スパイディのことが大大大好きなマッドサイエンティスト幼女 作:恋はしめさば
「……ふふ♡」
思わず、笑みが零れてしまう。
先程までの戦闘による緊張感など、とうに消え失せていた。
そのすべてが自身によって組み立てられ、ピーターの為だけに走らせた“シナリオ”であっても、あの場には熱があった。なにせ今回駆り出されたヒドラ兵たちは何の疑問を抱かず、“上”の指示通りに此方を撃ち殺そうとしたからだ。
確かにこの身に纏わせているナノマシンによって、銃弾どころか砲弾でもダメージを受けることは無いのだが……。鳴り響き続ける銃声と、向けられる殺意。我が夫が日々感じているであろうモノを、私も体験することが出来た。
これだけであれば『良い経験』で終わるだろうが……。
目の前には、蜘蛛の意匠を持つ赤と青のスーツを纏った彼がいる。
その無防備な唇を、晒している。
(あぁ。)
私の愛しい人。
私の、ピーター・パーカー。
そして何より。
(……可愛すぎるだろ♡)
思わず、そんな言葉が口から漏れ出しそうになってしまった。
何せ彼は私を庇ったのだ。
戦車の砲口がこちらへ向いた瞬間、迷うことなくその射線へと飛び込んだ。自分自身がどうなるのかなど、一切考えていないような勢いで。この身がどうなろうと構わない、死んでしまってもいい。ただ背後の私と、胎にいる子の為だけに……。夫は飛び出した。
そう命を投げ出そうとしたのだ。
この“私”の為に。
胸の奥が、胎の奥が、全身が。きゅぅと彼に締め付けられているような心地に陥ってしまう。
(あぁ♡♡♡)
何てことをしてくれたのだろう。
こんなことをされたら、ますます好きになってしまうじゃないか。
カッコよくて。
愚かで。
素敵で。
可愛くて。
抱きしめたくて。
溶け合いたくて。
この身体も、この心も。全て差し出してしまいそうになる。既に私の全ては彼のモノだが、もう一度プレゼントしたくなってしまう。互いの全てを、交換し合うのだ。
今なら。
今ならば。
(もう一度。)
つい先程した、ほんの少しだけのキス。
マスクの口元を外して、唇を重ねただけの軽いもの。けれど今の彼を見ていると……、それだけでは全然足りない。あんなにも格好いいところを見せられて。私を守ってくれて。しかもこの身には既に彼の子供までいる。
これだけ、条件が揃っているのだ。
(押し倒そう。)
何も、問題はない。
私は彼を愛していて、そして彼も私のことを大切に思ってくれている。何せ命を懸けて私を守ってくれたのだ。その身をもって証明してくれたのだ。
相思相愛。
幸いなことに、既にここには気絶したヒドラ兵しかいない。邪魔する者などいない。確かに研究所ではあるが、仮眠室はある。少々ロマンティックさが足りない場所ではあるが、職場での行為。倒錯的でとても燃え上がりそうだ。彼以外にこの身を晒す気など無いが……、彼がより励んでくれるのであれば、見せつけてやるのも一興だろう。
(あぁ♡♡♡♡♡)
思わず耐えきれなくなってしてしまった、計画には無かった軽めのキス。
その正体を明かさせ、唇を奪ってしまった。理性が何とか押し止め触れ合うだけのチークキスになってしまったが……。既に愛と情欲と本能によって消し飛ばされてしまった。ただの“女”という火がついてしまった今の私からすれば、こんなもので足りるわけがない。
もっと、もっとだ。
彼に抱き着いて。
彼の身体に触れて。
彼の口に舌を押し込んで。
彼の熱を魂で感じて。
そして……♡♡♡♡
「……ッ!」
“あらかじめ設定してあった”ナノマシンが、自身の背に軽い衝撃を与える。
…………はぁぁぁぁぁぁ。
高まっていた感情が一気に冷めて行く。あぁ確かにその通りだ“研究者”としての私。どんな状況においても想定外は起き得ること。私が彼の色気に耐えきれず襲い掛かってしまう可能性も“想定内”だ。だからこそこうやってあらかじめナノマシンを設定しておいて、自身の暴走を防いだわけだが……。
無理矢理に引き留められたので、非常に気分が悪い。
(……はぁ、切り替えるとしよう。)
先程“女”の私が暴走していたように。確かにこの場所でことに及ぶのは……、不可能ではない。
先の夕食会で彼が私謹製のナノマシンを服用したことから、我が夫の体内には幾分かのナノマシンが滞留している。設計上その場にとどまり続けず適宜排出するようになっているため、その総量が以前よりも少なくなってしまっているが……。肉体を一瞬だけ“止める”ことはそう難しくない。
(今回の銃撃戦に備え、この体も再調整してきている。流石に“超人レベル”ではないが……。彼を押し倒しそのスーツを無理矢理脱がすことくらいは、可能だ。)
あとは彼が呆気に取られている間に再度ナノマシンを起動させ、下半身に血流を集中。彼が天井のシミの数を数えているうちに色々と終わっている、という寸法だ。
まぁ幾つか夫専用に調整したナノマシンも用意しているので、押し倒した瞬間に注入。獣欲を暴走させ彼の強固な理性を破壊し『今度は襲ってもらう』なんてことも出来たりするのだが……。
そうすれば完全に、彼の心は私から離れてしまう事だろう。
(彼の自由意思を踏み倒せば、不利益を被るのは私だ。)
確かにピーターは優しく、そして善良だ。
お人よしで、困っている人間を放っておけなくて、責任感が強くて。そんな我が夫のことだ、もし無理矢理ことを起こしたとしても、子という鎹がある以上知人として振る舞うことはしてくれるだろう。養育費を支払い父親の責任を果たすため、会うことはしてくれるだろう。
けれどその瞳は常に恐怖を映すだろうし、友人以上の関係を発展させることは一生不可能になってしまう。そもそもあの『妊娠の発覚』という場において、私は『自分から手を出さない』と宣言してしまった。
つまり今度は、彼から。ピーターの意思で私を求め、抱いてもらわなくてはならない。
(……そっちの方が数万倍素敵だし。)
だからこそ、私は彼と友人になるというところから関係を始めたのだ。
この身を知ってもらい、距離を詰めていき、徐々に彼の心の中に私への恋心を植え付けていく。勿論それに必要なイベントは今回のように幾らでも用意するが……。ナノマシンなので彼に感情を植え付けることは厳禁。
子供という存在がいる以上、ピーター・パーカーは逃げられないのだ。
今はこの情欲を抑え込み、信頼を失う様な行動はすべきではない。
(我慢しなければ。)
私が口づけをして、情欲に支配されかけて、元に戻るまで。
既に数秒という長い時間が経過してしまったが……。どうやら夫も夫で呆けていた様だ。正体を見破られたわけだし、仕方のないこと。こちらとしては酷く都合がいいため、彼に違和感を覚えるよりも前に次の行動へと移っていく。
(幸いなことに、『正体を看破した』ところでこの体は止まってくれた。これならばまだ取り返しがつく。)
この体は現在、彼に抱き着く形で口づけを終わらせ、ちょうどその正体と愛を囁いたところ。ただこれ以上接触しているとまた女の私が出てくるので……。断腸の思いで距離を取り、意識を整えていく。
普段の冷静で淡々と話す、研究者としての私だ。
彼に気が付かれない様に密かに呼吸を整えていれば、あちらも再起動を終わらせたのだろう。何を考えているのかは大体わかるので、先んじて潰していくことにする。
「あ、あ~。れ、レノラさん? 僕は確かに顔を隠してるけど決してピーター・パーカーじゃないというか……」
「声紋、体格、不自然な言動。ちなみにこのスマホは“何かあった時の為”にずっと録音をしていますから、言い逃れは出来ませんよ?」
「ア、ハイ。」
そう言いながら軽く操作し、幾つかのデータを見せてやる。
確かに彼はマスクとスーツでその体を隠しているが、それだけ。変声機だったり、体格を隠すための追加装甲などの工夫を行っていない。まぁ夫の今の経済状況を思えば、それが限界なのかもしれないが……。シールドや一部のヒーローにはその正体がバレていてもおかしくないだろう。
そも、この全宇宙で一番『ピーター・パーカー』を愛しているのは私なのだ。たとえマスク越しの声でも間違うはずがないし、一度全てをひん剥いた手前その体格も全て把握済み。
つまりどう足掻いても逃げ道は無いんですよ、ピーター?
「れ、レノラ! この事は秘密に……」
「勿論です。自身には貴方の正体を言いふらす様な趣味はありませんし、愛する男のささやかな活動を応援するのも、妻の役目というべきでしょう。許可頂けるならば、公私共々支えさせてください。……あぁ失礼、今は“友人”でしたね?」
「い、いやいやいや! さすがに悪いよ! それに危険だし!」
「ふふふ。」
慌てて否定しながら、何とかして関わらせない様にして来る彼。
ピーター程の善良な者であれば、自分のせいで誰かが傷つくというのは耐え難いのだろう。だからこそ唯一の親族であるメイ・パーカーにも教えず、それまで付き合って来た友人やクソのMJにも伝えなかった。
けれど今、自身の子を身籠っているという『明確な弱点』がスパイダーマンの活躍に関わろうとしているから、止めている。
(その考えは解らないでもないが……、止まるわけが無いでしょう、ピーター♡)
折角“彼の正体を知っている”という情報を開示することが出来たのだ。
これを大いに生かし、更に彼との距離を詰めていく必要がある。
「まぁ、私も“この子”がいるのです。今日みたいに前に出ることはせず、『椅子の人』としてサポートさせて頂ければ。その貴方専用ナノマシンの整備もしたいですしね? それに……。職場が“こう”なっちゃいましたし。」
「た、確かに……。」
「なので転職先が見つかるまでの暇つぶしとさせて頂ければ。……ふふ、ピーターは大いに利用してくれていいんですよ?」
かなり悩ましい雰囲気を出しているピーターだったが、私がどう足掻いても引かないことを理解してくれたのだろう。
それに、先ほど言ったように“この表の仕事”は数日のうちに爆発四散することが決まっている。なにせヒドラの巣窟で、戦車まで隠してあったのだ。明らかに営業停止からのお取りつぶしだろうし、勤めている私のような一般市民は瞬く間に放り出されてしまう事だろう。早い話、彼のせいで無職になったわけだ。
どう考えてもピーターに関係など一切無いのだが……。彼がソレを気にすることは、明白である。
「……解った。手伝ってもらうね。」
「えぇ、それがよろしいかと。」
「でも危ないことは絶対しないでね! あと対外的には無関係!」
「勿論。私の身を護るためですよね? 解っていますとも。」
その他幾つかの条件を付けて来る我が夫だったが、そのすべてがこの身を案じてくれるもの。やはり相思相愛だったかと勘違いしそうになってしまうが……。“今の彼”であれば、誰にでも似たようなことは言うだろう。
だからこそ、ここで押し切るのだ。
ま、彼も彼で少し一杯一杯になり始めている。今日はコレ位で勘弁してやることにしよう。……でも明日からは、もっともっとも~っとおしゃべりしますから。覚悟してくださいね?
「さて……。ヒドラ関連のデータは既に取り出し済みです。先程倒したヒドラ兵の搬送もあるでしょう。ニューヨーク市警と、アベンジャーズ。呼ぶとしましょうか。」
「そ、そうだね!」
こう言うと、少し慌てたように頷くピーター。
まぁそのデータは私によって幾つか改竄されているし、彼がこの場に侵入する前からこの手の中に収まっていた。警察も、自警団気取りのヒーロー集団もあまり好みでは無いが……。夫ならばこの選択が妥当だろう。
(さて、面倒にならなければいいのですが。)