「……圧巻、と言わざるを得ないな」
モニタールームに静寂が戻った後、オールマイトが絞り出すように声を上げた。
「損害ゼロ、味方の被害ゼロ。相手の『個性』と戦術を完璧に見切り、最小限の行動で無力化する。ヒーローとしての現場対応、その模範解答だ!」
オールマイトの称賛に、クラスメイトたちからどっと溜息のようなざわめきが漏れた。
「マジで凄かったぞ、氷叢……! 電気も氷も一瞬で無効化されるわ、動けなくなるわで、まったく手も足も出なかったぜ!」
解氷処置を終えてモニタールームに戻ってきた切島が、寒さで少し身を震わせながらも、笑いながら冬真の肩を叩く。その背後で、上鳴も頭を抱えていた。
「ほんとだよ、絶縁体とか反則だろ! 俺の格好いい見せ場が綺麗サッパリ消え去ったわ!」
「……騒々しい。倒したわけではない、行動を阻害しただけだ」
冬真は切島の手を軽くかわし、静かに視線を逸らした。
彼らに悪意がないことは分かっている。だが、その屈託のない明るさにどう接するべきか、彼には解が分からなかった。
「いえ、氷叢さん」
凛とした声が割り込む。八百万百だった。
「ただの行動阻害じゃありませんわ。水から不純物を抜いて電気を通さなくしたうえに、冷気で体の動きまで奪ってしまうなんて……自分の『個性』を完璧に使いこなさなければできない芸当です。反省点なんて見つかりませんわ」
八百万の真剣な眼差しを受け止めながら、冬真は淡々と答える。
「……反省がないわけではない。純水氷壁の生成に0.2秒遅れた。上鳴の放電の初動を見極めるのに無駄な観察時間を挟んだからだ」
「0.2秒……!?」
八百万が息をのむ。完璧に見えた戦いの中にすら、冬真は自身の「隙」を見出し、裁断していた。その異常なまでの完璧主義と合理性に、八百万は尊敬と同時に、どこか息詰まるような歪さを感じ取っていた。
*
訓練がすべて終了し、着替えを終えた男子ロッカールーム。
静まり返った部屋で、冬真がインナーのサーマルスーツを脱ぎかけた時だった。
「……氷叢」
低く、棘のある声が室内を満たす。
振り返ると、入り口のドアの前で轟焦凍が立ち止まり、鋭く冷ややかなオッドアイで冬真を睨みつけていた。
「お前の氷……何のために研ぎ澄ましてる」
「……何が言いたい」
「熱を奪う精度も、無駄のない立ち回りも……まるで誰かに仕込まれた殺傷兵器だ。お前も、あのクソ親父(エンデヴァー)みたいな奴のためにその力を磨かされたのか」
焦凍の右半身から、抑えきれない冷気が歪な音を立てて溢れ出す。
『血筋』や『最高傑作』という呪縛、そして右の力だけで親父を完封し否定しなければならないという焦燥。焦凍の瞳には、冬真の完璧すぎる氷に対する激しい苛立ちと、親父への怨嗟が黒々と渦巻いていた。
冬真は淡々とシャツのボタンを留め、焦凍の脇を通り抜けようとする。
「俺はお前とは違う。……誰かを否定するための力でもなければ、誰かのための道具でもない」
「なら、なぜそこまで自分を追い詰める」
すれ違いざま、焦凍が腕を掴むほどの勢いで一歩踏み込んできた。
「俺は右の力だけであいつ(エンデヴァー)を否定する。お前のその完成された氷を見てると……あのクソ親父が押し付けてくる『規格』を見せつけられてるようで胸糞が悪いんだよ」
吐き捨てるような焦凍の言葉には、復讐心に支配された生々しい痛みが宿っていた。
冬真は焦凍の手元を静かに見下ろし、その視線を冷ややかに跳ね返す。
「……お前の身内の恨み言に俺を巻き込むな。俺はただ、自分を壊さないためにこの戦い方を選んだだけだ」
「……自分を壊さないため、か」
焦凍は自嘲気味に鼻で笑い、拳を握り潰すように強く固めた。
「身を削って泥臭く勝った緑谷と、傷一つ負わずに親父の理想みたいな戦い方をするお前。……どっちを見ても反吐が出る」
冬真の足が、一瞬だけ止まる。
脳裏に焼き付いた、両腕を砕きながらも絶叫し、拳を振り抜いた緑谷出久の姿。
そして、自分を冷たく守り育てる「絶対零度」の個性。
(傷つかないことが、正解のはずだ……)
胸の奥に生じた小さな違和感を握り潰すように、冬真はそれ以上何も答えず、ロッカールームのドアを静かに閉めた。
廊下の向こう、保健室へと続く一本道。
夕暮れ時の赤い光が差し込む廊下で、冬真は白くなった自分の手袋を見つめていた。
完璧な勝利を手に入れたはずなのに、胸に残る冷え込みだけは、どうしても消えてくれなかった。
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