土佐、海を往く   作:海の藻

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第14話 土佐、戦線を知る

翌朝。

 

鎮守府の空気が、変わっていた。

 

食堂を出て港へ向かう。いつもより人が多い。それだけではない。妖精たちが弾薬を積んだ台車を押して走り、その横を艤装を背負った艦娘が通り過ぎていく。

 

見覚えのない顔だった。

 

一人ではない。二人、三人。港の方から、さらに何人か歩いてくる。艤装に細かな傷を残した者。制服の上着を肩に掛け、疲れた顔で欠伸をしている者。

 

帰投したばかりなのだろう。

 

「……知らない顔が多いな」

 

「そらそうやろ」

 

横から声がした。

 

振り向くと、小柄な艦娘が立っていた。

 

「うちかて、あんたの顔見るん初めてやし」

 

「そうか」

 

「そうか、て」

 

呆れたように言われる。

 

艤装を見る。空母。ただ、加賀姉さんや赤城さんとは随分と違う。

 

「帰投したところか?」

 

「せや。北の方からな」

 

彼女は肩を回した。

 

「予定より早う戻されたけど」

 

「何かあったのか」

 

「何かあったから戻されたんやろ」

 

「なるほど」

 

「納得すな」

 

そう言ってから、彼女は私を上から下まで見る。

 

「……黒い軍服」

 

「?」

 

「背ぇ高くて、刀持っとる戦艦」

 

視線が左腰で止まる。

 

「ああ」

 

何かに納得したように頷いた。

 

「あんたが土佐か」

 

「そうだが」

 

「やっぱりなぁ」

 

「私を知っているのか?」

 

「名前だけな」

 

にっと笑う。

 

「新しい戦艦が来た思たら、いきなりル級elite沈めて、そのあと派手に大破して帰ってきたって」

 

「…………」

 

随分な伝わり方をしている。

 

「間違ってはいない」

 

「否定せえへんのかい」

 

「事実だからな」

 

一瞬、相手が黙った。それから声を上げて笑う。

 

「ははっ。おもろいやっちゃなぁ」

 

「そうか?」

 

「自覚ないんか」

 

「ない」

 

「せやろな」

 

また笑われた。

 

「龍驤や」

 

「ん?」

 

「うちの名前。軽空母、龍驤」

 

「そうか」

 

覚える。

 

「よろしく、龍驤」

 

「おう。よろしゅうな、土佐」

 

龍驤は片手を上げ、そのまま通り過ぎるかと思ったが、ふと足を止めた。

 

「ああ、そうや。今日、呼び出しかかっとるやろ?」

 

「ああ」、

 

「ほな、すぐ分かるわ」

 

「何がだ?」

 

龍驤は港を見る。

 

「なんで、うちらが戻ってきたんか」

 

それだけ言って、今度こそ歩いていった。

 

その背中を見る。小柄だ。けれど、歩き方に迷いがない。疲れているはずなのに、周囲をよく見ている。通路を横切る妖精。運ばれる資材。入港してくる艦娘。そのすべてを自然に視界へ収めていた。

 

長く海に出ている者の歩き方なのだろうか。

 

分からない。

 

ただ、慣れている。

 

そう思った。

 

◆◆◆

 

「土佐ー!」

 

聞き覚えのある声がした。

 

振り返る。

 

「おはよー!」

 

「川内」

 

こちらへ駆けてくる。以前と変わらない。元気そうだ。

 

「川内も呼び出しか?」

 

「うん。朝からね」

 

「そうか」

 

「それにしても今日はすごいねぇ」

 

川内は私の肩を軽く叩いた。

 

「そういえば神通からも聞いたよ」

 

「神通?」

 

「うん」

 

にやにやしている。

 

「随分仲良くなったみたいじゃん」

 

「茶を飲んだだけだ」

 

「へえー」

 

「何だ」

 

「別に?」

 

よく分からない。

 

「神通は?」

 

「今朝会った」

 

「そっか」

 

川内が嬉しそうに笑う。それから周囲を見渡し、少し声を落とした。

 

「でもさ。思ったより集めたね」

 

「艦娘をか」

 

「うん」

 

その言葉で、改めて港を見る。確かに多い。

 

「普段は、これほどいないのか?」

 

「いるよ」

 

「?」

 

「鎮守府には所属してる」

 

川内が港の先を指した。

 

「でも、ずっとここにいるわけじゃないからね。北に行ってる子もいるし、南もいる。遠征もあるし、長い哨戒に出てる子もいるし」

 

知らなかった。

 

着任してから、食堂で、演習場で、浴場で、何人もの艦娘を見た。それで、この鎮守府にいる艦娘たちをある程度知ったような気になっていた。

 

「……そうか」

 

私は、ほんの一部しか見ていなかったらしい。

 

「今回、全部戻したのか?」

 

「まさか」

 

川内は首を振る。

 

「外を空っぽにはできないよ。北も南も、敵がいなくなったわけじゃないし。輸送も止められないしね」

 

少しだけ川内の目が細くなる。

 

「削れるところから削って、戻したんじゃない?」

 

「……近海のために」

 

「たぶんね」

 

近海。

 

その言葉が、今までより重く聞こえた。

 

◆◆◆

 

〇九〇〇。

 

作戦室へ入った瞬間、私は足を止めた。

 

多い。

 

知っている顔もいる。長門。陸奥。加賀姉さん。赤城さん。大和。武蔵。鳳翔さん。那智。川内。

 

他にも何人もの艦娘がいる。知らない顔も多い。

 

壁には海図。机の上にはいくつもの資料。海域ごとに色分けされた駒が並んでいる。

 

中央。鎮守府。

 

そこから、あまり離れていない場所に敵を示す駒があった。

 

「揃ったな」

 

提督の声で部屋が静かになる。

 

「始める」

 

海図へ視線が集まった。

 

「先日の偵察及び交戦結果から、近海に展開する深海棲艦の規模を再評価した」

 

駒が動く。

 

「現在確認できているだけでも、複数の警戒部隊が存在する」

 

別の駒。

 

「さらに、その後方」

 

提督の指が止まる。

 

「敵主力と思われる集団を確認した」

 

空気が変わった。

 

「艦種は?」

 

長門が聞く。

 

「まだ断定できない」

 

「大型艦は?」

 

「いる」

 

提督が一枚の報告書を取る。

 

「通常の戦艦級より大型の反応が一つ」

 

誰も喋らない。

 

長門が低く言った。

 

「……姫級か」

 

「可能性は高い」

 

姫級。

 

名前だけなら知っている。深海棲艦の中でも、特に強力な個体。

 

「敵主力がいつから近海にいたかは分からない」

 

提督が続ける。

 

「ただし、以前からこの規模で潜伏していたとは考えていない」

 

海図の外側から内側へ、指が動く。

 

「接触数は、このところ増加していた。敵は段階的にこちらへ進出してきたと見る」

 

加賀姉さんが口を開く。

 

「先日のル級を含む部隊は、その前衛」

 

「ああ」

 

「私たちを追わなかった理由も、それなら説明できます」

 

「敵主力へ近づかせないための警戒線」

 

赤城さんが続ける。

 

「そう考えるのが自然でしょうね」

 

提督が頷いた。

 

「問題は場所だ」

 

指先が鎮守府を示す。そこから敵の駒まで。

 

「近すぎる」

 

静かな声だった。

 

海図を見れば分かる。先日戦った場所、その後方にいる敵主力、そして鎮守府。

 

遠くない。

 

「ここを抜かれれば、次はこの鎮守府だ」

 

誰も動かなかった。

 

「その後ろには航路がある。人が暮らしている場所もある」

 

提督の指が、今度は海図の外側へ動く。

 

「だが、それだけじゃない」

 

北。南。さらに遠く。

 

「今回、いくつかの任務を縮小した。長期哨戒も一部を戻した。遠征も組み直している」

 

今朝見た龍驤。川内。知らない艦娘たち。

 

「それでも、全部は戻していない」

 

提督が言う。

 

「戻せない」

 

短い言葉だった。

 

「北も」

 

指が動く。

 

「南も」

 

また動く。

 

「航路も」

 

その先。

 

「敵がいなくなったわけじゃない」

 

部屋が静まる。

 

「まだ他の海域では戦線を維持している艦娘もいる」

 

提督が全員を見る。

 

「ここを落とすことの意味を考えろ」

 

誰も答えなかった。

 

けれど、答えは海図の上にあった。

 

鎮守府。

 

そこから伸びる航路。

 

遠く離れた海域。

 

そこにいる艦娘たち。

 

「…………」

 

ここは、ただ私たちが暮らしている場所ではない。

 

出撃する場所。帰ってくる場所。補給する場所。傷を治す場所。情報が集まる場所。そして、また海へ出る場所。

 

ここがなくなれば。

 

今、遠くの海で戦っている者たちは。

 

「だから」

 

提督の声がした。

 

顔を上げる。

 

「近海の敵戦力を排除する」

 

淡々とした声だった。

 

「防衛線を、ここより後ろへ下げることはできない」

 

提督の指が、鎮守府の前で止まる。

 

「ここから先には、行かせない」

 

◆◆◆

 

「作戦参加戦力は、現時点で四十八名」

 

資料が配られる。

 

紙を見る。名前。艦種。現在地。状態。見慣れた名前もあれば、知らない名前もある。

 

「ただし」

 

提督が言った。

 

「四十八名全員を海へ出すわけではない」

 

顔を上げる。

 

「出撃部隊。交代要員。基地警戒。通信。補給。帰投誘導。輸送。整備補助」

 

一つずつ、役割が読み上げられる。

 

「今回の作戦では、帰ってきた艦を次の出撃へ送り出すための人員も必要になる」

 

妖精たちが弾薬を運んでいた光景を思い出す。

 

「海に出る艦娘だけが戦っているわけではない」

 

提督の指が海図へ戻る。

 

「編成は六個艦隊」

 

六つの札が置かれた。

 

「第一艦隊。敵主力撃破」

 

次。

 

「第二艦隊。第一艦隊の護衛。残存敵の排除。そして状況に応じて、決戦時の予備となる」

 

残る四つ。

 

「第三から第六艦隊。敵警戒線の排除。偵察。敵戦力の誘引及び分散。増援阻止」

 

川内が僅かに身を乗り出した。

 

「第三から第六は、一度の出撃で突破を狙わない」

 

提督が続ける。

 

「警戒線を削る。敵の配置を確認する。帰投して情報を更新する。必要なら、また出す」

 

何度も海へ出る。

 

「一艦隊ですべてを片付ける必要はない」

 

提督の指で駒が動く。

 

「第三が敵を動かせば、第四が楽になる。第四が一部を引けば、第五が通れる。第五が敵を押さえれば、第六が増援経路へ回れる」

 

四つの動きが、少しずつ一つの道を作る。

 

「全艦隊が、それぞれの任務を達成すれば」

 

第一艦隊の札が、初めて動いた。

 

敵主力。その目の前へ。

 

「第一を、ここまで無傷に近い状態で運べる」

 

武蔵が腕を組んだ。

 

「つまり、私たちは最後までお預けか」

 

口元が僅かに上がる。

 

「そうなる」

 

「警戒線に戦艦級がいても?」

 

「ああ」

 

「第一で出れば、早いぞ」

 

「出さない」

 

即答だった。

 

武蔵が少し笑う。

 

「徹底しているな」

 

「例えば」

 

提督が大和を見る。

 

「大和を出せば、警戒線のル級flagship一隻を排除するのは難しくないだろう」

 

大和は静かに聞いている。

 

「だが、そのために弾薬を使う。艤装を消耗する。疲労する。一発もらえば、損傷も残る」

 

提督の指が敵主力を示す駒へ移る。

 

「その状態で姫級と戦わせることになる」

 

提督は言った。

 

「それは損失だ」

 

大和の目が僅かに細くなる。

 

「敵を沈めても、ですか」

 

「沈めてもだ」

 

提督は迷わない。

 

「大和の仕事は、警戒線の戦艦を一隻沈めることじゃない」

 

敵主力。

 

「ここを沈めることだ」

 

「……はい」

 

「武蔵も同じだ」

 

「なるほどな」

 

「長門も。陸奥も」

 

そして。

 

「加賀も赤城もだ」

 

加賀姉さんが海図を見る。赤城さんも。

 

「警戒線を楽に突破するために、第一の弾薬や艦載機を使うつもりはない」

 

「では」

 

赤城さんが口を開く。

 

「第三から第六に求めるのは、圧倒的な勝利ではないのですね」

 

「ああ」

 

「警戒線を崩し、第一艦隊まで道を繋げるだけの戦力」

 

「それでいい」

 

「ですが」

 

加賀姉さんが続ける。

 

「足りなければ、ただ損耗するだけです」

 

「当然だ」

 

提督は頷いた。

 

「だから、ぎりぎりを見極める」

 

何人かが提督を見る。

 

「死ぬか勝つかのぎりぎりじゃない」

 

先回りするように続けた。

 

「任務を達成できる戦力の下限だ」

 

駒を置く。

 

「敵戦力。火力。航空戦力。索敵。雷撃。速度。経験」

 

最後に。

 

「相性」

 

提督が全員を見る。

 

「全部見る」

 

長門が低く言った。

 

「勝てる戦力を出し、余剰を出さない」

 

「ああ」

 

「余った戦力を、主力へ集中する」

 

「そういうことだ」

 

提督が頷く。

 

「だから今回は、もっと強い艦を出せば楽に勝てる、という考え方は採用しない」

 

敵警戒線。

 

「ここで圧勝する必要はない」

 

敵主力。

 

「ここで勝つために」

 

第一艦隊。

 

「必要な戦力を残す」

 

那智が海図を見たまま言った。

 

「なら、第三から第六も」

 

「ああ」

 

「勝てばいいわけではない」

 

那智の目が細くなる。

 

「勝って、次も戦える状態で帰る必要がある」

 

「その通りだ」

 

その言葉が、胸に残った。

 

◆◆◆

 

「損傷時の交代基準については、各艦隊へ別途指示する」

 

提督が資料を閉じる。

 

「ただし、一つだけ覚えておけ」

 

視線が部屋を巡る。

 

「誰か一人の無理を、作戦の前提にはしない」

 

静かだった。

 

「交代要員を用意したのも、そのためだ」

 

四十八名。

 

その数字を見る。

 

「お前が抜けても、作戦は続ける」

 

冷たい言葉だった。

 

けれど。

 

「そのために、これだけ集めた」

 

続いた言葉で意味が変わる。

 

「自分が抜けたら艦隊が困る、とは思うな。お前たち一人一人に、壊れるまで戦ってもらう作戦じゃない」

 

提督は言う。

 

「鎮守府全体で戦う」

 

海に出る者。残る者。遠い海で、今も戦っている者。

 

「艦娘の根性を、戦力計算には入れない」

 

提督の声が静かな部屋に響く。

 

「『まだ戦える』もだ」

 

「…………」

 

妙に耳に残った。

 

「見るのは、戦えると言ったかどうかじゃない。本当に次の任務を任せられる状態かどうかだ」

 

海図を見る。

 

「任務を達成しろ」

 

それから。

 

「帰ってこい」

 

長門が頷いた。

 

「それで十分だ」

 

「ああ」

 

提督が答える。

 

「それでいい」

 

◆◆◆

 

編成が読み上げられていく。

 

第一。第二。第四。第五。第六。

 

戻ってきたばかりの龍驤の名前もあった。川内も。

 

「よし」

 

川内が小さく拳を握っている。やはり出たかったらしい。

 

「第三艦隊」

 

私は顔を上げた。

 

「旗艦、那智」

 

「ああ」

 

「鳳翔」

 

「はい」

 

「土佐」

 

「了解」

 

「長良」

 

「はいっ」

 

「漣」

 

「はーい」

 

「潮」

 

「は、はい」

 

六人。

 

周囲を見る。那智は知っている。鳳翔さんも。残る三人。長良。漣。潮。

 

「第三の主火力は土佐」

 

提督が言う。

 

視線が集まった。

 

「先日の交戦結果を含め、戦艦級との正面戦闘能力は十分と判断している」

 

「…………」

 

「ただし」

 

続く。

 

「お前は旗艦ではない」

 

那智を見る。

 

「判断は那智に従え」

 

「ああ」

 

「敵を沈めることより、艦隊の任務を優先しろ」

 

一瞬、刀へ意識が向いた。

 

――刀を納めなさい。

 

あの声を思い出す。

 

「……了解」

 

提督が頷いた。

 

「鳳翔」

 

「はい」

 

「航空偵察と、第三全体の補佐を頼む」

 

「承知しました」

 

「那智」

 

「ああ」

 

「土佐を使え」

 

那智の眉が僅かに動いた。

 

「守るな、という意味か?」

 

「違う」

 

提督は即答した。

 

「戦艦として使え」

 

その言葉に、私は提督を見る。

 

「火力が必要なら撃たせろ。盾が必要なら前へ出せ」

 

そして。

 

「ただし、一人で戦わせるな」

 

那智が少しだけ笑った。

 

「分かった」

 

私を見る。

 

「聞いたな、土佐」

 

「ああ」

 

「勝手に突っ込むなよ」

 

「……分かっている」

 

「本当か?」

 

「分かっている」

 

「ならいい」

 

少し、信用されていない気がする。

 

横から小さく声がした。

 

「ご主人様、前科持ちなんです?」

 

「誰がご主人様だ」

 

「そこっすか?」

 

「そして誰だ」

 

「漣です」

 

「おお。鋭い」

 

「漣ちゃん……」

 

潮が小さくため息をついた。

 

「漣ちゃん……」

 

「なんだ、元気そうじゃないか」

 

那智は気にした様子もない。

 

「そのくらいでいい」

 

「はいはーい」

 

「返事は一回だ」

 

「はーい」

 

「…………」

 

大丈夫なのだろうか。

 

そう思って、ふと潮と漣を見る。

 

二人とも立ち位置が近い。けれど、互いの邪魔にはなっていない。漣が半歩動けば、潮も自然に位置を変える。声を掛けたわけでも、目を合わせたわけでもない。

 

それでも、ぶつからない。

 

「…………」

 

海に出れば、分かるだろう。

 

◆◆◆

 

会議が終わると、艦娘たちはそれぞれの持ち場へ散っていった。

 

第一艦隊はまだ出ない。第二艦隊も。

 

先に出るのは、私たちだ。

 

「土佐」

 

呼ばれて振り返る。

 

加賀姉さんだった。

 

「何だ?」

 

一瞬、加賀姉さんは何かを言いかけた。

 

けれど。

 

「……那智の指示をよく聞きなさい」

 

「ああ」

 

「鳳翔さんの判断も」

 

「分かっている」

 

「それから」

 

言葉が止まる。

 

「…………」

 

「姉さん?」

 

加賀姉さんの目が僅かに揺れた。

 

「何だ?」

 

「……必ず帰りなさい」

 

「ああ」

 

それなら、答えは決まっている。

 

「帰ってくる」

 

加賀姉さんが小さく頷いた。

 

「ええ」

 

それ以上は言わなかった。

 

私も第三艦隊のところへ向かう。

 

途中、第一艦隊の横を通る。

 

長門。陸奥。赤城さん。大和。武蔵。

 

皆、残る。

 

戦えないからではない。

 

戦えるから、今は出てはいけない。

 

その後ろでは補給物資が運ばれ、通信員が走り、妖精たちが艤装を確認している。さらに遠い海には、ここへ戻っていない艦娘たちがいる。

 

私は今まで、目の前の海だけを見ていた。

 

敵を見て、味方を見て、自分の砲が届く範囲を見ていた。

 

けれど、戦場はもっと広い。

 

「土佐!」

 

那智の声が飛ぶ。

 

「ああ」

 

歩調を速める。

 

「今行く」

 

港では、第三から第六艦隊の出撃準備が始まっていた。

 

六つの艦隊。

 

鎮守府に残る者。

 

遠い海で戦う者。

 

その全部が、同じ海の上にある。

 

そして、私もその一つだ。

 

第三艦隊の列へ入る。

 

那智。鳳翔さん。長良。漣。潮。

 

五人の顔を見る。

 

「行くぞ」

 

那智が言った。

 

「ああ」

 

海を見る。

 

今度は、六人で。

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