棍棒ひとつで迷宮を往く   作:cla29

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第十四話 オークの亡霊

 リアンナが崩れ落ちた。

 

 だが、エルドランに駆け寄る余裕はなかった。

 剣を抜き、目の前の男を見据える。

 

 

(――こいつが……"オークの亡霊"!)

 

 

 "オークの亡霊"は外見だけ見れば、ただの人間の戦士。

 

 粗末な外套に、無骨な革の胸当て。

 特別な防具もなく、派手さも威圧もない。

 

 

 だが。

 

 

 その肩に担がれた"ソレ"だけが違った。

 

 黒く煤けた大きな棍棒。

 それを目にしただけで、エルドランの胸に本能的な嫌悪が込み上げた。

 

 

 かつて自分たちが滅ぼしたオーク族、奴らが振るった"あの棍棒"。

 

 

 エルフたち全員が、すぐに理解した。

 目の前にいる男こそ、自分たちが追ってきた相手だ。

 

 そして。

 

 ――これは、ただの人間ではない。

 

 

 "亡霊"は静かに眼だけを動かした。

 

 刹那、全員の位置と距離、視線と呼吸を読み取る。

 

 

 リアンナが倒されたことで、完全に虚を突かれた。

 しかし、エルフの精鋭たちは即座に動いた。

 

「うおおッ!」

 

 真っ先に飛び出したのはフェルナだった。

 地面を蹴り、抜刀と同時に一気に間合いを詰める。

 

 

 カイゼルが詠唱と同時に前に躍り出る。

 薄く青い光――〈聖障壁〉が展開される。

 

 狭間の道が、怒号と魔力光で揺れた。

 

 フェルナの刃が、亡霊の肩口へ迫る。

 

 ――その瞬間。

 

 亡霊の姿が、残像だけを残して消えた。

 

(――っ!?)

 

 フェルナの驚愕が残像に向いている間に。

 

 ドオンッ!!

 

 轟音が、空間全体を震わせた。

 

 

(――カイゼル!?)

 

 

 振り向いたフェルナの目に映ったのは、

 

 障壁ごと破砕され、壁に叩きつけられるカイゼルの姿。

 

 

 粉々に粉砕された障壁が、光の粒子となり舞う。

 

 

 その向こうに――亡霊がいた。

 

 

 亡霊は、棍棒を振り切った姿勢で静止していた。

 しかし、その身体はすでにフェルナへ向いていた。まるで、何かを投げ終えた後のように。

 

(……何?)

 

 フェルナの視界が、不意に遅くなった。

 

 何かがこちらへ飛んでくる。

 身体を動かそうとしているのに、目に映る景色だけがゆっくりと流れていく。

 

 そして、何もなかったはずの空間に、少しずつ輪郭が浮かび始めた。

 

 最初は空気の揺らぎ。そして鋭い光沢の矢尻。

 

 ――リアンナの放った"隠蔽矢"。

 

 真ん中から、へし折れている。破壊されている。

 だが、"隠蔽魔法"だけがまだ生きていた。

 

 ゆえに気づくのが遅れた。

 

「……っ!」

 

 避けようと足に力を込めた瞬間。

 

 ――矢は、フェルナの額を貫いた。

 

 その勢いのまま、フェルナの身体が後ろへ弾き飛ばされる。

 

 フェルナは驚いたまま、声もなく倒れた。

 

 瞬く間にリアンナ、フェルナ、カイゼルが倒れた。

 

 こちらを向く亡霊に、エルドランは静かに呼吸を整えた。

 

 ――強すぎる。

 

 想像していた以上だった。

 しかしその中でこそ、冷静に判断できるのがエルフの戦士長だった。

 

 逃げても追いつかれる。

 自分が囮になったところで、ミルセを逃がせるとは思えない。

 

 降伏は使命に反する。

 

 なら――残っている道は一つだけだ。

 

(――倒すしかない、か)

 

 エルドランは意を決し、切り札を解放した。

 

 ――〈雷身〉。

 

 青白い稲光がエルドランの全身を包む。髪が逆立ち、焦げたような臭いが辺りに広がった。

 

 エルドランは地面を蹴った。雷を纏う彼の肉体は、常人の目では捉えられない速度に達する。

 

 

(棍棒の初動を見切り、打ち終わりを狙う……!)

 

 

 亡霊が棍棒を握り直した。

 

 ――上か。

 

 ――横か。

 

 ――突きか。

 

 エルドランの全神経が亡霊の肩の角度、足の軸、視線の揺れに向けられる。

 

 そして――。

 

 亡霊は棍棒を、ゆっくりと振り上げた。

 

(上!)

 

 エルドランは〈疾風〉を発動し、視界が一瞬にして横へ流れ――

 地を滑るように横へ回避した。

 

 棍棒が降り下ろされる。死の一撃が肉薄するが、その地点にエルドランはいない。

 

 

(――取った!)

 

 エルドランは視線を亡霊へ戻し、そのまま踏み込む。

 

 剣を振り抜こうとして――気づいた。

 

 そこには既に――

 棍棒を"二撃目"として振り下ろそうとする亡霊の姿があった。

 

 最初から、そのつもりだった。

 初撃を避けさせる。

 そして、避けた先へ二撃目を叩き込む。

 

 亡霊は、自分なら間に合うと確信していた。

 

(狙われていたか…。だが)

 

 棍棒が落ちる――雷より速く。

 

 エルドランは雷光を散らしながら受け身を取る間もなく――地面に叩き潰された。

 

 その瞬間。纏っていた〈雷身〉が反応し、バァンッ!!と爆ぜる。

 

 白い閃光が亡霊を包み、焦げた布と煙が舞い上がる。

 

 血の中に倒れたまま、エルドランはわずかに口元を緩める。

 

(どうだ……この一撃――)

 

 しかし。

 

 亡霊は、ゆっくりと首を回し、まるで何ともなかったかのように棍棒を肩に担ぎ直した。

 

 燃えかけた外套の破れを払うと、静かな目で、最後の一人へと向き直る。

 

 ミルセ。

 

「……っ」

 

 震える足で後退しながらも、握った杖だけは離さなかった。

 

 それでも、喉の奥から漏れる震えは止められない。

 

「……あ……」

 

 亡霊は一歩、歩いた。

 

 ――逃げ場はもうなかった。

 

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