美甘ネルとドロッドロに甘やかし甘やかされ合う関係を築くだけ 作:nalnalnalnal
「──大丈夫だ。あたしが絶対に守ってやる」
──懐かしい声が聞こえた。
いつの日か、彼女が言ってくれた言葉。その言葉が表す力強さは彼女自身の強さを表しているようで、言霊というものがどれだけの意味を持っているのかを実感させられる。まさしく彼女は『希望の象徴』でもあり、絶望などという言葉を真正面から打ち砕いてしまう程芯が強い人間だ。
それでも、その力強さが時に誰かを絶望させることはある……強さが全ての世界じゃないのだから。
「……ははっ。ありがとな」
それでも、強くあろうとする彼女に応える為に少年は彼女を生涯をかけて守るということを誓った。
彼女の隣に立つに相応しい、強き者になる為に。
そんなかつての決意が脳裏に過ぎり、場面転換が激しく行われていく──これは、夢なのだろう。今までの思い出が走馬灯のように少年の脳内に溢れ出し、一つ一つの思い出が過ぎゆく景色は寂寥感を感じさせる。
そして次に移り変わった景色──彼女はまたそこにいた。
「ッ……おい、ッ……待……て……! あたし……ッは──」
──だから、苦しんでいる彼女がそこにいるんだ。
普段の彼女からは想像もつかない程苦悶に満ちた表情を浮かべているが、それでも必死に身体を引きずって立ちあがろうとする姿を見れば、何一つとして彼女の在り方は変わっていないのだと実感させられる。
それでも、やらなければ。
自分に課せられた使命を、全うしなければ。
「……どうか、お願い」
そんな覚悟と共に耳に入り込んで来た懇願の声は酷く弱り切っていて、今にも虚空に消えそうなか細さだった。
それでもまだ諦念に至ってはおらず、まだ希望があると信じているのは明確だった。
そんな託す声に応えようとしたのは──
「……クソが」
──酷く冷め切った、誰に対するものかも分からない罵倒の声だった。
***
「……眠い」
瞼を擦って目を覚まして開口一番に言ったのはは更なる睡眠への渇望。というよりかは毎日のように動き回っている為疲れが完全に取れることが中々に少ないので不可抗力というものになっている。
世の生徒達も恐らくは毎朝は少年のような気怠さ混じりの起床をすることが多いのだろう。睡眠欲というのは三大欲求の中の一つなのだから逆に眠気がない方がおかしいのだと少年は心の中で愚痴る。
自分が寝ているベッドにいつもの柔らかい感触がないことが分かるとそれに続くようにキッチンの辺りはから香ばしい香りが漂ってくる。
「もう起きてるのか……寝坊はしないのに遅刻はするんだよな〜」
その香りが眠気覚ましに丁度よかったのか、少年は無意識の内に食を求めて気がつけば寝室を後にしていた。
「いやはや、やはりいいお嫁さんになりそうだ」
そんなことを口にしながらキッチンをこっそりと覗けばそこにはメイド服を着用した小柄な少女が……しかし料理の手際の良さは一級品で、何一つとして無駄がなく朝の短い時間の中で最も効率のいい動きをしている。
そんな少女を見て少年は再度心の中で少女の花嫁姿を想像しては匂いで現実に引き戻され、想像しては引き戻され──そんなことを繰り返していた。
「……おい、見えてんぞ」
「あっ、バレた?」
「あたしがお前の気配に気づかないとでも思ってんのか?」
「まさか。その上で隠密行動をしてるのさ」
「相変わらずお前は物好きだな……ほら、もうできるから座れよ」
「物好きというか、ネル好きというか」
「んなこと言わなくてもわかってるっつーの」
さも当然かのように言い放った言葉は流されて中々手慣れてきたなと思う少年をよそに、小柄な少女──『
未だにそんなネルを見つめていた少年──『
食卓に並んだ朝食は見た目はそこそこだが、ネルの料理は最早それが定番となっており、逆に見栄えを楽しんで味とのギャップを楽しむこともできる。
見栄えは悪くとも料理としての栄養分は他の追随を許さない程健康的であり、彼女が所属している『メイド部』の中でもネルは屈指のコックなのだ。
何故ここまで味と見栄えに差異が生じるのか疑問を抱く者が多いが真相は定かではない。彼女が料理している姿を見ていてもその謎は解けず、一種の七不思議のようなものになっている。
「逆にウケそうだよね。ネルの料理って」
「なんだよ逆にって……大体あたしはウケなんて気にしてねぇよ。大事なのは中身だ中身」
「まぁ、中身は大事だよね……うん」
「あたしの身体を見ながら言った理由を聞かせてもらおうじゃねぇかコラ」
「ギャップは大事だぞネルさんや」
「お前がそれを言うのかよ?」
「ネル以上にギャップがある人なんていないからね」
と、小柄でありながら学園都市キヴォトスにおいてトップクラスの実力を誇るネルの今のような穏やかな雰囲気と任務時の暴れっぷりを比べて口にするハル。
様々な学園の実力者達を並べてもネルは随一のギャップを持ってはいるが、普段の穏やかな彼女を見ることができるのは一握りの生徒のみ。
普段からメイド服を着用して最早制服が潜伏用の衣装になっている彼女の正体を知っている者は数少ない。正体と言えどもあまり変わるものではないのだが……特に半同棲しているハルにとってはネルのギャップは常日頃から思う程激しいものなのだ。
「褒めてんのか?」
「長年の付き合いなんだし、分かってて言ってるでしょ?」
「まぁ……な」
「そこは照れる場面じゃないの」
「今更こんなことで照れるあたしじゃねぇよ」
「昔は可愛らしかったのに……」
「毎日のようにあたしに可愛いって言ってくるバカはどいつだ?」
「また別ベクトルの良さがあるんだぞー」
側から見れば惚気まみれだと言われそうな二人の会話だが、それもその筈。二人は恋人関係にあり、特にハルの方からネルに対して毎朝愛の言葉を言っているのだ。
他のメイド部の部員からも呆れられることが多々……ネルも普段は抑えているつもりだが結局はハルに引けを取らない程惚気ている。
幼少期からの付き合いでもう毎日の惚気を受け入れたネルに怖いものはなく、デートする際は多方面に寄るなオーラを放ったりすることもあり……メイド部やセミナーを除いて、だが。
「……ん、バターついてんぞ」
「んっ、ありがと」
「ったく、ちゃんと行儀良く食べろよな」
「……イケメン」
「は?」
そう、ネルに怖いものはない。
ほっぺに付いたバターを指で取ったかと思えばその指を一舐めして『美味い』と言葉を漏らすぐらいには。
逆にハルがときめいてしまう程ネルのイケメンっぷりは普段から発揮されており、他の部員達すらもときめかせてしまうのだ。
最早男としての尊厳がネルに奪われつつあると思いながらもときめいてしまう自分に嫌気がさしてそっぽを向いた。
「なんなんだよ……?」
「イケメンなネルには分からないさ……」
「嬉しくねぇなその褒め言葉……せめてかわいいとかさ……」
「クッソかわいい」
「だーっ! なんで聞こえてんだよ!?」
「甘いなネル。君の言葉を俺が聞き流すとでも?」
「こンの地獄耳が……」
「よし照れた」
嫌気がさしたかと思えばすぐにネルのギャップが発動して心身共にガッツポーズを決めた。
ネルが自ら愛の言葉を求めるのは中々レアなイベントであり普段の強気な彼女を手玉にとれる唯一の方法だ。
ハルは自分で言った通り任務や日常生活の中でネルの言葉を聞き逃したことは一度たりともなく、こういう小声で甘える声には特に過剰な程に反応する。
普段から聞き逃すことは少ないメイド部員達でさえ聞き逃してしまうのがこのような小声で呟いた言葉である為だ。
「だーもう……ほら、早く食って支度しろよ! 先に顔洗ってくるから」
「おっけー」
いつの間にか食べ終わっていたネルを洗面所に見送って遅刻しない為に爆速で朝食を済ませ、着替えが入っているクローゼットを開ける。
中には自分の私服とネルの私服もいくつか入っており……いつの日か完全に同棲したいとネルから申し出した為その前準備としてしまってあるのだ。
「……」
卒業してからなのか、それとも──
いや、ここで詮索するのは野暮か。
と、ネルの気持ちを無碍にしない為にも一旦は考えるのをやめることに決めたハル。ネルの気持ちが何よりも最優先事項であり尊ぶべきもの……そんな自分の信念に従って。
***
支度を終えて玄関で待ち侘びているネルに謝罪の念を伝えながら靴を履いていると、彼女の方から少しの恥ずかしさが含まれた言葉が紡がれる。
「……なぁ、今日は、言ってくれないのか?」
「実はそう言ってくれると思って言ってなかったり……」
「……分かってんなら、言えよ。こちとらずっと待ってたんだぞ……」
「ごめんごめん……」
ネルが求める答えをハルは知っている。少しからかうだけのつもりだったが元より言わない気はなかった。珍しくお淑やかになった彼女を見て流石に申し訳なくなったのか、彼は彼女を抱きしめて言葉を紡ぐ。
抱きしめられても求める答えが返ってきていないのか、ハルの身体を強く抱きしめ返すネル。そんな彼女を見て愛らしさが心の中を埋め尽くし、求めているであろう以上の言葉が口から溢れ出す。
「今日もかわいいよ。ほんと、誰よりもかわいい」
「……それだけ、か?」
「──愛してる。これから、この先も永遠に」
「……っ──」
求めている答えがようやく返ってきて想いが抑えられなくなったのか、ネルはハルのネクタイを指先でつまみ、ぐっと引き寄せた。 布がきしむ音とともに、彼の身体が前に傾く。
ハルが言葉を発する暇もなく、彼女の唇が彼の唇に押しつけられた。 強引で、熱く、容赦ない接吻だった。
ネルの舌がすぐに彼の歯の隙間を割り開き、奥まで滑り込む。熱く湿った舌が、彼の舌を絡め取り、執拗に舐め回す。 唾液の音が小さく混じり、言葉を紡ぐ暇すらも与えられなかった。
「ん……」
わずかに声を漏らすと、ネルはさらに深くゆっくりと舌を絡め、接吻を続けた。
何分が経ったのだろう……無音の部屋に響く舌が交わる音に聞き入っていると、顔を真っ赤にした彼女の舌が離れ、解放される。
「……ネル」
「……悪いかよ」
「……いや、最高だった」
「……帰ったら、続きするぞ」
「分かったよ」
「ふぅ……んじゃ、行くぞ」
恥ずかしさで今にも卒倒しそうなネルだったが、深い接吻を終えて色々と歯止めが効かなくなったのか夜の約束までいつの間にか結ばされていた。
まだ唾液が残っている唇を一拭きして身だしなみを整えて、ハルも彼女の背中に続いて行く。
──美甘ネルを守り抜く。
ただ、その為だけに。
それを遂行する為ならば、手段は選ばない。
そう、心に決めたから。