囮の実力者になりたくて!Return15   作:ボルメテウスさん

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その声

リンドブルムのメインストリートは、予想以上に賑やかだった。

 

石畳の両脇に露店が並ぶ。果物の屋台、香辛料を売る婆さん、仕立て物の看板を掲げた仕立屋。異国情緒というやつだ。

 

「意外と活気があるんだな」

 

「はい。聖地と聞くと厳かな場所を想像されますが、実際は商業都市です」

 

「聖地っていうより市場じゃないか」

 

「信仰も商売も同じようなものです」

 

「どこかの小説家が言いそうなセリフだな」

 

「ふふ。当然です」

 

ベータが、ナツメとしての笑みを浮かべる。人波を縫うように歩く銀髪が、日差しを受けてきらりと光る。

 

通行人の何人かが、こちらを見る。

 

(おい、見てるぞあの婦人)

 

「ナツメ・カフカだわ」「あの作家様?」——そんな囁きが聞こえてくる。

 

「おい、ベータ」

 

「はい」

 

「噂になってるぞ、お前」

 

「もちろんです。これが仕事ですから」

 

「仕事って…」

 

「エロゲ様も、少し背筋を伸ばしてください」

 

「なんで」

 

「ナツメ・カフカの同行者ですから。格好がつきません」

 

「お前の同行者の格好は俺じゃなくお前がなんとかしろよ」

 

「私ではありません。エロゲ様が格好を見せてください」

 

「無理だろ。俺に格好なんかない」

 

「ありませんね」

 

「あっさり認めたな」

 

「事実ですから」

 

俺は肩をすくめた。

 

人波が少し薄くなった角を曲がる。

 

そこで——足が止まった。

 

「……エロゲ様?」

 

「いや」

 

「どうされました」

 

「……いや、何でもない」

 

何でもない。何でもない、けど。

 

俺は通りに面した路地を見ていた。

石造りの建物の間、細い路地が奥へと続いている。

その奥に——何かが、ある。

 

気配だ。

 

正確には、気配の逆だ。

 

人がいる気配がしないのに、いる。

目で見える人影はない。音もしない。匂いもしない。

ただ、そこに何かがいる——みたいな、奇妙な感覚。

 

(何だこれ)

 

俺の目は、無意識に路地の奥を探っていた。

 

「エロゲ様」

 

ベータの声が、少し遠い。

 

「何か、感じられましたか」

 

「……いや。何も」

 

「そうですか」

 

ベータの声に、僅かな緊張が混じる。

 

俺は視線を路地に戻した。

 

空洞のような、奥の奥まで通った路地。

風が通る音さえしない。

 

(気のせいか)

 

「参りましょう。古書店はこの先です」

 

「…あぁ」

 

ベータに促されて、歩き出す。

 

一歩、二歩。

路地が視界から消えるまで、俺は一度だけ振り返った。

 

何もなかった。

 

ただの路地だ。壁と影と、石畳だけ。

 

それなのに——背中に、何かが張り付いているような感覚が残った。

 

(気のせいだ)

 

そう自分に言い聞かせて、俺は前を向いた。

 

首を傾げたまま、路地の奥を見つめている。

 

(何だ? 今の……)

 

聞こえた。女性の声。耳元で囁くような、でも遠くから響くような——

 

「面白い子」

 

それだけ。たった一言だけ。

 

周りに女性の姿はない。ベータは隣に立っているし、通りの向こうを行き交う人々は皆、俺たちに目もくれない。

 

(幻聴か?)

 

俺は首を振った。何も感じない。路地の奥にも、人の気配は……ない。さっきの気配の欠片も。

 

「エロゲ様?」

 

「……え?」

 

ベータの声で、現実に引き戻された。振り向くと、心配そうな顔でこちらを見ている。

 

「どうされました? ずっと路地を見ていらっしゃいましたが」

 

「いや、何でもない。ちょっと、聞こえた気がしただけで」

 

「何がですか」

 

「声。女性の声。『面白い子』って」

 

ベータの目が細くなる。一瞬、何かを計算するような表情。

 

「聞こえましたか?」

 

「いや、お前は聞こえなかったのか?」

 

「いいえ。私の耳には何も」

 

「そうか……」

 

やっぱり幻聴か。疲れてるのかもしれない。アルファの説教のせいだ。あれは精神的に来る。

 

「エロゲ様」

 

「何だよ」

 

「無理はなさらないでくださいね」

 

「無理なんかしてない」

 

「しております」

 

「してない」

 

「路地の奥を三秒見つめていました。それは無理をしている証拠です」

 

「路地見て何秒なら無理してないんだよ」

 

「一秒です」

 

「短っ」

 

「はい。一秒。それ以上は危険です」

 

ベータが、ふふっと笑った。心配しているのか、楽しんでいるのか分からない。

 

「参りましょう。古書店、一軒目はあちらです」

 

「……あぁ。そうだったな」

 

ベータに促されて、俺たちは歩き出した。

 

路地から目を離す。背中に、まだ何かが張り付いているような感覚がある。

 

(気のせいだ)

 

そう言い聞かせて、俺は前を向いた。

 

リンドブルムの街は、相変わらず賑やかだった。

バレンタインで会うヒロインは

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