深層救助屋――帰還禁止の少女   作:病んでるくらいが一番

35 / 35
第34話 担架を傾ける前に

 十四階層の作業坑には、まだ二人が残っていた。

 一人は地上との通話に返事をしている。もう一人は、その奥で動かないという。

 水瀬透(みなせとおる)は昇降機を降り、迎えに来た設備員へ現場までの案内を頼んだ。

 病院に迎えの車が来てから二日が過ぎていた。今日は朝から、灯路(とうろ)の救助班と一緒に待機している。

 

「点検中に床が落ちた。残った二人のうち、片方は下で喋れる。足を傷めてるそうだ」

 

 隣を歩く堀江修司(ほりえしゅうじ)が、無線で得た情報を繰り返した。

 透は壁に手を添えた。頭の中に通路と穴が広がる。正面の作業坑は、途中から床が抜けていた。下には斜めに続く古い運搬路がある。

 そこに人の姿はない。何も映らない場所にも、人はいる。

 

「正面から下ろすより、右の旧通路を使ったほうが近いです。途中に段差がありますが、穴の真下へ出られる」

「その通路の入口は」

「今の地形だと、この先の壁の裏です。開いてるかは、見ないとわかりません」

 

 設備員が先へライトを向けた。

 配管の陰に、金網の扉があった。奥の通路には水が流れているが、床は残っている。鍵を持つ担当者を待つ間に、透は段差の先を頭の中で確かめた。

 担架を水平に保ったまま曲がれる幅がある。最後の一段だけが高かった。

 

「持ち上げる人数が要ります。段差の上へ二人、先に回してもらえますか」

「わかった。お前は下へ着いたら、まず声をかけろ」

 

 鍵が回った。

 透は先頭で入り、足元の苔を靴底で擦った。滑る場所を後ろへ伝え、腰のロープを手すりへ回す。

 曲がり角の先から、短い返事が聞こえた。

 

「救助です。動かなくていい。ライトを向けるぞ」

 

 男は崩れた床材の上に座っていた。右足を引きずった跡があり、隣には落ちてきた工具袋がある。

 奥へもう一人の靴が見えた。

 透はそちらへ顔を向けかけ、呼びかけに答えている男の前へしゃがんだ。

 

「名前を教えてくれ」

 

 男が名乗った。息は速いが、問いには答えられる。

 救護担当が追いつき、足の状態を確かめ始めた。透は通路の端へ下がり、奥へ進む足場を見た。

 

「あっちも、お願いします」

「今、行く」

 

 奥の男には救護担当が先に近づいた。

 透は頭上へライトを向けた。作業床の残りが傾き、一本の梁へ引っかかっている。現在の形はわかるが、どれだけ重さに耐えるかは設備員に見てもらわなければならない。

 その確認が終わるまで、担架は手前に置いた。

 設備員が上の梁へ印をつけた。床材を動かさずに支えるため、手前の岩へ器材を据えるという。

 透は男の横に残り、後続へ置き場所を伝えた。

 話しかけると、男は自分が落ちたときのことを何度も説明しようとした。

 

「先に、あいつが。俺、つかんだけど、手袋が」

「今は足を動かさずにいてくれ。道はある。上の隊員が準備してる」

 

 男が口を閉じた。

 透は名前をもう一度呼び、水の音に負けない近さで、これからどこへ運ぶかを話した。角を一つ曲がり、段差を越えれば、昇降機へ向かう台車に載せられる。

 男はその角へ目を向けた。

 

「見えますか、そこ」

「俺には形がわかる。仲間も、もうそこまで来てる」

 

 上からライトが一度振られた。

 男の肩が少し下がった。透は合図を返し、担架の持ち手を握った。

 

 救護担当が足の固定を済ませ、透と二人で返事のある男を担架へ移した。

 痛みで目を閉じた男が、肩を支える透の袖をつかんだ。

 

「落ちないですか」

「落とさない。その段は四人で上げる。今から少し揺れるぞ」

 

 段差の上で待つ二人が加わり、四人で担架を上げた。

 狭い段差では、後ろの隊員の靴が一度滑った。透は持ち手を引きつけ、壁へ肩を当てた。前の二人が止まり、四人で高さを戻す。

 男の声が喉に詰まった。

 

「止まってる。大丈夫だ。足場を直してから動く」

 

 透は上の隊員と目を合わせた。合図を受け、腰を落として押し上げる。枠が段の上へ載り、男の手が袖から離れた。

 上から受け取る声がした。

 透は担架を渡してから、水の流れる下へ戻った。

 

 *

 

 奥にいた男の死亡確認について、同行した救護担当から堀江へ報告があった。

 堀江が地上の医療側と連絡を取り、収容に移ると告げたとき、透は担架を広げていた。

 もう声をかけても、返事はなかった。

 

 男は横向きで、片腕が胸の下へ入っていた。服の裾が落ちた金具に引っかかっている。服を引けば、金具に引っかかった身体まで引きずってしまう。

 透はすぐ脇へ膝をつき、金具の先がどちらへ曲がっているかに集中した。

 腕を伸ばせば届く距離だった。

 

 頭の中に、曲がった金具が浮かんだ。

 その隣に、肩があった。

 

 透は手を止めた。

 服の布だけではない。首から肩へ、肩から腕へ続く形が、岩や床材と一緒にわかった。

 目を開けても、そこにはさっきと同じ男がいる。

 ミカの録音機を見つけたときには、箱の角がわかった。今は、人の身体の形がわかった。

 

「どうした」

 

 堀江が低い声で聞いた。

 

「……金具を外します。身体を支えてもらえますか」

 

 先に作業をした。

 金具に引っかかった裾を緩め、道具で金具を開く。救護担当が身体を支え、もう一人が下へ搬送用の布を差し入れた。

 その間、透は能力へ集中しなかった。

 顔を布で覆う直前に、救護担当が短く名前を呼んだ。透も一度、頭を下げた。

 

 帰りの段差には、滑り止めの板が置かれていた。

 透は下側の持ち手へ回った。生きている男を運んだときと同じ四人で、同じ合図を使った。

 重さが腕へかかる。

 今度も、持ち手を離さずに上まで運んだ。

 

 *

 

 地上の洗い場で、透は手袋についた泥を落としていた。

 堀江が隣の蛇口を開ける。

 

「さっき、何があった」

 

 透は蛇口を閉めた。

 

「あの人の身体が、わかったんです。金具の形を見ようとしたら、一緒に」

「能力でか」

「はい。布とか装備じゃなくて、身体の形が。今まで、人は出なかった」

 

 堀江はすぐには返事をしなかった。

 透の濡れた手袋へ目を落としてから、聞いた。

 

「最初に運んだ人は」

「担架の形はわかりました。身体はわからないです」

「距離は」

「すぐ横です。金具を外そうとしてました」

 

 遠くから人を探せたわけではない。奥の男を先に見つけたのはライトで、状態を確かめたのは救護担当だった。

 透が見たのは、その後のことだ。

 

「記録に残せ。だが次から、出なかったから生きてるとか、そういう判断には使うなよ」

「わかってます。遠い物も、集中してないときも、出ませんから」

 

 堀江が蛇口を止めた。

 

「今日は、二人とも地上へ連れて帰った。それは間違いない」

 

 透はうなずいた。

 救えた一人と、救えなかった一人。その二人を同じ通路から運んだ腕が、今になって重かった。

 手袋を絞ると、泥水が指の間を流れた。

 

 *

 

 夕方、葵(あおい)が洗濯物を取り込んでいるところへ帰った。

 透のタオルと自分のタオルを分け、椅子へ重ねている。玄関の音に振り返った彼女へ、透はただいまと言った。

 

「おかえりなさい」

「手を洗ってくるね」

 

 洗面台で爪の間まで洗った。

 戻ると、食卓に水の入ったコップが置かれていた。

 透は椅子へ座った。今日のことを話すか迷ったが、能力については、葵にも先に知っていてほしかった。

 

「仕事の話、少ししてもいい?」

 

 葵がうなずいた。

 人の名前や詳しい怪我の話は避け、近くの金具を調べたとき、亡くなった人の身体まで形としてわかったことを伝えた。

 葵は畳んでいたタオルを膝へ置いた。

 

「生きている人は、わからないんですよね」

「うん。今日、先に運んだ人もそうだった。眠ってる人も、起きてる人も、今まで身体は出なかった」

「遠くにいても、亡くなっていたら」

 

 葵は途中で言葉を止めた。

 透は首を振った。

 

「そこまではわからない。近くで、形を見るために集中したときだけだった。前に調べた奥の空間にも、人がいるかはわからないままだよ」

 

 彼女が誰のことを考えたのか、聞かなくても想像がついた。

 能力で人の姿が浮かばなかったことを、明美(あけみ)が生きている証拠にも、いない証拠にもできない。

 

「わかる範囲が増えたら、それも教えてください」

「そうする」

 

 葵はタオルを重ね直した。

 透の分を置こうとして、手を止める。

 

「今日は、持っていきます。水瀬さんは、座っててください」

 

 洗面台の棚へ向かう背中を、透は見送った。

 いつもなら自分でやると言ったかもしれない。今日はコップを両手で持ち、冷たい水を飲んだ。

 戻ってきた葵が、隣の椅子に腰を下ろした。

 少しの間、洗濯物の乾いた匂いがしていた。




話しをちょっと見直しているので、次の投稿まで1.2周間かかるかもしれないです。
ミカで心がえぐられた。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

わたし、壊れてるらしいです(作者:まいまいつむり)(オリジナル:ファンタジー/日常)

戦争で2年間、前線で剣を振っていた少女が、敵だった国の学校に通うことになりました。▼本人は元気です。よく笑います。友達もできました。▼ただ、大きな音がすると体が勝手に動くし、夜は静かすぎて眠れないし、好きな食べ物を聞かれても答えられません。▼あと、入学許可証の裏に「心的外傷の兆候あり」って書いてありました。▼よくわかりませんが、たぶん大したことないと思います…


総合評価:9955/評価:8.58/完結:68話/更新日時:2026年08月30日(日) 12:00 小説情報

崩壊世界のゴミ漁り~ウジ虫からの成り上がり~(作者:Schuld)(オリジナル:SF/冒険・バトル)

 世界がネットで覆われ、メガコーポが全てを支配し、ナショナリズムという言葉が退化するほど未来……の更なる未来。▼ 高度に発達した人工知能や、それらによって管制されるロボット、無私の挺身を厭わぬ自動人形によって成り立っていた、高度な文明は崩壊した。今となっては、その理由は誰も知らない。▼ 新たな国体は成立したが、その支配は限定的で、発展は途絶えた。▼ 今となっ…


総合評価:12114/評価:9.13/連載:41話/更新日時:2026年08月07日(金) 07:30 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>