棍棒ひとつで迷宮を往く   作:cla29

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第十二話 エルフの精鋭

 前哨基地を出ると、冷たい風が外套を揺らした。

 

 石畳を踏みながら進んでいると、霧の向こうから灰色の外套をまとったエルフの守衛たちが現れた。

 

「ついにお前が出て来たか――エルドラン」

 

 先頭の守衛が、わずかに口元を緩める。

 

 エルドランもわずかに口元を緩め、親指で背後を示した。

 

「変わりないようだな。……俺だけじゃない。見ての通りだ」

 

 守衛の視線が、エルドランの後ろへ向く。

 

 弓を携えたリアンナに、双剣を下げたフェルナ。

 重装のカイゼルと、その隣には聖杖を手にしたミルセが立っていた。

 いずれも、エルドランと同じ上級戦士の面々だった。

 

「……そうか。議会も本腰を入れてきたか」

 

「それで、状況は?」

 

 エルドランが尋ねると、守衛は小さく息を吐いた。

 

「魔物は今のところ落ち着いている。だが、いつ不安定になるか見当もつかん。

 

 それに――亡霊は、このすぐ先でも目撃されている。幸い、まだ襲ってはこないが……」

 

 守衛は一行を見回し、声を落とした。

 

「――早く排除して、ここを安心させてくれ」

 

 エルドランは苦笑する。

 

「そのために来た。少しだけ我慢しろ」

 

 短い挨拶を残し、一行は回廊を抜けた。

 

 迷宮の下層へ足を踏み入れると、湿った冷気が肌にまとわりつく。

 

 壁に走る鉱脈が淡く光り、どこかで水の滴る音が続いていた。

 

 リアンナが足を止め、弦に指をかける。

 

「動き……あり。通路の先、振動が近い。三、いや四。間隔は詰まってる」

 

 フェルナが口元に笑みを浮かべた。

 

「ふうん。ようやく準備運動ね」

 

 エルドランが片手を上げる。

 

 それだけで、全員の足が止まった。

 

「フェルナ、先頭を抑えろ。リアンナはフェルナの援護。カイゼル、初撃は攻撃より分断を優先。ミルセ様は後列で祈祷維持」

 

「了解」

 

 さっきまでとは空気が変わった。

 

「万物の根源たる、生の御霊よ。清き恵みを、この者達に注ぎたまえ」

 

 ミルセが聖杖を掲げ、祈祷を唱える。

 

 緑と白の淡い光が広がり、五人の身体を包み込んだ。

 

 じんわりとした熱が身体の奥へ染み込んでいく。

 

「……これは、すごいな」

 

 エルドランが思わず漏らした。

 

 祈祷による身体強化そのものは珍しくない。

 

 だが、これは明らかに質が違った。

 力が増したというより、身体から余計な重さが消えていくような感覚がある。

 

(ふーん。お飾りって訳でもないのね)

 

 フェルナが双剣を抜き、軽く手首を回す。

 

 いつもより剣が軽い。

 それを確かめると、満足そうに前を向いた。

 

 

 ◇

 

 

 通路の奥から、石を擦るような低い音が聞こえてきた。

 

 いくつもの音が重なり、少しずつ近づいてくる。

 やがて粉塵が舞い、暗がりの向こうから巨体が姿を現した。

 

 灰青の皮膚。その表面には黒い鉱石がいくつも浮き出ている。

 

 岩牙トロル――下層を支配する、大型の魔物だ。

 

「来るぞ」

 

 四体。

 

 巨体が横に並び、通路をほとんど塞ぐ。

 次の瞬間、先頭の一体が地面を蹴った。

 

「散開!」

 

 エルドランの号令と同時に、フェルナが飛び出した。

 

 石床を蹴って一気に距離を詰め、すれ違いざま双剣が閃く。

 先頭のトロルの膝が深く裂け、灰色の破片が飛び散った。

 

 巨体が大きく傾く。

 

「遮断壁、展開」

 

 カイゼルが杖を向けると、通路を横切るように薄い光の壁が現れた。

 

 先頭の一体と後続三体を切り離す。

 勢いを止められなかった後続が、まともに障壁へぶつかった。

 

 衝突音。

 

 光の壁が大きくたわむが、持ちこたえている。

 

 その隙にフェルナは、体勢を崩した先頭の懐へ入り込んでいた。

 

 双剣が二度走る。

 

 一閃目が胴を断ち、二閃目が喉元を裂いた。

 灰が散り、巨体が崩れ落ちる。

 

「解除する」

 

 すでに次の術を完成させていたカイゼルが、杖を突き出した。

 

 赤熱した魔弾が放たれ、炸裂する寸前に遮断壁を解除。

 

 直後――爆炎が弾けた。

 

 障壁の向こうに固まっていた三体がまとめて吹き飛ばされる。

 

 焦げた岩皮が砕け、低い咆哮が通路を震わせた。

 

「右をやるよ!」

 

 リアンナの声。矢が二本続けて放たれる。

 

 一射目が眼窩へ突き刺さる。

 トロルが仰け反った瞬間、二射目が喉を貫いた。

 

 ほぼ同時に、エルドランも踏み込んでいた。

 

 剣身に青い光が走る。

 

 爆炎で体勢を崩しているトロルに、一瞬で間合いを詰め剣閃が首筋を断ち切った。

 

 ――三体目。

 

 最後の一体が咆哮を上げる。

 だが、その横を黒い影が駆け抜けた。

 

「よっと」

 

 フェルナだった。

 

 振り下ろされた腕を潜り抜け、脇腹へ双剣を叩き込む。

 そのまま背後へ抜けると、振り返りざまに脚を斬った。

 

 巨体が膝をつく。

 

 二本の刃が、同時に首へ食い込んだ。

 

 ――四体目。

 

 最後の巨体が倒れ、通路に静けさが戻った。

 

 粉塵がゆっくりと降ってくる。

 戦闘が始まってから、一分も経っていない。

 

「ふう……準備運動、完了ね」

 

 フェルナが双剣をくるりと回し、鞘に納めた。

 

 リアンナは新しい矢を抜きながら、通路の先へ目を向ける。

 

「風の流れが変わった。……次がまた来るわ」

 

 カイゼルが残滓を測るように指をかざした。

 

「振動数が違う。質量の大きな群れではない。――単独で一体。四足歩行型」

 

 ミルセが聖杖を上げ、目を閉じ祈りの感覚を確かめる。

 

 エルドランは剣を鞘へ戻し、通路の奥を見据えた。

 

「……目的地は、この先だ」

 

 誰も応えない。

 

 霧が流れ、舞い上がった粉塵も少しずつ収まっていく。

 

 五人の足音だけが低く響き、再び闇の奥へと吸い込まれていった。

 

 

 ◇

 

 

 別の通路を、"亡霊"も静かに進んでいた。

 

 目指す先は、彼らと同じ"狭間の道"

 

 ――何も知らず、同じ場所へ。

 

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