土佐、海を往く   作:海の藻

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大演習会編
第20話 土佐、学ぶ


 

目を覚ました。

 

見慣れた天井。

 

「…………」

 

しばらく、そのまま見上げる。

 

昨日とは違う。

 

身体は軽い。

 

少なくとも、起き上がることを億劫には感じなかった。

 

枕元の時計を見る。

 

七時。

 

「……よし」

 

上体を起こし、肩を回して、首を左右へ傾ける。

 

痛みもない。

 

重さも、昨日ほどではない。

 

「…………」

 

一日休んだだけで、随分と違う。

 

ベッドから降りる。

 

「……休むのも、必要なんだな」

 

誰に聞かせるでもなく呟いた。

 

◆◆◆

 

朝食を終えた頃。

 

鎮守府内に、全艦娘を対象とした招集がかかった。

 

場所は講堂。

 

何事かと思いながら向かえば、既に多くの艦娘が集まっている。

 

昨日の宴席で見た顔も多い。

 

南方、北方から戻ってきている艦娘たちも、その中にいた。

 

私は空いていた席へ腰を下ろす。

 

少しして、壇上へ提督が立った。

 

ざわめきが収まる。

 

「急な招集ですまない」

 

提督が全体を見渡す。

 

「昨日までの近海作戦、およびその後の修復作業は完了した」

 

一度、言葉を切る。

 

「南方、北方から帰投している艦も、近くそれぞれの戦線へ戻ることになる」

 

空気が僅かに引き締まった。

 

そうだ。

 

ずっとここにいるわけではない。

 

彼女たちには、それぞれの戦場がある。

 

「その前に」

 

提督が続ける。

 

「本日と明日の二日間、現在本部内にいる艦娘全員での大規模演習を行う」

 

一瞬。

 

静かになった。

 

その直後、あちこちから声が上がる。

 

「大規模演習?」

 

「二日間?」

 

「全員で?」

 

私も壇上を見る。

 

昨日。

 

龍驤と戦いたいと言った。

 

金剛も参加すると言った。

 

蒼龍も、混ざれば面白そうだと。

 

その様子を、提督は見ていた。

 

「提督」

 

声を上げる。

 

視線が集まった。

 

「これは、昨日の話が理由か?」

 

何人かがこちらを見る。

 

龍驤が小さく吹き出した。

 

提督は少しだけ眉を上げる。

 

「きっかけの一つではある」

 

「……そうか」

 

「だが、お前一人のためではない」

 

「ああ」

 

「これだけの艦が鎮守府に揃う機会は多くない」

 

提督の視線が、講堂を巡る。

 

「普段とは違う艦と組む。普段とは違う艦と戦う。自分の知らない戦い方を見る」

 

「実戦で初めて知るより、ここで一度知っておいた方がいい」

 

誰も口を挟まない。

 

「一対一、小規模戦、艦隊戦。形式は複数用意する」

 

そこで、龍驤がこちらを見た。

 

にやりと笑う。

 

「ほらな」

 

「?」

 

「半分くらい、お前のせいや」

 

「……一人のためではないと言っていただろう」

 

「きっかけの一つやろ?」

 

「そうだが」

 

周囲から小さな笑いが漏れた。

 

提督が咳払いをする。

 

「ともかく」

 

また静かになる。

 

「これは訓練だ。勝敗だけを目的にするな」

 

「試せ。失敗しろ。見て覚えろ」

 

「ただし、実戦と同じつもりでやれ」

 

その言葉に、空気が変わった。

 

「以上だ」

 

◆◆◆

 

演習海域。

 

海上には既に、多くの艦娘が展開していた。

 

艤装を装着し、主砲、機関、舵、通信を確認する。

 

問題ない。

 

少し離れた海上では、他の艦娘たちも準備を進めている。

 

演習とはいえ、これだけの艦娘が一度に海へ出ている光景は、初めて見た。

 

「土佐」

 

声に振り向く。

 

長門だった。

 

「調子はどうだ」

 

「問題ない」

 

「昨日は休めたか」

 

「ああ」

 

頷く。

 

「随分寝た」

 

「そうか」

 

長門が僅かに笑う。

 

「ならいい」

 

その向こうから、龍驤がこちらへ近づいてくる。

 

艤装は既に展開されていた。

 

「ほな」

 

龍驤が笑う。

 

「約束、さっそくやな」

 

「ああ、楽しみだ」

 

昨日。

 

空母と戦ったことがない。

 

だから、戦いたい。

 

そう言った。

 

まさか翌日に実現するとは思わなかったが。

 

都合がいい。

 

「よろしく頼む」

 

「こっちこそ」

 

龍驤が肩を竦める。

 

「せやけど、先に言っとくで」

 

「?」

 

「ウチ、教えるために手ぇ抜いたりせえへんからな」

 

「その方がいい」

 

答える。

 

迷う理由はなかった。

 

「手加減されても、分からないだろう」

 

龍驤が一瞬だけ目を丸くする。

 

それから、楽しそうに笑った。

 

「……ほんま、そういうとこやぞ」

 

「?」

 

「なんでもないわ」

 

所定の位置へ向かう。

 

距離が開く。

 

私は主砲へ手を添えた。

 

空母。

 

初めて戦う相手。

 

龍驤を見る。

 

小柄な身体。艤装。甲板。

 

そこから発艦した艦載機が上空へ昇り、散開する。

 

「…………」

 

開始の合図。

 

私は主砲を龍驤へ向けた。

 

「――参る」

 

砲撃。

 

龍驤が動き、砲弾は外れた。

 

着弾を確認し、修正する。

 

まだ、いつもと同じだ。

 

相手を見る。動きを読む。撃つ。避けられれば、修正する。

 

次弾。

 

龍驤がまた動き、砲弾は外れる。

 

だが、先ほどより近い。

 

「…………」

 

読めている。

 

速い。

 

だが、追える。

 

 

 

砲塔を旋回させる。

 

龍驤の肩。

 

腰。

 

進行方向。

 

視線。

 

次にどこへ動く。

 

読む。

 

照準。

 

撃とうとしたその瞬間に、私の左上空から音がする。

 

僅かに眉を寄せて、顔を上げる。

 

艦載機。

 

「――っ」

 

回避。

 

演習弾が海面を叩く。

 

そのまま転舵して龍驤を見ると、距離が開いている。

 

「…………」

 

砲撃。

 

外れる。

 

艦載機。

 

避ける。

 

龍驤。

 

砲撃。

 

また、艦載機。

 

「……忙しいな」

 

思わず漏れた。

 

遠くで龍驤が笑ったように見えた。

 

次。

 

航空攻撃。

 

右。

 

避ける。

 

その先へ主砲を向ける。

 

――龍驤はいない。

 

「?」

 

見つける。

 

先ほどより左。

 

いつ動いた。

 

砲塔を回す。

 

遅れる。

 

また上空。

 

「……っ」

 

回避。

 

演習弾が掠める。

 

判定。

 

軽微。

 

まだ問題ない。

 

だが。

 

「…………」

 

おかしい。

 

私は龍驤を見ている。

 

動きも見ている。

 

艦載機も見ている。

 

なのに。

 

戦いが、噛み合わない。

 

◆◆◆

 

side 長門

 

「完全に龍驤に踊らされているな」

 

長門が海を見つめている。

 

龍驤が動き、土佐が撃つ。

 

航空隊が土佐へ向かい、土佐が避ける。

 

その間に、龍驤がまた位置を変える。

 

「……あれ?」

 

近くで、長良が首を傾げた。

 

「土佐さん、ちゃんと避けてますよね?」

 

「ええ」

 

赤城が答える。

 

「なのに」

 

長良が海を見る。

 

土佐はまた、右から来た航空隊を避けて左へ動いた。

 

「なんで、さっきより苦しくなってるんですか?」

 

赤城が僅かに笑う。

 

「ちゃんと避けているからです」

 

「……え?」

 

「右から来れば、左へ避ける」

 

赤城の視線が土佐を追う。

 

「前から来れば、後ろへ下がる」

 

その間にも、龍驤が位置を変える。

 

土佐が砲塔を旋回させるが、照準が合う前に次の航空隊が入る。

 

「龍驤さんは、土佐さんが避けることまで考えて攻撃しています」

 

「避けることまで……」

 

「はい」

 

今度は加賀が口を開いた。

 

「土佐は、空いている場所へ動いているつもりでしょう」

 

「違うんですか?」

 

「空いているのではありません」

 

加賀の視線が細くなる。

 

「空けているのです」

 

長良が、もう一度海を見る。

 

右から航空隊。

 

土佐が左へ。

 

その先に攻撃はない。

 

だが、龍驤はさらに距離を取る。

 

次は前方から。

 

土佐が下がる。

 

また距離が開く。

 

「……あ」

 

長良が小さく声を漏らした。

 

「避ける場所を……選ばされてる?」

 

「そういうこと」

 

蒼龍が笑った。

 

「土佐さんが龍驤ちゃんを見れば、艦載機が動く」

 

上空を指す。

 

「艦載機を見れば、今度は龍驤ちゃんが動く」

 

「両方見なきゃいけない……」

 

「両方だけでも足りないけどね」

 

「え?」

 

蒼龍は答えず、海を見る。

 

金剛は腕を組んだまま、黙って戦況を追っていた。

 

北上も、いつもの気の抜けた表情のまま、目だけは海上を見ている。

 

「土佐は、龍驤を見すぎている」

 

加賀が言った。

 

赤城が頷く。

 

「ええ」

 

「本人を見ることは、間違いではありません」

 

「ですが」

 

赤城の視線が、龍驤から艦載機へ、そして土佐の周囲に広がる海面へ移る。

 

「空母と戦うなら」

 

「その人が、どんな戦場を作ろうとしているのか」

 

「そこまで見なければなりません」

 

「…………」

 

長良は、もう一度土佐を見た。

 

先ほどとは違う目で。

 

長門は何も言わない。

 

ただ、土佐を見ている。

 

どこで気づく。

 

それを待っていた。

 

◆◆◆

 

side 土佐

 

艦載機が来る。

 

左。

 

避ける。

 

龍驤を見る。

 

砲撃。

 

外れる。

 

また来る。

 

今度は前。

 

後ろへ下がる。

 

「…………」

 

龍驤を見る。

 

少し遠い。

 

砲撃する。

 

外れる。

 

「…………」

 

また。

 

艦載機。

 

右後方。

 

左へ。

 

そこで。

 

止まった。

 

「…………?」

 

海面を見る。

 

自分の位置。

 

龍驤の位置。

 

艦載機。

 

先ほどの攻撃。

 

その前。

 

さらに、その前。

 

「…………」

 

私は。

 

どこへ動いた。

 

右から来た。

 

左へ避けた。

 

前から来た。

 

後ろへ下がった。

 

左から来た。

 

右へ。

 

龍驤は。

 

その間。

 

どこへ動いた。

 

「…………」

 

顔を上げる。

 

龍驤を見る。

 

違う。

 

龍驤だけではない。

 

上空。

 

艦載機。

 

海面。

 

自分。

 

龍驤。

 

それぞれの位置。

 

「……そういうことか」

 

龍驤が、少しだけ目を細めた。

 

次の航空隊が来る。

 

右。

 

今までなら左へ避ける。

 

だが。

 

左を見る。

 

その先。

 

龍驤との距離が、さらに開く。

 

「…………」

 

右。

 

航空隊。

 

左。

 

空いている海面。

 

いや。

 

空いているのではない。

 

そこへ入れば。

 

次は、前から来る。

 

後ろへ下がれば、また距離を取られる。

 

右へ戻れば、今避けた航空隊がいる。

 

「…………」

 

選んでいるつもりだった。

 

違う。

 

選ばされていた。

 

「……そこへ」

 

砲塔を動かす。

 

「私を行かせたいのか」

 

左へは行かない。

 

前へ出る。

 

航空攻撃。

 

完全には避け切れない。

 

命中判定。

 

一発。

 

それでも進む。

 

龍驤を見る。

 

主砲。

 

照準。

 

「――撃て!」

 

轟音。

 

龍驤が大きく転舵する。

 

外れた。

 

だが。

 

先ほどまでとは違う。

 

龍驤の動きが見えた。

 

いや。

 

違う。

 

見ているものが変わった。

 

「……なるほど」

 

次。

 

航空隊。

 

位置。

 

進路。

 

龍驤。

 

私は。

 

その全てを見る。

 

「空母相手に本人ばっか見とったら、そうなるわ!」

 

遠くから龍驤の声が飛ぶ。

 

「今、分かった!」

 

「遅いわ!」

 

「そうだな!」

 

その通りだった。

 

遅い。

 

既に私は、何度も動かされている。

 

気づいた時には。

 

龍驤にとって都合のいい位置へ。

 

少しずつ。

 

少しずつ。

 

運ばれていた。

 

上空。

 

複数方向から艦載機。

 

「…………」

 

右。

 

左。

 

後方。

 

前へ出れば。

 

龍驤の航空隊が待っている。

 

「……詰んでいるな」

 

それでも。

 

主砲を向ける。

 

「なら」

 

一つでも。

 

崩す。

 

砲撃。

 

同時に転舵。

 

航空攻撃。

 

避ける。

 

一つ。

 

二つ。

 

三つ。

 

「――っ」

 

最後の一隊。

 

死角。

 

演習弾が艤装へ命中した。

 

判定音。

 

「…………」

 

演習終了。

 

海上に、静けさが戻る。

 

主砲を下ろし、息を吐いた。

 

「負けたな」

 

龍驤が近づいてくる。

 

「せやな」

 

「完敗か?」

 

「まあ、今回はな」

 

「そうか」

 

海面を見る。

 

先ほどまで。

 

自分が動かされていた海。

 

「…………」

 

悔しい。

 

当然だ。

 

勝ちたかった。

 

だが。

 

それ以上に。

 

「……面白いな」

 

「は?」

 

顔を上げる。

 

龍驤を見る。

 

「空母との戦いだ」

 

「…………」

 

「今までと、全然違った」

 

艦載機を見る。

 

既に龍驤のもとへ戻り始めている。

 

「お前を見ているだけでは駄目だった」

 

「せやな」

 

「艦載機を見るだけでも駄目だ」

 

「せや」

 

「攻撃そのものではなく」

 

海面を見る。

 

「その攻撃で、私をどこへ動かそうとしているのか」

 

龍驤が黙った。

 

「そこまで見なければいけないんだな」

 

「……まあな」

 

「分かった」

 

「おう」

 

「龍驤」

 

「なんや」

 

「もう一度やりたい」

 

「…………」

 

龍驤が額へ手を当てた。

 

「今終わったとこやぞ」

 

「今日はもうやらないのか?」

 

「やらへんわ!」

 

「そうか」

 

少し残念だ。

 

「なら、次はいつだ?」

 

「お前なぁ……!」

 

後ろから笑い声が聞こえた。

 

振り返る。

 

金剛。

 

蒼龍。

 

北上。

 

赤城。

 

陸奥。

 

加賀。

 

そして、長門。

 

皆がこちらを見ている。

 

「…………?」

 

何かおかしかっただろうか。

 

長門と目が合う。

 

長門は、ほんの少しだけ笑った。

 

私はもう一度、海面を見る。

 

先ほどまで龍驤が作っていた戦場。

 

まだ。

 

分からないことがある。

 

だから。

 

もう一度やりたい。

 

次なら。

 

もう少し。

 

見える気がした。

 

 




龍驤も好き。
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