ヒーローが「職業」として存在する世界。

白い翼を持つヒーロー、ホワイトヘロンこと鷺沢蓮は、正義にも名誉にも興味がない。

彼が戦う理由は、ただ一つ。

――金だろ。

彼はこのネタが擦られているのを知らない。

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『伝説のインタビュー』

 

 ――これは、後に伝説として語り継がれることになる、とあるヒーローのインタビューである。

 

 カメラの前に、一人のヒーローが立っていた。

 

 白を基調とした装甲。  背中には、翼を思わせる大型の装備。

 

 その名は――ホワイトヘロン。

 

 当時、第一線で活躍していた人気ヒーローの一人だった。

 

 インタビュアーがマイクを向ける。

 

「最後に一つだけ、質問させてください」

 

「はい」

 

「あなたは、何のために戦っているんですか?」

 

 ヒーローなら、普通はそう答える。

 

 人々を守るため。

 

 正義のため。

 

 誰かの笑顔のため。

 

 しかし――

 

 ホワイトヘロンは、ほんの少しだけ考えた。

 

 そして。

 

「……金だろ」

 

「…………」

 

 インタビュアーが固まった。

 

「……え?」

 

「金」

 

「いや、その……人々を守るため、とか……」

 

「それ、金になります?」

 

「…………」

 

 数秒間の沈黙。

 

 そして、その映像は放送終了からわずか数時間でネット上に拡散された。

 

 ――伝説のインタビュー。

 

 そんな名前まで付けられて。

 

 それから数年。

 

 今でも、この映像は時々ネットの海から掘り起こされる。

 

――――――――――

 

【伝説のヒーローインタビュー】

 

名無しの市民

『何のために戦ってるんですか?』

 

ホワイトヘロン

『……金だろ』

 

名無しの市民

何回見ても草

 

名無しの市民

正直すぎるだろw

 

名無しの市民

でも実力はガチなんだよな

 

名無しの市民

「金だろ」だけで誰のことか分かるのすごい

 

名無しの市民

定期

 

名無しの市民

もう何年前の動画だよw

 

名無しの市民

100年後も擦られてそう

 

名無しの市民

なお本人は気にしてない模様

 

――――――――――

 

 そして現在。

 

「…………」

 

 六畳一間。

 

 薄暗い部屋の中で、男が一人、テレビを眺めていた。

 

 床には脱ぎ捨てられた服。

 

 テーブルには飲みかけの酒。

 

 灰皿には吸い殻が山のように積まれ、コンビニ弁当の空容器がいくつも転がっている。

 

 壁際には、いつから置かれているのか分からない段ボール。

 

 部屋の隅には、洗濯する気を完全に失った衣類の山。

 

 そんな場所で――

 

「…………」

 

 男は、真剣な顔でテレビを見つめていた。

 

 鷺沢蓮、二十七歳。

 

 黒髪は寝癖で跳ね、無精ひげも伸びっぱなし。

 

 よれたTシャツにジャージ姿。

 

 姿勢は悪く、ソファに深く沈み込んでいる。

 

 世間から見れば、どこにでもいる――いや、少しだらしない男だった。

 

 だが。

 

 彼には一つだけ、普通ではない肩書きがある。

 

 職業――ヒーロー。

 

 もっと正確に言えば。

 

 民間ヒーロー派遣会社に所属する、プロヒーローである。

 

「……いけ」

 

 蓮の目が、テレビ画面を追う。

 

 競馬中継。

 

 最終コーナーを回った馬たちが、一斉に直線へ入った。

 

「いけ……」

 

 蓮が身を乗り出す。

 

「そのまま……!」

 

 先頭を走る馬。

 

 しかし、後方から一頭が一気に差を詰めてくる。

 

「……来た!」

 

 蓮が立ち上がった。

 

「差せぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 その瞬間。

 

 テーブルの上に放置されていたスマートフォンが震えた。

 

 ――ブブブブブ。

 

「…………」

 

 蓮は見ない。

 

 ――ブブブブブ。

 

「…………」

 

 まだ見ない。

 

 ――ブブブブブ。

 

「うるさいな……」

 

 画面から目を離さないまま、手探りでスマートフォンを掴む。

 

 表示された名前を見て、蓮は露骨に嫌そうな顔をした。

 

「……白石さんか」

 

 通話ボタンを押す。

 

「もしもし」

 

『鷺沢さん。仕事です』

 

「嫌です」

 

『まだ内容を言ってません』

 

「どうせ面倒な仕事でしょ」

 

『……ヴィラン一名。市街地で暴れています』

 

「他の人に任せれば?」

 

『報酬、八十万円です』

 

「…………」

 

 蓮の目が、ほんの少しだけ開いた。

 

「……詳しく聞こうか」

 

『切り替えが早すぎません?』

 

「金は大事だから」

 

『あなた、昔のインタビューから何も変わってませんね』

 

「昔?」

 

『……なんでもありません』

 

 白石はため息をついた。

 

 鷺沢蓮。

 

 彼を担当するマネージャー、白石恒一、三十八歳。

 

 社内で彼の担当を続けていられる人間は、今となっては白石くらいしかいない。

 

 以前の担当者たちは、ことごとく蓮の扱いに音を上げていた。

 

『現場は第三地区。詳細は端末に送ります。到着次第、連絡してください』

 

「了解」

 

『あと、今回は市街地です。周囲の安全確認を最優先に』

 

「はいはい」

 

『本当に分かってます?』

 

「分かってるって」

 

 通話を切る。

 

 蓮は立ち上がった。

 

「八十万か……」

 

 さっきまで競馬に夢中だった男とは思えないほど、動きが早い。

 

 部屋の奥へ向かう。

 

 そこには、場違いなほど綺麗に整えられたケースが置かれていた。

 

 蓋を開ける。

 

 中に収められていたのは――変身ベルト。

 

 白を基調とした、機械仕掛けのベルト。

 

 蓮はそれを慎重に取り出した。

 

 表面を指でなぞる。

 

 傷がないか確認する。

 

 留め具を確認する。

 

 内部の接続部も確認する。

 

「……よし」

 

 普段のだらしなさからは想像できないほど丁寧な扱いだった。

 

「これ壊れたら、仕事できないからな」

 

 ベルトを腰に装着する。

 

 そして部屋を出た。

 

 玄関を閉めた、そのときだった。

 

「ちょっと、蓮くん」

 

「…………」

 

 蓮は聞こえなかったことにした。

 

「蓮くん!」

 

「はい」

 

 振り返る。

 

 そこには大家さんが立っていた。

 

「今月の家賃、まだよね?」

 

「…………」

 

 蓮の動きが止まる。

 

「来週払います」

 

「先月もそう言ってたでしょう」

 

「……仕事行ってきます」

 

「ちょっと、蓮くん!」

 

 蓮は逃げるように階段を駆け下りた。

 

 ――家賃のことは、帰ってから考えよう。

 

 今は仕事だ。

 

 八十万円の。

 

     ◆

 

 第三地区。

 

 ビルが立ち並ぶ市街地の一角で、爆発音が響いた。

 

 ドォンッ!!

 

 窓ガラスが震える。

 

 道路を走っていた車が急停止し、歩行者が悲鳴を上げて逃げていく。

 

「逃げろ!」

 

「ヴィランだ!」

 

 道路の中央。

 

 巨大な影が立っていた。

 

 全長三メートル近い、鋼鉄の巨体。

 

 右腕には大型の機械式クロー。

 

 その先端が、ゆっくりと開閉する。

 

 ギギギギ……。

 

「ヒーローはまだ来ねえのか!」

 

 巨体が周囲を見回す。

 

「来るならさっさと来やがれ!」

 

 その直後。

 

「……呼んだ?」

 

 声がした。

 

「――あ?」

 

 ヴィランが振り返る。

 

 道路脇の標識の上。

 

 そこに、一人の男が立っていた。

 

 白い装甲。

 

 鳥のくちばしを思わせるマスク。

 

 背中には、翼のように展開された装備。

 

 ホワイトヘロン。

 

 蓮は標識から軽く飛び降りる。

 

 着地。

 

 膝を曲げ、衝撃を逃がす。

 

 そして、ゆっくりと立ち上がった。

 

「……面倒そうなのがいるな」

 

「テメェ……!」

 

 ヴィランが右腕を振り上げる。

 

 巨大なクローが、蓮の頭上から振り下ろされた。

 

 ――ズガァン!!

 

 アスファルトが砕ける。

 

 しかし。

 

 そこに蓮はいない。

 

「なっ――」

 

 蓮は半歩だけ後ろへ下がっていた。

 

 クローが鼻先をかすめる。

 

 風圧を感じる。

 

「遅い」

 

 蓮が踏み込む。

 

 右足を相手の懐へ。

 

 身体を低く沈める。

 

 クローを振り下ろした直後で、ヴィランの右腕はまだ地面側に伸びている。

 

 その脇を――蓮の身体が滑り抜けた。

 

「そこ」

 

 肘を引く。

 

 腰を回す。

 

 ――ドンッ!

 

 装甲の隙間へ、鋭い肘打ち。

 

「ぐっ……!」

 

 ヴィランの巨体が揺れる。

 

 蓮はそのまま背後へ抜けようとする。

 

 だが。

 

 ガキンッ!

 

 ヴィランの背中から、二本の補助アームが飛び出した。

 

「――!」

 

 左右から同時に迫る。

 

 蓮は右へ一歩。

 

 一本目をかわす。

 

 続けて左へ身体を傾ける。

 

 二本目が頬の横を通過する。

 

 そのまま蓮は跳んだ。

 

 宙で身体をひねる。

 

 白い翼が展開した。

 

 バッ――!

 

 空中で姿勢を制御する。

 

 ヴィランの頭上を越えながら、翼から白い羽根が射出された。

 

「フェザー・スライサー」

 

 数十枚の白い羽根が飛ぶ。

 

 まっすぐではない。

 

 左右へ散った羽根が、空中で軌道を変える。

 

 一枚がヴィランの右肩へ。

 

 別の一枚が左膝へ。

 

 さらに後方へ回った羽根が、背中の補助アームの接続部へ。

 

 ――ザシュッ!

 

 ――ザシュッ!

 

 ――ガキンッ!

 

「ぐあっ!」

 

 補助アームが落ちる。

 

 ヴィランが腕を振り回した。

 

「ちょこまかと……!」

 

 赤い光が腕の先へ集まる。

 

「――消し飛べ!」

 

 光線が放たれた。

 

 蓮は正面から受けない。

 

 右足を踏み込む。

 

 身体を横へ投げ出す。

 

 赤い光線が、すぐ横を通り抜けた。

 

 熱気が装甲を焼く。

 

「危な……」

 

 蓮は地面を転がりながら受け身を取る。

 

 そのまま立ち上がる。

 

 目の前には街灯。

 

 蓮は一瞬だけ視線を向けた。

 

 そして――

 

 街灯を蹴った。

 

 ガンッ!

 

 反動で身体が横へ飛ぶ。

 

 空中で身体をひねり、もう一度翼を展開。

 

 ヴィランの放った光線が背後を通過する。

 

 蓮はそのまま上昇していく。

 

 十メートル。

 

 二十メートル。

 

 三十メートル。

 

 ヴィランが顔を上げる。

 

「何を――」

 

 空中。

 

 蓮は翼を閉じた。

 

 身体を一直線にする。

 

 重力に任せて落下する。

 

 風を切る音が、一気に大きくなる。

 

「……これで終わりだ」

 

 右脚を引く。

 

 白い光が一点に集まっていく。

 

 高度が下がる。

 

 速度が上がる。

 

 ヴィランが腕を上げる。

 

「止め――」

 

「遅い」

 

 蓮が急降下する。

 

「――ヘロン・ダイブ」

 

 ――――轟音。

 

 白い閃光が地面を貫いた。

 

 直後。

 

 ヴィランの巨体が宙へ跳ね上がった。

 

「ぐおおおおおおっ!?」

 

 数メートル吹き飛び、道路を転がる。

 

 そのまま動かなくなった。

 

 静寂。

 

 蓮は着地した。

 

 片膝をついた状態から、ゆっくりと立ち上がる。

 

 装甲についた埃を払う。

 

「……終わった」

 

 通信機が鳴った。

 

『鷺沢さん、状況は?』

 

「撃破」

 

『了解です。周囲の安全確認を――』

 

「帰る」

 

『待ってください』

 

「何?」

 

『安全確認と現場報告があります』

 

「……それ、残業代出る?」

 

『出ません』

 

「じゃあ嫌です」

 

『仕事してください』

 

「…………」

 

 蓮は空を見上げた。

 

「ヒーローって大変だな」

 

『今さらですか?』

 

     ◆

 

 夜。

 

 鷺沢蓮は自宅へ戻っていた。

 

 ベルトをケースに戻す。

 

 玄関に靴を脱ぎ捨てる。

 

 冷蔵庫から酒を取り出した。

 

 プシュッ。

 

 一口飲む。

 

 そしてテレビをつける。

 

「……競馬やってるかな」

 

 画面が切り替わる。

 

 競馬中継。

 

「おっ」

 

 蓮がソファへ沈み込む。

 

「次のレース……」

 

 その頃。

 

 東京・六本木。

 

 巨大な街頭ビジョンに、速報が映し出されていた。

 

『緊急速報』

 

 街を歩いていた人々が足を止める。

 

『本日午後、Sランクヒーロー――〇〇氏が死亡したことが発表されました』

 

「嘘だろ……」

 

「Sランクが……?」

 

 画面が切り替わる。

 

 映し出されたのは、事件現場。

 

 規制線。

 

 破壊された道路。

 

 そして――

 

 血に濡れた地面に落ちている、一枚の黒い羽根。

 

『現場からは、現在のところ正体不明の黒い羽根状の物体が発見されており――』

 

 ざわめきが広がる。

 

 誰もが画面を見つめていた。

 

 誰もが、その事件の意味を考えていた。

 

 だが。

 

 その頃の鷺沢蓮は――

 

「…………」

 

 ソファの上で、競馬新聞を広げていた。

 

「……この馬、いけるな」

 

 テレビでは、今日のニュースが流れている。

 

 しかし蓮は見向きもしない。

 

「明日買うか……」

 

 酒を一口飲む。

 

 そして、また競馬中継に目を戻した。

 

 Sランクヒーローが死んだことも。

 

 街に黒い羽根が残されたことも。

 

 今の蓮には、関係のない話だった。




今作を手に取っていただきありがとうございます。
初執筆となりますので優しい目で見てくださるとありがたいです。
今後の展開も少し考えていますので、短編の受けが良かったらシリーズものとして続けていきたいと思っています。

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