インタビュアー『なんで戦ってるん?』ヒーロー『金だろ』 インタビュアー『は?』 作:すねかじり
――朝。
「……眠い」
ベッドの中で、天城光莉は布団にくるまっていた。
カーテンの隙間から差し込む朝日が、容赦なく顔を照らしている。
「……あと五分」
スマートフォンが鳴った。
「…………」
無視。
また鳴る。
「…………」
さらに鳴る。
「うるさい……」
光莉は布団から腕だけを出して、スマートフォンを手に取った。
画面には大量の通知が並んでいる。
『本日の取材について』
『次回の合同訓練について』
『日本ヒーロー協会からの連絡です』
『スポンサー企業から――』
「…………」
光莉はしばらく画面を眺めた。
そして、すべてを閉じる。
「……今日は休み」
スマートフォンを伏せる。
今日は仕事がない。
久しぶりの休日だった。
「よし……」
布団の中で小さくガッツポーズをする。
S級ヒーロー。
ルミナ。
光を操る自然発生型能力者。
日本でも数少ないS級ヒーローの一人。
テレビに出れば注目され、街を歩けば名前を知られている。
そんな彼女にも、当然ながら休日はある。
そして今日の光莉は――
「何しようかな……」
完全に普通の女の子だった。
---
昼前。
光莉は適当な服に着替えて家を出た。
大きめのパーカー。
動きやすいパンツ。
髪も軽くまとめただけ。
化粧も最低限。
鏡の前で一度、自分の姿を確認する。
「……これなら大丈夫」
今日はルミナではない。
ただの天城光莉だ。
少なくとも、自分ではそう思っている。
街を歩いていると、大型モニターに見覚えのある姿が映った。
白い光。
空を駆ける姿。
そして、自分。
『S級ヒーロー、ルミナの活躍により――』
光莉は足を止めた。
「……私だ」
自分のことなのに、少し不思議な気分になる。
モニターの中では、ヒーローとしての自分が完璧に戦っていた。
現実の自分は――
「……お腹すいた」
モニターをそのままにして歩き出した。
---
昼食を済ませた光莉は、そのまま街を歩いていた。
特に目的はない。
休日なんて、そんなものだ。
ウインドウショッピングをして。
本屋を覗いて。
コンビニで甘いものを買おうか迷って。
そして――
ある場所で足を止めた。
競馬場外発売所。
「…………」
光莉は周囲を確認する。
誰も自分を見ていない。
「……よし」
中へ入った。
---
「……この馬かな」
競馬新聞を広げる。
光莉の表情が変わった。
さっきまでの眠そうな顔とは違う。
真剣そのものだった。
「前走は悪くない……」
指で出走表をなぞる。
「でも、この距離だと……」
しばらく悩む。
「……こっち」
馬券を購入する。
「よし」
席につき、レースを待つ。
やがてレースが始まった。
「……いけ」
光莉は画面を見つめる。
「そのまま……!」
馬群が動く。
順位が入れ替わる。
「いけっ……!」
最後の直線。
期待していた馬が伸びる。
「いける!」
――と思った。
しかし。
「……え?」
ゴール直前。
別の馬が一気に差し切った。
レース終了。
「…………」
光莉は馬券を見つめる。
「……嘘でしょ」
そのときだった。
隣から声がした。
「……来ないと思った」
「え?」
光莉が振り向く。
そこには、一人の男がいた。
ぼさぼさの黒髪。
眠そうな目。
少し猫背。
服装もどこかだらしない。
手には競馬新聞。
そして、いかにも競馬に人生を持っていかれていそうな雰囲気。
光莉は思った。
――この人は絶対、競馬やる人だ。
「その馬、最近調子悪いから」
男は画面を見ながら言った。
「……詳しいの?」
「まあ、それなりに」
「そうなんだ」
「俺も買おうかと思ったけど、やめた」
「どうして?」
「金が減るから」
「競馬ってそういうものじゃない?」
「増える可能性もある」
「可能性ね……」
光莉は少し笑った。
男は自分の馬券を眺めている。
その姿を見て、なんとなく気になった。
「……よく来るの?」
「暇なときは」
「じゃあ、結構好きなんだ」
「好きというか、金が増えるかもしれないから」
「それ、結局好きなんじゃない?」
「違う。投資」
「競馬を投資って言う人、初めて見た」
「俺は毎回そう思ってる」
「毎回?」
「毎回負ける」
「…………」
光莉は一瞬、何を言えばいいか分からなくなった。
「……それ、投資じゃないよ」
「そうか?」
「そうだよ」
光莉は笑った。
男は真顔だった。
「……今日はまだ一回目だ」
「そういう問題じゃないって」
思わず声を出して笑う。
男も特に気にした様子はない。
不思議な人だった。
「そういえば」
光莉が聞く。
「名前、なんていうの?」
「鷺沢」
「鷺沢さん?」
「蓮」
「鷺沢蓮さんね」
「そっちは?」
一瞬、光莉は迷った。
本名を言っても問題はない。
しかし、今日は正体を隠している。
「……光莉」
「光莉?」
「うん。天城光莉」
「そう」
蓮はそれ以上、何も聞かなかった。
その距離感が、光莉には少し心地よかった。
普通なら、S級ヒーローだと知られれば質問攻めになる。
どんな能力なのか。
どれくらい強いのか。
普段は何をしているのか。
けれど、この男は競馬の話しかしていない。
「……なんか変な人だね」
「よく言われる」
「自覚あるんだ」
「ある」
即答だった。
---
しばらくして。
光莉が何気なく聞いた。
「鷺沢さんって、ヒーローとか興味ないの?」
蓮は即答した。
「ないな」
「全然?」
「ない」
「S級とかも?」
「興味ない」
「……へぇ」
光莉は少し意外だった。
だが、蓮の次の言葉を聞いて固まる。
「金になるなら別だけど」
「…………」
「どうした?」
「……それ、どっかで聞いたことある」
「そう?」
「うん。すごく有名なやつ」
「知らないな」
「…………」
光莉は蓮の顔を見る。
ぼさぼさの黒髪。
眠そうな目。
だらしない服装。
どう見ても、テレビで見るようなヒーローには見えない。
「……いや、なんでもない」
まさか。
あの「金だろ」で有名なホワイトヘロン本人が、こんなところにいるわけがない。
そもそも、ホワイトヘロンがどんな人間なのか、光莉は詳しく知らない。
だから気づかなかった。
「じゃあ、私もそろそろ帰ろうかな」
「そう」
蓮が立ち上がる。
「次のレースは?」
「……買わない」
「以外だね」
「さっき負けたから」
「堅実」
「違う」
蓮は少し考える。
「次も負けそうだから」
「それを堅実って言うんだよ」
光莉は笑った。
「じゃあね、鷺沢さん」
「じゃあ」
二人は別々の方向へ歩き出した。
---
帰り道。
光莉は一人で歩いていた。
「……変な人だったな」
でも。
少し楽しかった。
ヒーローとしてではなく。
ルミナとしてでもなく。
ただの天城光莉として、誰かと話した。
それが妙に新鮮だった。
「……また会ったりして」
そんなことを呟いてから、少し恥ずかしくなった。
「何考えてるんだろ、私」
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その頃。
蓮はというと。
「…………」
歩きながら財布を確認していた。
「……まだあるな」
少し考える。
「一レースだけ」
踵を返した。
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そして――
その日の夕方。
光莉は家でテレビを見ていた。
テーブルには買ってきたコンビニスイーツ。
テレビではニュースが流れている。
『本日のニュースです。先日のヴィラン事件で活躍したS級ヒーロー、ルミナについて――』
画面に、自分の姿が映る。
「……また私だ」
光莉はテレビを消した。
静かになった部屋。
ふと、テーブルの端に置いてあるものに目が止まる。
昼間。
街で出会った男の子からもらった、一枚の紙。
クレヨンで描かれた絵だった。
そこには、光をまとったヒーローが描かれている。
下には少し歪んだ文字。
『ルミナ』
光莉は絵を手に取る。
「…………」
昼間の男の子の言葉を思い出す。
――僕もルミナみたいなヒーローになりたい!
「……そっか」
光莉は小さく笑った。
「私も、頑張らないとな」
S級だから。
強いから。
期待されているから。
――それだけじゃない。
誰かが自分を見てくれている。
誰かが自分に憧れてくれている。
それが、少し嬉しかった。
光莉は絵を大切そうにテーブルへ戻す。
そして、ソファに倒れ込んだ。
「……明日も仕事かぁ」
少しだけ嫌そうな顔をして。
それでも、笑う。
「……頑張ろ」
窓の外では、夕日が街を照らしていた。
光莉はその光を眺めながら、静かに目を閉じる。
――明日も、いつも通りの一日が来る。
読んでいただきありがとうございます。
ルミナこと光莉ちゃんの休日です。平和だね。
蓮とすれ違いコミュニケーションしましたね。結構この二人の掛け合い好きなんですよね。
蓮の中ではこんな綺麗な人が競馬するんだなぁ⋯くらいにしか思っていません。だからルミナの顔すら浮かんでないんですよね。