土佐、海を往く   作:海の藻

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第19話 土佐、休む

目を覚ますと、見慣れた天井に遅い朝の光が淡く差していた。

 

しばらく、そのまま見上げている。

 

身体が重い。痛いわけでも、どこかを損傷しているわけでもない。ただ、起き上がる気にならなかった。

 

枕元の時計を見る。

 

「……十一時」

 

随分寝た。

 

昨夜、陸奥の部屋を出たのが何時だったか。そこまで遅くはなかったはずだ。

 

身体を起こし、ベッドの端に座る。今日は休養日だった。訓練もない。出撃もない。急ぎの予定もない。

 

しばらく考えてから、もう一度布団へ潜り込む。

 

「……まあ、いいか」

 

目を閉じる。

 

次に目を覚ましたとき、時計の針は十三時を過ぎていた。

 

「…………」

 

寝すぎた。

 

◆◆◆

 

顔を洗い、髪を手櫛で整える。

 

着替えようかと思って、やめた。今日は休養日だ。黒い長袖のシャツに、グレーのスウェット。このままでいい。

 

部屋を出ると、寮の廊下は静かだった。だが、それぞれの居室やラウンジから話し声や笑い声が聞こえてくる。

 

「……腹が減ったな」

 

昼食の時間も、もう過ぎている。

渡り廊下を通って食堂へ向かう。屋根の隙間から差す午後の日差しが、寮の中庭へ薄い影を落としていた。

 

その途中で、見知った姿を見つける。

 

「土佐さん」

 

「神通」

 

その隣には、時雨もいた。

 

「おはよう、土佐」

 

「……もう昼だぞ」

 

「うん」

 

時雨が笑う。

 

「よく眠れた?」

 

「ああ」

 

答えてから、少し考える。

 

「寝すぎた」

 

「何時まで?」

 

「一度、十一時に起きた」

 

「一度?」

 

「休養日だったから、もう一度寝た」

 

「それで?」

 

「十三時」

 

時雨が神通を見る。神通も時雨を見る。

 

「……なんだ」

 

「いえ」

 

神通が少しだけ笑った。

 

「よく眠れたのでしたら、よかったです」

 

「そうか?」

 

「はい」

 

「朝、食堂にいなかったから」

 

時雨が言う。

 

「少し気になっていたんだ」

 

「そうだったのか」

 

「ああ。でも、起こしに行かなくてよかったね」

 

「何故だ?」

 

「疲れていたんでしょう?」

 

考える。

 

身体は動く。どこも痛くない。だが、十一時に起きて、さらに二時間寝た。

 

「……疲れているらしい」

 

口にすると、妙に納得した。

 

神通の表情が僅かに柔らかくなる。

 

「今日は、何をなさるんですか?」

 

「何も決めていない」

 

「訓練は?」

 

少し考えた。

 

「今日はやめておく」

 

時雨が笑う。

 

「うん。それがいいと思うよ」

 

神通も頷く。

 

「休養日ですから」

 

「そうだな」

 

休む日。

 

なら、休めばいい。

 

「食堂に行ってくる」

 

「はい」

 

「ちゃんと食べてね」

 

「ああ」

 

二人と別れる。

 

歩きながら、ふと思う。以前なら、今日も何かしなければならないと思っていただろうか。

 

「…………」

 

まあ、今日はいい。

 

◆◆◆

 

遅い昼食を終え、廊下を歩いていた。

 

「土佐さん」

 

振り返る。

 

「赤城さん」

 

赤城さんがいた。昨日とは違い、入渠を終えた普段通りの姿をしている。

 

「もう大丈夫なのか?」

 

「はい。おかげさまで」

 

近づいて、その姿を見る。

 

顔。肩。腕。

 

「…………」

 

「土佐さん?」

 

肩に触れる。反対側も確かめ、それから腕を取る。

 

「え?」

 

「痛くないか?」

 

「だ、大丈夫ですよ」

 

「ここは?」

 

「大丈夫です」

 

「こっちは?」

 

「そちらも」

 

腕を軽く持ち上げる。問題なく動く。

 

大丈夫そうだ。

 

「土佐さん」

 

「うん?」

 

「何をしているんですか?」

 

「確認している」

 

「何を?」

 

「赤城さんが大丈夫か」

 

赤城さんが少し笑った。

 

「本当に大丈夫ですよ」

 

「そうか」

 

手を離す。

 

「なら、よかった」

 

「心配してくださったんですか?」

 

「するだろう」

 

「…………」

 

「昨日、あれだけ壊れていたんだから」

 

艤装の損傷。発艦機構。私が見ても、軽いものではなかった。

 

「自分が壊れるのとは違うな」

 

「違う?」

 

「ああ。自分なら、どこが負傷したか分かる。どこまで動けるかも自分で分かる」

 

赤城さんを見る。

 

「だが、他人だと分からない。だから、見ないと分からない」

 

赤城さんは、しばらく私を見ていた。

 

「では」

 

「?」

 

今度は赤城さんの手が、私の肩に触れた。

 

「赤城さん?」

 

「私も確認します」

 

「私は大丈夫だぞ」

 

「本当に?」

 

肩。腕。それから、赤城さんの視線が私の顔へ戻る。

 

「今日は何時に起きました?」

 

「十三時」

 

「…………」

 

「一度、十一時に起きた。それからもう一度寝た」

 

赤城さんが微笑んだ。

 

「疲れているんですね」

 

「……らしい」

 

「でしたら」

 

肩から手が離れる。

 

「今日は、私と一緒に休みませんか?」

 

「赤城さんと?」

 

「はい」

 

予定はない。訓練もしないと決めた。

 

「分かった」

 

◆◆◆

 

赤城さんの部屋は静かだった。

 

窓から差し込む午後の日差しが、畳の上に四角い光を作っている。

 

赤城さんは本を読み、私は隣で玄米茶を飲む。会話は多くない。だが、気まずくもなかった。

 

落ち着く。

 

以前、赤城さんに言ったことがある。一緒にいると落ち着く、と。

 

やはり、そうらしい。

 

湯呑みを置く。

 

「眠いですか?」

 

「少し」

 

「寝てもいいですよ」

 

「いや」

 

首を振る。

 

「さすがに、もう寝ない。十三時まで寝たからな」

 

「ふふっ」

 

「何故笑う」

 

「何でもありません」

 

本のページが一枚めくられる。

 

静かだ。

 

目を閉じ、少しだけそのままでいる。

 

やがて頭が傾き、柔らかいものに触れた。

 

「……?」

 

目を開けようと思った。

 

だが、面倒だった。

 

「…………」

 

まあ、いいか。

 

◆◆◆

 

side 赤城

 

赤城は本から視線を上げた。

 

肩に重みがある。

 

土佐だった。

 

肩へ頭を預け、目を閉じている。呼吸は、すでに穏やかなものになっていた。

 

「寝ないと仰っていたのに」

 

返事はない。

 

赤城は小さく笑った。

 

昨夜、自分が眠るまで、土佐はそばにいてくれた。頭を撫でてもらった。

 

あれが嬉しかった。

 

今日は逆らしい。

 

本を閉じる。

 

起こさないよう、僅かに身体を土佐の方へ預ける。青灰色の髪が肩に触れている。

 

手を伸ばし、一度、その指を止める。

 

それから、そっと髪に触れた。

 

ゆっくりと撫でる。

 

土佐は起きない。

 

「今日は」

 

起こさないよう、小さく声を落とす。

 

「何もしなくていいんですよ」

 

もう一度、髪を撫でる。

 

「おやすみなさい、土佐さん」

 

◆◆◆

 

side 土佐

 

目を開ける。

 

「起きましたか?」

 

「……赤城さん」

 

「はい」

 

近い。

 

頭が赤城さんの肩に乗っている。

 

身体を起こす。

 

「すまない」

 

「何がですか?」

 

「寝ていた」

 

「ええ」

 

「寄りかかっていた」

 

「ええ」

 

「……すまない」

 

「私は嫌ではありませんでしたよ」

 

赤城さんを見る。笑っている。

 

「むしろ」

 

少し間があった。

 

「嬉しかったです」

 

「……そうか」

 

「はい」

 

何故か、少しだけ顔が熱い。

 

時計を見る。窓から入る光も、先ほどより赤みを帯びていた。

 

「そろそろですね」

 

「ああ」

 

今日は祝勝会がある。全員の入渠が終わってから始めようと、長門が言っていた。

 

「行きましょうか」

 

「ああ」

 

立ち上がり、自分の服を見る。

 

「どうしました?」

 

「着替えるか」

 

「そのままでもいいのでは?」

 

「そうか?」

 

「今日は祝勝会ですから」

 

なら、このままでいいか。

 

「行こう」

 

「はい」

 

赤城さんと一緒に部屋を出た。

 

◆◆◆

 

食堂は、いつもより騒がしかった。

 

開け放たれた窓から夕方の風が入り、料理の匂いと笑い声を室内へ巡らせている。

 

軍装の者は少なく、私服や部屋着など軽い服装の者が多い。昨日まで艤装を背負っていた艦娘たちが、今日は料理を囲んで笑っている。

 

厨房では、調理員たちがいつも以上の人数を相手に忙しく動いていた。その中に、鳳翔さんと足柄も混じっている。どうやら手が足りないらしく、料理を運んだり、盛り付けを手伝ったりしているようだった。

 

少し離れたところでは、提督、長門、武蔵、那智が酒を飲んでいる。

 

赤城さんと並んで食堂へ入る。

 

少し歩いたところで、視線を感じた。

 

加賀。

 

陸奥。

 

二人とも、こちらを見ている。

 

「…………?」

 

何だろう。

 

加賀は一度だけ赤城さんへ視線を向け、すぐに私へ戻した。

 

陸奥は笑っている。

 

ただ、いつもより少しだけ笑みが深い。

 

隣を見ると、赤城さんも気づいていたらしい。口元に小さな笑みを浮かべている。

 

「何だ?」

 

「さあ」

 

赤城さんの声は、少しだけ楽しそうだった。

 

「土佐」

 

声がした。

 

加賀。その隣に、陸奥もいる。

 

「こっちよ」

 

「うん」

 

近づいて見る。

 

加賀と陸奥の間に、一席だけ空いていた。

 

そして、加賀の正面にも一席。

 

その隣には、蒼龍が座っている。

 

「…………」

 

赤城さんも足を止めた。

 

加賀が赤城さんを見る。

 

「赤城も、こちらへ」

 

「私の分も取ってくれたのね」

 

「ええ」

 

加賀は当然のように答えた。

 

陸奥が、二人の間の空席を見る。

 

「じゃあ、こっちは土佐の席ね」

 

「ええ」

 

「…………?」

 

いつの間に決まったんだろう。

 

「座りなさい」

 

「ここか?」

 

「ええ」

 

言われた通りに座る。

 

右に陸奥。左に加賀。

 

赤城さんも加賀の正面へ腰を下ろした。

 

蒼龍がその隣から、楽しそうにこちらを見る。

 

「なんか綺麗に収まったねぇ」

 

「そうか?」

 

「うん」

 

よく分からない。

 

料理を食べる。

 

美味い。

 

また増える。

 

それも食べる。

 

「土佐」

 

「うん?」

 

「これも」

 

「陸奥、まだある」

 

「食べられるでしょう?」

 

「食べられるが」

 

何故、二人とも同じことを言うんだろう。

 

向こうを見る。

 

長門がいる。

 

話したい。

 

立とうとすると、太腿に手が置かれた。

 

「?」

 

反対側にも。

 

「「どこに行くの?」」

 

声が重なった。

 

加賀と陸奥を見る。

 

「長門のところだ」

 

「長門?」

 

「ああ。長門と話したい」

 

声が届いたらしい。長門がこちらを見た。

 

私を見て、次に陸奥を見る。陸奥は私の隣で笑っている。

 

長門が少し考えた。

 

「来なくていい」

 

「…………」

 

そうか。

 

座り直す。

 

「分かった」

 

陸奥がこちらを見る。加賀も。

 

「土佐?」

 

「なんだ」

 

「長門と話したかったのよね?」

 

「ああ」

 

向こうで長門が杯を置いた。

 

席を立ち、こちらへ来る。

 

「土佐」

 

「長門」

 

「勘違いするな」

 

「?」

 

「お前と話したくないという意味ではない」

 

「そうなのか?」

 

「ああ」

 

長門が陸奥を見る。

 

「陸奥が嬉しそうだったからな。今日は、そこにいてやればいいと思っただけだ」

 

そういうことか。

 

「では」

 

周りを見る。空いている椅子があった。

 

「長門がここに来ればいいな」

 

「……そうだな」

 

長門が椅子を引いて座る。

 

陸奥が口元を押さえた。

 

「土佐」

 

「なんだ」

 

「そんなに分かりやすく、しょんぼりしないの」

 

「していないぞ」

 

「していましたね」

 

加賀まで言う。

 

「姉さんまで」

 

「していました」

 

長門を見る。

 

「長門」

 

「していたな」

 

「…………」

 

そうなのか。

 

向こうから武蔵の笑い声が聞こえた。

 

「それで」

 

長門が言う。

 

「何を話したかった?」

 

「近海のことだ」

 

「聞こう」

 

少し考える。

 

何から話すか。

 

長良を庇ったこと。そのとき、自分が以前と同じことをしていたと気づいたこと。

 

由良を助けるために刀を抜いたこと。敵を追わなかったこと。

 

鳳翔さんに、全てを自分一人で受け止めるなと言われたこと。那智に、過去を見るなと言われたこと。

 

神通と時雨が、以前より自由に動いているように見えたこと。

 

第一艦隊と第二艦隊が、自分たちの作った道を通っていったこと。

 

そして最後まで、その道を守ったこと。

 

話し終えると、長門は黙って聞いていた。

 

「那智からも聞いた」

 

「那智から?」

 

「ああ」

 

少し離れたところで、那智が杯を上げる。

 

「事実を話しただけだ」

 

「……そうか」

 

長門を見る。

 

「今回は」

 

言葉を探す。

 

「ちゃんとできたと思う」

 

「そうだな」

 

「前より」

 

「ああ」

 

言うか。

 

少し迷う。

 

だが、言いたい。

 

「…………褒めてほしかった」

 

長門の目が僅かに柔らかくなった。

 

手が頭に乗る。

 

「よくやった、土佐」

 

ゆっくりと撫でられる。

 

「前より、ずっとよかった」

 

「……そうか」

 

「ああ」

 

「…………ありがとう、長門」

 

嬉しい。

 

素直にそう思う。

 

「はっはっは!」

 

武蔵の声が響いた。

 

「随分と可愛い弟子を持ったな、長門!」

 

「武蔵」

 

「事実だろう!」

 

長門が少しだけ笑った。

 

長門達の掛け合いを聞きながら皿に積まれた料理を食べていると、笑っている蒼龍と目が合った。

 

「そんなに面白いか?」

 

「面白いよ」

 

「そうか」

 

「うん」

 

「…………」

 

「?」

 

「そういえば蒼龍も空母だな」

 

「うん。赤城さんや加賀さんの後輩みたいな感じ」

 

「赤城や姉さんとはどう違うんだ?」

 

蒼龍が少し考える。

 

「んー。同じ空母でも、結構違うよ。艦載機の使い方も、相手の動かし方も」

 

「そうなのか」

 

「うん。性格も出るしね」

 

「蒼龍は?」

 

「私?」

 

「ああ」

 

蒼龍は箸を持ったまま、少しだけ首を傾げた。

 

「その場で変えるのは好きかな。相手を見ながら、今はこっちって」

 

「…………なるほど」

 

「分かった?」

 

「少し」

 

「少しなんだ」

 

蒼龍がまた笑った。

 

「…………」

 

「?」

 

「蒼龍とも戦ってみたい」

 

「私と?」

 

「ああ」

 

「今の話聞いて?」

 

「聞いたからだ」

 

蒼龍が少しだけ目を丸くして一度、赤城を見る。

 

赤城さんは、楽しそうに笑っていた。

 

「じゃあ、そのうちね」

 

「分かった」

 

それから。

 

今度は、優しい目でこちらを見て微笑んでいた。

 

◆◆◆

 

しばらくして、また周囲を見る。

 

龍驤がいた。

 

そうだ。話したい。

 

立とうとする。

 

太腿に手。

 

反対側にも手。

 

左を見る。加賀。

 

右を見る。陸奥。

 

少し考える。

 

「……まだなのか?」

 

「え?」

 

陸奥が目を瞬く。

 

「何がですか?」

 

「私が、ここにいなければならない時間だ」

 

二人が顔を見合わせた。

 

「違うのか?」

 

「違います」

 

「では、何故止める」

 

陸奥が少し困ったように笑った。

 

「もう少し、一緒にいたいだけよ」

 

そういうことか。

 

「なら、そう言ってくれ」

 

「言ったら、いてくれるの?」

 

「?」

 

当たり前だろう。

 

「別に構わないが」

 

陸奥が顔を伏せる。加賀は額に手を当てている。

 

「?」

 

「どうした」

 

「何でもありません」

 

「そうか」

 

なら、もう少しいよう。

 

◆◆◆

 

料理を食べ、話す。

 

しばらくして、二人を見る。

 

「加賀、陸奥」

 

「何?」

 

「そろそろいいか?」

 

「龍驤と話してくる」

 

加賀の手は、今度は動かなかった。

 

「ええ」

 

陸奥も笑う。

 

「行ってらっしゃい」

 

「ああ」

 

立ち上がり、数歩進む。

 

そこで振り返った。

 

「話したら戻る」

 

「…………」

 

「?」

 

「ええ」

 

加賀が答える。

 

「行ってらっしゃい」

 

「ああ」

 

龍驤のところへ向かった。

 

◆◆◆

 

「龍驤」

 

「ん?」

 

龍驤が振り返る。

 

「おう、土佐」

 

「少しいいか?」

 

「ええで」

 

隣に立つ。

 

話すことは決まっている。

 

「今度、私と戦わないか」

 

「うん?」

 

龍驤が目を瞬く。

 

「ウチと?またいきなりやな。なんでそう思たん?」

 

「空母と戦ったことがない」

 

「演習でも?」

 

「ないな」

 

「ほーん」

 

龍驤が僅かに目を細める。

 

「だから戦いたい」

 

龍驤を見る。

 

「駄目か?」

 

「いや」

 

龍驤が口元を上げる。

 

「そういう顔で言われると、めっちゃやりたなるやん」

 

「なら、やろう」

 

「話が早いなぁ!」

 

声が少し大きかったらしい。

 

「Exercise デスカー?」

 

金剛がこちらを見る。

 

「演習の話だ」

 

「Tosa、Ryūjōとやるんデスカー?」

 

「ああ」

 

「それなら!ワタシともやりマショー!」

 

金剛が笑う。

 

「金剛とも?」

 

「Of course!」

 

考える。

 

金剛。高速戦艦。長門とも、武蔵とも違う。

 

「いいな」

 

「決まりネー!」

 

「なんか始まったねぇ」

 

北上が少し離れたところから言う。

 

蒼龍も笑っている。

 

「私も見たいなぁ」

 

「見たいだけか?」

 

「混ざっても面白そうだけどね」

 

龍驤。金剛。蒼龍。

 

周囲を見る。

 

ほかにも、こちらを見ている者がいる。

 

「なんやえらいことになりそうやな」

 

龍驤が笑った。

 

「そうなのか?」

 

「お前が始めたんやろ!」

 

「?」

 

少し離れた席で、提督が酒を飲みながらこちらを見ていた。

 

何か考えているようだった。

 

◆◆◆

 

話を終え、元の席へ戻る。

 

加賀。陸奥。

 

二人ともいる。

 

「戻ったぞ」

 

「ええ」

 

加賀が少しだけ笑った。

 

「おかえりなさい」

 

陸奥も笑う。

 

「ああ」

 

もう一度、二人の間に座る。

 

それから不思議と、人が集まってくるようになった。

 

神通。時雨。由良。長良。漣。潮。

 

一人が来て、話す。また一人が来る。そのまま近くの席へ残る者もいる。

 

気づけば、私たちの席を囲むように、小さな輪ができていた。

 

「……随分増えたな」

 

「土佐さんのところに来ればいいと、皆さん気づいたんじゃないですか?」

 

神通が少し笑う。

 

「そうなのか?」

 

「だって土佐、さっきまで動けなかったからね」

 

時雨も笑う。

 

「動けたぞ」

 

「動こうとはしていたね」

 

否定しづらい。

 

目をそらすように厨房を見る。

 

まだ忙しそうだが、さっきほどではない。

 

鳳翔が料理を持ってきたついでに声をかけた。

 

「鳳翔さん」

 

「はい?」

 

「少しいいか?」

 

声を掛けると、鳳翔さんがこちらへ来る。

 

「どうしました?」

 

「食べているか?」

 

「私ですか?」

 

「うん」

 

「ちゃんと、いただいていますよ」

 

「そうか」

 

厨房を見る。

 

もう一度、鳳翔さんを見る。

 

「本当に?」

 

鳳翔さんが少し笑った。

 

「ちゃんと食べますから」

 

「そうか」

 

自分の皿を見る。先ほど食べた料理が一つ残っている。

 

箸で取り、鳳翔さんへ差し出す。

 

「これ」

 

「?」

 

「美味かったぞ」

 

鳳翔さんの動きが止まった。

 

周囲も、何故か少し静かになった。

 

「鳳翔さん?」

 

「……はい」

 

鳳翔さんが僅かに身を屈め、控えめに口を開ける。

 

そのまま食べてもらう。

 

「どうだ?」

 

鳳翔さんはゆっくりと噛んだ。

 

「……美味しいですね」

 

「だろう?」

 

よかった。

 

「鳳翔さんも、ちゃんと食べた方がいい」

 

「はい」

 

「昨日も、ずっと出ていたんだから」

 

鳳翔さんがこちらを見る。

 

黒い長袖。

 

軍帽も、刀もない。

 

以前、休んでいた私の頭に、鳳翔さんが触れたときと同じ姿。

 

「鳳翔さん?」

 

「いえ」

 

鳳翔さんが柔らかく笑った。

 

「ありがとうございます、土佐さん」

 

「ああ」

 

厨房へ戻っていく。

 

静かだ。

 

「?」

 

「どうした」

 

「土佐さん!」

 

長良が妙に声を弾ませた。

 

「なんだ」

 

「い、今の!」

 

「今の?」

 

由良が長良の腕を引く。

 

「長良姉さん、声が大きいって……!」

 

「でも!」

 

「?」

 

よく分からない。

 

時雨が楽しそうに笑っている。神通も口元を僅かに緩めていた。

 

向こうから大きな笑い声が聞こえる。

 

「はっはっはっは!」

 

武蔵。

 

「土佐! お前は本当に面白いな!」

 

「?」

 

「何がだ」

 

「分からんのが一番面白い!」

 

「?」

 

隣を見る。

 

陸奥が何か言いたそうにしている。

 

「土佐」

 

「うん?」

 

「何でもない」

 

「そうか」

 

反対側を見る。

 

加賀も、何故か黙っていた。

 

赤城さんは笑っていた。少し離れたところでは、大和が口元に手を添えて微笑んでいる。

 

その隣で、蒼龍がこちらを見る。

 

「土佐ってすごいねぇ」

 

「何がだ?」

 

「いろいろ?」

 

「?」

 

やはり、分からない。

 

◆◆◆

 

騒がしい。

 

誰かが笑っている。誰かが食べている。誰かが昨日の戦いについて話している。

 

しばらくして、厨房の慌ただしさも落ち着いたらしく、鳳翔さんと足柄が揃って戻ってきた。調理員たちだけでも捌けるようになったのだろう。二人も近くの席につき、ようやく自分たちの食事を始めた。

 

艦隊は、もう分かれていない。

 

第一も、第二も、第三も関係なく、同じ場所にいる。

 

周囲を見る。

 

長門。武蔵。那智。提督。

 

赤城さん。鳳翔さん。足柄。龍驤。金剛。蒼龍。

 

神通。時雨。由良。長良。漣。潮。

 

加賀。陸奥。

 

皆、いる。

 

「土佐?」

 

加賀の声。

 

「どうしました?」

 

もう一度、見る。

 

昨日は海の上で数えた。

 

一人。一人。きちんと全員いるか。

 

「……全員いるなと思って」

 

加賀が周囲を見る。

 

それから私を見た。

 

「ええ」

 

静かに笑う。

 

「皆、帰ってきたわ」

 

そうだ。

 

帰ってきた。

 

全員で。

 

「……そうだな」

 

騒がしい声の中、椅子へ少し深く座る。

 

右には陸奥。左には加賀。前には皆がいる。

 

「土佐」

 

「うん?」

 

「これも食べる?」

 

陸奥が皿を差し出す。

 

見る。

 

まだ食べられる。

 

「うん」

 

笑い声が、また聞こえた。

 

 




好きな女が多い。
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