土佐、海を往く   作:海の藻

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第22話 土佐、読む

 

翌朝。

 

目を覚ます。昨日より少し早い。

 

枕元の時計を見る。六時半。

 

「…………」

 

身体を起こす。痛みはない。疲労も残っていない。

 

だが、頭の中には昨日の海が残っていた。

 

龍驤。

 

金剛。

 

艦載機。

 

砲撃。

 

空けられた場所。

 

潰した場所。

 

選ばされた場所。

 

そして。

 

自分が、選ばせた場所。

 

「…………」

 

立ち上がる。

 

今日は二日目だ。

 

◆◆◆

 

朝食を済ませ、演習海域へ向かう。

 

昨日と同じ観戦区域には、すでに何人かの艦娘が集まっていた。

 

長門、赤城、加賀、龍驤。金剛もいる。

 

昨日戦った相手が並んでいるのを見ると、妙な気分だった。

 

「Good morning、Tosa!」

 

「おはよう、金剛」

 

「今日はワタシと再戦しマスカー?」

 

「予定にはないだろう」

 

「予定は変えるものデース!」

 

「勝手に変えるな」

 

「HAHAHA!」

 

朝から元気だ。

 

その向こうで、龍驤が手を上げる。

 

「おー。昨日はよう寝れたか?」

 

「ああ」

 

「夢ん中でも艦載機追っかけとったんちゃうやろな」

 

「追ってはいない」

 

「ほー?」

 

「どう飛ばすかは考えた」

 

「なんでやねん」

 

龍驤が顔をしかめる。

 

赤城が小さく笑った。

 

加賀は、こちらを見ている。

 

「姉さん」

 

「何かしら」

 

「昨日の演習、見ていたか」

 

「ええ」

 

「どうだった」

 

少し、間があった。

 

「……昨日のあなたに言っても、今日には変わっていそうね」

 

「?」

 

隣で赤城が口元を隠した。

 

「ふふ」

 

「赤城?」

 

「いいえ。何でもありません」

 

何なんだ。

 

そう思っていると、放送が入った。

 

『第二日、第一演習参加艦は準備を開始せよ』

 

名前が呼ばれる。

 

私。

 

そして、蒼龍。

 

「…………」

 

視線を向ける。少し離れた場所で、蒼龍がこちらを見ていた。目が合い、蒼龍が笑う。

 

「よろしくね、土佐」

 

「ああ」

 

昨日。

 

龍驤に負けた。

 

今日は、空母ともう一度戦う。

 

「今度は」

 

軍帽を被り直す。

 

「もう少しやる」

 

蒼龍の笑みが、少しだけ深くなった。

 

「うん。知ってる」

 

◆◆◆

 

海へ出る。距離を取り、蒼龍が弓を構える。私は主砲を旋回させる。

 

昨日とは違う。艦載機だけを見ない。蒼龍だけも見ない。

 

海面。距離。射線。風。自分。そして、蒼龍が作ろうとしているもの。

 

開始信号。艦載機が上がる。

 

「…………」

 

昨日なら、まず数を追った。どこから来る。どこへ抜ける。どこを空ける。

 

だが、今日は見る。

 

第一群は正面。第二群は右。第三群は高い。さらに後方に一群。

 

位置は把握する。

 

右へ。

 

いや、待つ。

 

砲撃。水柱が上がり、蒼龍が進路を変える。艦載機が来る。回避。次。また来る。

 

「…………」

 

おかしい。昨日ほど窮屈ではない。だが、楽でもない。

 

正面から来た艦載機を避ける。左が空いている。

 

行かない。

 

砲を向けて撃つ。蒼龍が避け、その直後に右後方から艦載機が入る。

 

「っ」

 

身体を捻る。演習弾が海面を叩く。

 

近い。

 

蒼龍を見る。笑っている。

 

今のは誘導か。

 

いや、違うかもしれない。

 

次。

 

左に一群。右に二群。中央は薄い。中央へ出れば、蒼龍へ射線が通る。

 

罠か。

 

足が止まった。その瞬間、別方向から艦載機が入り、回避して射線を失う。

 

「…………」

 

まただ。

 

見る。考える。意味を探す。

 

右の艦載機。左の艦載機。蒼龍の位置。海面。射線。

 

全部に、意味があるのか。

 

「…………」

 

違う。

 

砲撃。蒼龍が避ける。また艦載機。

 

今度は、ただ真っ直ぐ来る。回避する。何も起きない。

 

そうか。

 

昨日とは違う。

 

龍驤は、戦場を作った。

 

蒼龍は、作っているように見せている。

 

意味のある動き。意味の薄い動き。ただ当てるための攻撃。その中へ混ぜている。

 

私が意味を探すことを、知っているから。

 

「…………考えすぎているな」

 

声に出すと、蒼龍の眉が僅かに動いた。

 

分からないものを、全部分かろうとしていた。それでは、また選ばされる。

 

「分からないなら」

 

主砲を向ける。

 

見えるもの。確かなものだけを使う。

 

蒼龍との距離。正面の艦載機。右に残った空間。

 

「分かるものだけ使う」

 

撃つ。蒼龍が回避する。

 

追わない。

 

次弾を、その回避先へ送る。水柱が上がり、蒼龍が切り返した。

 

その動きを見て、昨日の金剛との演習を思い出す。

 

完全に逃げ道を塞ぐ必要はない。当たり得る砲撃を置けば、相手は避ける。

 

なら、その次へ撃てばいい。

 

一発目。蒼龍が避ける。

 

二発目。その先へ。さらに進路を変える。海上が水柱で崩れる。

 

「撃て」

 

三射目。

 

砲声。

 

「――っ!」

 

蒼龍の艤装が大きく揺れた。

 

判定音。

 

「…………」

 

入った。

 

初めて。

 

空母へ。

 

明確な一発。

 

蒼龍が体勢を崩し、構えていた弓が下がる。そのまま発艦姿勢へ入ろうとするが、艤装が追いつかない。

 

新しい艦載機は上がらなかった。

 

「……止めた」

 

昨日、龍驤には一発も入れられなかった。

 

今日は違う。

 

蒼龍を見る。

 

先ほどまで浮かんでいた柔らかな笑みが消えていた。

 

蒼龍がゆっくりとこちらを見る。

 

「……やるね、土佐」

 

声は変わらない。だが、目が違う。

 

「少し、本気でやろうか」

 

「…………」

 

空を見る。すでに発艦している艦載機は残っている。

 

正面。右。左。高空。そして後方。

 

位置は把握している。

 

発艦を止めても、空にいる艦載機までは消えない。

 

「なるほど」

 

「うん」

 

蒼龍がもう一度笑った。だが、その笑みも先ほどまでとは違っていた。

 

◆◆◆

 

そこから、蒼龍の動きが変わった。

 

艦載機の位置は見えている。数も把握している。それなのに、攻撃が噛み合わない。

 

一群が正面から来る。避ける。その回避に合わせて、別の一群が射線へ入る。

 

主砲を蒼龍へ向ければ、蒼龍自身がすぐに動く。

 

速い。

 

いや。

 

速さそのものは変わっていない。

 

無駄がなくなった。

 

私の砲口。射線。次弾。

 

全部を見て、必要な分だけ避けている。

 

「……変わったな」

 

「うん」

 

蒼龍が短く答える。

 

「ちょっと本気になった」

 

砲撃。避けられる。追う。

 

艦載機。回避。

 

もう一度、蒼龍へ砲を向ける。だが、その瞬間には別の一群が入ってくる。

 

「っ」

 

避ける。射線が切れた。

 

発艦は止めている。それでも、攻撃は途切れない。

 

違う。

 

艦載機は確実に減っている。

 

だが、少なくなった分だけ、一群一群の使い方が鋭くなっている。

 

「…………」

 

どこにいるかは分かる。何群残っているかも分かる。

 

だが。

 

いつ来る。どこで使う。何を狙う。

 

そこまで全部を読もうとすれば、また蒼龍の思う壺だ。

 

位置は見る。数も見る。だが、意味まで決めつけない。

 

正面。

 

来る。

 

避ける。

 

右。

 

まだ来ない。

 

左。

 

動いた。

 

後方。

 

遠い。

 

今なら。

 

蒼龍へ主砲を向ける。

 

砲撃。蒼龍が回避する。

 

一歩、追う。

 

その前へ、正面の艦載機が入った。

 

避ける。

 

重量のある身体が大きく流れる。

 

戻す。

 

その瞬間。

 

蒼龍が、にっこりと笑った。

 

「土佐、知ってた?」

 

「?」

 

「空母はね……」

 

後方。

 

音。

 

分かっていた。そこにいることは。位置も。数も。

 

だが。

 

来る瞬間を外した。

 

「戦艦の天敵だよ」

 

「――っ」

 

振り向くより早い。回避の隙を突くように、後方の艦載機が一気に降下してくる。

 

今から切り返すには遅い。

 

爆撃。

 

衝撃。

 

判定音。

 

そこへ、側面に残していたもう一群。

 

「っ!」

 

避ける。

 

間に合わない。

 

二発目。

 

判定。

 

『――演習終了』

 

砲を下ろし、息を吐いた。

 

空を見る。残っていた艦載機が、次々と蒼龍のもとへ戻っていく。

 

見失ってはいなかった。位置も、数も分かっていた。

 

それでも、どう使われるかまでは読み切れなかった。

 

「……負けた」

 

蒼龍が艦載機を収容しながら近づいてくる。

 

「うん」

 

「一発は入れた」

 

「入れられたね」

 

蒼龍が自分の艤装へ目を落とす。

 

「発艦も止められた」

 

「ああ」

 

「でも」

 

今度は空を見る。

 

「もう飛んでる子たちは、消えないからね」

 

「……そうだな」

 

空母本体へ届いた。発艦も止めた。それでも終わらない。

 

覚えておく。

 

少し考えてから、蒼龍を見る。

 

「次はいつやる」

 

「もう!?」

 

「駄目か?」

 

「駄目じゃないけど……」

 

蒼龍は頭を掻いた。

 

「龍驤ちゃんの気持ち、ちょっと分かったかも」

 

「?」

 

「何でもない」

 

◆◆◆

 

side 長門

 

戻ってきた土佐を見ながら、龍驤が腕を組んだ。

 

「あいつ……」

 

「どうした」

 

「昨日より、見とるもん減っとる」

 

加賀が視線を向ける。

 

「減った?」

 

「せや。見えるもん全部追うんやなくて、要るもん選び始めとる」

 

赤城が頷く。

 

「それだけではありませんね」

 

「ええ」

 

加賀が言う。

 

「途中から、蒼龍が土佐をどう見ているかまで見ていた」

 

龍驤が口を曲げる。

 

「読み返しとるんか」

 

「ええ」

 

「昨日、空母と初めてまともにやった奴やんな?」

 

「そうですね」

 

龍驤が額を押さえた。

 

「しかも今回は蒼龍に一発入れとるし」

 

「発艦も止めましたね」

 

赤城が言う。

 

「それでも負けた」

 

「ああ」

 

私は頷く。

 

蒼龍は、残っていた艦載機で勝った。

 

土佐は昨日より前へ進んだが、それでも、まだ蒼龍には届かない。

 

龍驤がため息を吐く。

 

「ほんで、なんで昨日金剛に使ったやつを空母にまで持ってくんねん」

 

金剛が胸を張る。

 

「ワタシとのbattleが役に立ったということデース!」

 

「元はうちが教えたんやけどな!?」

 

「でもTosaが完成させたのはワタシとのbattleデース!」

 

「完成しとらんわ!」

 

赤城が笑う。

 

加賀は戻ってくる土佐を見たまま、静かに言った。

 

「でも」

 

一拍。

 

「まだ負けるわね」

 

「ああ」

 

だからいい。

 

今は負けて、見て、覚えればいい。

 

◆◆◆

 

次の演習は、陸奥と加賀だった。

 

「…………」

 

少し困る。

 

隣にいた赤城がこちらを見る。

 

「どうしました?」

 

「いや」

 

海を見る。

 

姉さんと、陸奥。どちらも応援したい。

 

「姉さん」

 

加賀がこちらを見る。

 

「頑張れ」

 

「……ええ」

 

僅かに表情が柔らかくなる。

 

その向こうでは、陸奥もこちらを見ていた。

 

「土佐?」

 

「陸奥も、頑張れ」

 

「……ふふ」

 

笑った。だが、何故か少しだけ不満そうだ。

 

何だろう。

 

開始信号が鳴った。

 

加賀の艦載機が上がり、陸奥が主砲を放つ。

 

加賀は距離を保ったまま回避し、航空隊を陸奥の前へ回す。陸奥も砲撃を返しながら距離を詰めていくが、加賀は簡単には近づかせない。

 

互いに経験がある。動きに無駄が少ない。

 

艦載機が陸奥の進路を塞ぐ。陸奥が避ける。その間に、加賀との距離がまた開いた。

 

次の航空隊が来る。

 

避ければ、また距離が開く。さらに次が来れば、また避けることになる。

 

さっきまでの私と同じだ。

 

そう思った時、陸奥は避けなかった。

 

「……受けた?」

 

演習弾が命中し、判定が入る。それでも陸奥は速度を落とさず、そのまま前へ出た。

 

「違う」

 

長門が言った。

 

「避けなかった」

 

見る。

 

確かに、加賀との距離が大きく縮まっている。

 

避けられた一発を受けた。その代わりに、次の航空攻撃が来る前に距離を潰した。

 

「一発を捨てて、距離を買ったのか」

 

「ああ」

 

距離が縮まったことで、今度は陸奥の主砲が強くなる。

 

砲撃を受けた加賀が回避し、陸奥はその間にも前へ出る。加賀もすぐに次の艦載機を回し、陸奥を遠ざけようとするが、先ほどまでのようには距離を維持できない。

 

それでも加賀は下がりながら航空隊を使い続ける。陸奥は避けるところは避け、受けても崩れないところは受けて、一度詰めた距離を簡単には返さない。

 

互いに判定が重なる。

 

近づくほど陸奥が有利になる。だが、その距離まで入るために、陸奥は何発も加賀の攻撃を受けている。

 

どちらか一方だけが正しいわけではない。

 

加賀は、陸奥にそこまでさせなければ近づかせない。陸奥は、それでも前へ出る。

 

最後、陸奥の砲撃が加賀を捉えた。

 

判定音。

 

『――演習終了』

 

僅差。陸奥の勝利。

 

しばらく、二人がいた海を見る。

 

さっき蒼龍にされたことを思い出す。避け続ければ、空母の作る流れの中へ入っていく。

 

なら、全部を避ける必要はない。

 

一発を受ける代わりに、その後の攻撃をさせにくくすることもできる。

 

加賀は、その覚悟が必要になるほど距離を支配した。陸奥は、それでも距離を潰した。

 

「姉さんも陸奥もすごいな」

 

少し考える。

 

「だが、覚えた」

 

「…………」

 

隣から声がした。

 

蒼龍だった。

 

「……ほんっと、覚えるの早いんだから」

 

「そうか?」

 

「そうだよ」

 

何故か、少し呆れていた。

 

◆◆◆

 

二人が戻ってくる。

 

加賀のところへ行く。

 

「姉さん」

 

「何かしら」

 

「強かった」

 

「負けたわ」

 

「それでもだ」

 

加賀がこちらを見る。

 

「姉さんも強かった」

 

「……そう」

 

少し嬉しそうだ。

 

「土佐?」

 

後ろ。

 

陸奥。

 

振り返る。

 

「陸奥も強かった」

 

「私にはそれだけ?」

 

「戦艦の戦い方を見た」

 

「そう、ならいいわ」

 

陸奥は嬉しそうに笑った。

 

◆◆◆

 

午後。

 

最後の演習を前に、全員が集められた。

 

提督が前に立つ。

 

「最後は艦隊戦だ」

 

ざわめき。

 

「個人で勝てばいい演習ではない」

 

名簿を見る。

 

「第一艦隊」

 

一人ずつ、名前が呼ばれる。

 

「足柄」

 

「はい」

 

「神通」

 

「はい」

 

「由良」

 

「はい」

 

「時雨」

 

「うん」

 

「夕立」

 

「はいっぽい!」

 

そして。

 

「旗艦――土佐」

 

「…………」

 

聞き間違いか。

 

「私か?」

 

「そうだ」

 

「他に適任がいるだろう」

 

「いる」

 

即答。

 

「…………」

 

「だからお前にやらせる」

 

「?」

 

提督がこちらを見る。

 

「やってみろ」

 

昨日、言われたことを思い出す。

 

試せ。

 

失敗しろ。

 

見て覚えろ。

 

「…………分かった」

 

「第二艦隊」

 

名前が呼ばれる。

 

妙高。川内。白露。村雨。北上。

 

そして。

 

「旗艦、赤城」

 

「…………」

 

赤城を見る。

 

目が合う。

 

昨日、肩を借りた。

 

何もせず眠り、髪を撫でられた。

 

今日は、敵の旗艦。

 

「よろしくお願いします、土佐さん」

 

「ああ」

 

迷いはない。

 

「負けないぞ、赤城」

 

「ええ」

 

赤城が微笑む。

 

「私もです」

 

◆◆◆

 

side 赤城

 

土佐さんを見る。

 

昨日、龍驤さんに負けた。

 

戦場を作られ、選ばされ、それに気づいた。

 

そして金剛さんとの戦いでは、もう使った。

 

自分の砲撃で相手の行き先を狭めた。

 

今日。

 

蒼龍はそれを知った上で、土佐さんが読むことを利用した。

 

土佐さんは読みすぎた。

 

そして途中でやめた。

 

必要なものだけを見るようになった。

 

その後、蒼龍が自分をどう読んでいるかまで見始めた。

 

そして、一発を入れた。

 

発艦まで止めた。

 

それでも蒼龍は、空に残した艦載機で勝った。

 

昨日の土佐さんではない。

 

今日の最初の土佐さんですらない。

 

戦っている間に変わる。

 

だから、今日の土佐さんを相手にしてはいけない。

 

次に何を覚えた土佐さんがこちらを見るのか。

 

そこまで考えなければならない。

 

「赤城さん?」

 

北上さんがこちらを見る。

 

「どうかした?」

 

「いいえ」

 

弓を持つ。

 

「始めましょうか」

 

海の向こう。

 

土佐さんがいる。

 

土佐さん。

 

あなたはどこまで来てくれますか。

 

◆◆◆

 

海へ出る。

 

足柄。

 

神通。

 

由良。

 

時雨。

 

夕立。

 

全員、私より長く戦っている。

 

私より経験がある。

 

なのに、旗艦は私だ。

 

「…………」

 

隊形を確認する。

 

赤城。

 

北上。

 

妙高。

 

川内。

 

白露。

 

村雨。

 

強い。

 

開始信号。

 

「行くぞ」

 

『了解!』

 

『はい』

 

『うん』

 

『了解』

 

『ぽい!』

 

赤城の艦載機が上がる。

 

同時に、北上が動く。

 

妙高。

 

川内。

 

白露。

 

村雨。

 

「由良、航空隊」

 

『見ています』

 

「神通、川内」

 

『はい』

 

「時雨、北上」

 

『了解』

 

「足柄、妙高――」

 

砲を向ける。

 

妙高。

 

撃てる。

 

今なら。

 

「撃て」

 

砲声。

 

妙高が回避する。

 

追う。

 

「土佐!」

 

足柄の声。

 

「なんだ」

 

「そこまで! あとは私が見る!」

 

「だが」

 

「あなたは旗艦でしょう!」

 

足柄が妙高へ向かう。

 

「一人だけを見るな! 前を見なさい!」

 

「…………」

 

前。

 

赤城。

 

北上。

 

艦載機。

 

白露。

 

村雨。

 

川内。

 

全部、見える。

 

全部、見なければ。

 

「……分かった」

 

妙高から意識を外す。

 

「任せる」

 

『任せなさい!』

 

艦載機。

 

右。

 

左。

 

上。

 

北上。

 

魚雷。

 

川内。

 

神通。

 

白露。

 

夕立。

 

村雨。

 

時雨。

 

「…………」

 

多い。

 

見る。

 

全部見る。

 

由良へ艦載機。

 

「由良、右――」

 

『見えています!』

 

時雨の側面。

 

北上。

 

「時雨、北上が――」

 

『見てるよ』

 

神通。

 

川内。

 

「神通――」

 

『こちらは見なくて結構です』

 

「…………」

 

声が止まる。

 

皆、見ている。

 

当然だ。

 

皆、戦える。

 

『皆さんも、戦える艦娘ですから』

 

「…………」

 

鳳翔の声。

 

全部を自分で受けようとしない。

 

私は身体で受けることは、少しやめられた。

 

だが、頭の中ではまだ全部を自分で受けようとしている。

 

「由良」

 

『はい』

 

「敵航空隊を見てくれ」

 

『了解です』

 

「私は見ない」

 

一瞬、返事が遅れた。

 

『……はい!』

 

「位置だけ教えてくれ」

 

『了解!』

 

「時雨」

 

『うん』

 

「北上を頼む」

 

『分かった』

 

「見失った時だけ報告してくれ」

 

『任せて』

 

「神通」

 

『はい』

 

「川内と前を」

 

『承知しました』

 

「足柄」

 

『妙高は私よ!』

 

「ああ」

 

「夕立」

 

『ぽい!』

 

「前を見ろ」

 

『了解っぽい!』

 

少し静かになった。

 

いや――海はうるさい。

 

砲声。水柱。艦載機。魚雷。通信。

 

全部、変わっていない。

 

だが、頭の中が静かになった。

 

『航空隊、右上方。二群です』

 

由良。

 

『北上、左へ移動』

 

時雨。

 

『川内、前へ出ます』

 

神通。

 

『妙高、こっち来るわよ!』

 

足柄。

 

『村雨、前っぽい!』

 

夕立。

 

「…………」

 

私が見ているのではない。

 

皆が見ている。

 

その情報が私のところへ来る。

 

私が全部を見る必要はない。

 

なら、その分――

 

次に、どこが必要になる?

 

◆◆◆

 

北上。

 

魚雷。

 

『来るよ』

 

時雨。

 

位置。

 

角度。

 

見る。

 

「…………」

 

嫌だ。

 

そこへ撃たれると、こちらが右へ動けない。

 

神通が下がれない。

 

夕立が出られない。

 

「…………嫌なところに撃つな」

 

通信の向こう。

 

北上の声。

 

『褒めてる?』

 

「褒めている」

 

『そりゃどうも』

 

魚雷。

 

進路を変える。

 

艦隊も動かざるを得ない。

 

まだ北上を見る。

 

いや、時雨が見ている。

 

私は次を見る。

 

「夕立」

 

『前出ていいっぽい?』

 

少し待つ。

 

村雨。

 

白露。

 

赤城。

 

「まだだ」

 

『了解っぽい!』

 

返事が早い。

 

不満もない。

 

待っている。

 

「…………」

 

赤城。

 

見えた。

 

射線は通る。

 

砲を向ける。

 

昨日、肩を借りた相手。

 

撃つ。

 

砲声。

 

赤城が動く。

 

外れる。

 

艦載機がこちらへ向く。

 

『土佐』

 

時雨。

 

「なんだ」

 

『赤城を狙ってる?』

 

「ああ」

 

少しの間。

 

『なら、少し動かすよ』

 

「…………」

 

海面。

 

時雨。

 

赤城。

 

「……頼む」

 

『了解』

 

時雨が赤城へ魚雷を放つ。

 

当てるためだけではない。

 

赤城が避ける。

 

左。

 

いや。

 

右は魚雷。

 

左へ行く。

 

なら、先に。

 

左へ。

 

砲撃。水柱が上がり、赤城の進路が変わる。

 

残った砲。

 

「撃て」

 

砲声。赤城がさらに回避する。

 

近い。

 

だが、まだ当たらない。

 

『土佐!』

 

由良。

 

『村雨、射線!』

 

見る。

 

村雨。こちらへ向いた砲口。

 

今なら避けられる。

 

だが、避ければ赤城への射線が切れる。

 

「…………」

 

陸奥。

 

一発、受けた。

 

何故。

 

距離を買った。

 

なら私は。

 

「一発を捨てて」

 

照準。

 

赤城。

 

「射撃を買う」

 

撃つ。同時に衝撃。

 

村雨の演習弾が左肩へ当たり、判定。

 

軽い。

 

構わない。

 

私の砲弾。

 

赤城。

 

回避。

 

一発。

 

水柱。

 

二発。

 

外れる。

 

三発。

 

「…………」

 

命中。

 

判定。

 

小破。

 

「当たった」

 

私が、ではない。

 

時雨が赤城を動かした。

 

由良が村雨を教えた。

 

私は撃った。

 

「私たちが」

 

だが、終わっていない。

 

見る。

 

村雨が撃った。

 

今、姿勢が僅かに崩れている。

 

「夕立」

 

『――了解』

 

声が変わった。

 

「行け」

 

夕立が出る。速い。

 

村雨も気づく。

 

回避。

 

白露が動く。だが、一歩遅い。

 

夕立が砲撃し、村雨が返す。さらに夕立が距離を詰める。

 

判定音。

 

『村雨、大破したっぽい!』

 

「確認した」

 

赤城を見る。

 

もう動いている。

 

「戻れ」

 

『了解っぽい!』

 

声が戻った。

 

◆◆◆

 

side 長門

 

「……変わったな」

 

隣で龍驤が言った。

 

「何がだ」

 

「昨日までやったら」

 

海を見る。

 

「夕立が出た瞬間、あいつも夕立見とったやろ」

 

「ああ」

 

今は見ていない。

 

土佐は赤城を見ている。

 

いや、赤城だけではない。

 

海を見ている。

 

「自分で全部確認せんようになった」

 

加賀が静かに言う。

 

「皆を信じているのね」

 

「それだけではありません」

 

私は土佐を見る。

 

足柄が妙高を見る。

 

神通が川内を見る。

 

由良が空を見る。

 

時雨が北上を見る。

 

夕立が前を見る。

 

そして土佐が、それらの情報を受け取る。

 

視線が少しずつ遠くなる。

 

昨日より先へ。

 

風。

 

土佐の肩から下がる飾緒が僅かに揺れた。

 

「…………」

 

龍驤が小さく笑う。

 

「赤城と読み合っとるぞ、あいつ」

 

「ああ」

 

◆◆◆

 

side 土佐

 

川内が神通へ出る。

 

『来ました』

 

「任せる」

 

『はい』

 

神通と川内。互いに速い。砲撃、回避、接近、離脱。

 

その外――北上。

 

『土佐』

 

時雨。

 

「なんだ」

 

『北上、位置変えた』

 

見る。

 

魚雷。

 

狙い。

 

私ではない。

 

神通。

 

「神通」

 

『見えています』

 

川内、正面。

 

北上、側面。

 

両方避けるのは難しい。

 

「…………」

 

神通が動く。川内の砲撃が命中し、判定。

 

だが、魚雷は外れた。

 

「神通」

 

返事。

 

『はい』

 

「いけるか」

 

『問題ありません』

 

短い。

 

声も変わらない。

 

「……分かった」

 

それだけ。

 

助けに行かない。

 

神通はまだ戦える。

 

なら、任せる。

 

「…………」

 

赤城。

 

こちらを見ている。

 

次、何をする。

 

◆◆◆

 

赤城が弓を引く。

 

「…………」

 

艦載機。

 

増えた。

 

今まで出していなかった。

 

一群。

 

二群。

 

まだいた。

 

『航空隊、増援!』

 

由良。

 

「位置」

 

『高空から二群! さらに左!』

 

一つ。

 

由良へ。

 

一つ。

 

時雨の上。

 

一つ。

 

夕立の進路。

 

「…………」

 

赤城は、私を狙っていない。

 

『うわっ、見えない!』

 

時雨。

 

『航空隊、こちらへ来ます!』

 

由良。

 

『ちょっと邪魔っぽい!』

 

夕立。

 

情報が乱れる。

 

『北上、見失った!』

 

時雨。

 

「分かった」

 

妙高。

 

足柄。

 

神通。

 

川内。

 

白露。

 

村雨は大破判定。

 

北上。

 

見えない。

 

赤城。

 

艦載機。

 

多い。

 

通信が増える。

 

頭の中が、また騒がしくなる。

 

その向こう。

 

赤城の声が穏やかに聞こえた。

 

『盤面整理ですね』

 

「…………」

 

盤面整理。

 

私を狙わない。

 

私が見ている目を、一つずつ潰している。

 

由良。

 

時雨。

 

夕立。

 

足柄。

 

神通。

 

皆、戦える。

 

だが、互いの位置。

 

敵の位置。

 

情報が途切れる。

 

「…………」

 

赤城が、これを作った。

 

◆◆◆

 

『くっ……!』

 

足柄が一瞬、こちらを見た。

 

その一瞬。

 

妙高。

 

『足柄』

 

静かな声。

 

『私を見ていたのでは?』

 

砲声。足柄が回避するが、一発当たり、判定。

 

「足柄!」

 

向く。

 

『私だけを見るな!』

 

止まる。

 

『言ったでしょう!』

 

妙高がまた来る。

 

足柄が向き直る。

 

『前を見なさい!』

 

「…………」

 

足柄。

 

まだ戦える。

 

妙高を見ている。

 

「……分かった」

 

前を見る。

 

赤城。

 

艦載機。

 

北上。

 

白露。

 

川内。

 

皆、戦っている。

 

足柄も。

 

神通も。

 

由良も。

 

時雨も。

 

夕立も。

 

では。

 

私は何をしている。

 

呼吸が浅くなる。

 

見る。

 

考える。

 

指示する。

 

それだけか。

 

「…………」

 

違う。

 

私は旗艦だ。

 

だが、それ以前に。

 

自分の背後。

 

主砲。

 

「…………」

 

歯を噛み締める。

 

私は――戦艦だ。

 

赤城は盤面を整理している。

 

艦載機でこちらの目を散らし、道を作り直している。

 

なら。

 

「…………整理するなら」

 

砲塔が回る。

 

赤城ではない。

 

北上でもない。

 

妙高でもない。

 

誰もいない海。

 

そこ。

 

「邪魔をすればいい」

 

全砲門。

 

「撃て」

 

砲声。着弾。巨大な水柱。

 

一つ。

 

二つ。

 

三つ。

 

海面を塞ぐ。

 

『え?』

 

誰かの声。

 

艦載機の進路がずれ、白露が回避する。北上が一度舵を切り、赤城の艦載機が迂回する。

 

ほんの少し。

 

だが、形が崩れた。

 

『航空隊、見えました!』

 

由良。

 

『北上、再捕捉!』

 

時雨。

 

『前、空いたっぽい!』

 

夕立。

 

「…………」

 

見える。

 

先ほどより少ない。

 

違う。

 

見るものを選べている。

 

その時。

 

北上。

 

位置。

 

魚雷。

 

また撃つ。

 

撃たれれば、こちらが動かされる。

 

なら、避ける場所を考えるのではなく。

 

「…………」

 

砲を向ける。

 

北上が魚雷を撃つために欲しい場所。

 

射線。

 

姿勢。

 

そこへ、先に撃つ。

 

水柱が上がり、北上が舵を切る。

 

『うわ』

 

もう一発。進路が変わる。

 

『それやる?』

 

「撃たれると困るからな」

 

『そりゃそうだけどさぁ』

 

魚雷。

 

撃てない。

 

いや。

 

撃ちづらい。

 

それでいい。

 

「時雨」

 

『うん』

 

「北上を見てくれ」

 

『了解』

 

次。

 

妙高。

 

足柄。

 

妙高は足柄の隙を見た。

 

そこへ来た。

 

なら。

 

「足柄」

 

『何?』

 

「妙高は」

 

一拍。

 

「隙を見れば来るか」

 

足柄が少し黙る。

 

『…………来るわね』

 

「なら」

 

妙高を見る。

 

いや。

 

妙高が欲しがる場所を見る。

 

「作る」

 

『……あなたねぇ』

 

「駄目か?」

 

少し笑った声。

 

『いいえ』

 

足柄が進路を変える。

 

僅かに開く。

 

『乗ったわ』

 

妙高。

 

見る。

 

当然、気づく。

 

罠だと分かる。

 

それでも価値がある。

 

なら、来る。

 

妙高が足柄に向けて前へ出る。

 

「…………」

 

今。

 

妙高がいた場所が空いた。

 

「由良」

 

『はい!』

 

「右へ」

 

『了解!』

 

「夕立」

 

『ぽい!』

 

「由良の前へ」

 

『了解っぽい!』

 

妙高がこちらを見る。

 

『来たわね!』

 

足柄の声。

 

「足柄、頼んだ」

 

砲を別方向へ向ける。

 

「欲しかったのは、そこだ」

 

飾緒が風で揺れる。

 

◆◆◆

 

side 長門

 

「……またデース」

 

金剛が身を乗り出した。

 

「何がや」

 

龍驤が聞く。

 

金剛は海から目を離さない。

 

「Tosaは」

 

口元が上がる。

 

「敵を追ってないデース」

 

昨日、金剛は土佐に動かされた。

 

逃げたい場所を、先に砲撃で潰された。

 

今日、土佐はもっと大きく同じことをしている。

 

「来てほしいところを作ってるデース」

 

龍驤が黙る。

 

水柱。戦艦の砲撃。

 

敵艦を直接狙わない。

 

それでも海が狭くなる。

 

北上が動き、妙高が動き、艦載機が迂回する。

 

「……ほんま」

 

龍驤が呟いた。

 

「戦艦やなぁ、あいつ」

 

「……そうだ」

 

少し離れた場所。

 

提督が海を見ている。

 

その口元が僅かに上がった。

 

◆◆◆

 

赤城を見る。

 

表情が変わった。

 

笑っている。

 

先ほどまでとは、少し違う。

 

『土佐さん』

 

「なんだ」

 

『楽しくなってきました』

 

その言葉と同時。

 

艦載機がもう動いている。

 

「…………そうか」

 

主砲を旋回させる。

 

「私もだ」

 

赤城が笑った。

 

そこから、速くなった。

 

赤城。

 

北上。

 

妙高。

 

川内。

 

白露。

 

こちらも。

 

足柄。

 

神通。

 

由良。

 

時雨。

 

夕立。

 

全員が動く。

 

『北上、また撃つよ』

 

時雨。

 

「位置」

 

『左前』

 

見る。砲を向け、撃つ。水柱。

 

北上が進路を変える。

 

『……あれ』

 

さらに撃つ。

 

『撃ちづらくなったなぁ』

 

「ならいい」

 

『まあ』

 

北上が動く。

 

『撃ちづらくなっただけなんだけどね』

 

「…………」

 

射線を変えた。

 

私ではない。

 

神通。

 

「神通!」

 

『はい!』

 

魚雷。

 

川内。

 

神通が動く。

 

白露も夕立へ出る。

 

『夕立!』

 

「見えている」

 

夕立が白露とぶつかる。

 

『姉貴、やるっぽい!』

 

『当然! 一番だからね!』

 

砲撃。互いに譲らない。

 

由良。

 

艦載機。

 

時雨。

 

北上。

 

足柄。

 

妙高。

 

神通。

 

川内。

 

皆、戦っている。

 

私は次を見る。

 

次。

 

どこ。

 

赤城。

 

「…………」

 

見えた。

 

赤城の周囲が薄い。

 

航空隊は由良が引きつけている。

 

北上は時雨が見ている。

 

妙高は足柄。

 

川内は神通。

 

白露は夕立。

 

今。

 

赤城。

 

行ける。

 

『土佐』

 

時雨。

 

「なんだ」

 

『赤城、行けるよ』

 

由良。

 

『航空隊も薄いです!』

 

見る。

 

確かに薄い。

 

罠か。

 

「…………」

 

蒼龍。

 

分からないものを全部疑った。

 

考えすぎた。

 

今、見えるものを使う。

 

赤城まで開いている。

 

本当に開いている。

 

「…………行ける」

 

主砲を赤城へ。

 

『了解!』

 

誰に言ったわけでもない。

 

だが、皆分かった。

 

足柄が妙高を押す。

 

神通が川内を止める。

 

時雨が北上を見る。

 

夕立が白露を抑える。

 

由良が空を見る。

 

艦隊の力が少しずつ赤城へ向く。

 

今。

 

撃てる。

 

「赤城」

 

照準。

 

『はい』

 

「取るぞ」

 

赤城が笑った。

 

また、いやに耳に残った。

 

『土佐さん』

 

「なんだ」

 

『先ほどの、お返しです』

 

「…………?」

 

艦載機。

 

一群。

 

まだ、いたか。

 

それだけではない。

 

赤城が動く。

 

私から逃げるのではない。

 

こちらの中心へ航空隊が入る。

 

由良が向く。

 

時雨が僅かに北上から視線を切る。

 

夕立が白露を押す。

 

足柄が妙高を止める。

 

神通が川内を見る。

 

全員、正しい。

 

今、赤城を取るために必要な動きをしている。

 

だから。

 

「…………」

 

中央が空いた。

 

『あ』

 

北上の声。

 

『今は撃ちやすい』

 

魚雷。

 

「っ」

 

『土佐!』

 

時雨。

 

「夕立、戻れ!」

 

『了解っぽい!』

 

「時雨、北上!」

 

『分かってる!』

 

「由良、上を捨てろ!」

 

『はい!』

 

「神通、下がれ!」

 

『了解!』

 

「足柄――」

 

『分かってる!』

 

妙高が来る。

 

「右へ!」

 

『了解!』

 

間に合え。

 

砲撃。魚雷。艦載機。川内。白露。妙高。

 

全部が一度に動く。

 

違う。

 

動いたのではない。

 

動かされた。

 

「…………」

 

また、歯を噛み締める。

 

赤城。

 

私は妙高にやった。

 

隙を作った。

 

来る場所を作った。

 

私は北上にやった。

 

撃ちたい場所を潰した。

 

赤城は逆に、こちらへ撃ちたい場所を作った。

 

それも、私だけではない。

 

艦隊全体。

 

赤城を取れる。

 

本当に取れる場所を見せた。

 

だから、皆がそこへ向いた。

 

判断は間違っていない。

 

全員、正しい。

 

その正しい選択を、まとめて使われた。

 

「私が」

 

砲撃。

 

「やったことを」

 

水柱。

 

「返された」

 

赤城はこちらが変わることまで待っていた。

 

判定音。

 

一つ。

 

二つ。

 

増える。

 

神通。

 

足柄。

 

由良。

 

夕立。

 

時雨。

 

まだ動ける。

 

私も、まだ。

 

「撃て!」

 

砲声。

 

赤城が避ける。

 

「時雨、左!」

 

『了解!』

 

「夕立、前へ出るな!」

 

『了解っぽい!』

 

「由良、下がれ!」

 

『はい!』

 

「神通!」

 

『まだ行けます!』

 

「なら川内を!」

 

『承知!』

 

「足柄!」

 

『妙高は任せなさい!』

 

赤城を見る。

 

次はどこか。

 

砲を向けて撃つ。艦載機が来る。避ける。

 

魚雷は右だ。

 

回避。

 

砲撃は正面。

 

間に合わない。

 

衝撃。判定。

 

それでも主砲を向ける。

 

赤城が見える。

 

「…………」

 

まだ、撃てる。

 

『――演習終了』

 

主砲が止まり、さっきまであれほど騒がしかった海が急に静かになった。

 

息を吐く。

 

判定は、第二艦隊の勝利。

 

「……負けた」

 

悔しい。だが、不思議と嫌ではなかった。

 

むしろ、戦っている間に見えるものが増えていったことの方が、強く残っている。

 

「……面白かった」

 

◆◆◆

 

side 足柄

 

岸へ戻る。

 

先に桟橋へ上がった土佐は、満足そうに先ほどまで戦っていた海を眺めている。

 

私はその姿を見た。

 

妙高が私の視線を追うように、土佐へ目を向ける。

 

「どうしたの?」

 

「別に」

 

「そう?」

 

「ただ……」

 

妙高がこちらを見る。

 

演習中、妙高の砲撃を受けた時、土佐は私を見た。こちらを助けようとしたのだろう。

 

だから怒鳴った。

 

『私だけを見るな!』

 

『前を見なさい!』

 

あの時は、まだ自分で全部を見ようとしていた。

 

でも、その後は違った。

 

妙高は私に任せた。川内は神通に。北上は時雨に。空は由良に。

 

そして土佐自身は、その先を見始めた。

 

小さく息を吐く。

 

「今度は」

 

僅かに笑う。

 

「ちゃんと任せてくれたのね」

 

妙高は何も言わず、私と土佐を見ながら微笑んだ。

 

◆◆◆

 

side 土佐

 

妙高さんと足柄が何か話している。何の話だろう。

 

そう思っていると、赤城がこちらへ来た。

 

「お疲れ様でした」

 

「ああ」

 

少し考える。

 

「難しかった」

 

「艦隊戦が?」

 

「全部だ」

 

赤城が笑う。

 

「ふふ」

 

「赤城」

 

「はい」

 

「強いな」

 

赤城が少しだけ目を見開いた。

 

「ありがとうございます」

 

「だが」

 

海を見る。さっきまで、皆がいた場所。

 

「次は、もう少しやれる」

 

赤城が静かに笑う。

 

「強くなりましたね」

 

「まだ負けだ」

 

「ええ」

 

赤城がこちらを見る。その視線が、少しだけ長かった。

 

◆◆◆

 

side 赤城

 

先ほどの土佐さんを思い出す。

 

こちらが盤面を崩した時、土佐さんは歯を噛み締めていた。情報を乱され、皆の目を奪われ、それでも考えることをやめなかった。

 

そして、主砲を見た。

 

その後の顔を、きっと土佐さん自身は知らない。

 

ほんの僅かに目が細まり、口角が上がっていた。

 

『…………整理するなら』

 

砲塔が回る。

 

『邪魔をすればいい』

 

誰もいない海へ、戦艦の主砲が火を噴いた。水柱が上がり、航空隊が乱れる。

 

こちらが整えた盤面を、自分の火力で無理やり崩しに来た。

 

あの時、分かった。

 

土佐さんは、楽しんでいた。

 

追い詰められていることではない。答えを見つけたことだけでもない。

 

自分の砲で、戦場へ手を出せることを。

 

――この人も、戦艦なのだ。

 

そう思った。

 

そして、あの顔を引き出したのは自分だった。

 

それが、少しだけ嬉しい。

 

「だから、です」

 

「?」

 

土佐さんは分かっていない。

 

それ以上は、言わなかった。

 

◆◆◆

 

side 土佐

 

長門が岸壁に立っている。近づく。

 

「どうだった」

 

「難しかった」

 

「それは聞いた」

 

「そうか」

 

海を見る。

 

皆が戻ってくる。足柄、神通、由良、時雨、夕立。誰も欠けていない。

 

演習だから当然だ。だが、それでも見る。

 

「自分で動いた方が簡単だ」

 

長門は何も言わない。

 

「自分で見て、自分で決めて、自分で撃つ。その方が早い」

 

「ああ」

 

「だが」

 

皆を見る。

 

足柄は妙高と何か話している。神通は川内に捕まっている。由良は艦載機の話をし、時雨と夕立は白露と村雨のところへ行った。

 

「皆が見てくれるなら、私が全部を見る必要はない」

 

長門を見る。

 

「その分、考えられる」

 

「何をだ」

 

海を見る。

 

今ではなく、その次。

 

「次に、どこが必要になるか」

 

長門はしばらく黙り、それから短く頷いた。

 

「そうか」

 

それだけだった。だが、少し嬉しそうに見えた。

 

◆◆◆

 

演習終了後。

 

全員が集まる。

 

提督が結果を確認している。

 

そこへ、金剛が勢いよく手を上げた。

 

「Admiral!」

 

「何だ」

 

「北方方面flagshipとして意見具申デース!!」

 

嫌な予感がする。

 

提督も少し嫌そうな顔をした。

 

「言ってみろ」

 

金剛がこちらを指す。

 

「Tosaを北方にクダサーイ!!」

 

「…………私?」

 

「Yes!」

 

「何故だ」

 

「Tosaなら北方について来られマース!」

 

提督が即答した。

 

「そうだろうな」

 

「!」

 

金剛が笑う。

 

「なら――」

 

「だから駄目だ」

 

「WHY!?」

 

私も少し分からない。

 

提督はこちらを見る。

 

「今のお前たちの戦場へ入れれば、土佐は追いつこうとする」

 

「当然デース!」

 

「ああ」

 

提督が頷く。

 

「そして、たぶん追いつく」

 

「なら!」

 

「それしか知らないままになる」

 

「…………?」

 

金剛が止まった。

 

私も考える。

 

「追いつくのは」

 

提督を見る。

 

「駄目なのか?」

 

「違う」

 

「では」

 

「お前は」

 

提督が言う。

 

「追いつかなくても戦えることを、まだ知らない」

 

「…………」

 

追いつかなくても戦う。

 

「土佐はまず南方だ」

 

その言葉に、少し離れたところで蒼龍が瞬いた。

 

「南方?」

 

北上も僅かに眉を上げる。

 

「へえ。土佐、こっち来るんだ」

 

妙高もこちらへ視線を向けた。

 

「……そうですか」

 

蒼龍は少し驚いたように。

 

北上は面白そうに。

 

妙高は何かを考えるように、こちらを見ていた。

 

「South!?」

 

金剛がこちらを見る。

 

「北方ではないのか」

 

「ああ」

 

「何故だ」

 

「今言った」

 

「…………」

 

分からない。

 

金剛も納得していない。

 

「Southで何を覚えるデース?」

 

提督が少しだけ笑った。

 

「動かないことだ」

 

「…………」

 

今度こそ分からない。

 

「動かない?」

 

「ああ」

 

「戦場で?」

 

「そうだ」

 

「何故だ」

 

「行けば分かる」

 

「…………」

 

またそれか。

 

南方。

 

行ったことはない。

 

何がある。

 

どんな敵がいる。

 

どんな海だ。

 

知らない。

 

「分かった」

 

「嫌か?」

 

「嫌か」

 

考える。

 

不安はある。

 

知らない場所。

 

知らない戦い方。

 

だが、それ以上に。

 

「まだ、知らないからな」

 

提督が僅かに笑う。

 

「そうか」

 

「Tosa!」

 

金剛が肩を掴む。

 

「Southが終わったら! Northに来るデース!」

 

「私が決めることではないぞ」

 

「Admiral!」

 

「俺を見るな」

 

「予約デース!」

 

「艦娘を予約するな」

 

「では仮押さえデース!」

 

「同じだ」

 

周囲から笑い声。

 

私はもう一度、海を見る。

 

今日、蒼龍を読んだ。

 

読みすぎた。

 

蒼龍が私をどう読むかを読んだ。

 

艦隊では皆の目を借りた。

 

赤城が戦場を作り直すのを見た。

 

邪魔した。

 

北上に撃たせないようにした。

 

妙高に動いてほしい場所を作った。

 

そして――赤城に返された。

 

「…………」

 

まだ足りない。

 

だが、昨日より見える。

 

いや、違う。

 

昨日より考えられる。

 

そこで今度は、何を見る。

 

何を読む。

 

風が吹く。

 

肩の飾緒が僅かに揺れる。

 

私は、その中でもう一度海を見る。

 

南方。

 

知らない戦場。

 

知らない戦い方。

 

そこへ今度は、私が行く。

 

 




第22話まで読んでいただきありがとうございます。

今回で現在の完成版ストックをすべて公開しましたので、ここで一度更新を停止いたします。(推敲タイム)
現在、新章に向けて作者が試行錯誤しております。
続きの準備が整い次第、更新を再開いたしますので、その際はお付き合いいただけますと幸いです。

もし楽しんでいただけましたら、評価や感想をいただけると励みになります。

はーーーーーみんな可愛くて好き。筆は止まらぬ。
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