土佐、海を往く   作:海の藻

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第16話 土佐、戦線に立つ

次の出撃命令は、思っていたより早かった。

 

「第三艦隊、集合」

 

補給を終えて港へ向かうと、那智、鳳翔さん、漣、潮がすでに集まっていた。そして、その中に一人だけ見覚えのない艦娘がいる。

 

軽巡洋艦。

 

立っているのは、さっきまで長良がいた場所だった。

 

「来たか」

 

「ああ」

 

那智が隣の艦娘へ目を向ける。

 

「長良の代わりに入る、由良だ」

 

「由良です。今日から第三艦隊に入ります。よろしくお願いしますね」

 

柔らかな声だった。

 

「土佐だ。よろしく」

 

「こちらこそ」

 

由良が少しだけ笑う。

 

長良がいない。

 

「長良は?」

 

「入渠中だ」

 

那智が答える。

 

「損傷そのものは問題ない。修復が終わり、妖精の確認が取れれば待機へ戻る」

 

「どれくらいだ?」

 

「数時間だろう」

 

「なら――」

 

「待たないぞ」

 

言い終える前に遮られた。

 

「まだ何も言っていない」

 

「顔に書いてある」

 

「そうか?」

 

「ああ」

 

那智は港の外へ視線を向けた。

 

「第四も第五も第六も動いている。私たちが休んでいる間にもな」

 

昨日、提督が言っていた。

 

――お前が抜けても、作戦は続ける。

 

「長良には長良の仕事がある」

 

「治すことか」

 

「ああ」

 

「私たちは?」

 

「戦うことだ。そのための由良だ」

 

短い答えだった。

 

由良を見る。長良の代わりに入った艦娘。だが、同じ動きをするわけではないのだろう。

 

「土佐さん」

 

「ん?」

 

「長良のことなら大丈夫ですよ。あれくらいで落ち込む人ではありませんから」

 

「知り合いなのか?」

 

「え?」

 

由良は一度、目を瞬いた。

 

「同じ長良型ですから」

 

「そうなのか」

 

「はい」

 

なら、少し安心できる。

 

「由良」

 

「はい」

 

「長良が戻るまで、よろしく」

 

由良は目を丸くしたあと、柔らかく笑った。

 

「はい。任せてください」

 

◆◆◆

 

海へ出る。

 

昨日と同じ第三艦隊だが、同じ六隻ではない。

 

「漣、潮。前へ」

 

「了解!」

 

「はい!」

 

「由良は中央。土佐は由良の動きを見ろ」

 

「分かった」

 

「鳳翔」

 

「索敵を始めます」

 

艦載機が空へ上がる。

 

漣と潮の動きは変わらない。けれど、由良は長良とは違っていた。自分が動く前に那智、私、漣、潮の位置を確かめ、艦隊全体の形を崩さないよう慎重に進んでいる。

 

見ていると、由良がこちらへ顔を向けた。

 

「土佐さん」

 

「ん?」

 

「何か?」

 

「いや」

 

「ずっと見ているので」

 

「動きを見ろと言われた」

 

「あ……」

 

「嫌だったか?」

 

「いえ、そういう意味ではないです」

 

由良が少し困ったように笑う。

 

「ならいい」

 

「土佐さんって……」

 

「?」

 

「いえ。何でもありません」

 

前方で漣が手を上げた。

 

「敵影!」

 

空からも鳳翔さんの声が届く。

 

「確認しました。正面、八隻。重巡級二、軽巡級二、駆逐級四です」

 

「戦艦はいないな」

 

「はい」

 

那智が砲を上げる。

 

「第三、戦闘用意。ここを崩す」

 

「了解」

 

昨日までと同じように、敵を削る。そう思ったが、那智はさらに続けた。

 

「ただし、今日は第三だけで戦っていると思うな。第四から第六も、同じ警戒線を叩いている」

 

直後、通信が相次いだ。

 

『第四、敵部隊と接触!』

 

『第五艦隊、予定海域へ進入!』

 

『第六、北側敵増援を確認!』

 

声だけで、姿は見えない。

 

「私たちが正面を押せば、敵は別の場所から回ろうとする」

 

「そこを他の艦隊が止めるのか」

 

「ああ。逆もある」

 

「そういうことか」

 

那智が前を見る。

 

「第三艦隊、前へ出るぞ」

 

◆◆◆

 

敵の動きは昨日までとは違った。

 

一度こちらを見たあと、左右へ大きく広がっていく。

 

「散開します!」

 

「分かっている! 漣、右! 潮、中央を維持! 由良、左!」

 

「了解!」

 

「はい!」

 

「土佐、正面を止めろ!」

 

「ああ!」

 

主砲を敵重巡へ向けて撃つ。

 

砲弾は外れた。敵が進路を変える。

 

追わない。

 

右に漣。左に由良。中央に潮。その後方に鳳翔さんがいて、那智が全体を見ている。

 

敵重巡は外れた砲弾を避けた結果、中央へ戻ろうとする動きを止めていた。

 

「もう一発!」

 

「ああ!」

 

今度は敵の前方へ置く。

 

海面から高い水柱が上がり、重巡の足が止まった。

 

「……当てないんですか?」

 

由良の声に、那智が答える。

 

「必要ない。前へ出させなければいい。沈めることに拘るな!」

 

「はい!」

 

昨日まで、私たちは敵を削るために出ていた。

 

今日は違う。

 

動かす。押す。進ませない。

 

敵を、こちらの都合のいい場所へ追いやる。

 

◆◆◆

 

『第五より第三! そっちへ二隻流した!』

 

「聞こえた。内訳は」

 

『重巡一、軽巡一!』

 

「鳳翔!」

 

「確認します!」

 

艦載機が方向を変える。

 

「来ます。右前方!」

 

敵二隻がこちらへ向かってくる。

 

「漣、潮! 由良は中央へ!」

 

「了解!」

 

「はい!」

 

「土佐、重巡を止めろ!」

 

「ああ!」

 

砲を向けた、その瞬間だった。

 

上空から、鳳翔さんのものではない艦載機が降りてくる。

 

『そっちは第三艦隊やな!?』

 

通信から聞き覚えのある声が響いた。

 

「龍驤?」

 

『増援、ちょい邪魔しといたる!』

 

航空攻撃を受けた敵軽巡が進路を乱す。

 

『その間に片付けぇ!』

 

「助かる!」

 

『あとでなんか奢りや!』

 

「分かった!」

 

『ほんまに!?』

 

「龍驤!」

 

那智の声が飛ぶ。

 

『はいはい! ほな任せたで!』

 

艦載機が離れていく。

 

龍驤の姿は見えない。それでも、その航空隊が敵一隻の動きをずらし、こちらが重巡へ集中できる時間を作った。

 

同じ戦場で戦っている。

 

「土佐!」

 

「ああ!」

 

重巡へ砲撃。

 

命中。敵の姿勢が崩れる。

 

「今です!」

 

由良が前へ出て軽巡を撃つ。

 

「命中しました!」

 

「よし!」

 

那智が次の指示を飛ばす。

 

第三艦隊。第五艦隊。龍驤。

 

見えていない場所まで、戦場は繋がっていた。

 

◆◆◆

 

戦闘は長引いた。

 

一度押しても別の敵が現れ、倒しても遠くにまた新しい影が見える。

 

「……多いな」

 

「警戒線ですから」

 

鳳翔さんが答える。

 

「一つの艦隊を相手にしているわけではありません。ですが、向こうもかなり散っています」

 

その言葉を裏づけるように、通信が続いた。

 

『第四、南側を突破!』

 

『第六、北側増援を押さえた!』

 

那智が口元を僅かに上げる。

 

「効いているな」

 

敵が左右へ広がり、中央が薄くなっている。

 

見える範囲でも、それは分かった。

 

「もう少しだ」

 

そのとき、由良の鋭い声が上がった。

 

「右!」

 

重巡が一隻。近い。

 

「由良、下がれ!」

 

「はい!」

 

由良が右へ進路を変える。

 

その先を見る。

 

違う。

 

「由良! 右へ行くな!」

 

「え?」

 

今まさに薄くなった中央。そのまま避ければ、敵重巡がそこへ入り込む。

 

由良も気づき、動きを止めた。

 

ほんの一瞬。

 

だが、敵は止まらない。

 

「由良!」

 

距離が近すぎる。

 

砲では遅い。

 

身体が先に動いた。

 

刀を鞘から抜き、由良との間へ入る。

 

「土佐!」

 

那智の声は聞こえていた。

 

敵重巡の砲口が火を噴く。

 

刀を合わせ、衝撃を受け流す。

 

「っ……!」

 

痺れる腕を押し込み、そのまま懐へ踏み込んだ。

 

敵の艤装を一閃し、斬り払う。

 

重巡が大きく退いた。

 

追える。

 

今なら斬れる。

 

「土佐!」

 

「追わない!」

 

自分でそう言い、足を止めた。

 

刀を構えたまま敵を見る。重巡は距離を取り、そのまま離れていく。

 

追わない。

 

ここを離れれば、中央が空く。

 

「由良」

 

「…………」

 

「怪我は?」

 

「え」

 

「怪我」

 

由良は我に返ったように、自分の身体を確かめた。

 

「ありません」

 

「そうか。なら戻れ」

 

「……はい」

 

刀を納める。

 

「土佐」

 

「ああ」

 

「今の判断は悪くない」

 

那智はそれだけ告げると、由良へ向き直った。

 

「だが次は、由良。一人で進路を決めるな」

 

「…………」

 

「避ける場所がないなら、作らせろ」

 

「誰にですか?」

 

「誰でもいい」

 

那智が私たちを見渡す。

 

「ここには六隻いる。使え」

 

「……はい」

 

「第三、位置を戻せ!」

 

「了解!」

 

◆◆◆

 

次に敵が来たとき、由良の動きは少し変わった。

 

「重巡、右から来ます!」

 

「見えている!」

 

「潮さん、少し中央へ寄ってください!」

 

「分かりました!」

 

「土佐さん、左をお願いします!」

 

「了解!」

 

由良は一人で逃げなかった。

 

潮が中央を詰め、私は左へ回る。敵重巡の進路が狭まり、逃げるなら外へ出るしかなくなる。

 

「今です!」

 

由良の砲撃が命中し、敵を外へ押し流した。

 

那智を見る。

 

何も言わず、すでに次の敵を見ている。

 

それでいいらしい。

 

◆◆◆

 

「敵警戒線、後退しています!」

 

鳳翔さんの報告に続き、通信が次々と入る。

 

『第四、予定海域確保!』

 

『第五、中央西側、敵後退!』

 

『第六、北側増援経路を封鎖!』

 

私たちの正面でも、敵が左右へ押し退けられていた。

 

通信から届く他艦隊の状況と合わせれば、中央に一本の空白ができている。

 

「……抜けた」

 

誰かが呟いた。

 

「那智。これで――」

 

帰るのか。

 

そう尋ねようとしたとき、通信が入る。

 

『第三艦隊旗艦、応答せよ』

 

「第三艦隊旗艦、那智」

 

『鎮守府より第三から第六へ。作戦段階を移行する』

 

提督の声だった。

 

『警戒線は崩れた。道はできた』

 

海を見る。

 

正面の敵は、確かに左右へ押し退けられている。

 

『だが、道ができただけだ』

 

提督の声が低くなる。

 

『壁が要る。第三から第六は、以降、原則として帰投を許可しない』

 

漣が僅かに目を見開いた。

 

『現在海域を維持し、敵を中央へ戻すな。第一、第二艦隊の進路を確保し続けろ』

 

「第三、了解」

 

『補給は海上で行う。待機艦に物資を持たせる。損傷、疲労、艤装不調が認められた艦は、交代艦の到着後に帰投。艦隊単位で戻るな』

 

昨日までは、戦って戻り、補給と修復を済ませて、また海へ出ていた。

 

だが、もう違う。

 

『お前たちが空ければ、道が閉じる。ここからは、戦線を維持しろ』

 

「了解」

 

那智に続き、第四、第五、第六から返答が入る。

 

「聞いたな」

 

「ああ」

 

「ここから先は、倒すことが仕事ではない」

 

那智が砲を敵へ向ける。

 

「通さないことが仕事だ。第三艦隊、戦線を維持する」

 

◆◆◆

 

どれほど戦っていただろう。

 

撃つ。押す。下がる。補給する。そして、また前へ出る。

 

敵を中央へ入れない。

 

同じことを繰り返すうち、漣の動きがほんの少し遅くなっていることに気づいた。

 

大きく崩れたわけではない。返事も動きも変わらない。ただ、昨日から見ていたから分かる程度の僅かな違いだった。

 

「漣」

 

「はい?」

 

「疲れてるか?」

 

「えー? まだまだ元気ですよ」

 

漣は笑う。

 

「そうか」

 

「はい」

 

けれど、那智も同じものを見ていた。

 

◆◆◆

 

『第三艦隊旗艦へ』

 

「那智」

 

『鎮守府より編成変更。漣を下げる』

 

漣が通信機を見る。

 

『交代は長良。修復および妖精による確認は終了。第三艦隊分の補給を持たせた。接触後、洋上補給を実施し、終了次第、漣を帰投させろ』

 

「了解」

 

通信が切れる。

 

「漣。聞いたな。長良到着後、お前は帰投」

 

「まだ戦えますけど?」

 

「ああ。知っている」

 

那智は即答した。

 

「だから下げる。動けなくなるまで使うつもりはない」

 

漣の表情が少し変わる。

 

「……了解」

 

「潮。漣が抜ければ、お前の動きも変わる。外へ出すぎるな」

 

「分かっています」

 

「由良。長良が入ったら、二人で右を支えろ」

 

「分かりました」

 

「土佐。射線を組み直せ」

 

「漣とは違うからな」

 

「そうだ。長良に漣の真似はさせない」

 

那智が海を見る。

 

「今いる艦で、第三艦隊を作り直す」

 

「ああ」

 

分かった。

 

誰かが抜けても、そこへ別の誰かを入れるだけではない。

 

その人に合わせて、艦隊の形そのものを変える。

 

◆◆◆

 

「味方艦、接近! 軽巡洋艦です」

 

鳳翔さんの声に遠くを見る。

 

こちらへ向かってくる影は速く、見覚えがあった。

 

「第三艦隊ー!」

 

声までよく聞こえる。

 

「長良!」

 

「はーい!」

 

大きく手を振りながら、長良が妖精たちと物資を連れて近づいてくる。

 

「長良、復帰します! それと、補給持ってきましたー!」

 

「……元気だな」

 

「修理終わりましたから!」

 

「長良。損傷は」

 

「修復完了!」

 

「艤装」

 

「妖精さんから問題なしって言われてます!」

 

「疲労」

 

「大丈夫――」

 

長良の言葉が止まった。

 

私を見る。

 

それから、僅かに言い直すように息を整えた。

 

「……医務から、出撃可能と判断いただいてます」

 

「よし。それでいい」

 

「はい!」

 

思わず少し笑ってしまった。

 

「土佐さん?」

 

「いや。ちゃんと聞けるようになったな」

 

「土佐さんにだけは言われたくないです!」

 

「何故だ」

 

「何故って!」

 

「ご主人様ー」

 

「何だ」

 

「またブーメランです」

 

「……分かっている」

 

「成長しましたね」

 

「お前は早く帰れ」

 

「ひどい!」

 

漣が笑い、長良も、潮も、由良もつられて笑った。

 

「そこまでだ」

 

那智の声が変わる。

 

「洋上補給を開始。鳳翔は索敵継続。潮は補給後、中央寄りへ」

 

「はい」

 

「了解です」

 

「由良、長良。右側を二隻で支えろ。ただし、同型だからと同じ動きをする必要はない」

 

「分かりました」

 

「了解です!」

 

「土佐。二人の射線を見ろ」

 

「了解」

 

艦隊の形が変わる。

 

漣が抜け、長良が入る。駆逐艦二隻ではなく、軽巡洋艦二隻。同じ戦い方はできない。

 

それでも、六人だ。

 

◆◆◆

 

補給が終わると、漣が少し離れた。

 

「じゃ、漣ちゃん帰ります」

 

「ああ」

 

「潮」

 

「うん」

 

「任せた」

 

「任せて」

 

短い言葉を交わしたあと、漣がこちらを見る。

 

「ご主人様」

 

「何だ」

 

「寂しい?」

 

「明日には会うだろう」

 

「塩!」

 

「帰ったら休め」

 

漣は少しだけ目を細めた。

 

「了解です」

 

手を上げる。

 

「行ってきます」

 

「ああ」

 

答えてから、少し考えた。

 

「行ってこい」

 

「はい!」

 

漣が離れていく。

 

追わずに見送ると、空いた場所へ長良が入った。

 

「土佐さん」

 

「ん?」

 

「戻ってきました。思ったより早かったです!」

 

「そうだな」

 

「でも、皆はずっと戦っていたんですよね」

 

「ああ」

 

長良の声が少しだけ静かになる。

 

「長良」

 

「はい」

 

「治ったら、また一緒に出ようと言っただろう」

 

「…………」

 

「だから、またよろしく」

 

一瞬黙ったあと、長良はいつものように笑った。

 

「はい! よろしくお願いします!」

 

「由良も」

 

「え?」

 

「よろしく」

 

由良は少しだけ目を丸くし、静かに笑う。

 

「はい。よろしくお願いしますね」

 

◆◆◆

 

補給を終えた第三艦隊は、再び前を見る。

 

那智。鳳翔さん。私。由良。長良。潮。

 

さっきまでとは違う六人。

 

それでも、第三艦隊だ。

 

「全艦、配置につけ」

 

那智が砲を上げる。

 

「第一と第二が来る」

 

鎮守府の方角を見ても、まだその姿は見えない。

 

「私たちが作った道だ。閉じさせるな」

 

「了解」

 

敵がまた動き始める。

 

私も主砲を向けた。

 

倒すためではない。

 

ここを守るために。

 

私たちの後ろから、もっと大きな戦いへ向かう艦隊が、この道を通れるように。

 

第三艦隊は、戦線に残った。

 

 

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