「おいおい……マジかよ……」
切島鋭児郎の慄いた声が、モニタールームの重苦しい静寂を破った。
無数の監視カメラが映し出すスクリーン。その中で、爆豪勝己は右腕に装着された大型のガントレット――手榴弾を模した貯留装置のピンに指をかけていた。
スピーカー越しに聞こえるオールマイトの制止「少年止めろ! 殺す気か!」。だが、爆豪はそれを無視してピンを引き抜いた。
直後、カメラの映像が真っ白な光と爆風で吹き飛んだ。
ドカァァァァンッ!!!!
モニタールームの床が震え、スピーカーから鼓膜を刺すような爆音が響く。ビルの一画が内側から膨れ上がり、外壁を突き破って炎と煙が吹き荒れていた。
「屋内戦で出す規模の火力じゃねえぞ……!」
上鳴電気が顔を引きつらせる。
「緑谷のやつ、大丈夫なのかよ!?」
煙がうっすらと晴れた画面の中で、出久は壁に叩きつけられ、コスチュームをボロボロに破かれながらも、かろうじて立ち上がっていた。
満身創痍。圧倒的な絶望。それでも、彼の目は折れていなかった。
(……正気ではない)
俺は腕を組んだまま、冷や汗が掌を湿らせるのを感じていた。
爆豪の放った殺意に満ちた攻撃。それに対し、逃げることも投げることもせず、ボロボロの体で立ち向かう緑谷出久。
理由が解らない。
自分を壊し、命の危険に晒してまで、あそこまでしてあの男に立ち向かう理由が。
『君もまた、己の身を蝕む「冬」という個性を使い……自分を削って力を振るう点において、君と緑谷くんはよく似ているよ』
昨夜、父さん――根津校長が放った言葉が脳裏をかすめる。
(違う……! 俺は生き残るために、一族を切り捨てるために己を削っている。あいつのように、誰かのために、あるいは私怨のために自分を壊したりはしない……!)
だが、画面の中で繰り広げられる光景は、俺の冷めた理屈をあっさりと粉砕していった。
ビルの階上と階下で同時に起きる激突。
出久は爆豪の必殺の一撃を前にして、己の右腕に全個性を集約させた。骨が軋み、皮下組織が破壊される痛々しい音が、スピーカーを通して伝わってくるような錯覚。
「……ッ!!」
出久が放った拳は、爆豪に向けられたのではなかった。
真上――ビルの天井を突き破り、上の階にいる麗日お茶子へ風圧の道を切り拓くための、命がけの「ウルティメイト・スマッシュ」。
ドカァァァンッ!!
天井が破砕され、瓦礫と衝撃波が吹き荒れる中、お茶子が核兵器へ抱きつく。
その瞬間、オールマイトの引きつった叫びが響き渡った。
『ヒーローチーム……WIN!!!』
*
画面の中で、出久は右腕を真っ赤に腫れ上がらせ、幽霊のように脱力して床へ倒れ込んだ。ピクリとも動かない。
勝利はヒーロー組に与えられた。だが、それはあまりにも痛々しく、泥臭い勝利だった。
「なんなんだよ、あいつら……」
「負けた爆豪も……勝った緑谷も、全然勝った顔してねえじゃねえか……」
クラスメイトたちが言葉を失い、静まり返る。
担架に乗せられ、リカバリーガールの元へ運ばれていく出久の姿を、俺は拳を握りしめながら見つめていた。
胸の奥が、激しく波立っている。
あいつは、自分の身体が壊れることを知っていた。
それでも、あの局面で勝利を掴むために、迷わず自分の右腕を投げ打ったのだ。
道具として扱われ、己の肉体を「代償」としてしか見てこなかった俺の生き方を、出久のあの泥臭い情熱が、根底から否定してくるような気がした。
(くだらない……自己犠牲など、ヒーローの自己満足だ。あんな戦い方を続ければ、いつか本当に壊れて死ぬ……)
必死に心の中で吐き捨てる。だが、握りしめた手袋の中で、冷気が不規則に脈動しているのを止められなかった。
「……さて! 双方無事(?)とは言えんかったが、見事な戦いだった! だが、反省と講評を行わねば実戦とは言えん!」
モニタールームに戻ってきたオールマイトが、空気を変えるように声を張り上げた。
画面には、ボロボロになったビルと、取り残された飯田天哉の姿が映し出されている。
「この試合において、最も良かった者は誰か! 分かる者はいるかな!?」
「はい、オールマイト先生」
すっと手を挙げたのは、八百万百だった。
彼女は乱れ一つない美しい姿勢で前へ出ると、滑らかな口調で言葉を紡ぎ始めた。
「一番良かったのは、飯田さんですわ」
「えっ? 勝った緑谷かお茶子ちゃんじゃなくて!?」
蛙吹梅雨が驚いたように首を傾げる。八百万は静かに頷き、論理的に解説を続けた。
「爆豪さんは終始、私怨による暴走と過剰な攻撃が目立ち、屋内戦におけるリスク管理が欠落しておりました。緑谷さんも同様に、計画性に欠け、自身の体を不可逆的に破壊するような戦術はヒーローとしてあまりに危険すぎます。お茶子さんは途中で集中を欠き、最後の攻撃も即興の乱暴なものでした」
寸分違わぬ鋭い指摘。クラスメイトたちが息をのんで聞き入る。
「対して飯田さんは、相手の状況を的確に予測し、核兵器の防衛という目的に対して最も合理的な立ち回りを模索しておりました。ヴィランとしての役割に徹し、部屋の不用物を排除して足場を奪うなど、真摯に課題に向き合っていたと言えます。故に、今回のMVPは飯田さんです」
一瞬の静寂の後、オールマイトが冷や汗を流しながら「う、うむ! ま、概ね正解! 飯田少年も素晴らしい姿勢だった!」とフォローを入れた。
俺は、前で凛と立つ八百万の後姿を見つめていた。
(八百万百……)
ただの「お嬢様」ではない。
戦場の全体像を冷静に俯瞰し、感情に流されず、何が最も合理的かを瞬時に導き出す圧倒的な知性。
彼女が朝、俺に向けた「クラスメイトを助けたい」という言葉。それは決して無知や甘えから来るものではなく、この高い知性と見識に裏打ちされた、彼女なりの「覚悟」なのだと理解させられた。
道具として戦術を叩き込まれてきた俺にとっても、彼女の観察眼と洞察力には脱帽せざるを得ない。
(……大したものだ)
俺の視線に気づいたのか、八百万がふっとこちらへ振り返った。
視線が交差する。彼女は少し誇らしげに、だがどこか「貴方にも認めてもらえましたかしら?」と問いかけるような、柔らかな笑みを浮かべた。
俺は小さく息を吐き、目線を画面へと戻した。
「よし! それでは第二試合の組み合わせを発表する!!」
オールマイトが再びくじ引きの箱に手を入れ、二つの札を勢いよく引き抜いた。
「ヒーロー組・Bチーム対、ヴィラン組・Cチーム!!」
轟焦凍のチームの試合だ。
焦凍は静かにモニタールームを後にし、対戦相手のチームとともにビルへと向かっていく。
「常闇」
俺は隣に立つ少年に短く声をかけた。
「……なんだ、氷叢」
「俺たちのJチームの番も遠くない。……準備をしておけ」
「フッ……すでに深淵の準備は整っている」
常闇がマントを翻す。
俺は両手の集束グローブの感触を確かめ、静かに呼吸を整えた。
出久が見せた命がけの熱量。八百万が見せた圧倒的な知性。
それらに揺さぶられた胸のざわめきを押し殺すように、俺は体内の冷気を研ぎ澄ませていく。
(俺の戦いを見せてやる。無駄な自傷も、過剰な情熱も要らない……ただ圧倒的に、完封する)
己の「氷」が試される時が、刻一刻と近づいていた。
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