次の出撃命令は、思っていたより早かった。
「第三艦隊、集合」
補給を終えて港へ向かうと、那智、鳳翔さん、漣、潮がすでに集まっていた。そして、その中に一人だけ見覚えのない艦娘がいる。
軽巡洋艦。
立っているのは、さっきまで長良がいた場所だった。
「来たか」
「ああ」
那智が隣の艦娘へ目を向ける。
「長良の代わりに入る、由良だ」
「由良です。今日から第三艦隊に入ります。よろしくお願いしますね」
柔らかな声だった。
「土佐だ。よろしく」
「こちらこそ」
由良が少しだけ笑う。
長良がいない。
「長良は?」
「入渠中だ」
那智が答える。
「損傷そのものは問題ない。修復が終わり、妖精の確認が取れれば待機へ戻る」
「どれくらいだ?」
「数時間だろう」
「なら――」
「待たないぞ」
言い終える前に遮られた。
「まだ何も言っていない」
「顔に書いてある」
「そうか?」
「ああ」
那智は港の外へ視線を向けた。
「第四も第五も第六も動いている。私たちが休んでいる間にもな」
昨日、提督が言っていた。
――お前が抜けても、作戦は続ける。
「長良には長良の仕事がある」
「治すことか」
「ああ」
「私たちは?」
「戦うことだ。そのための由良だ」
短い答えだった。
由良を見る。長良の代わりに入った艦娘。だが、同じ動きをするわけではないのだろう。
「土佐さん」
「ん?」
「長良のことなら大丈夫ですよ。あれくらいで落ち込む人ではありませんから」
「知り合いなのか?」
「え?」
由良は一度、目を瞬いた。
「同じ長良型ですから」
「そうなのか」
「はい」
なら、少し安心できる。
「由良」
「はい」
「長良が戻るまで、よろしく」
由良は目を丸くしたあと、柔らかく笑った。
「はい。任せてください」
◆◆◆
海へ出る。
昨日と同じ第三艦隊だが、同じ六隻ではない。
「漣、潮。前へ」
「了解!」
「はい!」
「由良は中央。土佐は由良の動きを見ろ」
「分かった」
「鳳翔」
「索敵を始めます」
艦載機が空へ上がる。
漣と潮の動きは変わらない。けれど、由良は長良とは違っていた。自分が動く前に那智、私、漣、潮の位置を確かめ、艦隊全体の形を崩さないよう慎重に進んでいる。
見ていると、由良がこちらへ顔を向けた。
「土佐さん」
「ん?」
「何か?」
「いや」
「ずっと見ているので」
「動きを見ろと言われた」
「あ……」
「嫌だったか?」
「いえ、そういう意味ではないです」
由良が少し困ったように笑う。
「ならいい」
「土佐さんって……」
「?」
「いえ。何でもありません」
前方で漣が手を上げた。
「敵影!」
空からも鳳翔さんの声が届く。
「確認しました。正面、八隻。重巡級二、軽巡級二、駆逐級四です」
「戦艦はいないな」
「はい」
那智が砲を上げる。
「第三、戦闘用意。ここを崩す」
「了解」
昨日までと同じように、敵を削る。そう思ったが、那智はさらに続けた。
「ただし、今日は第三だけで戦っていると思うな。第四から第六も、同じ警戒線を叩いている」
直後、通信が相次いだ。
『第四、敵部隊と接触!』
『第五艦隊、予定海域へ進入!』
『第六、北側敵増援を確認!』
声だけで、姿は見えない。
「私たちが正面を押せば、敵は別の場所から回ろうとする」
「そこを他の艦隊が止めるのか」
「ああ。逆もある」
「そういうことか」
那智が前を見る。
「第三艦隊、前へ出るぞ」
◆◆◆
敵の動きは昨日までとは違った。
一度こちらを見たあと、左右へ大きく広がっていく。
「散開します!」
「分かっている! 漣、右! 潮、中央を維持! 由良、左!」
「了解!」
「はい!」
「土佐、正面を止めろ!」
「ああ!」
主砲を敵重巡へ向けて撃つ。
砲弾は外れた。敵が進路を変える。
追わない。
右に漣。左に由良。中央に潮。その後方に鳳翔さんがいて、那智が全体を見ている。
敵重巡は外れた砲弾を避けた結果、中央へ戻ろうとする動きを止めていた。
「もう一発!」
「ああ!」
今度は敵の前方へ置く。
海面から高い水柱が上がり、重巡の足が止まった。
「……当てないんですか?」
由良の声に、那智が答える。
「必要ない。前へ出させなければいい。沈めることに拘るな!」
「はい!」
昨日まで、私たちは敵を削るために出ていた。
今日は違う。
動かす。押す。進ませない。
敵を、こちらの都合のいい場所へ追いやる。
◆◆◆
『第五より第三! そっちへ二隻流した!』
「聞こえた。内訳は」
『重巡一、軽巡一!』
「鳳翔!」
「確認します!」
艦載機が方向を変える。
「来ます。右前方!」
敵二隻がこちらへ向かってくる。
「漣、潮! 由良は中央へ!」
「了解!」
「はい!」
「土佐、重巡を止めろ!」
「ああ!」
砲を向けた、その瞬間だった。
上空から、鳳翔さんのものではない艦載機が降りてくる。
『そっちは第三艦隊やな!?』
通信から聞き覚えのある声が響いた。
「龍驤?」
『増援、ちょい邪魔しといたる!』
航空攻撃を受けた敵軽巡が進路を乱す。
『その間に片付けぇ!』
「助かる!」
『あとでなんか奢りや!』
「分かった!」
『ほんまに!?』
「龍驤!」
那智の声が飛ぶ。
『はいはい! ほな任せたで!』
艦載機が離れていく。
龍驤の姿は見えない。それでも、その航空隊が敵一隻の動きをずらし、こちらが重巡へ集中できる時間を作った。
同じ戦場で戦っている。
「土佐!」
「ああ!」
重巡へ砲撃。
命中。敵の姿勢が崩れる。
「今です!」
由良が前へ出て軽巡を撃つ。
「命中しました!」
「よし!」
那智が次の指示を飛ばす。
第三艦隊。第五艦隊。龍驤。
見えていない場所まで、戦場は繋がっていた。
◆◆◆
戦闘は長引いた。
一度押しても別の敵が現れ、倒しても遠くにまた新しい影が見える。
「……多いな」
「警戒線ですから」
鳳翔さんが答える。
「一つの艦隊を相手にしているわけではありません。ですが、向こうもかなり散っています」
その言葉を裏づけるように、通信が続いた。
『第四、南側を突破!』
『第六、北側増援を押さえた!』
那智が口元を僅かに上げる。
「効いているな」
敵が左右へ広がり、中央が薄くなっている。
見える範囲でも、それは分かった。
「もう少しだ」
そのとき、由良の鋭い声が上がった。
「右!」
重巡が一隻。近い。
「由良、下がれ!」
「はい!」
由良が右へ進路を変える。
その先を見る。
違う。
「由良! 右へ行くな!」
「え?」
今まさに薄くなった中央。そのまま避ければ、敵重巡がそこへ入り込む。
由良も気づき、動きを止めた。
ほんの一瞬。
だが、敵は止まらない。
「由良!」
距離が近すぎる。
砲では遅い。
身体が先に動いた。
刀を鞘から抜き、由良との間へ入る。
「土佐!」
那智の声は聞こえていた。
敵重巡の砲口が火を噴く。
刀を合わせ、衝撃を受け流す。
「っ……!」
痺れる腕を押し込み、そのまま懐へ踏み込んだ。
敵の艤装を一閃し、斬り払う。
重巡が大きく退いた。
追える。
今なら斬れる。
「土佐!」
「追わない!」
自分でそう言い、足を止めた。
刀を構えたまま敵を見る。重巡は距離を取り、そのまま離れていく。
追わない。
ここを離れれば、中央が空く。
「由良」
「…………」
「怪我は?」
「え」
「怪我」
由良は我に返ったように、自分の身体を確かめた。
「ありません」
「そうか。なら戻れ」
「……はい」
刀を納める。
「土佐」
「ああ」
「今の判断は悪くない」
那智はそれだけ告げると、由良へ向き直った。
「だが次は、由良。一人で進路を決めるな」
「…………」
「避ける場所がないなら、作らせろ」
「誰にですか?」
「誰でもいい」
那智が私たちを見渡す。
「ここには六隻いる。使え」
「……はい」
「第三、位置を戻せ!」
「了解!」
◆◆◆
次に敵が来たとき、由良の動きは少し変わった。
「重巡、右から来ます!」
「見えている!」
「潮さん、少し中央へ寄ってください!」
「分かりました!」
「土佐さん、左をお願いします!」
「了解!」
由良は一人で逃げなかった。
潮が中央を詰め、私は左へ回る。敵重巡の進路が狭まり、逃げるなら外へ出るしかなくなる。
「今です!」
由良の砲撃が命中し、敵を外へ押し流した。
那智を見る。
何も言わず、すでに次の敵を見ている。
それでいいらしい。
◆◆◆
「敵警戒線、後退しています!」
鳳翔さんの報告に続き、通信が次々と入る。
『第四、予定海域確保!』
『第五、中央西側、敵後退!』
『第六、北側増援経路を封鎖!』
私たちの正面でも、敵が左右へ押し退けられていた。
通信から届く他艦隊の状況と合わせれば、中央に一本の空白ができている。
「……抜けた」
誰かが呟いた。
「那智。これで――」
帰るのか。
そう尋ねようとしたとき、通信が入る。
『第三艦隊旗艦、応答せよ』
「第三艦隊旗艦、那智」
『鎮守府より第三から第六へ。作戦段階を移行する』
提督の声だった。
『警戒線は崩れた。道はできた』
海を見る。
正面の敵は、確かに左右へ押し退けられている。
『だが、道ができただけだ』
提督の声が低くなる。
『壁が要る。第三から第六は、以降、原則として帰投を許可しない』
漣が僅かに目を見開いた。
『現在海域を維持し、敵を中央へ戻すな。第一、第二艦隊の進路を確保し続けろ』
「第三、了解」
『補給は海上で行う。待機艦に物資を持たせる。損傷、疲労、艤装不調が認められた艦は、交代艦の到着後に帰投。艦隊単位で戻るな』
昨日までは、戦って戻り、補給と修復を済ませて、また海へ出ていた。
だが、もう違う。
『お前たちが空ければ、道が閉じる。ここからは、戦線を維持しろ』
「了解」
那智に続き、第四、第五、第六から返答が入る。
「聞いたな」
「ああ」
「ここから先は、倒すことが仕事ではない」
那智が砲を敵へ向ける。
「通さないことが仕事だ。第三艦隊、戦線を維持する」
◆◆◆
どれほど戦っていただろう。
撃つ。押す。下がる。補給する。そして、また前へ出る。
敵を中央へ入れない。
同じことを繰り返すうち、漣の動きがほんの少し遅くなっていることに気づいた。
大きく崩れたわけではない。返事も動きも変わらない。ただ、昨日から見ていたから分かる程度の僅かな違いだった。
「漣」
「はい?」
「疲れてるか?」
「えー? まだまだ元気ですよ」
漣は笑う。
「そうか」
「はい」
けれど、那智も同じものを見ていた。
◆◆◆
『第三艦隊旗艦へ』
「那智」
『鎮守府より編成変更。漣を下げる』
漣が通信機を見る。
『交代は長良。修復および妖精による確認は終了。第三艦隊分の補給を持たせた。接触後、洋上補給を実施し、終了次第、漣を帰投させろ』
「了解」
通信が切れる。
「漣。聞いたな。長良到着後、お前は帰投」
「まだ戦えますけど?」
「ああ。知っている」
那智は即答した。
「だから下げる。動けなくなるまで使うつもりはない」
漣の表情が少し変わる。
「……了解」
「潮。漣が抜ければ、お前の動きも変わる。外へ出すぎるな」
「分かっています」
「由良。長良が入ったら、二人で右を支えろ」
「分かりました」
「土佐。射線を組み直せ」
「漣とは違うからな」
「そうだ。長良に漣の真似はさせない」
那智が海を見る。
「今いる艦で、第三艦隊を作り直す」
「ああ」
分かった。
誰かが抜けても、そこへ別の誰かを入れるだけではない。
その人に合わせて、艦隊の形そのものを変える。
◆◆◆
「味方艦、接近! 軽巡洋艦です」
鳳翔さんの声に遠くを見る。
こちらへ向かってくる影は速く、見覚えがあった。
「第三艦隊ー!」
声までよく聞こえる。
「長良!」
「はーい!」
大きく手を振りながら、長良が妖精たちと物資を連れて近づいてくる。
「長良、復帰します! それと、補給持ってきましたー!」
「……元気だな」
「修理終わりましたから!」
「長良。損傷は」
「修復完了!」
「艤装」
「妖精さんから問題なしって言われてます!」
「疲労」
「大丈夫――」
長良の言葉が止まった。
私を見る。
それから、僅かに言い直すように息を整えた。
「……医務から、出撃可能と判断いただいてます」
「よし。それでいい」
「はい!」
思わず少し笑ってしまった。
「土佐さん?」
「いや。ちゃんと聞けるようになったな」
「土佐さんにだけは言われたくないです!」
「何故だ」
「何故って!」
「ご主人様ー」
「何だ」
「またブーメランです」
「……分かっている」
「成長しましたね」
「お前は早く帰れ」
「ひどい!」
漣が笑い、長良も、潮も、由良もつられて笑った。
「そこまでだ」
那智の声が変わる。
「洋上補給を開始。鳳翔は索敵継続。潮は補給後、中央寄りへ」
「はい」
「了解です」
「由良、長良。右側を二隻で支えろ。ただし、同型だからと同じ動きをする必要はない」
「分かりました」
「了解です!」
「土佐。二人の射線を見ろ」
「了解」
艦隊の形が変わる。
漣が抜け、長良が入る。駆逐艦二隻ではなく、軽巡洋艦二隻。同じ戦い方はできない。
それでも、六人だ。
◆◆◆
補給が終わると、漣が少し離れた。
「じゃ、漣ちゃん帰ります」
「ああ」
「潮」
「うん」
「任せた」
「任せて」
短い言葉を交わしたあと、漣がこちらを見る。
「ご主人様」
「何だ」
「寂しい?」
「明日には会うだろう」
「塩!」
「帰ったら休め」
漣は少しだけ目を細めた。
「了解です」
手を上げる。
「行ってきます」
「ああ」
答えてから、少し考えた。
「行ってこい」
「はい!」
漣が離れていく。
追わずに見送ると、空いた場所へ長良が入った。
「土佐さん」
「ん?」
「戻ってきました。思ったより早かったです!」
「そうだな」
「でも、皆はずっと戦っていたんですよね」
「ああ」
長良の声が少しだけ静かになる。
「長良」
「はい」
「治ったら、また一緒に出ようと言っただろう」
「…………」
「だから、またよろしく」
一瞬黙ったあと、長良はいつものように笑った。
「はい! よろしくお願いします!」
「由良も」
「え?」
「よろしく」
由良は少しだけ目を丸くし、静かに笑う。
「はい。よろしくお願いしますね」
◆◆◆
補給を終えた第三艦隊は、再び前を見る。
那智。鳳翔さん。私。由良。長良。潮。
さっきまでとは違う六人。
それでも、第三艦隊だ。
「全艦、配置につけ」
那智が砲を上げる。
「第一と第二が来る」
鎮守府の方角を見ても、まだその姿は見えない。
「私たちが作った道だ。閉じさせるな」
「了解」
敵がまた動き始める。
私も主砲を向けた。
倒すためではない。
ここを守るために。
私たちの後ろから、もっと大きな戦いへ向かう艦隊が、この道を通れるように。
第三艦隊は、戦線に残った。