土佐、海を往く   作:海の藻

17 / 19
第17話 土佐、守る

side 加賀

 

待つことが、これほど長いものだとは思わなかった。

 

「第三艦隊、敵警戒部隊と交戦」

 

「第四、南側へ展開」

 

「第五、敵増援を確認」

 

「第六、北側で交戦開始」

 

報告は途切れない。海図の上では第三から第六まで、四つの艦隊が絶えず動き続けている。

 

第一艦隊と第二艦隊だけが動かない。

 

第三艦隊。そこに土佐がいる。

 

最初の出撃。帰投。補給。そして再出撃。

 

そのたびに、加賀は報告を待った。

 

「第三艦隊、帰投」

 

その言葉を聞くたび、胸の奥が僅かに緩む。けれど、安堵は長く続かない。

 

「第三、再出撃準備」

 

また海へ出る。

 

そして三度目。

 

「第三艦隊、帰投。損傷報告――長良、中破」

 

加賀の指が僅かに動いた。

 

「他は」

 

「第三の他艦は軽微だ」

 

提督が答える。

 

「土佐は」

 

「軽微だ」

 

「そうですか」

 

それだけ答え、海図へ目を戻す。隣で陸奥が小さく息を吐いた。

 

「よかった……」

 

誰のことか、聞く必要はなかった。

 

「長良は入渠。第三の軽巡枠は由良で補充する」

 

提督が長良の駒を海図から外し、別の駒を置く。

 

「補給終了後、第三は再出撃」

 

「もう出すのですか」

 

口にしてから、加賀自身も答えは分かっていた。

 

「ああ。第四から第六は、すでに動いている」

 

第三艦隊だけを待たせる理由はない。

 

「了解」

 

「加賀さん」

 

赤城に呼ばれた。

 

「何ですか」

 

「手」

 

「?」

 

見ると、指が海図の縁を強く押さえていた。

 

静かに離す。

 

「別に」

 

「私は何も言っていませんよ」

 

「なら、黙っていなさい」

 

「はい」

 

赤城が僅かに笑った。

 

◆◆◆

 

また、待つ。

 

「第三、敵警戒線へ再接触」

 

「第四、南側敵部隊を押し返しています」

 

「第五、中央西側で交戦」

 

「第六、北側増援を阻止」

 

報告だけが流れ続け、第一艦隊はまだ動かない。

 

「提督」

 

陸奥が口を開く。

 

「まだ?」

 

「ああ。まだだ」

 

陸奥は海図から視線を逸らさなかった。

 

「私なら、今すぐ出られるのに」

 

「陸奥」

 

長門が低く呼ぶ。

 

「分かってるわよ。分かってるけど……土佐が戦ってるのに、何もできないのね」

 

握られた拳へ、赤城が静かに目を向けた。

 

「何もしないことが、今の私たちの仕事なのでしょう」

 

「分かってるから、嫌なのよ」

 

陸奥は小さく息を吐き、それから少しだけ笑った。

 

「あの子、また自分だけ無茶してないでしょうね」

 

加賀の視線が陸奥へ動く。

 

「何?」

 

「いえ」

 

「何よ、その顔」

 

「何でもありません」

 

「絶対何かあるでしょう」

 

「ありません」

 

「加賀。土佐のことになると、分かりやすいわよ」

 

「あなたに言われたくありません」

 

「私は隠してないもの」

 

「…………」

 

「お二人とも」

 

赤城が二人の間へ穏やかに声を差し入れた。

 

「土佐さんが帰ってきたとき、どちらが先に構うかは、帰ってきてから決めませんか?」

 

「私はそのような話をしていません」

 

「私は甘やかすわよ。だって頑張ってるじゃない」

 

「陸奥」

 

赤城は小さく息を吐いた。しかし、その視線も一度だけ第三艦隊の駒へ落ちた。

 

◆◆◆

 

「敵警戒線、後退!」

 

報告が作戦室に響いた。

 

「第四、予定海域確保!」

 

「第五、中央西側、敵後退!」

 

「第六、北側増援経路を封鎖!」

 

「第三、中央東側を確保!」

 

海図の中央に、一本の道が開いた。

 

陸奥が一歩前へ出る。

 

「提督」

 

「待て」

 

「まだ何も言ってないわ」

 

「顔に書いてある」

 

「……土佐と同じこと言うのね」

 

提督が通信を取る。

 

「第三から第六。作戦段階を移行する」

 

部屋が静かになった。

 

『警戒線は崩れた。道はできた。だが、道ができただけだ』

 

第一艦隊と第二艦隊が通る道。その左右には、まだ敵が残っている。

 

『壁が要る。第三から第六は、以降、原則として帰投を許可しない』

 

陸奥の表情が変わった。

 

「提督」

 

「聞け」

 

長門の低い声に、陸奥が口を閉じる。

 

『現在海域を維持し、敵を中央へ戻すな。第一、第二艦隊の進路を確保し続けろ』

 

第三、第四、第五、第六。すべての艦隊から了解の返答が入った。

 

『補給は海上で行う。損傷、疲労、艤装不調が認められた艦は現地で交代。艦隊単位では戻すな』

 

加賀は海図を見る。

 

四つの艦隊が戻れば、敵は再び中央へ流れ込む。理解はできる。

 

けれど、理解することと心が納得することは別だった。

 

「帰ってこないのね」

 

陸奥が小さく言う。

 

「今は」

 

赤城が答えた。

 

「ええ」

 

土佐は海に残る。今度は、帰投予定すらない。

 

「提督。第一艦隊は」

 

「まだだ。もう少し待て」

 

また、待つ。

 

「了解」

 

今度は、海図を押さえなかった。

 

◆◆◆

 

「第三、戦線維持」

 

「第四、維持」

 

「第五、維持」

 

「第六、維持」

 

報告は途切れない。

 

「第三艦隊、洋上補給開始。編成変更、漣帰投。交代艦、長良」

 

「長良?」

 

陸奥が顔を上げる。

 

「修復が終わったのね」

 

「ああ。医務と妖精、双方の確認も済んでいる」

 

「よかった……」

 

「第三、補給完了。長良編入。漣、帰投開始」

 

長門が海図を見る。

 

「戦線は」

 

「維持されている。第四から第六も問題ない」

 

「なら、頃合いだろう」

 

数秒、提督は海図を見つめた。第三から第六。その中央。そして、その奥にある敵主力推定海域。

 

「第一艦隊、出撃準備」

 

空気が変わる。

 

「了解」

 

長門が即答した。

 

「第二艦隊も続け」

 

「了解」

 

陸奥が僅かに笑う。

 

「やっとね」

 

「第三から第六が道を開けている。閉じる前に行け」

 

「了解」

 

全員が動き出す。

 

加賀は一度だけ海図を見る。

 

第三艦隊。土佐。

 

今度は、自分がそこを通る。

 

◆◆◆

 

side 土佐

 

砲声とともに水柱が上がり、敵艦が中央へ寄ろうとする。

 

「右、二隻!」

 

長良の報告に砲を向ける。

 

「見えている!」

 

敵重巡の前へ撃ち込み、進路を外へ向けさせる。

 

「由良、そっちへ行く!」

 

「任せてください!」

 

由良が砲を向け、その横で潮が中央へ寄る。

 

昨日までとは違う。長良がいて、漣はいない。由良もいる。

 

同じ六隻でも形は違うが、第三艦隊は動いている。

 

「敵駆逐、中央へ!」

 

鳳翔さんの声が飛ぶ。

 

潮の前で、敵の砲口が光った。

 

「潮!」

 

「大丈夫です!」

 

潮が進路を変え、一発目を避ける。その先から、もう一発。

 

足が前へ出かけた。

 

「土佐さん」

 

鳳翔さんの声が止める。

 

「そのままで」

 

「だが」

 

「潮さんは避けられます」

 

見る。

 

潮がさらに進路を変え、砲弾は海へ落ちた。

 

「ほら」

 

「ああ……」

 

鳳翔さんは艦載機を飛ばしたまま、こちらを見る。

 

「土佐さん。皆さんも、戦える艦娘ですから」

 

「…………」

 

「潮さんも、由良さんも、長良さんも、那智さんも。私も」

 

「戦えないと思っているわけじゃない。ただ、私の方が装甲が厚い。受けられるなら、私が受けた方がいい」

 

「そうですね」

 

否定されなかった。

 

「土佐さんは戦艦です。必要なら、その装甲で盾になってください」

 

「ああ」

 

「でも、全部を自分で受けようとしないでくださいね」

 

「何故だ」

 

鳳翔さんが少し困ったように笑う。

 

「土佐さんが、いなくなってしまいますから」

 

「…………」

 

「一発を土佐さんが受ければ、その一発は誰かに当たらないかもしれません。でも、それを繰り返して土佐さんが戦えなくなったら、次は誰が守るのでしょう」

 

答えられない。

 

長良には、大丈夫かどうかを自分だけで決めるなと言った。由良には、那智が一人で進路を決めるなと言った。

 

ここには六隻いる。

 

「……そういうことか」

 

「はい。守ることと、一人で背負うことは違います」

 

那智、鳳翔さん、長良、由良、潮を見る。

 

皆、戦える。

 

私がすべてを受ける必要はない。

 

「分かった。必要なら私は盾になる。必要がないなら任せる」

 

「はい」

 

「それで、全員帰す」

 

鳳翔さんが黙った。

 

「鳳翔さん?」

 

「土佐さん。一つだけ」

 

「何だ」

 

「土佐さんも、“全員”の中に入れてくださいね」

 

「…………」

 

一瞬、何を言われたのか分からなかった。

 

「私も?」

 

「はい。土佐さんが帰らなければ、全員ではありませんから」

 

全員、帰す。

 

その中に、自分を入れていなかった。無意識に。

 

「皆さんを帰してください。そして、一緒に帰ってきてください」

 

鳳翔さんの声は優しい。けれど、逃げる余地はなかった。

 

加賀姉さん。陸奥。大和。赤城さん。長門。武蔵。神通。

 

帰ると約束した人たち。

 

それだけではない。

 

今ここにいる、那智、鳳翔さん、長良、由良、潮。そして私。

 

「分かった」

 

「本当に?」

 

今度は、少し考えてから答える。

 

「ああ。全員で帰る」

 

「はい」

 

鳳翔さんが嬉しそうに笑った。

 

「それでいいんです」

 

◆◆◆

 

砲声が途切れない。

 

「右、来るぞ!」

 

「ああ!」

 

撃つ。敵重巡が進路を変える。

 

「長良、右へ! 由良は中央!」

 

「了解!」

 

「はい!」

 

鳳翔さんが空を見る。

 

「…………」

 

「どうした?」

 

「来ました」

 

「何がだ」

 

那智が鎮守府の方角を見る。

 

「主力だ」

 

振り返る。

 

遠くに一つ、二つ。その後ろにも艦影が見えた。

 

第一艦隊。第二艦隊。

 

「ようやくか」

 

「ああ」

 

那智が前へ向き直る。

 

「ここからが本番だ」

 

◆◆◆

 

第一、第二艦隊が近づく。

 

それに気づいた敵も、左右から中央へ進路を変えた。

 

「敵艦、中央へ進路変更!」

 

「来るぞ! 通すな!」

 

「了解!」

 

中央へ向かう敵軽巡の前に砲撃を落とし、外へ押し返す。

 

さらに奥から一隻がこちらの隙間を抜けた。

 

「一隻抜けました!」

 

「私が――」

 

敵重巡へ砲を向けるが、間に合わない。第一艦隊の進路へ入る。

 

『第一艦隊は撃つな』

 

提督の声だった。

 

第一なら倒せる。

 

それでも砲は上がらない。

 

代わりに第二艦隊が前へ出て、一撃。続けてもう一撃。重巡の足を止める。

 

『第二、敵艦排除。第一、進路を維持』

 

第一艦隊は止まらず、撃たず、そのまま前へ進む。

 

「土佐さん」

 

鳳翔さんが第一艦隊を見る。

 

「皆さん、自分の仕事をしていますね」

 

第一艦隊は敵主力を倒す。

 

第二艦隊は第一をそこまで届ける。

 

第三から第六艦隊は、その道を守る。

 

「そうだな」

 

正面へ向き直る。

 

「私たちもだ」

 

◆◆◆

 

第二艦隊が、第一艦隊の前へ出る。

 

「敵重巡、二。軽巡、一。駆逐、三!」

 

鳳翔さんの声。

 

私は砲塔を向けかけて、止めた。

 

遠い。

 

私たちの相手ではない。

 

第二艦隊が処理する。

 

金剛が前へ出た。

 

主砲が火を噴く。

 

敵重巡が回避する。その先には、もう時雨がいた。

 

「そこだね」

 

魚雷が走る。

 

敵が進路を変える。

 

けれど、その方向には神通がいる。

 

「逃がしません」

 

砲撃。

 

敵軽巡が向きを変えようとして、蒼龍さんの艦載機がその頭を押さえた。

 

逃げ場がない。

 

「北上さん」

 

「はいよー」

 

幾筋もの雷跡が海面を走った。

 

「……すごい」

 

由良が呟く。

 

私は答えなかった。

 

神通と時雨を見ていた。

 

一度、一緒に戦ったことがある。

 

あの時も、二人は強かった。

 

分かっていた。

 

そのはずだった。

 

でも、違う。

 

今の二人は、もっと動いている。

 

速い。

 

迷いがない。

 

金剛が撃つ前に、時雨はもう動いている。神通が進路を変えれば、榛名さんがその場所を空ける。

 

蒼龍さんの艦載機が敵を追えば、北上さんは、追われた敵がどちらへ逃げるのかを知っているように、そこへ魚雷を置く。

 

誰も、誰かを待っていない。

 

なのに、ばらばらではない。

 

「…………」

 

思い出す。

 

あの海を。

 

加賀。鳳翔さん。足柄。神通。時雨。そして、私。

 

あの時、神通はこんなふうに動いていただろうか。

 

時雨は、こんなふうに迷いなく前へ出ていただろうか。

 

違う。

 

いや。

 

違うのは、二人じゃない。

 

「……私か」

 

口から零れた。

 

あの時の私は、次にどこへ行くのか、誰にも分からなかった。

 

敵を見て、前へ出て、撃って、また前へ出た。

 

加賀の指示より、敵を倒すことを優先した。

 

神通は、私がどこへ行くのか見なければならなかった。

 

時雨も、私が何をするのか考えなければならなかった。

 

私が二人から、戦うための余裕を奪っていた。

 

胸の奥が重くなる。

 

知らなかった。

 

経験がなかった。

 

そんなものは言い訳だ。

 

戦場では、知らなかったでは済まない。

 

――無能な味方は、敵より。

 

「土佐!」

 

声が叩きつけられた。

 

「っ――」

 

那智。

 

「どこを見ている!」

 

反射的に砲塔を戻す。

 

敵駆逐がこちらへ回り込んでいる。

 

「右、敵駆逐二!」

 

「見えてます!」

 

長良が応える。

 

「由良、長良を援護! 潮、左を見ろ!」

 

「はい!」

 

「了解です!」

 

私は主砲を向ける。

 

「土佐!」

 

「分かっている!」

 

「分かっていない!」

 

那智の声が鋭い。

 

「今、お前が見ていたのはどこだ!」

 

「……第二艦隊だ」

 

「違う!」

 

砲声。

 

那智が敵の進路を潰す。

 

「過去だ!」

 

「――」

 

息が止まった。

 

「反省するなとは言わん!」

 

那智がこちらを見ないまま叫ぶ。

 

「だが戦場で過去を見るな!」

 

敵駆逐が長良の砲撃を避ける。

 

その先には、私の射線。

 

今度は見えている。

 

「撃つ!」

 

「撃て!」

 

主砲、発射。

 

敵駆逐が水柱の向こうへ消える。

 

「次!」

 

「ああ!」

 

砲塔を回す。

 

由良がいる。

 

長良がいる。

 

潮がいる。

 

鳳翔さんがいる。

 

那智がいる。

 

分かる。

 

今なら、どこにいるのか。

 

何をしようとしているのか。

 

私が、どこにいればいいのか。

 

過去の私は、それを知らなかった。

 

だから、神通と時雨は私まで見なければならなかった。

 

けれど、それを悔やむのは今じゃない。

 

「土佐!」

 

「見えている!」

 

敵重巡。

 

照準。

 

「由良、右へ!」

 

「はい!」

 

「長良、そのまま!」

 

「了解!」

 

撃つ。

 

今度は、誰の邪魔もしない。

 

誰にも、私の尻拭いをさせない。

 

那智が小さく息を吐いた。

 

「それでいい」

 

遠くで、第二艦隊が敵を蹴散らしていく。

 

神通と時雨がいる。

 

あの二人が、あの時より強くなったわけではない。

 

きっと、私がようやく、あの二人の強さを理解できるようになったのだ。

 

◆◆◆

 

第一艦隊が近くを通る。

 

加賀姉さんが見えた。

 

向こうもこちらを見て、一瞬だけ目が合う。

 

何も言わない。

 

加賀姉さんもこちらへ来ない。私も近づかない。

 

「土佐!」

 

「!」

 

「前を見ろ!」

 

「ああ! すまない」

 

「謝るなら撃て!」

 

「了解!」

 

中央へ向かう敵を撃ち、外へ流す。

 

第一艦隊が私たちの後ろを通り過ぎる。

 

振り返らない。

 

姉さんにも、姉さんの仕事がある。

 

◆◆◆

 

side 加賀

 

砲声が左右から聞こえる。

 

第三、第四、第五、第六。

 

姿が見えなくなっても、戦い続けている。

 

加賀は前を見る。

 

「気になるか」

 

長門が尋ねた。

 

「当然でしょう。ですが、今はこちらです」

 

「ああ。その通りだ」

 

長門が僅かに笑う。

 

加賀は艦載機をさらに前へ飛ばした。

 

「索敵機より入電」

 

空気が変わる。

 

「敵主力、確認」

 

「大型艦複数」

 

「戦艦級」

 

「重巡級」

 

「航空戦力も確認」

 

そして。

 

一拍。

 

「姫級、一」

 

「艦種は」

 

「空母」

 

「…………」

 

「空母棲姫です」

 

長門が目を細める。

 

「いたか」

 

「はい」

 

遠くに、今までの敵とは明らかに違う大きな影が見え始める。

 

「第一より鎮守府。敵主力を確認。空母棲姫、一」

 

『了解。第一艦隊は予定通り敵主力を撃破せよ。第二艦隊は第一の側面を維持。周辺敵艦を第一へ近づけるな』

 

『了解』

 

長門が主砲を上げる。

 

「ここまで、随分待たされたな」

 

「ええ」

 

砲弾、燃料、艦載機、艤装。

 

すべて十分に残っている。

 

他の艦娘たちが、先に戦っていたから。

 

「待った意味は、ありました」

 

「ああ。行くぞ」

 

長門が敵主力を見据える。

 

「第一艦隊、敵主力を叩く」

 

◆◆◆

 

side 土佐

 

遠くの空が黒く見えた。

 

艦載機の群れ。

 

その向こうに、大きな影がある。

 

「姫級……」

 

初めて見る。

 

距離があっても、今まで戦ってきた敵とは違うと分かった。

 

どれほど強いのだろう。

 

私の砲は通じるのか。

 

刀なら届くのか。

 

砲塔が僅かにそちらへ向く。

 

「土佐」

 

那智の声で止めた。

 

「ああ」

 

砲塔を戻す。

 

「右だ」

 

「分かっている」

 

中央へ向かう敵重巡を狙う。

 

「撃つ」

 

主砲が命中し、敵が外へ流れた。

 

姫級を倒すのは第一艦隊。

 

私は、そこへ行かない。

 

「土佐さん」

 

「何だ」

 

「今ので、いいんですよ」

 

鳳翔さんの言葉に、少し笑う。

 

「分かっている」

 

もう姫級は見ない。

 

「私の敵は、こっちだ」

 

◆◆◆

 

第一艦隊が主力へ近づくほど、敵の動きは激しくなった。

 

左右から次々と中央へ集まろうとする。

 

「右、三!」

 

「左も来ます!」

 

「第三、広がるな! 中央を空けたまま押し返せ!」

 

「了解!」

 

「土佐さん、左をお願いします!」

 

「ああ!」

 

「長良!」

 

「こっちは任せて!」

 

「潮!」

 

「右、見ています!」

 

声と砲声と通信が重なる。

 

それでも、昨日よりずっとよく見えた。

 

誰がどこにいて、何をしているのか。

 

自分がどこにいればいいのか。

 

すべてを私が守る必要はない。

 

由良も、長良も、潮も、那智も、鳳翔さんも戦える。

 

だから任せる。

 

必要なときだけ前へ出る。

 

「土佐、重巡を止めろ!」

 

「了解!」

 

砲撃が命中し、敵が進路を変える。

 

「由良、そっちへ行く!」

 

「任せてください!」

 

それでいい。

 

◆◆◆

 

『第一、敵主力と交戦開始!』

 

『第二、第一左舷を維持!』

 

『第四、敵増援を確認!』

 

『第五、中央へ二隻行ったで! そっち頼む!』

 

『第六、北側は維持している!』

 

戦場が一つになる。

 

姿は見えなくても、全員が自分の場所で戦っている。

 

第一艦隊の戦いは見えない。

 

加賀姉さんがどう戦っているのかも分からない。

 

それでも、信じる。

 

姉さんには姉さんの仕事があり、私には私の仕事がある。

 

「土佐!」

 

「ああ!」

 

主砲を上げる。

 

◆◆◆

 

side 加賀

 

爆発。水柱。航空機。

 

敵主力。その中央に姫級がいる。

 

「第一次攻撃隊、発艦」

 

艦載機が飛ぶ。

 

「戦艦隊、射撃用意!」

 

長門の声に応じ、主砲が一斉に敵へ向く。

 

ここまで残してきた砲弾を、艦載機を、自分たちの力を。

 

今、ここで使う。

 

左右の遠くでは、砲声がまだ続いている。

 

加賀は振り返らない。

 

「必ず帰りなさい」

 

土佐へ。

 

そして、自分にも言い聞かせるように小さく呟く。

 

「私も、帰りますから」

 

長門が手を上げる。

 

「第一艦隊、一斉射」

 

主砲が吼えた。

 

◆◆◆

 

side 土佐

 

遠くで、雷鳴のような音がした。

 

始まった。

 

第一艦隊。

 

姉さんたちの戦い。

 

「土佐!」

 

「ああ!」

 

正面には、まだ敵がいる。

 

主砲を向ける。

 

姫級を倒すのは私ではない。

 

それでいい。

 

私には、私の仕事がある。

 

「第三艦隊!」

 

那智が声を張る。

 

「ここを維持する!」

 

「了解!」

 

道は作った。

 

今度は守る。

 

第一艦隊がその先で勝ち、第二艦隊とともにここへ帰ってくるまで。

 

私たちは、ここを通さない。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。