゃない? そうすればきっと移動中もグッスリ眠ることができるわ」
「置き場所がない」
カーミンの提案は、呆気なく却下された。