スパイディのことが大大大好きなマッドサイエンティスト幼女 作:恋はしめさば
「それじゃぁ、おじゃましまぁ~す。」
軽い調子で呟きながら、ロクソン・テクノロジーへと侵入していく。
勿論、スーツもマスクも完備。ピーター・パーカーとしてではなく、『スパイダーマン』としてだ。だから壁登りもウェブも解禁ってワケ。ま、本来ならこういった研究施設は厳重な警備が敷かれているもの。警備員に監視カメラはもちろん、侵入者を感知するセンサーや電子ロックまで備えられている。
「けどクモの力には関係なし、っと!」
人が出入りするための扉が駄目なら、別の場所から入ればいい。
ということで、ダクト。
若干ナットの緩い場所を探し、そこを静かに取り外すことでお邪魔させて頂く。空気を通すための通路は、当然ながら人間が通ることを想定していない。だからこそ普通の警備員なら気にも留めない場所が、僕にとっては立派な侵入口になるってわけだね。
(まぁ若干狭いし埃も凄いから、こんな時じゃなきゃ入りたくも無いんだけど。)
ちなみにだが、この研究施設を設計した建築家の建物には以前にも潜入したことがある。
確かミュータント系の技術を悪用しようとしてた企業だっけ? ちょっと名前は忘れちゃったけど、何故かそういう悪い人の建物を設計する時は大体同じ会社に仕事が集まる事が多い。この前気になって調べたけど、ちょっと仕事が雑な代わりにめちゃくちゃ早い納期で終わらせてくれる所みたい。ま、雑だから色々隠しやすいってこと。
まぁそんなおかげか、配管の通し方や設備の配置にもある程度の見覚えがあるのよ。
「いやぁ、知ってるって便利!」
そう言いながら、内部に侵入。
出入り口にいる警備員さんや監視カメラなどをすり抜け、今日の昼に見た大広間に出る。後は壁を這いながら、内部の監視カメラの死角を進んでいくわけだ。無論、こういうのは死角が出来ないように色んなセンサーが張り巡らされてるんだけど……。
(そこと、そこと、そこ!)
そのまま手首から糸を飛ばし、天井に設置された小型センサーたちにデバイスを貼り付けていく。
するとすぐにランプが緑に光り、機器のハッキングが完了。センサーが単なる『異常なし』の信号を送り続ける鉄屑に大進化だ。勿論カメラの映像もループさせられる優れもの。……普通に悪用されたら大問題な違法技術だから、後で回収を忘れない様にしておかないと。またデイリービューグルにすっぱ抜かれちゃう。
「……よし。」
一つ。二つ。三つ。
監視カメラやセンサーを一つずつ無力化しながら、施設の内部を進んでいく。これが終わったら、ここにあるデバイスとかコンピューターを開いて調べて行くっていう単純作業。今のうちに、色々とおさらいしておくことにしよう。
(今回の目的は、明確。)
昨日、レノラから渡された情報。
そして、彼女が研究論文の中に残していた赤線。
『HYDRA』ヒドラ
『HELP』助けて
『PUBLICIZE』公表して
あれが偶然とは思えない。
明らかに彼女からのSOSであり、記者という立場のある『ピーター・パーカー』に向けてのメッセージ。おそらくデイリービューグルの記事としてロクソン社とヒドラの関係をすっぱ抜くことで世間に公表し、アベンジャーズなどのヒーロー集団を呼んで欲しいってことだったんだろうけど……。
それだと、彼らに逃げられてしまう。
(ヒドラってあの黒い虫と同じみたいなものだからね。……あ、僕の発言じゃないよ? トニーの。)
だから僕は、スパイダーマンとしてここへ来た。
ロクソン・エネルギー社の下部組織である、ロクソン・テクノロジー。最先端技術を研究しているからこそ、ヒドラが忍び込み独自の何かを研究している可能性が高い。そして最悪、『研究所自体がヒドラの巣窟』なんて可能性もある。
……でも、今は可能性だけ。証拠がなければ追及することは出来ない。
「だからこそ、さっさと調べておきたかったんだけど……。」
研究施設の内部へと進み、研究員たちのデスクへ。端末にデバイスを差し込み調査を始める。
こんな時の為に情報管理AIを用意していたおかげで、見つけた資料を片っ端から確認出来て行くんだけど……。現状、決定的な証拠は見つかっていない。
確かに、ロクソン・テクノロジーの悪事の証拠。彼らが何らかの非合法な研究をしていることは資材の流れ等から推測できた。でもコレがヒドラとの関係を直接示すわけじゃない。まぁこれだけでも大問題で、JJJあたりに見せれば大喜び。『以前からあいつらは怪しいと思ってたんだ!』とか言いながら大スクープにするんだろうけど……、僕らヒーローが動くような案件にはならない。
「う~ん、ヒドラ君も流石にこんな近くには情報を置かないワケか。」
今確認しているのは、所謂“表層”の情報だ。
正直それだけで違法なものが出てきてる当たり、レノラが教えてくれた情報に強い信憑性が出て来たんだけど……。もう少し深くを調べ、詳細な情報が欲しいところだ。たとえば、上の役職の人間。この研究施設の所長さんとかしか見れないデバイスとかがあれば、もっとすごいのが出て来そう。
けど、今の僕にはそこにアクセスするための手札がない。
何せそういう偉そうな人たちのデスクは、より警備が厳重になっている。ちょっとさっき調べてみたのだが、彼らの部屋にはそれぞれ電子ロックが掛けられていた。一定の役職以上のIDカードが無ければ入り込めない構造、つまりそもそも情報がある場所に辿り着けないって感じだね。
ゲームならここで『もっと階級が上のIDカードを探そう!』ってミッションが更新されて、目的のアイテムにアイコンが付いたりすることで解りやすくなるんだけど……。
「……あれ?」
研究員たちが使うデスクの並びから、少し離れた所。
共有の談話スペースみたいなところで、視線が止まる。
そこにあったのは見覚えのある白衣。軽く折りたたまれているが、裾の小さなや汚れやサイズ感、何故か見覚えがある。
もしやと思いスイングで近寄り、手に取ってみると……。
「やっぱり。」
レノラの白衣。昼間、僕がここへ来た時に彼女が着ていたものと同じものだ。
結局今日の見学は彼女の急用が入ってしまい、流れで解散になってしまったのだが……。ここで研究員の誰かと話した後、置いて行ってしまったのだろう。
もしやと思い、ポケットを探ると……。
「あった。」
指先に硬い感触。
取り出してみれば、やはりIDカード。
「置きっぱなしって、防犯意識ないんじゃない? ま、助かるんだけど。」
単に忘れていたのかもしれないが、僕からすればナイスパスだ。
何せ彼女の役職は“技術主任”。結構高い地位だろうし、彼女がヒドラの証拠を見つけられたということは、技術主任のクリアランスで閲覧できる情報の中にソレがあるという事。少なくとも近しい情報が出て来るに違いない。
「ちょっとだけ借りさせてもらうね。」
誰に聞かせるでもなく言葉を紡ぎながら、近場にあった所長室へ。
そのドアノブ近くの読み取り機へカードを翳してみれば……。ピッという小気味良い電子音。今まで開かなかった扉が、あっさりと開いた。
「さっすが!」
レノラの立場のおかげで、すんなりクリア。
音が出ないように静かに扉を開けながら、その中へと入っていく。待っていたのはちょっと豪華な内装と、重厚そうな木の机。そしてその上に置かれたいい感じのPC。当たりだ。
「んじゃ、ちょっと拝見させてもらいますよ~っと。」
慣れた手つきでソレを起動し、デバイスを差し込むことで情報を引き出していく。
ちょっとだけガードが堅かったようだが、僕もヒドラとの戦闘経験や潜入経験もある。以前と同じ手法が通用したおかげで、かなり早く目当ての情報に辿り着くことが出来た。
そんな、明らかに今までと違う資料。
(……ビンゴ。)
画面に表示されたマーク。
そこには、見覚えのある名前とタコの姿が写し出されていた。
研究資金の流れ、技術提供、施設の管理。複数の資料を照合していくほど、一本の線が浮かび上がってくる。ロクソン・テクノロジー。その大本であるロクソン・エネルギー社。そして、ヒドラ。
「ここの研究所、まるごとヒドラ……。」
胸がざわつく。
これは持ち帰って調べるとか、悠長なことをしている場合じゃない。すぐに僕以外のヒーローの力が必要な案件だ。ここから一番近いのは、アベンジャーズ・タワー。確かつい最近ヒドラの本拠地を見つけたとかで、大捕り物をしてたかという話だ。誰かしらヒーローは残っているはず。
親交があるのはトニーだけ(それでもちょっと)だけど、案件が案件だ。これさえ見せればすぐに飛んで来てくれるはずだ。
そう判断しデータを保存しようとした……、その時だった。
「動くな。」
背後から、声。
同時に、後頭部に押し付けられた銃口。
しかも、かなり大口径。
「……!」
反射的に動こうとする身体を抑える。
こういう時に焦って振り返れば、相手が引き金を引くかもしれない。
だからまずは交渉だ。
「あ、あの~。振り返っても良いかな? ほら何も悪いことしないから、さ?」
「手を上にあげなさい。そしてゆっくり、です。何かあればすぐに撃ちます。」
「OK、じゃぁそうしよう。」
何故か聞き覚えのある声に少し疑問を覚えながら、その声の言う通りゆっくりと腕を上げる。
そして相手を刺激しない様ゆっくりと振り返るが……。
「……スパイダーマン?」
そこにいた人物を見て、思わず目を見開く。
銃を構えていたのは、レノラ・グリム。
白衣姿の彼女は、こちらに銃口を向けたまま立っている。
一瞬だけ彼女もヒドラという“最悪の結末”に行きついてしまうが……。僕のマスクを見たことで、明らかにその態度が弛緩する。明らかに侵入者だったから警戒してたけど、『スパイダーマン』だったから酷く安心したという感じ。
彼女らしいというか、あんまり表情には出てないけど……。雰囲気が大きく変化したのだ。“センス”も反応していないし、問題ないだろう。おそらく、彼女もこの施設のことを調べていたんだ。
そんなことを考えていると、彼女が口を開く。
「ピーターから聞いたんですね。素早い出動、感謝します。スパイダーマン。」
「い、いや。これも親愛なる友人の務めだからね!」
自分の名前を呼ばれたことで、思わず声が上ずってしまう。
「呼ばれたら、どこでもすぐに行くよ! 勿論、呼ばれずとも!」
「……ふふ。流石ですね。」
小さく笑う彼女。ちょっとその間が怖かったが、たぶんバレていないのだろう。誤魔化すために普段なら言わない様な言葉を重ねてしまったが、一安心だ。……バレてないよね? うん、無い。よし!
そんな隠れて小さく安堵を息を吐き出している僕を余所に、いつも通り彼女が淡々と言葉を紡いでいく。
「彼が貴方の写真を多く撮っていることから、知り合いである可能性は考えていました。アレは単にデイリービューグルで公表することを求めた暗号ではあったのですが、先ほどの推論が正しければすぐに貴方が来てもおかしくない。サブプランの1つではありますが……、再度感謝の言葉を送ります。」
「……なるほど。じゃあピーター君の行動は満点だった、ってことだね!」
つまり僕の正体を知らないレノラからすれば、ほぼ自身で全て何とかしようと考えていたことになる。
確かに『ピーター・パーカー』はデイリービューグルの所属で、やろうと思えば明日の朝刊にこの研究所の話を掲載することが出来ただろう。そうなれば大騒ぎでヒドラたちは逃げる準備を進めただろうし、アベンジャーズたちもすっ飛んできたはずだ。
……レノラはその過程で消えるだろう悪事の証拠を、今のうちに抜き出しに来たって寸法か。一応『スパイダーマン』が来てくれるかも、とは考えていたみたいだけど、『ピーターとスパイディの関係』は解らないことがあったから、そこまで期待してなかったってわけだね。
「でも“サブ”扱いはちょっと嫌だから、メイン級の働きをしちゃおうかな? 最後までエスコートさせてもらいますよ、レディ?」
「ふふ。どうも、スパイディ。……彼を愛しているのは純然たる事実です。しかし利用してしまったのも、事実。心苦しさと、罪悪感。あまり、いい気分ではありませんね。」
「……じゃ、ここから抜け出して、真っ先に『ごめんなさい』しに行かないとね?」
「ですね。」
スパイダーマンの立場として、そう返す。
僕も、その気持ちは理解できることがある。僕の周囲の人たちに迷惑をかけないためにも、スパイダーマンの正体は絶対にバレてはいけない。僕が戦ってきたヴィランたちは人間味のある人も多いけど、危険すぎる人たちも多くいた。
そんな相手と戦う為に、止める為に。
ピーター・パーカーとして手に入れた情報を、スパイダーマンが利用することもあった。顔を隠しているから出来たことで、そのおかげで沢山の人を助けられたこともあったけど……。やっぱり、罪悪感は残ってしまう。そんな僕だからこそ、彼女の言葉を受け入れなきゃならないだろう。何も知らない振りをするのは辛いけど……、彼女のためにも。そしてそのお腹に宿る新たな命のためにも、飲み込まなくちゃならない。
「……っと! データ回収完了! あとはこれをアベンジャーズにでも渡して、仲間を募って再突撃かな! ニューヨーク市警も呼んで差し押さえの準備もしなきゃ!」
「ですね。……ところでスパイディ。ここの部屋は“所長ID”以外は入室できなかったはずですが、何処で入手を?」
「え?君のIDカードで……。」
その時だった。
施設内の照明が、一斉に点灯する。
「ッ!」
直後。
廊下の向こう側から、複数の足音が響き渡る。
「侵入者は2名!」
「スパイダーマンを確認!」
「所長室だ! 囲め!」
「……おっと。」
「どうやら嵌められたようですね。」
明るくなった視界で彼女を見てみれば、昼と同様の白衣と、その胸に掛けられたIDカードが。
どうやらさっきまで使っていたカードが偽造品で、トラップ。おそらく使用時に相手の警備兵たちに通信が行くようになっていたのだろう。それでどこかで戦力を結集させ、一気に突入することで相手を排除する。うんうん、流石ヒドラ。
「っと! 感心してる場合じゃなかった! 伏せて!」
センスが反応。
そう叫び彼女に覆いかぶさるように机の下に隠れれば、一気に鳴り響く銃声。部屋中にイヤな音が鳴り響いてしまう。どうやら所長さんの机はこういうのにも想定していたみたいで、鉄板入りなおかげか身を護ることは出来たんだけど……。
「数多くない!? こっちは2人! というか戦えるのは1人だよ! もっとフェアにいこう!」
「囲んで叩くのは人類共通の必勝法では?」
「どっちの味方なのレノラ!?」
「ジョークにジョークを返しただけです。そも、そのような場合では無いでしょう?」
「それはそうだけど!」
少しだけ机から顔を出し、敵の位置と数を確認する。
完全武装のヒドラ兵が、おそらく30人以上。うん、やっぱりここはただの研究施設じゃないね。じゃないとあんな重武装が沢山でてくるはずないもの。というかもしかして、僕が来るって……。あぁいや、僕じゃなくてアベンジャーズか。最近本部がやられたわけだし、相手も武装を整えてたってことね。
(けど……、どうする?)
相手の数は多いし、もしかすると特注の最先端兵器を持っていてもおかしくない。
確かにダメージ覚悟で突っ込めば、僕一人でもなんとかなりそうではある。けれどここにはレノラがいて、彼女を守りながら何とかしなくちゃいけない。今は机っていう防壁があるけど、相手は残弾を気にせず今もぶっ放しちゃってる。いつまで持つか解らないし、僕が戦ってる隙をついて彼女を人質にするかもしれない。
どのように動くべきか。それを思い悩んでいると……。
「では、支援します。」
「え?」
レノラがさっきまで持っていた銃に、弾丸を込め始める。
……いやちょっと待って!? それどう見ても“50口径”はあるんだけど!?
「それ何!?」
「S&W M500。装弾数は5、30発あります。」
「いや、そうじゃなくて!?」
なんでそんなバケモノみたいな銃持って来ちゃってるの!? 大の大人でも結構しんどい奴だよねソレ! 細腕で女の子のレノラじゃ腕ごと吹っ飛んじゃう! パニッシャーから貰ってきちゃったの!?!?!?
「行きましょう。」
「まっ!?」
待って、という言葉が紡がれるよりも前に……。
レノラが構え、引き金が引かれる。
そして、轟音。
「がッ!?」
弾丸が相手の胸部に吸い込まれるように放たれ、命中。敵の一人が軽く吹き飛ばされてしまう。
防弾ジョッキを着ていたおかげか命に別状は無い様に思われるが……。滅茶苦茶痛い奴だ。
そしてこちらが応射したことで、一瞬だけ相手に隙が生まれている。あっちも訓練してるだろうから、すぐに消えてなくなるソレ。今反撃に転じれば、被弾なく相手と距離を詰められるかもしれない。……あぁもう! 終わったらなんでそんなもの持ってるから絶対聞き出すからね!!!
「合わせるけど、殺しは厳禁だよっ!」
「心得てます、スパイディ。」
そう叫びながら蜘蛛糸と共に飛び出し、相手に叩き込んでいく。
こっちに射線を向けた相手の顔に糸を張り付け、視界をジャック。あとはちょっと引っ張って姿勢を崩しながら、ダッシュで距離を0に。軽く膝を叩き込みながら、持ち上げて天井にペタリ。蜘蛛糸で固定すれば無力化+1だ。
そしてその勢いで隣の人にも拳をプレゼント。直後に姿勢を低くしながら回避することで相手の弾丸を地面に叩き込み、蜘蛛糸を伸ばし引っ張ることで他のヒドラ兵と衝突させる。
「ほら銃なんて危ないモノ使わないで! 仲良く行こう!」
その合間に更に糸を伸ばし、彼らが持っていた武器だけを一斉に回収する。
即座に太腿にあったナイフで近接に切り替えようとする相手だが……。また後ろから轟音。レノラの弾丸が胸部に突き刺さり、大きな凹みと共に吹き飛ばされてしまう。
(……胸狙ってるから衝撃だけで済んでるけど、これ無防備な所に撃っちゃったら色々吹き飛んじゃうね。)
彼女が“誤射”しないように気をつけながら、再度無力化を進めて行く。
どんどんと壁や天井に張り付けたり、纏まってグルグル巻きにしたり。倒されたヒドラ兵が増えて行くが……。いつの間にか増援が来ていたようで、どれだけ倒しても相手の数が減った気がしない。レノラが援護してくれた弾丸も、20を超え始めている。
びっくりするぐらいに良い支援してくれるから凄く助かってたんだけど、撃ち止めが近い。
ここから逃げ出すことも視野に入れ始めた頃……。
本来聞こえるはずの無い音が、奥から響いて来る。
「来るぞ!」
ヒドラ兵の言葉と共に徐々に大きくなっていく、重い駆動音。
その輪郭をより大きくしながら現れたのは……。
一台の戦車。
「な、なんで研究所に戦車があるのさ!? やり過ぎだよ君たち!」
そしてその砲塔は……。僕では無く、その背後。
彼女に、向けられる。
「レノラ!」
反射的に、彼女の前へ飛び出した。
その射線へ身体を割り込ませることは出来たが……。戦車の弾相手に、自分がどこまでやれるか解らない。けれど、後ろには彼女がいて、そこには僕たちの子もいる。関係がどうであれ、守らない理由は無かった。
おそらく体は引き裂かれるだろうが、絶対に後ろの人たちは守る。脳裏で流れ始めた走馬灯を無視しながら、発射されようとするソレに向かってウェブを打ち込むが……。
その瞬間。
「……完了。『浮遊板』、起動します。」
レノラの、声がした。
直後、僕の背後から何かが飛来する。ゆっくりと流れる世界の中で相手の砲弾が放たれたかと思えば、それを遮る様に目の前に現れる3枚の透き通った板。水色に淡く輝くソレは撃ち込まれた物体を容易く受け止め……、塵と消してしまう。
何……、が?
「その名の通り、浮遊する“ナノマシン”の板です。相手の攻撃を全て受け止め、適宜無力化。及び分解を行います。雲行きが怪しかったので念のため起動準備を進めていましたが……。間に合ったようで何よりです、スパイディ。」
何でもないように淡々と言葉を紡ぎながら、こちらに白いリュックのようなモノを投げ渡してくる彼女。視線で有無を言わさぬような感じで“背負って”と言って来たからその通りにしたけど……。え、だから何なのコレ!?
「ふむ……。では“最強の盾”でいいでしょう。」
「ッ! 撃て!!!」
どこか気の抜けた雰囲気が流れていたが、その間にヒドラも立て直したのだろう。次々と残っていたヒドラ兵たちが銃弾を撃ち込んでいき、戦車からも砲弾が飛んでくるが……。一切、“センス”が反応しない。事実相手の攻撃が全てこちらに到着するよりも前に、宙に浮かぶ板たちによって吸収されてしまっているのが解る。
さ、最近のナノマシンって凄いんだね……。
「さぁスパイディ。今なら回避を考える必要もありません。どうぞ、フィナーレを。」
「……成程、じゃぁ遠慮なく行かせてもらうよ! ごめんねヒドラさんたち!」
地面を蹴り、一気に戦車へ接近する。
相手が相手な以上、いつものように“手加減”している場合じゃない。戦車の壁を駆けのぼり、一気に上へ。出入口の部分にウェブを射出し、一気に引っ張ることで無理矢理に開錠。後はその中に糸のカートリッジを投擲し、爆破。乗組員全員を糸だらけにした後、一気に引っ張って全員を天井に貼り付けてしまう。
その間銃弾が飛んできていたが、やはりスパイダーセンスは一切の反応ナシ。初めての事なので逆に怖くなってしまうが、そのすべてがナノマシンによって吸収されている事が解る。
こうなればもう、後は簡単だ。
一気にウェブを投射していき、どんどんとその体を引っ付けていく。適宜武器を絡め取って奪いながら、どんどんと無力化。ちょっと不謹慎な現代アートみたいに、ヒドラ兵が蜘蛛糸と共に壁に貼り付けられていく。
そして……。
「君で……、最後!」
軽くお腹をパンチさせてもらって、無力化。近くにいた塊のヒドラ兵たちに合流させる形で、彼も糸でぐるぐる巻きにしておく。……状況終了。お味方に被害なし、相手側にも死者なし。うんうん、戦車が出てきてびっくりしたこと以外は完璧だね!
「……お疲れ様です、スパイディ。」
「あ、レノラ! 大丈夫!?」
「えぇお陰様で傷一つありません。」
その返答を聞きながらも、ぐるっと彼女の周りをまわって何もないか確認する。
うん、大丈夫そう。本当に良かった。もし彼女に何かあれば……。
……いやちょっと待って!? この板やっぱり何!? ナノテクノロジーって何でもありなの!?
「『浮遊板』ですが?」
「じゃなくて!」
「あぁ。ヒドラの命令で作らされていたモノです。まぁ試作データ含め全て廃棄済ですし、実際に作ったのはそれ一つだけです。私以外では作れないでしょうし、その危険度からもう作ることは無いでしょう。唯一の品ですが……。今回のお詫びということで、どうぞ。」
「いやいやいやいや! そうじゃなくて!」
「うん? あぁ確かにデザインがよくありませんね。少々お待ちを。」
そう言いながらレノラが懐に手を伸ばすと、出てくるのはスマホ。
彼女が軽く操作したと思えば……。真っ白だったソレが、すぐに僕のカラー。赤と青のウェブ模様になっている事がすぐわかる。
も、もしかしてこの鞄みたいなのもナノマシン?
「えぇ。先程まで浮いていた“板”の母艦のようなものです。通常時は黒のバッグに。変身時はスパイダーモデルに成るようにしておきました。ちょうどよいタイミングでしたので、私の“親”としての権限も停止させました。貴方の声にのみ反応し、自動的に守る設計ですよ?」
「……あ~、うん。了解。そういう事ね?」
流れる様に喋る彼女。うん、もう解った。これ返品とか一切受け付けてない奴ね。
あの時も若干強引なところというか、自分の想い通りに物事を動かしたいタイプなんだろうなぁって思ってたけど、やっぱりそうみたい。既に彼女の中で決定事項になっていることは、多分どう足掻いても変更できない奴。まぁ『相手の意思を尊重する』っていうラインが彼女の中にちゃんとあるみたいだから、今後付き合う分には問題なさそうなんだけど……。
「あ、そうだ“ピーター”。今日生き抜いたことを記念して、役所にでも行きませんか? ショットガンマリッジならぬ、“タンクマリッジ”ということで。」
「いや行かないから……」
そんな、思わず返してしまった言葉。
マズイと振り返った瞬間、彼女にマスクの口部分だけを脱がされてしまう。
そうして、勢いよく重なるお互いの唇。
優しく、軽やかなモノだったが……。
「やっぱり。……愛していますよ、ピーター♡♡♡」
彼女の顔は、いたずらに成功した幼子のように、笑っていた。