「第4試合……ヒーロー組・Jチーム対、ヴィラン組・Oチーム!!」
オールマイトの朗々とした声がモニタールームに響き渡る。
壁に投影されたモニターには、ビルのマップとともに『Jチーム(ヒーロー組):氷叢冬真、常闇踏陰』対『Oチーム(ヴィラン組):切島鋭児郎、上鳴電気』の表示が浮かび上がっていた。
「行くぞ、氷叢」
「……ああ」
黒いマントを静かに揺らす常闇に頷き、俺はモニタールームを後にした。
出入り口の脇をすれ違う際、八百万百が意を決したような固い眼差しで見つめてきた。言葉はなかった。だが、その瞳には「貴方の戦いを見せていただきますわ」という明確な意思が宿っていた。
俺は視線を前方へ戻し、薄暗い通路へと踏み込んでいく。
両手の『集束グローブ』――銀色のアクリル触媒リングが、微かな駆動音を立てて手の甲の皮膚に冷たさを伝えてくる。
インナーに仕込まれたサーマルコンプレッションスーツの熱伝導ワイヤーが、体熱の予備循環を始めていた。
「氷叢」
前方を歩く常闇が、前触れなく口を開いた。
「相手は猪突猛進の硬化と、広範囲を薙ぎ払う電撃。狭い室内においては力任せの強襲が予想される。どう攻める?」
「作戦は至極単純だ」
俺は立ち止まり、作戦区域となるビル5階の潜入ポイントへと通じる重厚な防音扉に手をかけた。
「お前は動く必要すらない。……俺がすべての環境を支配する」
「ほう……」
常闇の嘴から、小さく息が漏れた。
「暗黒の領域を一人で作り上げるというか。いいだろう、ならば我は深淵の底で好機を待つとしよう」
「ああ。せいぜい5秒待てばいい」
*
「作戦開始(START)!!!」
オールマイトのシグナルがビル全体に響いた瞬間、俺は扉を静かに押し開けた。
無機質なコンクリートの通路。ひんやりとした空気が肌を刺す。
5階の奥深く、核兵器が配置された小部屋までは一本の直線通路と、二つの曲がり角が存在する。
俺は歩みを止めなかった。走ることも、身を隠すこともしない。
白と深いネイビーのロングコートの裾を静かに揺らし、ただ悠然と廊下を進む。
「おーいおーい! 来たぜ来たぜ! ヒーロー組ご到着だ!」
曲がり角の向こうから、威勢のいい声が響いた。
上鳴電気の能天気な声。それに続いて、切島鋭児郎の荒々しい足音が床を激しく鳴らす。
「へっ! 氷叢! 推薦組の天才様だかなんだか知らねえが、男らしく正面突破させてもらうぜ!!」
角から躍り出た切島の皮膚が、瞬時に岩石のように鋭利に、硬質に変貌していく。『硬化』の個性。打撃も斬撃も寄せ付けない強固な肉体だ。
その背後から、上鳴が両手から眩いスパークを散らしながら飛び出してくる。
「悪いな氷叢! 狭い廊下で俺の電撃からは逃げられねえ! 喰らいな……インディスチャージ!!!」
二人の動きは無駄がなく、迷いがない。
初手で切島が肉弾戦の盾となり、その後ろから上鳴の全方位放電で行動不能に陥れる――単純だが、回避スペースのない屋内においては極めて凶悪な即死コンボ。
コンクリートの壁や天井を黄白色の稲妻が跳ね、凄まじい放電音が廊下を満たす。
だが――あまりに愚直。あまりに不完全だ。
(空気中の不純物を除外……分子構造の均質化、完了)
俺は左手を一歩前へ突き出し、指先を滑らせた。
集束グローブの圧縮バルブが、シュッ、と鋭い排気音を奏でる。
「『冬』――純結晶展開」
パキンッ、と透明な音が響いた瞬間。
俺と常闇の眼前、廊下を塞ぐようにして**極めて透明度の高い結晶体――「純水」のみで構成された平滑な氷の壁**が瞬時に隆起した。
バリバリバリィィッ!!!!
上鳴が解き放った数十万ボルトの電流が氷壁を直撃する。
だが、稲妻は壁の表面を不規則に滑り、激しい火花を散らすだけで、俺たちの元へは1ボルトたりとも届かない。
「え、なんでっ!? 電気が全然通らねぇんだけど!!」
上鳴が呆然と目を見開いた。
電気が水や氷を通るのは、そこに塩分やミネラルといった電解質(不純物)が含まれているからだ。
不純物を一切排除し、結晶構造を完全に整えた純粋な水(H₂O)の氷は、電気を一切通さない「極めて強固な絶縁体」と化す。上鳴の自慢の広範囲放電は、ただの綺麗なガラス壁に阻まれるようにして完全に無効化された。
「上鳴、怯むな! 押すぞ!!」
上鳴の混乱を払拭するように、切島が叫びながら純水氷壁を迂回して突進してくる。硬化した両腕を交差させ、体当たりで俺を押し潰す気だ。
「甘い」
俺は右足を静かに一歩踏み出し、床へ爪先を落とした。
――瞬間。
メリメリメリッ……!!
靴底が触れたコンクリートの床から、幾何学的な氷の紋様が津波のように伝播していく。
氷の走る速度は、切島の突進速度を遥かに凌駕していた。
「ぬぐっ……!? 足が、滑っ……いや、重……!?」
切島の足が、凍りついた床の上で唐突に静止した。
滑ったのではない。彼の履いているブーツと、そこから覗く足首の皮膚が、コンクリートの床ごと「氷結固定」されたのだ。
さらに――
「くそっ……腕が、動かねえ……!?」
切島が目を見開く。
俺は彼の足元から一気に熱を奪い去り、急激な超低温によって筋肉と関節を「絶対凍結」させ、その運動機能を完全に奪い取っていた。
急激な熱移動に伴う過酷な冷気。
切島の皮膚が青白く変色し、寒さによる激痛と運動機能の麻痺が彼らを襲う。
「ぐ、ああああッ! さ、寒っ……!! 身体が……痺れ……っ!」
「嘘だろ……手も、足も……ぴくりとも動かねえ……!?」
わずか3秒。
突撃してきた二人は、廊下の真ん中で見事な氷の彫像へと変えられていた。
そこには、大暴れする派手な破壊もない。
建物を傷つける無駄な出力もなく、純水による完全防御と、対象の「運動能力」のみを完璧に摘み取る計算し尽くされた完封。
「……常闇」
俺は振り返りもせず、淡々と声をかけた。
「拘束テープを」
「……あ、ああ」
後ろで待機していた常闇が、心底言葉を失ったような顔で立ち尽くしていた。
常闇は我に返ると、マントの下から黒影(ダークシャドウ)を滑らせ、微動だにできない切島と上鳴の全身に拘束テープを巻き付けた。
「敵(ヴィラン)チーム……拘束完了」
俺はポケットから通信機を取り出し、冷淡な声で告げた。
「ヒーロー組……目標の拘束を完了した。核兵器の回収へ移行する」
*
『ひー……ヒーロー組……WIN───────っっ!!!!』
オールマイトの引きつった叫びがスピーカーから轟いた。
タイムは、試合開始から僅か四十五秒。
「……おい、冗談だろ」
モニタールームで監視モニターを見つめていた切島や上鳴以外のクラスメイトたちが、静まり返っていた。
「なにも……壊してねえ……」
「上鳴の電撃を純水の氷で弾いて……足元から固めたのか!? なんだあの制動力……次元が違う……!」
佐藤力道が青ざめた顔で呟き、瀬呂範太がゴクリと唾を飲み込む。
モニターに映る氷叢冬真は、呼吸一つ乱していなかった。
汗一つかかず、白とネイビーのロングコートを静かに翻しながら、凍りついた切島たちの横を通り過ぎ、核兵器が置かれた部屋へと歩いていく。
「無駄がない……あまりにも……」
八百万百は、握りしめた自分の拳を凝視していた。
さきほど出久たちの試合に対して完璧な反省と論理を展開した彼女だったが、冬真の戦いには反省すべき「隙」すら存在しなかった。
純水による絶縁防壁という科学的アプローチ、そして過酷な急冷による運動能力の剥奪。
自分の肉体を傷つける自傷もなければ、感情に任せた暴走もない。
道具として叩き込まれてきた「戦闘の最適解」が、そこにはあった。
「……轟くん」
八百万がふと隣を見ると、轟焦凍が右手を強く握り締め、鋭い眼差しでモニターの冬真を見つめていた。
焦凍の右半身から、微かに冷気が漏れ出している。
同じ「氷」を扱う者として、そして科学と理論に裏打ちされた冬真の「完成された氷」の冷徹さに、焦凍は激しい対抗心と圧迫感を抱いていた。
*
「回収完了」
5階の小部屋で、俺は巨大な核兵器のオブジェに静かに手を触れた。
「お見事だ、氷叢」
常闇が追いつき、深々と首を振る。
「我が『黒影』の出番すら奪うとは……文字通り、絶対零度の支配者だな」
「……効率を追求しただけだ」
俺は両手を引き、集束グローブのリングを静かに回転させた。
(……くっ)
その瞬間、胸の奥で小さな痛みが走った。
ほんのわずかな個性出力。だが、インナーのサーマルスーツが赤く静かに発光し、俺の体内で奪われかけた熱を補填しようと急速に作動する。
(体温の低下……。スーツのサポートがあっても、完全に代償をゼロにはできないか……)
わずかに指先が白く強張る。
俺はそれを常闇に見られぬよう、さりげなく手袋の握りを強めて隠した。
(緑谷出久は……自分を壊して戦った。だが俺は、自分を壊さないためにこの術を磨いた。……これでいい。これが俺の戦い方だ)
心の中で自分に言い聞かせる。
しかし、頭の片隅には、あのボロボロになりながら拳を振り抜いた出久の瞳が、焼き付いて離れなかった。
「……降りるぞ、常闇」
「ああ」
俺たちは静かに戦場を後にした。
完全なる勝利。誰もが認める圧勝。
それにもかかわらず、俺の胸に去来していたのは、氷よりも冷たい無感覚な空白だけだった。
評価、コメントをお願いします