雨がざあざあ降る夜、小腹が空いたから近くのコンビニに何か買いに行こうか。そう思って家から出て歩いたその瞬間だった。
むに。
何かを踏んだ感覚。だが自分の知っている中で、地面に落ちていて「むに」という擬音を発するものはなかったはずだ。おそるおそる足元を見る。そこには。
「ズラ……」
「……なんだこれ」
風呂敷を背負った、白いなにかが地べたに倒れていた。
「ズラ……?」
「あ、起きた」
「ズラ!?ここどこズラ!?オラは……」
「落ち着け」
起きた白いなにかに、私は味噌汁を渡した。ざあざあ降りの雨の中倒れていたから、体が冷えているだろう。
「ズラ……お嬢ちゃんが助けてくれたズラ?」
「まあな。雨の中地べたに倒れてたから」
「そうなんズラね……ありがとズラ。オラはコマさん。狛犬の妖怪ズラ!」
「狛犬……ああ、神社にあるあの」
「そうズラ。それにしてもお嬢ちゃん、オラが見えるんズラねぇ」
「あー……まあ昔ちょっと死にかけてな。それからぼんやり見えるようになったけど……確かにこんなにハッキリ見えたのはお前が初めてかもな」
「そうなんズラか!でも見えるヒトに助けてもらってよかったズラ。じゃなきゃ今ごろオラあのまま行き倒れだったズラよ」
「そもそもなんで倒れてたの?」
「弟のコマじろうに会いに行くつもりだったズラ、コマじろうはオラの自慢の……」
ぐぅ〜〜〜
……思いっきりお腹が鳴った。もちろん私じゃない。私はさっきせんべい食べたし。
「ズラぁ……」
「……簡単なものしか作れないけど、なんか食べる?」
「ズラ、申し訳ないズラ!それにオラ、こんな時のためにおむすびを……」
コマさんが風呂敷から意気揚々とおむすびを取り出した……けど、すぐにボロっと崩れてしまった。
「もんげーーー!!」
「まあ、どしゃ降りの中なら風呂敷の中とはいえ、な……」
「ど、どうしようズラ……」
「パパッと作ってやるから。梅おにぎり食べれる?」
「ありがとうズラぁ……梅おにぎり好きズラ!」
さて、じゃあ作るか。明日の朝飯用だけど……ウインナーと卵焼きにするか。おにぎりはちょうど炊いてたのがあるからそれを使ってと。具は梅と…鮭フレークでいいか。
「はい、できたぞ」
「もんげ〜〜、美味しそうズラぁ。ウインナーがてりてり輝いてるズラ!」
「結局こういうのが一番美味しいんだよ。冷める前に食べな」
「いただきますズラ!」
あーんと口を開いて、卵焼きを頬張るコマさん。美味しかったのかもきゅもきゅほっぺを抑えるコマさん。かわいいなこいつ……
「美味しいズラ!甘めの卵焼き……母ちゃんを思い出すズラ〜」
「卵焼きは甘め派なんだよ」
「ウインナーは……んん!バター醤油が効いてて美味しいズラ!」
「バター醤油が一番美味しいんだよな」
「おにぎりも海苔がしっとりで美味しいズラ!鮭も梅もお米と合ってて美味しいズラ〜!」
なんかテレビみたいな食レポされるとこっちが照れるな。あんまり美味しそうに食べるもんだからこっちもお腹空いてきちゃったぞ。
「……おにぎり一個食べていい?」
「もちろんズラ!いっしょに食べた方が美味しいズラ!」
コマさんと一緒におにぎりと卵焼きを食べる。誰かと一緒にごはんを食べるなんて久々だな…ほぼ覚えてないレベルだ。
「ふぅ……おなかいっぱいズラ。お世話になりましたズラ!それじゃオラはこれで…」
「この雨の中?」
カーテンを開けると、横殴りの雨がもう一枚のカーテンみたいになってた。完全に外の景色は見えない。
「ズ、ズラ……」
「もう遅いし雨もひどいし、今日はうちに泊まっていきな」
「ええ!そ、そんなによくしてもらっていいんズラ!?オラなんもお返しできねえズラ…」
「いいって。コマさんかわいいからサービスしちゃう」
「てれるズラ……じゃあ、お言葉に甘えるズラ」
「ならお風呂入る?湯船は溺れるだろうから体洗ったげる」
「ありがとズラ!」
そのあとコマさんの体を洗って、タオルで拭いて。ちなみにこの時どさくさに紛れてコマさんのほっぺをもちもちした。反省も後悔もしていない。
「来客用の布団があるから、それ使って。今押し入れから出すから」
「なにから何までありがとうズラ……」
「いいって。たまには良いことしてもバチは当たらないでしょ」
「逆じゃないズラ……?」
それからコマさんを布団に寝かせて、私は自分の部屋で寝ることにした。が、コマさんが部屋に入ってきているのに気づいた。
「コマさん?」
「オラ、今日お嬢ちゃんに色々してもらってばっかりで……ありがたいけど申し訳ねえズラ。なにか恩返ししたいズラ!」
「恩返し、ねえ……」
そう言われてもなあ。コマさんかわいいしほんとにかわいいものを愛でてる感覚だったから恩返しなんて考えてもなかったわ。
「じゃあさ、弟さんに会わせてよ。コマさんの自慢の弟なら、私も会ってみたいし」
「ズラ、もちろんズラ!コマじろうもお嬢ちゃんみたいないい子と会えたら喜ぶズラ!」
「お嬢ちゃんって……一応中学2年生なんだけど」
「そういえばお嬢ちゃんはお名前なんていうズラ?」
「私?霧雨織(きりさめしき)。まあ適当に織って呼んでいいよ」
「織ちゃん!じゃあまた明日ズラ、織ちゃん!」
コマさんのいい笑顔と別れて、私はベッドに横になった。今年も夏休みはひとりだと思ってたけど……ちょっと楽しくなりそうだ。
霧雨 織(きりさめ しき)
あじさい地区に住む中学2年生の女の子。ひとり暮らし。料理上手。
コマさん
あじさい地区で行き倒れていた。マイペースで朗らか。